本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『アメリカの鏡・日本 完全版』ヘレン・ミアーズ|日本を裁く言葉は、そのまま自分に跳ね返る

学習・インプット ✍ ヘレン・ミアーズ
約7分で読めます

※ 本記事はアフィリエイトリンク(Amazonアソシエイト)を含みます。

『アメリカの鏡・日本 完全版』
目次

「日本人は生来の侵略者だ」——太平洋戦争のさなか、アメリカの世論はこの前提をほとんど疑わなかった。そして戦後の日本人自身も、形を変えてこの見方をどこかで受け取ってきたところがある。

本書『アメリカの鏡・日本』は、その前提を正面から突き崩す一冊である。しかも書き手は、戦勝国アメリカの女性ジャーナリスト、ヘレン・ミアーズだった。

1948年に原著が出ると、占領軍の総司令官マッカーサーは日本語訳の出版を認めなかった。「本書はプロパガンダであり、公共の安全を脅かす」というのがその理由である。

勝者がわざわざ封じた本、と言い換えてもいい。日本語版がようやく世に出たのは、そこから半世紀近くたった1995年のことだった。なぜ今あえてこの本なのか。

手がかりは、著者が繰り返す「鏡」という一語にある。日本を裁く言葉は、そっくりそのまま裁く側へ跳ね返る——本書はそれを、感情ではなく資料と数字で立証していく。

戦勝国のジャーナリストが、自国の占領政策を裁いた一冊

ミアーズは机上の批評家ではない。戦前の1935年には来日して庶民の暮らしをフィールドワークし、戦後の1946年にはGHQの労働諮問委員会の一員として再び日本の土を踏んでいる。日本を内側から観察した経験を持つ人物だった。

本書が問うのは一点に尽きる。第二次大戦へ至る日本の行動は、本当に「生まれつきの侵略性」から来たのか、それとも別の原因があったのか。そのうえで著者は、日本を「改革」し「民主化」しようとするアメリカの占領が、歴史的に正当化できるものかを検証していく。

この本の強さは、著者が立つ位置にある。1948年といえばアメリカが押しも押されもせぬ勝者だった時期だ。その真っただ中で自国の政策を真っ向から批判し、敗者である日本側の論理を公正に分析してみせた。

しかも著者は威勢のいい感情論に頼らず、公文書や公式報告、政府高官の発言そのものを引きながら矛盾を突いていく。この禁欲的な手つきが、本書に独特の説得力を与えている。

ただし読む側にも留保が要る。著者は西洋帝国主義の責任を強く押し出すあまり、日本軍がアジアで実際に犯した行為の重さが相対的に薄く見えてしまう危うさを抱えている。

本書はあくまで「勝者の歴史観」への反証として書かれた一冊であり、そこだけを唯一の真実として受け取るのは、著者自身が戒めた態度からむしろ遠ざかる。

編集部としては、この本を新たな権威にするのではなく、既存の物語を疑う道具として使うのが正しい読み方だと考える。

「日本は世界の脅威」という物語を、著者は数字で崩す

日本はアメリカを脅かす軍事大国だった——その前提を、著者は精神論ではなくデータで解体していく。

1931年の軍事予算を並べると、日本が1億5200万ドル未満なのに対し、アメリカは6億6700万ドル。満州事変から降伏までの14年間で日本が費やした軍事費の総額は480億ドルを下回り、大戦中のアメリカが投じた3300億ドルには遠く及ばない。

日本の潜在的な工業力は、アメリカのおよそ1割程度だったと著者は記す。貿易も同じで、ピークの1935年ですら日本の輸出は世界貿易の4パーセント未満、アメリカは19パーセントを超えていた。

神話として語られた「カミカゼ」の攻撃成功率さえ、19パーセントに届かなかったという。

こうした数字を積み上げたうえで、著者は「日本、世界の脅威」という物言いを実に大げさな作り話だと結論づける。日本にアメリカを征服する力などなく、その膨張はむしろ経済的な生存をかけた防衛だった、というのが著者の見立てである。この視点の鋭さは、いまの国際ニュースにもそのまま応用が利く。

ある国を「脅威」と名指す言葉に触れたとき、実際の国力や規模の数字と照らし合わせて眺め直す。それだけで、扇動的な物語と現実の距離が測れるようになる。

二百年の平和と「裃のサムライ」が示す、生来の軍国主義への反証

「生まれつき好戦的」という決めつけに対して、著者は日本の歴史そのものを反証として突きつける。

1853年にペリーが来航するまで、日本は二百年以上にわたって海外領土を持たず、鎖国のもとで平和と安定を保っていた。著者はここに着目する。外へ空間を征服して富を奪う道が閉ざされていた代わりに、限られた土地で寄り集まって生きる知恵を磨かねばならなかった。

日本の集団主義は民族の血ではなく、この地理的な条件から説明できる、というのが著者の論法だ。

象徴的なのが、著者の言う「裃のサムライ」である。江戸時代の武士は血に飢えた戦士ではなく、法と規制によって社会の安定を実務的に支える行政官、いわば当時のホワイトカラーだった。

日本社会は暴力による支配ではなく、高度に管理された秩序の社会だったと著者は見る。天皇崇拝についても同様で、これをアメリカの国旗崇拝やイギリスの王室崇拝と同じ、国家をひとつにまとめるための象徴的な装置だと捉えた。

歴史的に侵略の道具として機能してきたわけではない、という読みである。

ここは本書のなかでも議論の分かれる箇所だろう。江戸社会を穏やかに描きすぎているという批判は成り立つ。それでも、「あの民族はもともとこういう性質だ」という本質論を、制度と地理の説明で置き換えてみせた姿勢そのものには、いまも学ぶべきものがある。

侵略は、西洋から学んだ「力は報われる」の実践だった

では、なぜ平和だった国が近代に入って軍事膨張へ向かったのか。著者の答えは明快だ。西洋列強のやり方を、日本が忠実に学んで実践したからである。

明治維新以降、日本が西洋から受け取った最初の教科は「力は報われる」というルールだった、と著者は言う。強い国が弱い国に力を行使して特権を奪う——それが当時の国際社会でまかり通っていた作法である。

満州事変も日華事変も、著者の分析では、すでに中国を半植民地化し租借地や治外法権を握っていた西洋の帝国主義に対抗し、自国の生存権と通商権益を守ろうとした行動だった。

ここで著者が持ち出す概念が「法的擬制」である。大国が自らの権益拡張や暴力を正当化するために掲げる、表向きの道義的な建前を指す。西洋が唱えた「門戸開放」や「自由経済」がまさにこれにあたる、と著者は論じる。

機会均等を語りながら、その実は圧倒的な生産力を背景に弱い国を経済的に従わせるための、都合のいい理屈だったという読み方だ。日本は西洋帝国主義という役をあまりに巧みに演じすぎたために、逆に西洋から叩かれることになった、と著者はまとめる。模倣が本家を脅かした、という皮肉な構図である。

真珠湾は「奇襲」であり、経済戦への「反撃」でもあった

真珠湾攻撃を「世界征服をたくらむ野蛮人の一方的な裏切り」とする説明を、著者は単純にすぎると退ける。

著者が目を向けるのは、攻撃に至るまでの経済戦だ。1941年、アメリカ・イギリス・オランダは日本に対して資産凍結令を発動した。全資産を凍らせ、貿易と金融の関係を断つ厳しい封鎖である。

輸入必需品の八割をこの三国に頼っていた日本にとって、それは経済の窒息を意味した。外交の場面でも著者は矛盾を突く。1941年11月26日のハル・ノートを日本側は最後通告と受け取り、アメリカ陸軍の公式報告もその解釈を裏づけている、と著者は記す。

さらに、軍事的な準備が整わない段階で経済封鎖だけを強めた国務省の政策を、陸軍報告書が「やれ・やるな方式」と皮肉ったことも紹介する。相手を追い詰めながら、こちらの戦争準備は間に合わせない。

その矛盾した圧力が日本の暴発を招いた、という見立てだ。

だから著者は、真珠湾を戦争の根本原因とは見なさない。すでに始まっていた経済戦争の一場面であり、圧倒的に強い相手に引きずり込まれた末の反撃という側面があった、と論じる。

もちろんこの解釈は、開戦責任を経済封鎖の側へ大きく振り分けるものであり、鵜呑みにすべきではない。ただ、「奇襲か反撃か」という二択で語られがちな出来事を、それに先立つ数年の圧力の連鎖のなかへ置き直す視点は、歴史を立体的に読むうえで有効だ。

勝者の裁きに潜む二重基準と、「告発はブーメラン」の構造

本書がもっとも厳しく糾弾するのが、勝者による裁きに潜む二重基準である。

著者はモンロー主義を例に挙げる。アメリカは自国の安全を理由に、中南米からヨーロッパ勢力を締め出す政策を「防衛」として正当化してきた。ところが日本が同じようにアジアで権益を守ろうとすると、それを「凶暴で貪欲な侵略」と非難する。

この基準の使い分けにこそ矛盾がある、と著者は見た。「他人の法的擬制は自分のものより目につくものだ」という一文が、その心理を的確に言い当てている。

戦争犯罪の裁きも同じ枠組みで検証される。著者は山下奉文将軍の裁判を取り上げ、日本兵がアジアで犯した行為が重大な犯罪であることを認めたうえで、勝敗の決したのちに広島と長崎へ原爆を落とし大量の非戦闘員を殺した罪はどう裁かれるのか、と問い返す。

占領政策への評価も辛辣で、民主化を掲げながら実態は「経済的扼殺」と呼ぶべき管理と検閲だったと著者は指摘する。1947年には政府予算の四割以上が占領軍の経費に充てられ、労働者の実質賃金は大きく目減りした。

もうひとつ、著者が両義的に扱うのが「大東亜共栄圏」だ。最終的には利己的な手段へ堕したとしながらも、「アジアを西洋の支配から解放する」という主張自体には真実が含まれていた、と著者は見る。

連合国が呼んだ「解放戦争」の実態は、西洋によるアジア植民地の再征服ではなかったか——そう問いを残すのである。

こうした批判を貫く軸が、タイトルの「鏡」だ。近代日本は西洋文明を映す鏡を掲げてアジアの国際関係に登場した、と著者は書く。私たちは日本の伝統的軍国主義を告発した、しかし「告発はブーメランなのだ」。

日本を非難する言葉は、そっくり告発者へ返ってくる。著者は西洋が日本に教えた最初の教科を「力は報われる」だったとし、では日本の近代史がアメリカに教えたのは何かと問う。

それは「パワー・ポリティクスは逆噴射する」だったかもしれない、と。力で他者をねじ伏せれば、その力はいつか自分に跳ね返ってくる——本書の最も深い警告は、そこにある。次に大国が「正義」を語るニュースに触れたとき、その言葉を鵜呑みにするのか、それとも一度だけ鏡の前に立つのか。

読後に残るのは、その問いである。


この記事をシェア:

次に読む一冊

同じテーマを、もう一段深く考えるための一冊です。

学習・インプット『集中講義 大乗仏教』佐々木閑|ブッダの教えは、なぜ「別物」になったのか『集中講義 大乗仏教』(佐々木閑)の要約。お葬式で耳にするあのお経を、お釈迦様がそのまま説いた言葉だと思っていました。