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『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』橘玲|サラリーマンはあと10年で絶滅する

キャリア・働き方 ✍ 橘玲
約7分で読めます

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『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』
目次

過労死ラインまで働いているのに、日本の労働生産性は先進7カ国でずっと最下位。そのうえ、働く人の大半が心のどこかで自分の会社を嫌っている。この二つが同時に成立している国は、世界を見渡してもそう多くないという。

橘玲『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』は、この奇妙な矛盾を出発点に、日本的な終身雇用と年功序列がどれほど深く壊れているかを、感情を排した事実だけで突きつける一冊だ。

ただ本書の値打ちは、壊れた仕組みを冷たく解剖するところで終わらない。その檻からどう抜け出すかまでを、個人の生存戦略として描き切る点にある。編集部として先に言っておくと、読後に残るのは絶望ではなく、「会社が守ってくれる」という前提を一度疑ってみる冷静な視点だ。

働き方は1.0から5.0へ、日本は周回遅れのまま取り残される

橘さんはまず、働き方を五つの段階に整理する。年功序列と終身雇用で社員を「イエ」の一員として抱え込む日本型が1.0。人種や性別を問わず個人の成果だけで評価するグローバル標準の成果主義が2.0。

プロジェクトごとに世界中から最高の人材が集まり、終われば解散するシリコンバレー型が3.0。組織に一切属さず、個人がプラットフォーム経由で対等に仕事を請け負うギグエコノミーが4.0。

そして機械がすべての労働を担い、人間が労働から解放される(あるいは追いやられる)極限の像が5.0だ。

この地図を頭に入れると、日本の立ち位置がくっきり見えてくる。橘さんが皮肉るのは政府主導の「働き方改革」で、あれは周回遅れの1.0を、なんとか2.0へ引き上げようとする試みにすぎないという。

ところが世界の現実は、すでに3.0から4.0へ急速に移っている。追いつこうとしている相手が、もう次の場所へ走り去っているというのが、日本の働き方をめぐる根本的な構図なのだ。

背景にあるのはテクノロジーの加速だ。半導体の性能が一定周期で倍増するように技術は指数関数的に伸びるが、人間の適応力は直線的にしか伸びない。この「適応のギャップ」こそ、誰もがどこかで感じる働きづらさの土台になっている。

編集部として補足すれば、この段階論はやや図式的で、現実の職場は複数の段階が入り混じっているのが実情だ。それでも、自分の会社がどの段階で止まっているのかを測る物差しとしては、驚くほど使い勝手がいい。

会社を憎むのに辞められない「前近代の身分制」という正体

本書でもっとも辛口なのが、日本企業を江戸時代の身分制になぞらえるくだりだ。

象徴が正社員と非正規の身分差である。同じ仕事でも給与や手当が大きく違い、しかも橘さんによれば、日本の会社は成果ではなく残業時間で昇進を決めている。

どれだけ「イエ」に滅私奉公したかが正メンバーの資格を左右するため、生産性を無視した付き合い残業がやめられない。専門外の仕事も断れず、意に沿わない転勤も拒めず、選べない人間関係のタコツボに閉じ込められる——この不自由さへの怒りが、やる気を根こそぎ奪っていく。

ギャラップ調査で日本の「熱意ある社員」がわずか7〜8%という世界最低クラスの数字は、その帰結だという。

身分制のほころびは、待遇のあちこちに矛盾として噴き出す。「同一労働同一賃金」を進めると、多くの人の期待に反して、非正規の待遇が上がるより先に、人件費を抑えるため正社員の既得権が削られることがある。

実際、日本郵政グループは非正規を引き上げる代わりに正社員の住居手当を全廃した。定年制も、年齢だけを理由にした一律解雇という欧米では違法な年齢差別を、年功序列を維持するためだけに温存している仕組みだ。

定年後の再雇用で仕事は同じなのに給料だけ半減する構造を、橘さんは「合法的な追い出し部屋」と呼んで切り捨てる。

女性をめぐる指摘はさらに直截だ。「専業主婦は2億円損をする」というのは感情論ではなく計算の話だという。大卒女性が正社員として働き続けた生涯賃金と、専業主婦を選んだ場合の差は数億円規模に及ぶ。

学歴が高くても、性別という身分の前ではあっさり逆転してしまう。ここは数字の前提の置き方で幅が出る主張なので鵜呑みは禁物だが、「働き方の選択が生涯収入をこれほど左右する」という事実の重さは、立ち止まって受け止める価値がある。

成果主義は冷酷ではなく、差別を排除するために生まれた

多くの日本人がつまずくのが、「成果主義=冷酷なネオリベの陰謀」という思い込みだ。橘さんはこれを真っ向から否定する。

成果主義が育ったのは、アメリカの公民権運動以降の反差別の潮流のなかだった。人種や性別、年齢で人を評価してはならないと徹底した結果、正当な評価軸として最後に残ったのが「個人の実績と資格」だけだったのだ。

差別を排除しようとした果てに生まれた最もリベラルな制度こそが成果主義であり、だからこそ世界標準になった、というのが本書のもっとも意表を突く論点である。

世界の先端企業の実践も、この文脈で読むと腑に落ちる。Netflixは会社を家族ではなくプロスポーツチームと捉え、業界最高水準の報酬を払う代わりに、スキルが合わなくなれば十分な退職金とともに解雇する。

有給や経費の規定さえ廃し、社員を「信頼された大人のプロ」として扱う。Googleは「自分より優秀な人だけを雇う」を原則に、複数の評価者の合意やOKRで上司へのゴマすりを排し、トップには意図的に「不公平」なほど高く払う。

冷たく見えて、実は評価から属人的な情実を締め出すための設計なのだ。

ただし橘さんは光だけを描かない。テクノロジーが進めば会社も管理職も消えるという理想論に対し、経済学を持ち出して静かに反論する。取引費用理論に立てば、相手探しや交渉や監視のコストを社内でまとめたほうが安いから、会社という枠組みは合理的に生き残る。

不完備契約理論に立てば、想定外の事態で誰が最終決定するかという権限を握る「信頼の器」として、会社が必要になる。無意味に見える調整業務(ブルシット・ジョブ)ですら、なくせば部門間のすり合わせが崩れる合理性を持つ。

冷徹な現実主義と、安易な未来予測への懐疑が同居しているところに、本書の厚みがある。

「生涯学び続けろ」の励ましに潜むモチベーション・デバイド

本書がもっとも挑発的なのは、一見前向きなメッセージの裏側を暴くところだ。

「AI時代を生き抜くために生涯学び続けよう」。知識人や経営者が好んで語るこの励ましを、橘さんは「残酷な欺瞞」と切り捨てる。理由は二つ。人間の知能や学習意欲がかなりの程度、生まれつきに左右されるという認知科学の事実。

そして、それを無視して「やれば誰でもできる」を前提にすれば、ついていけなかった人が「やる気がないだけ」と自己責任にされてしまうことだ。橘さんはこの新しい格差を「モチベーション・デバイド(やる気の格差)」と名づける。

ここには自由の逆説が横たわっている。社会がリベラルになり、不合理な差別が消えていくほど、成功も失敗もすべて個人の能力と選択に帰される。あらゆる差別がなくなり自由になるほど、その裏側で個人の責任だけが重くのしかかってくる、という逆説を直視することが次の一歩の出発点になる。だから橘さんは、人生100年時代を能天気に描く楽観論を「バカげている」とまで一喝する。

編集部としては、この悲観をそのまま丸呑みする必要はないと考える。生まれつきの差を認めることと、努力を諦めることは別の話だからだ。むしろ本書の値打ちは、「頑張れば報われる」という善意の物語がこぼれ落としてきた人々の存在を、目をそらさず名指しした点にある。

励ましの言葉が、いつのまにか脱落した人を裁く刃に変わる——その危うさを一度知っておくことは、他人を測るときにも、自分を追い込むときにも効いてくる。

100年人生を生き延びる、タグ・ギブ・長く働くの3戦略

では個人はどう動けばいいのか。橘さんの処方箋は、拍子抜けするほどシンプルだ。

第一に、自分の「専門性(タグ)」を一つ決め、会社の看板なしで稼げる形にする。世界では仕事を問われれば「会計士」「エンジニア」と専門で答えるのに、日本人は「トヨタで働いています」と会社名で答える。

何が専門かわからないゼネラリストは、世界の労働市場では存在価値を持たない。まず「自分は何のスペシャリストか」を一つ選び、看板を外しても通じるスキルを意識して磨くことだ。

第二に、知識と人脈という「いくら与えても減らない資産」を惜しみなくギブする。役立つ情報を教え、相性のいい人同士をつなぐ。自分のコストはほぼゼロなのに評判だけが積み上がる「負けないギャンブル」であり、そうしてハブになった人のもとに、情報と富が自然と集まっていく。

第三に、「長く働く、いっしょに働く」ライフプランを設計する。老後問題とは、突きつめれば「老後が長すぎる」問題であり、長く働けば問題そのものが縮んでいく。

年収300万円の仕事でも70歳まで続ければ10年で3000万円の超過収入になり、夫婦それぞれが月20〜30万円を稼ぎ続ければ、頼りない年金に依存せずとも経済的な安定が手に入る。

人的資本で稼いだお金を金融資本へ回していく長い旅は、若いうちから始めるほど有利になる。

この処方箋が絵空事に聞こえないのは、世界の潮流がすでにその方向へ動いているからだ。アメリカでは労働人口の一定割合が、組織に属さないギグワーカーとして働いている。

企業は正社員を抱えると人件費の三割超が福利厚生などの固定費になるため、必要な人材を必要なときだけ調達する方向へ傾く。労働者側も、独立した人ほど幸福感が高いと答え、ミレニアル世代の多くは一つの職場に長く留まる気がないという。

会社は人を抱えたくない、個人も縛られたくない——双方の利害が一致した歴史の必然だと橘さんは見る。そこで最大の資産になるのが「評判経済」だ。組織を離れた個人にとって、いちばんの元手はよい評判、つまり自分のブランドであり、SNS時代にはこの評判こそが次の仕事を運んでくる。

第二の「ギブ」の戦略が効くのは、まさにこの評判が通貨として回る世界だからにほかならない。ただし橘さんは影も書き添える。この自由は、低スキルの働き手には「底辺への競争」とセーフティネットの薄さの裏返しでもある、と。

この三つに通底するのは、しがみつく先を「会社」から「自分自身という資産」へ移し替えるという一貫した発想だ。会社は、あなたが思うほど長生きしない。

人生100年時代には、従業員より先に会社のほうが寿命を迎える。だとすれば頼るべきは看板ではなく、看板を外しても名乗れる自分の中身しかない。本書を閉じたあとに明日できる最初の一歩は、たった一つでいい。

会社名を消したとき、自分は何者として名乗れるのかを、言葉にしてみることだ。


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