「引っ越しで出たゴミが、5トントラック2台分」。物欲もブランド志向もないと思っていた人の部屋から、それだけの量が出たという。本書の著者・四角大輔は、レコード会社でミリオンヒットを連発したヒットメーカーだった。
だがその成功の裏側で心身を壊し、最終的にすべてを手放してニュージーランドの湖畔へ移り住む。10年以上暮らした部屋から出たゴミは、70リットルの袋で30個。
『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』は、その「捨てる」という営みを50項目のリストに落とし込んだ本だ。何かを足して自分を大きく見せるのではなく、引き算で身軽になる。
語られているのは、突きつめればその一点である。
削ることで、本来の自分に戻る
四角の主張はシンプルだ。人生とは、余計なものを削りながら自分らしさを取り戻していくプロセスである——。足し算ではなく消去法で自分に近づく、という発想が本書の背骨になっている。
自己啓発の多くが「何を身につけるか」を説くのに対し、本書は徹底して「何を手放すか」だけを問う。装備を増やして強くなるのではなく、削って軽くなる。
タイトルが20代に向けられているのも、まだ荷物が軽いうちに引き算の癖をつけておけ、という意味に読める。
説得力の源泉は、まぎれもなく実体験だ。会社員時代の四角は、過度なストレスから顔面麻痺やじんましんに襲われていた。何かを足して耐えるのではなく、要らないものを一つずつ消していく。その延長線上に湖畔の暮らしがあった、という筋書きは妙に生々しい。
もう一つの原体験が登山である。四角は3000メートル級の山を20以上越える約80キロのロングトレイルを、衣食住のすべてを背負って歩いたことがある。
持ち物は306アイテム。1つあたり10グラム妥協するだけで総重量が3キロ増える計算になるため、グラム単位で切り詰めて17.5キロに抑えたという。
結果、筋肉痛もなく笑顔で歩き切った。削れば削るほど身軽になり、笑顔でいられる——この山で得た実感が、本全体を貫く価値観になっている。ここは精神論ではなく、重さという物理で語られているぶん、腑に落ちやすい。
モノを一つ持つたび、自由を一つ手放している
第1章の鍵は「ノイズ」だ。四角の定義では、ノイズとは視界に入る大好きなモノ以外のすべてを指す。散らかった机やモノは、空間だけでなく思考まで複雑にし、決断力を鈍らせる。
だからまず机の上をリセットする。四角の机にはパソコンとお気に入りのティーカップしか置かれていないという。視界からノイズが消えると、思考が急に輪郭を持つ、というわけだ。
ここで効いてくるのが「モノが一つ増えると、自由が一つ減る」という因果である。何かを持てば、それを管理し、収納し、維持するための時間とエネルギーを差し引かれる。
所有とは自由の消費だ、という捉え方だ。断捨離本にありがちな「スッキリして気持ちいい」で終わらせず、コストの問題として言い切っているところに本書の芯がある。
面白いのは「外部倉庫」という発想だ。日用品を安いうちにまとめ買いしてストックする人は多いが、四角は逆をいく。近所のコンビニを自分の大型冷蔵庫、通販サイトを巨大な倉庫と見なし、必要になった瞬間だけ取りに行けばいい、と考える。
こうすれば収納スペースからも「今買わなきゃ」という強迫観念からも解放される。捨てる基準も潔い。今使っていないモノは捨てる。迷ったら、とりあえず捨てる。
それだけだ。
さらに「出し惜しみ癖」も捨てる対象に挙げられる。モノも情報もチャンスも独占せず、より必要としている人へ手渡して循環させる。見返りを求めずに手放すと、めぐりめぐって自分にも返ってくる——四角はこれを地球規模の見えない循環システムと呼ぶ。
ここはややスピリチュアルに響くが、「抱え込むより回した方が結果的に豊かになる」という実利として読めば納得感はある。
「最低いくらで生きられるか」を数字で握る
お金の話で核になるのが「ミニマム・ライフコスト」という概念だ。自分や家族が健康的かつ快適に暮らすために、1年間で最低いくら必要か——その金額を指す。
多くの人は収入が増えると生活レベルを上げる。だが一度上げてしまうと、それを失うのが怖くなって挑戦できなくなる。四角が目指すのは逆で、生活レベルをあえて収入に「合わせない」状態だ。
この最低ラインを一度でも数字で把握しておくと、「すべてを失うかもしれない」という根拠のない恐怖が消えていく。いざとなればここへ戻ればいい、と体でわかるからだ。
だから会社やお金に怯えず、勝負どころでフルスイングできる。四角自身、ニュージーランドなら年150万円あれば十分暮らせる知恵をすでに持っている、と書く。
節約についても釘を刺す。我慢を強いる「節約のための節約」は、脳の構造上どうせ続かない。大事なのは、何にお金を使うかを自分で能動的に選ぶこと。
「これだから買う」と心から言えるものだけに、お金を流していく習慣である。ここは、ただのケチとの決定的な違いとして押さえておきたい。個人的には、この「最低生活費を一度だけ数字にする」という一手こそ、本書で最も実用的な提案だと思う。
ミニマリズムは精神論に流れがちだが、ここだけは電卓一つで今日試せて、しかも不安が具体的な金額に置き換わるぶん効き目がはっきりしている。
仕事も人間関係も、引き算で強くなる
第2章のワークスタイルは、引き算で仕事が速くなるという話だ。まず捨てるのはマルチタスク思考。複数を同時に進めようとすると「次は何を」という心のよそ見が生まれ、目の前の質が落ちる。
やるべきことを順番に並べ、今の1つ以外は見向きもしない。不得意な仕事を抱え込むのもやめる。人はパズルのピースのように凸凹しており、補い合うから大きな仕事ができる。
苦手は得意な人へきれいにパスし、自分にしかできない仕事に集中する——それをプロの義務だと四角は言い切る。
多数決も捨てる対象だ。全員からまあまあのオーケーをもらう仕事は、コストばかりかかって誰の心にも刺さらない凡庸なものになる。100万人に届く歌ですら、もとは誰か一人の熱狂から生まれている。
無難さより一人の直感を起点にする方が強い、という主張には、ヒットメーカーだった人ならではの重みがある。ToDoリストも同様で、やりたいことへ直結しないものは人生のノイズとして半分以上削っていい、とする。
外から降ってくるToDoに追われるのではなく、自分の内側から湧く「やりたいことリスト」のほうを人生の羅針盤にする。回し車を回し続けるハムスターにならないための、静かな抵抗と言ってもいい。
第4章の人間関係は、さらに勇気がいる。広く浅い人脈から得られるのは、知り合いが多いという安心感だけ。集めた名刺の束は何も生まない。無理に他人へ合わせ続けるくらいなら、「付き合いの悪い奴」と思われた方がずっといい。
では誰を大切にするのか。四角の基準は明快だ。自分のためにリスクを引き受けてくれた人、損得抜きで助けてくれた相手にこそ、真っ先に恩を返す。孤独の扱いも独特で、一度街を離れて外部の情報を遮断すると散らかった心がリセットされる、と言う。
孤独は避けるものではなく、使うものだという構えだ。
退路は断つな、逃げ道を用意しろ
本書がもっとも既存の自己啓発と袂を分かつのが、第5章の「逃げ道」の話だ。多くの本は「退路を断て」と説く。四角は真逆で、人間の脳はそもそも新しい挑戦を嫌い現状を守ろうとする構造だから、最初の一歩を踏み出すためにこそ、あらかじめポジティブな逃げ道を用意しておけ、と言う。
いざとなれば食いつなげる手段がある。その安心があるからこそ、本番で思い切りフルスイングできる。逃げ道は臆病さではなく、攻めるための装備なのだ。
会社の辞め方も現実的だ。感情に任せて辞めれば、環境も仲間もサポートも失って必ず後悔する。だからまず生活レベルを下げ、ミニマム・ライフコストをどこまで落とせるか実験する。
そのうえで今の仕事を「教材」、嫌な上司を「教官」と捉え直し、辞める前に必ず一つは成果を出す。「ダメだったから辞める」という去り方では、どこへ行っても負け犬気分が続く、と手厳しい。
身体のメンテナンスも、同じ引き算の思想で貫かれている。睡眠は「今日の終わり」ではなく「明日の始まり」と捉え、とりわけ午後10時から午前2時、細胞が修復されるゴールデンタイムに眠りを寄せる。
寝る直前は胃を空にし、軽い断食状態で床につくと眠りの質が上がるという。食事も「昼になったから食べる」ではなく「本当に空腹になってから食べる」に戻す。
人類200万年の歴史で過食の期間はせいぜい直近の100年ほど、身体はそもそも食べ過ぎに対応していない——という理屈だ。コンディションすら、余計な習慣を削って整えるものとして扱われる。
この思想が届く範囲と、その裏側
正直に書けば、四角のストイックさは万人向けではない。500ミリリットル以下のペットボトルは買わない、洗車は一切しない——ここまで削れるのは、独身で身軽だった時期の話でもある。
家族がいる人や、そもそもモノを愛でることが好きな人には、そのまま適用できない部分は確実にある。本書を50項目の命令書として読むと窮屈だが、「自分にとってのノイズは何か」を問い直す装置として使えば、生活のどんな段階でも効いてくる。
そして本書が誠実なのは、自由の代償を隠さない点だ。巻末の対談で四角は、ノマド的な自由の裏に、20代の10年間、骨を削るようながむしゃらな努力があったと明かす。
自由には、それを支えるだけの実力と自己責任が必ずセットになっている。捨てる目的は、何もなくすことではない。徹底的に削ったあとに残る、どうしても譲れない何か——それを見つけるために捨てるのだ。
まずは机の上のノイズを一つ消すところから始めればいい。
