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『転職2.0 日本人のキャリアの新・ルール』村上臣|転職は「ゴール」ではなく「手段」だった

キャリア・働き方 ✍ 村上臣
約9分で読めます

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『転職2.0 日本人のキャリアの新・ルール』
目次

「今の仕事にやりがいはある。でも上司とは合わない」「給料はいいけど、会社の将来が不安だ」。

何かを我慢しながら働いている。そんな感覚に心当たりがある人は、決して少なくないはずです。

かつての日本では、転職はトレードオフの代名詞でした。年収を取れば人間関係を失い、やりがいを取れば安定を失う。何かを得るには、必ず何かを諦める。それが当たり前の前提として共有されてきました。

『転職2.0』は、その前提そのものを壊しにきます。著者はLinkedIn日本代表(当時)を務めた村上臣さん。やりがいも年収も人間関係も、全部諦めずに手にできる。そう言い切るための「価値観のアップデート」と「具体的な方法論」を一冊に凝縮した本です。

編集部が読んでいて面白いと感じたのは、ここで特別な才能や強烈な個性を一切求めていない点です。むしろ「自分には強みなんてない」と思い込んでいる人にこそ刺さるよう、本書全体が設計されています。

図解

核心は「自分株式会社の時価総額」を上げること

本書を一行に圧縮するなら、転職の目的を「1回の成功」から「自己の市場価値の最大化」へ置き換える、という主張に尽きます。

その中心にあるのが「自分株式会社」という発想です。自分のキャリアを一つの会社経営に見立て、自分自身がその経営者になる。会社でいう時価総額にあたるのが、あなたの市場価値だというわけです。

著者がこの考えを得たのは、ヤフー時代の社長・宮坂学さん(現・東京都副知事)の影響だといいます。宮坂さんは社員に「自分の幸せが最大になるよう、自分自身の経営者になれ」と繰り返し説いていた。「株式会社俺」という言い回しです。

ここで効いてくるのが視点の転換です。転職はゴールではなく、自分株式会社の時価総額を上げるための一手段にすぎない。転職を「終着点」ではなく「経営判断の一つ」として捉え直す──この一点が、本書のすべての出発点になっています。

そして市場価値は、需要と供給で決まります。企業が求めているものと、自分が提供できることのバランス。だから価値を上げたいなら、求人情報を集めるより先に、自分の供給力を明確にして市場に差し出す必要がある。

編集部としても、この「情報収集より自己供給」という順番の転換は強調しておきたいところです。

転職1.0から2.0へ、入れ替わる5つの軸

本書は古い転職の常識を、5つの軸でまるごと更新します。これが全体の地図になります。

1つ目は目的。 「1回の転職の成功」から「自己の市場価値の最大化」へ。転職そのものが目的だった時代から、転職を手段として使いこなす時代へ。

2つ目は行動。 「情報収集」から「タグ付けと発信」へ。求人サイトを眺めるのではなく、自分を言語化して外へ出していく。

3つ目は考え方。 「スキル思考」から「ポジション思考」へ。やみくもにスキルを積むのではなく、目指す役割から逆算する。

4つ目は価値基準。 「会社で選ぶ」から「シナジーで選ぶ」へ。社名やブランドではなく、相乗効果で会社を選ぶ。

5つ目は人間関係。 「人脈づくり」から「ネットワークづくり」へ。狭く深い繋がりから、広くゆるい繋がりへ。

この5軸の背景にあるのは、終身雇用の崩壊です。会社が個人の一生を守れなくなった結果、キャリアの意思決定権が会社から個人の手に戻ってきた、と著者は捉えています。

数字も主張を裏打ちします。各国の平均勤続年数はイギリス8.0年、ドイツ10.7年、フランス11.4年。日本の11.9年も今後は短くなる流れにあり、これからは誰もが一生に4回は転職を経験する時代になると著者は見ています。

労働力人口も2020年の約6400万人から、2050年には4900万人程度まで減るとされます。

ここで編集部が補助線を引くなら、人生の時間軸です。会社の寿命より、個人の労働寿命のほうが長くなった。これまで約40年で定年だったものが、その40年が折り返し地点になり、80年近く働く世界が来るかもしれない。

一つの会社に依存し続けることのほうが、むしろ最大のリスクになりつつあるのです。

タグ付け──強みは「ない」のではなく「言葉にできていない」だけ

ここからが本書の実践パートです。最初のステップが、自分を知るための「タグ付け」。

タグとは、自分を想起させるキーワードのこと。荷札のようなものだと考えてください。著者は、自分の経験を5つの切り口に分解せよと言います。

ポジション(法人営業、エンジニア、リーダーなど)、スキル(インサイドセールス、プログラミング、英語など)、業種(自動車業界、IT、人材派遣など)、経験(海外経験、チーム売上3倍、中小企業相手など)、コンピテンシー(達成志向、誠実性、主体性などの行動特性)。この5分類です。

「自分には誇れる実績がない」と悩む人へ、著者は真っ向から否定します。実績がないのではなく、それを明確に言葉にする方法を知らなかっただけだ、と。今お金をもらって働いている時点で、その働きを会社が認めている証拠であり、それは立派なプロの実績だという論理です。

この発想転換は地味ですが効果的だ、と編集部は感じます。「強みがない」という悩みの正体は、多くの場合「棚卸ししていない」だけ。問題を能力の不足ではなく言語化の不足として捉え直すと、打ち手が一気に具体的になります。

タグを客観的に見つける方法も用意されています。友人が第三者に自分をどう紹介するか想像する「他己紹介」、転職の意思がなくても一度求人サイトに登録して市場の反応を見ること、キャリアコンサルタントに会うこと、似た経歴で活躍している人のSNSを参考にすること。この4つから始められます。

掛け合わせると、希少性が一気に立ち上がる

タグを見つけたら、次はそれを高めるステップ。鍵になるのが「掛け合わせ」です。

一つのタグは、たいてい他の誰かも持っています。「法人営業」だけでは市場価値になりません。しかし「法人営業 × 自動車業界 × インサイドセールス × 英語」と掛け合わせると、そんな人材はそうそういない。希少性が一気に立ち上がります。

ここには、一つのスキルを極めることへの警告も込められています。著者は、昔の駅員が改札で切符を切る技術をどれだけ磨いても、自動改札の普及で価値を失った例を引きます。

一つのタグに固執すると、そのタグが時代遅れになった瞬間に行き場を失う。だからこそ、複数を掛け合わせて分散させるわけです。

そして掛け合わせたタグは、SNSで発信して市場に認知してもらう。発信を続けると「この分野ならあの人」と第一想起されるようになり、企業から直接スカウトされる「ダイレクトソーシング」や、知人経由の「リファラル採用」のチャンスが増えていきます。

ここで著者は鋭い一言を放ちます。いくら情報を集めても、あなたの価値は1ミリも高まらない。求人サイトを漫然と眺める時間を、自分のタグを発信する時間に振り替えろ、と。

インプット中心の転職活動を、アウトプット中心へ反転させる。この発想は、転職を考えていない人にとっても有効だと編集部は考えます。

スキル思考をやめて、ポジションから逆算する

3つ目の軸が「ポジション思考」です。

スキル思考とは、目指す場所を決めないまま、とりあえず資格や語学を積み上げる発想。終身雇用の時代には通用しましたが、今は違うと著者は言います。

例として挙げられるのがTOEICです。スコア600までは基礎力の目安になる。けれど800を超えても、英語で実務をこなせない人はごまんといる。点数を伸ばすこと自体が目的化すると、市場価値には結びつかないわけです。

ポジション思考はその逆をいきます。先に目指す役割を決め、そこから逆算して必要な経験やスキルを特定する。ゴールが定まれば、今の自分とのギャップが可視化され、何を学ぶべきかが自動的に見えてきます。

業界を変えるときのコツも実践的です。業界とポジションを同時に変えるのはリスクが高い。だから片方だけ「ずらす」。業界を固定してポジションを変えるなら需要の多いホットな役割を狙い、ポジションを固定して伸びている業界へ移れば収入を上げやすい。

伸びる業界の見極め方も具体的です。著者がすすめるのは、業界1位の上場企業の有価証券報告書を読むこと。企業のホームページや求人サイトには自社を良く見せるバイアスがかかるが、有価証券報告書には市場規模もリスクも赤裸々に開示されている。

最初の数ページのサマリーを読むだけで、精度の高い業界研究ができるというわけです。

会社は「ブランド」ではなく「シナジー」で選ぶ

4つ目の軸が「シナジー」です。

有名企業だから、親が知っているから。そんな他人軸で会社を選ぶと、業績が悪化したりM&Aで環境が激変したりしたとき、身動きが取れなくなります。

シナジーで選ぶとは、個人と会社が良い意味でお互いを利用し合い、相乗効果で成果を出すことを基準にすること。自分のタグを会社が活かしてくれるか。同時に、会社が自分の能力を伸ばす投資をしてくれるか。この両方が揃う会社を選べば能力が伸び、結果として市場価値も最大化されます。

著者自身が、この基準で動いてきた人です。ヤフーを一度退職した後、「モバイルのプロダクト開発に携わりたい」という自分の希望と、「PCからモバイルへシフトしたい」というヤフー側の事情が合致したため、出戻り転職をした。

変革を一段落させたタイミングで、次のシナジーを求めてLinkedInへ移った。会社を踏み台ではなく、相乗効果のパートナーとして渡り歩いてきたわけです。

カルチャーフィットも見逃せません。スキルが合っていても、企業のミッションやカルチャーに共感できなければ不幸なミスマッチになる。成長している企業ほど、経営者だけでなく現場の一人ひとりまでミッションが浸透していると著者は指摘します。

人脈ではなく、広くゆるいネットワークを持つ

最後の軸が「ネットワークづくり」です。

人脈とは、同期や同じ大学の先輩後輩のような、狭く深い強い繋がり。一方ネットワークは、直接一緒に働いたことがない人も含む、広くゆるい弱い繋がりを指します。

転職のチャンスや、他業界の新鮮な情報、プロジェクトへの誘い。こうしたものは、弱い繋がりから生まれる確率が高い。著者はその根拠として、心理学者スタンレー・ミルグラムが1960年代に行った「シックス・ディグリーズ理論」を引きます。

世界中の人は6人を介せば間接的に知り合いになれる、というあれです。キーパーソンは、強い繋がりよりも弱い繋がりの中に潜んでいやすい、というわけです。

ネットワークの広げ方も段階的です。まず他社で働く同じ業界や近い業界の人から繋がり、そこから徐々に異業種へ広げていく。とくに、同じポジションで違う業界にいる人や、同じ業界で一つ上のポジションにいる人をメンターにすると、視座が引き上げられます。

実際、こうしたゆるい繋がりが転職を生んだ例も紹介されています。著者のヤフー時代の元部下は、当初まったく転職に興味がなかったものの、著者から研究所立ち上げの話を聞きに行き、そのままマネーフォワードへ移って新しい挑戦を始めたといいます。

「仕事はツラいもの」という思い込みを手放す

5つの軸を貫いているのは、我慢しない働き方という思想です。

「仕事は厳しくてツラいもの」「ツラい経験を乗り越えることに価値がある」。この思い込みは根深い。やっかいなのは、自分が我慢してきた人ほど「周りも我慢して当然」というメンタリティを持ってしまうことです。

著者はさらに一段深く切り込みます。「会社があっての自分」という価値観は、高度経済成長期に作られた共同幻想にすぎない、と。多くの人がこの呪縛に囚われ、転職に後ろめたさを感じている。けれど人生の主導権はあくまで自分にある。それを思い出せば、罪悪感から解放されるという論立てです。

そして、我慢しない働き方を認める会社こそがこれからの「いい会社」であり、結果として業績も伸びる、と著者は見ています。本書がくれる最大のものは、テクニックではなく「我慢しなくていい」という許可なのかもしれません。

今日からできる3つの行動

最後に、明日から動くなら次の3つです。いずれも転職予定の有無にかかわらず効きます。

1. 職務経歴書を更新して、自分のタグを書き出す。 直近の仕事で何に貢献したかを棚卸しし、ポジション・スキル・業種・経験・コンピテンシーの5つに分解する。これだけで自分の市場価値が可視化されます。

2. 自分のタグをSNSで発信する。 業界のニュースに専門家としての意見を一言添えて投稿し、それを定期的に続ける。求人サイトを眺める時間を、こちらへ振り替えるのがポイントです。

3. 気になる業界の1位企業の有価証券報告書を読む。 「事業の状況」と「事業等のリスク」を読めば、市場規模も将来性も課題も見えてくる。面接での逆質問の材料にもなります。

やることは驚くほど地味で、誰にでもできます。それでも著者いわく、日本人の99%はやっていない。まずは職務経歴書を開いて、直近半年の自分が「何に貢献したか」を一行書いてみる。自分株式会社の決算は、その一行から始まります。


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