今の職場に愛着や熱意を感じている日本人は、わずか5%。
これはギャラップ社が125か国で実施した調査の数字で、日本はこの項目で最下位に沈みます。世界平均が23%ですから、ぶっちぎりの低さです。それなのに私たちは「日本人は勤勉な民族だ」と信じて疑いません。
ひろゆきさん(西村博之さん)の『僕が若い人たちに伝えたい 2035年最強の働き方』は、その「勤勉さ」がそもそも後から作られた思い込みではないか、と疑うところから出発します。
10年後の日本を見据えたとき、若い世代がどう働けば不安に押しつぶされず、幸せに生きていけるのか。精神論や根性論を一切まぶさずに書かれた、いわば「しんどくない稼ぎ方」の指南書です。
将来のお金やキャリアに理由もなく胸がざわつく、そんな正体不明の不安を抱える人にこそ効きます。

「やりがい」を求めるほど、搾取される
本書がまず壊しにかかるのが、「仕事にはやりがいが必要だ」という、誰も疑わない常識です。ひろゆきさんは、働く根本の理由は「食べていくため」だと言い切ります。
そこに無理にやりがいを上乗せすると、かえって危ない方向へ転がりやすい。好きなことだと、人は安い給料や長時間労働を突きつけられても文句を言わず働き続けるからです。
これがいわゆる「やりがい搾取」で、雇う側にとってこれほど都合のいい労働者はいません。
そこで本書は、二つの言葉を分けて使います。人生をかけて成し遂げたい夢が「ライフワーク」、食べていくためにお金を稼ぐ手段が「ライスワーク」です。この二つを完全に一致させられる人は一握りで、大多数にとっては混同しないほうがむしろ安全だ、というのが本書の立場です。
ライスワークは「楽しくはないけど続けられそう」くらいの基準で選び、効率よく稼ぐ。そうやって空いた時間とお金を、自分のライフワークに回していく。この割り切りこそが一番無難だと説きます。
ここで前面に出てくるのが「ラクして稼ぐ」という発想です。誤解されやすいのですが、これはサボることとは違います。仕組みをハックして最小限の努力で出世する、自分を高く買ってくれる市場へ移る、業務を自動化して手間を削る。頭を使った効率化のことです。
資本主義で最もラクな稼ぎ方は、投資や会社経営のように、自分が汗を流さなくてもお金が生まれる仕組みを持つことだといいます。逆に、何でも真面目に引き受けすぎる人は「利用しやすい人」と認定され、消耗するだけ。
だから会社は「利用するもの」と割り切り、クビにならない最低限の努力で働く「静かな退職」も賢い選択肢として肯定されます。
「勤勉な日本人」は、明治政府が作った
私たちが空気のように受け入れている「働くことは国民の義務」という感覚も、本書は疑います。ひろゆきさんによれば、これは資本主義というより、むしろ社会主義に近い発想です。
「働かざる者食うべからず」を政治的に広めたのは、ソ連を作ったレーニンでした。もともとは新約聖書の一節ですが、これを使って「不労所得は悪」という価値観が社会主義国家の土台に据えられたといいます。
日本人の「勤勉さ」も、自然発生したものではないと本書は指摘します。明治後期、国力を引き上げるため政府は国民を必死に働かせようとしました。薪を背負って本を読む二宮金次郎(尊徳)を勤勉のお手本に仕立て、全国の小学校に銅像を建てる。
いわば国家規模のプロパガンダで、「日本人は勤勉な民族だ」という自己像が刷り込まれた、という見立てです。
ここで冒頭のエンゲージメント5%という数字が効いてきます。仕事への熱意は世界最下位。職場以外で学び続ける成人の割合も、調査対象18か国で日本が最下位でした。
学習について「とくに何もしていない」と答えた人が5割を超えるのは、日本だけです。勤勉という自己イメージと、データが映す実態は、ずいぶん食い違っています。
ここまで読むと、肩の力がふっと抜けます。「ちゃんと働けていない自分」を責める必要は、そもそもなかったのかもしれない、と。罪悪感の出どころが後付けの思い込みだとわかると、視界は晴れます。
人気企業に入るほど、不利になるという逆説
「いい大学から大企業へ」という王道のレールも、本書はもう機能していないと断じます。象徴的なのが、就職人気ランキング上位の企業に対する見方です。
ひろゆきさんは、上位の会社を「現時点でピークにあって、これから衰退していく会社」とみなします。さらに人気企業には甘い汁を吸おうとする既得権益狙いの人材が集まりやすく、それが内側から組織を弱らせる。
だから入った瞬間がピークになりがちなのです。
その背景にあるのが、日本独特の雇用のかたちです。本書はこれを「メンバーシップ型雇用」と呼びます。新卒を一括採用し総合職として育て、配置転換していく「人を採ってから仕事を割り当てる」やり方です。
対して欧米で主流の「ジョブ型雇用」は「仕事に対して人を採る」。この差が大きく効いてきます。
メンバーシップ型では、職種を選ぶ「就職」というより、組織の一員になる「就社」になりやすい。配属先も選べず、専門性が育ちにくいまま安月給で働かされることもある。だから優秀な若手ほど日本企業を避け、成果に見合う給与が得られるジョブ型や外資へ流れている、という現状認識です。
そしてここに、もっと重い前提が乗ります。日本の人口です。本書によれば、2004年の1億2700万人をピークに減少が続き、2070年には9000万人を割り込む見通し。
国内市場が縮み続ける以上、大企業でも事業売却やリストラは当たり前になる。会社に人生をまるごと預ける戦略は、土台から崩れています。
不安の正体は「選択肢の少なさ」だった
では、どうすればいいのか。本書の答えは、拍子抜けするほどシンプルです。「将来どうなってもなんとかなる」と思えるくらい、人生の選択肢を増やすこと。これに尽きます。
その具体策は三つ。自分から動いて選択肢を増やす。気づいていなかった選択肢を知る。自分で捨てた選択肢を呼び戻す。要するに、逃げ道を何本も用意しておくということです。
面白いのは、選択肢が消えていく一番の原因を「自分のこだわり」だと言い切る点です。無意識のプライドや「これだけはイヤだ」という条件が、本人の可能性を勝手に狭めている。だから第一歩は、新しく増やすより先に、自分がすでに手放しているものに気づくことなのです。
その選択肢を生み出す土台になるのが「開拓力」です。環境に不満をこぼすのではなく、いまの自分にできることを考えて新しい世界に飛び込む力で、本書はこれを五つの要素で説明します。
最重要が「独学力」、残りは行動力、失敗を恐れない姿勢、こだわりすぎないこと、人に好かれる力。どれも才能ではなく姿勢の問題だという点が救いになります。
なかでも独学力を圧倒的に重視するのは、今やネット上にプロレベルの情報が無料で転がっており、これさえあれば未経験の分野でも習得できるからです。
行動についても、心が軽くなる一文があります。行動とは「やるか、やらないか」の問題であって、「成功するか、しないか」の問題ではない、と。ダメなら次を探せばいいだけ。
「ま、なんとかなるんじゃね?」という楽観が、そのまま力になります。
わかりやすい危険信号も示されます。「刺身のパックに黄色いタンポポを置く作業」のように、何年続けても他社で通用するスキルが残らない仕事です。社内だけのルーティンは、自動化されれば一瞬で消える。だからこそ、どこへでも持ち運べるポータブルスキルが要るのです。
最強の資格は「大卒」と「英語力」
選択肢を最大化する具体的な武器として、本書がはっきり名指しするのは、たった二つです。大卒カード(大学卒業資格)と、英語力。
最近よく聞く「大卒不要論」に、ひろゆきさんは真っ向から反対します。あれは才能ある強者の論理であって、むしろ平凡な多くの人にとっては、大卒こそコスパ最強の資格だと言うのです。
理由は海外にあります。海外は日本以上に露骨な学歴社会で、就労ビザや管理職への昇進に大卒(学士)以上を最低条件とする国が少なくありません。一方で日本の大学は入ってしまえば卒業しやすく、これほどラクに取れる学士資格は世界的に珍しい。
だからいわゆるFラン大学でも、奨学金を借りてでも取る価値がある、という思い切った立場です。
もう一つが英語力です。ただし、ここでの英語はペラペラ流暢に話すための英語ではありません。本書が強調するのは、あくまで「情報収集ツール」としての英語。
数字が強烈です。世界のネットコンテンツで使われる言語は、英語が49.5%でトップ、日本語は4.9%。グーグルで「アインシュタイン 功績」と日本語検索すると約6万件ですが、英語で「Einstein Achievements」と検索すると1250万件。
英語のほうが200倍以上も情報が多い。日本語だけで生きるのは、世界の情報のごく一部で戦うようなものです。
これは著者自身の体験にも裏づけられています。フランス移住の際、「部屋を借りるには口座が必要」「口座開設には居住者証明が必要」という無限ループに陥ったとき、英語で検索したら同じ壁にぶつかった外国人の解決策が見つかり、突破できたといいます。
翻訳AIが進化しても、英語ができなければそもそも世界の半分の情報に触れられない。だから英語は今なお必須なのです。
英語力は、他のスキルと掛け算することで市場価値を一気に引き上げる「付加価値材料」にもなります。本格的に身につけたいなら「四の五の言わず海外に行け」。英語漬けの環境へ飛び込むのがいちばん早いと、本書は背中を押します。
「別に日本にこだわらなくてもよくね?」
大卒と英語がそろうと、その先に見えてくるのが「世界を職場にする」という発想です。本書はここで、日本の現実を冷静に突きつけます。OECDの賃金比較で日本は38か国中25位。
同じ仕事でも、韓国なら約1.2倍、アメリカなら約2倍の給与がもらえる。だから今、高い報酬を求めて海外へ「出稼ぎ」に出る若者が増えています。オーストラリアのワーキング・ホリデーでは、カフェのバイトで月収40万〜50万円という事例も紹介されます。
働く場所の選択肢も広がっています。場所に縛られず働く「デジタルノマド」向けのビザは、2024年8月時点で世界66か国に導入済み。海外で永住する日本人は55万人で過去最高、長期滞在者を含めると約130万人。日本人の100人に1人が、すでに海外で暮らしている計算です。
ここで効いてくる心構えが「加点主義」です。海外に「電車が時間どおり来る」といった日本基準を持ち込むと、減点ばかりが目について消耗します。そうではなく、その国の良いところに目を向ける。この切り替えが、異文化での疲弊を減らすコツだといいます。
なぜ、ここまで日本人は不安に駆られるのか。本書はその一因に遺伝子を挙げます。不安を感じやすい「S型遺伝子」を持つ人の割合は、日本人が約80%。
アメリカ人の約45%、南アフリカ人の約28%と比べて飛び抜けて高い。日本人はそもそも世界で最も不安を感じやすい民族なのだと知るだけでも、一歩引いてリスクを客観視できるようになります。
今日から動かせる三つのこと
本書の主張を、明日からの行動に落とすとこうなります。
一つ目は、満足できる生活に毎月いくら必要かを一度きちんと計算すること。本書はこれを「とりあえず要らないものを知る」と表現します。撤退ラインがわかれば、必要以上に稼ぐために自分を追い込む無駄が消え、精神的な余裕が生まれます。
二つ目は、今の仕事を棚卸しして、ポータブルスキルを1日1時間だけ独学すること。自分の仕事が「刺身パックのタンポポ」になっていないかを点検し、社内でしか通じないなら、統計やプログラミングなど他社や海外でも評価されるスキルを1日1時間から学ぶ。
わからなければChatGPTや検索ですぐ調べればよく、「教えてくれる人がいない」を言い訳にしないことです。
三つ目は、日常の調べ物を一度英語で検索してみること。数百倍の情報量に触れる体験そのものが、英語への抵抗感を溶かしてくれます。
本書を読み終えて残るのは、危機感よりも、むしろ身軽さです。会社や国に人生を預けなくていい。やりがいを無理に探さなくていい。日本にこだわらなくていい。手放していいものが思ったより多いと気づくと、不安の輪郭がぼやけます。
ひろゆきさんは終盤で、こう言い放ちます。「人生なんて暇つぶし」。どれだけ必死に働いても人は必ず死ぬのだから、重い意味を背負わせず、少しでも楽しく生きればいい。まずは、自分が毎月いくらあれば生きていけるのか。その数字を今夜計算するところからで十分です。
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