「決算書、ちゃんと読めますか」。そう聞かれて胸を張れる人は、意外と少ない。売上と利益の違いもあいまいで、B/SやP/Lという記号を見た瞬間に頭が拒否する——数字アレルギーの正体は、たいていこのあたりにある。
『ぶっちゃけ会計のことがまったくわかりません・・・』は、その拒否反応を根っこから溶かしにかかる一冊だ。著者は公認会計士でYouTuberの小山晃弘さん。
数学が嫌で文系に逃げたウサギのライターに、ゼロから会計を教えるコミックエッセイの体裁をとる。読み終えて手元に残るのは、簿記の細かいルールではない。
「会計とは、こういうものの見方だったのか」という視点の転換のほうだ。

会計は「暗記」ではなく「ものの見方」
本書の主張は、突き詰めると一行になる。会計とは「お金の流れを見える化すること」だ。
「会計」という漢字も、領収書を集める「会」と数字を数える「計」でできている。難しい計算はいらない。著者いわく、割り算ができれば十分だという。大事なのは数式を解くことではなく、数字が語るストーリーを読むこと。この、会計をベースにした見方を著者は「会計思考」と呼ぶ。
会計思考が身につくと、目先の損得ではなく5年後10年後を見据えて判断できるようになる。しかも会計は英語やITと並ぶ「世界共通言語」で、経営コンサルタントの大前研一さんも、これからのビジネスパーソンに必須のスキルとして英語・IT・会計の3つを挙げている。ここで感心したのは、著者が会計思考を「正解を出す道具」だとは言い切らない点だ。視点が増えれば選択肢が増え、選ぶときの精度が上がる——その程度に留保しておく誠実さが、かえって信用できる。
会計には3つの顔があり、財務三表がゴールになる
会計と一口に言っても、中身は3つに分かれる。ここが整理できると、ニュースで飛び交う用語が急に見通しよくなる。
財務会計は経理部の仕事で、投資家や銀行、税務署といった社外に向けて決算書で成績を報告する。他社と比較できるよう、書き方のルールが厳しい。管理会計は経営企画の仕事で、社内の改善のために数字を分析する。ルールは一切なく、自社が使いやすいように自由でいい。ファイナンスは財務部の領域で、必要なお金をどう集めどう投資して増やすか、未来向けの戦略を扱う。
ついでに簿記と会計も別物だ。著者は料理でたとえる。簿記は包丁の研ぎ方や下ごしらえ、つまり記録の技術。会計はできあがったコース料理、つまり決算書を作って報告し分析すること。
多くの人が挫折する「借方」「貸方」も、著者は身も蓋もなく片づける。言葉の意味は無視していい。「かり」の「り」が左にはらうから左が借方、「かし」の「し」が右にはらうから右が貸方。
記号として覚えれば済む、と。
そして財務会計のゴールが、財務三表と呼ばれる3枚の書類だ。著者はこれをお風呂でたとえる。P/L(損益計算書)は1年間の儲けで、蛇口から入るお湯(収益)と排水溝から出るお湯(費用)の流れ、つまりフローを測る。
B/S(貸借対照表)は決算日という一点で、湯船に溜まったお湯の量、つまりストックを測る。C/S(キャッシュフロー計算書)は現金の実際の出入りを記録する。
P/Lは上から読むのがコツで、その並び順は会社が存続するうえで大事な順になっている。一番上が売上高なのは、どんな商売もまず客と、客からもらうお金が要るからだ。
数字の羅列に見えて、実は会社の優先順位のストーリーになっている。余談だが、同じ「利益」でも業種で景色はまるで違う。仕入れるモノがないサービス業の粗利益率は8〜9割、飲食業は7割、製造業は5割、小売業は3割、右から左へ流す卸売業は1.5割ほど。
決算書は、業態の宿命まで映し出す。
B/Sは嘘をつかない、だから黒字でも倒産する
意外なことに、投資家や銀行員はP/LよりB/Sを重く見る人が多い。P/Lが1年の成績表なら、B/Sは設立以来のすべての歴史が溜まった健康診断だからだ。プレゼンや言葉では取り繕えても、B/Sの数字は嘘をつけない。
目から鱗だったのは持ち家の話だ。5000万円で買った家は、たいてい5000万円では売れない。売却時の時価で厳密に見れば、多くの住宅ローン家庭は負債が資産を上回る「債務超過」に陥っている。
とはいえ債務超過が即倒産を意味するわけでもない。日本の中小企業の3割ほどは債務超過のまま平然と続き、巨額の借金を活かすソフトバンクは自己資本比率15〜20%という低さでも潰れない。
安全の目安は40〜50%以上とされるが、数字はあくまで目安であり、業態を見ずに一律で断じるな、という留保が要る。
もう一つの山場が黒字倒産だ。原因は「発生主義」にある。会計は現金が動いた日ではなく、取引が発生した時点で記録するため、帳簿上の「利益」と手元の「現金」にズレが生まれる。売掛金の回収が遅れたり、売れない在庫を抱えたりすれば、利益は出ているのに現金が尽きる。
だからこそ現金の動きだけを追うC/Sが効く。日本でも2000年から上場企業に作成が義務づけられた。現金を生む力の凄みはAmazonが象徴的で、強い購買力を背景に、売ってから仕入れ代金を払うまでを驚異の113日後まで引き延ばしているという。
手元に現金がある状態を、仕組みで作り出しているわけだ。
フローをストックに変えると、資産は雪だるま式に増える
本書で一番、会計の枠を超えて人生に効くのがこの発想だ。フロー(一過性の作業)を、ストック(貯まって価値を生み続ける資産)に変える。
多くの人は日々の労働というフローだけで終わる。一方、伸びている人はフローを繰り返しながらストックを積み上げ、雪だるま式に資産を膨らませる。著者自身がそうで、全国のセミナーはその場限りのフローだが、撮影してYouTubeに上げれば動画が24時間働き続けるストックになる。
ひろゆきさんや中田敦彦さん、堀江貴文さんらインフルエンサーも、構造はまったく同じだ。
支出の見方も変わる。著者は学生時代、会計士の専門学校に80万円を払い、それを「消えたお金」ではなく「減価償却資産への投資」と捉え直した。10年効くなら年8万円、日割りで1日220円。
ジュースとお菓子ほどの負担で、その後の高収入という何倍ものリターンを回収した計算になる。この「減価償却」という発想自体、莫大な初期投資を初年度に全額計上すると実態を見誤るからと、17世紀イギリスの鉄道会社が耐用年数で分割し始めたのが起源だ。会計のルールが、実は現実を正しく映すための工夫だと分かると、暗記対象だったはずの用語が急に理屈で腑に落ちる。
「攻めの借金」とサンクコストの捨て方
借金は悪、無借金経営こそ健全——文系の初心者ほどそう信じている。だが著者は借金を2種類に分ける。行き詰まって借りる「守りの借金」と、いち早く成長するために借りる「攻めの借金」。後者は利息を払うことで「時間」と「スピード」を買っている、という見方ができる。
孫正義さんが分かりやすい。ボーダフォンに約1.8兆円、スプリントに約1.8兆円、アームに約3.3兆円もの借金で買収を仕掛けた。自力で10年かけて育てるプロセスを、お金で丸ごと買ったわけだ。
ファイナンスには、適度な借金がむしろ企業価値を高めるというMM理論もある。ただし、この理屈を初心者がそのまま真似るのは危うい。孫さんの借金が「攻め」に見えるのは結果が出ているからで、同じ規模の賭けが「守り」に転落した例は世に無数にある。
本書はそこまで踏み込まないので、読者側で補っておきたい。
意思決定でもう一つ効くのがサンクコストだ。すでに払って取り戻せない過去のコスト(埋没原価)は、これからの判断から完全に外す。超音速旅客機コンコルドは、赤字が明白でも「ここまでかけた労力がもったいない」と止められず、破滅的な損失を出した。
ここから、過去に縛られて合理的に判断できない心理を「コンコルド効果」と呼ぶ。著者のルールは「過去を見ない。今この瞬間から未来だけを見て決める」。
言葉はシンプルだが、実行が一番難しいところでもある。
会計は600年前のイタリアから、道具として磨かれてきた
最後に、本書の隠れた魅力である歴史の小話に触れておきたい。実務の道具も、元をたどれば誰かの切実な必要から生まれている。
複式簿記を世に広めたのは、イタリアの数学者ルカ・パチョーリ。1494年の数学書『スンマ』が印刷技術に乗って普及し、彼は「近代会計学の父」と呼ばれた。
パチョーリはメディチ家に簿記を教え、レオナルド・ダ・ヴィンチには数学を教えたともいう。株式会社と決算書が生まれたのは17世紀オランダの東インド会社で、リスクの大きいインド貿易のために所有権を「株」に分割して売り、多数の投資家から資金を集めた。
株主への報告のために決算書が要った、という流れだ。日本の「借方」「貸方」も、福沢諭吉がアメリカの簿記の教科書を訳した『帳合之法』に由来し、意味はややこしいまま100年以上も使われ続けている。
道具の中身も少しだけ。損益分岐点比率は60%以下なら超優良、101%以上なら赤字企業という目安になる。ROEは収益性・効率性・財務レバレッジに分解できるが、借金を増やして自己資本を小さくすれば見かけ上いくらでも高くできるので、数字の裏を読む目が要る。
複利は4%で1000万円を10年回すと約1480万円、利息だけで約480万円増える計算だ。ボトルネックの考え方も外せない。物理学者ゴールドラットの『ザ・ゴール』が広めた制約理論で、全体の生産性は一番処理能力が低い箇所で決まるから、そこを見つけて集中的に広げよ、という発想である。
どれも、数字を「見る」だけで判断が変わる道具ばかりである。会計が経理の特殊作業から自分の判断を良くする道具に変わる瞬間、この本の狙いは達成される。
まずは財布から出ていったお金の行き先を1つ、意識してみることから始めたい。
