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『働き方5.0』落合陽一|AIに使われる人と、AIを使う人を分けるもの

キャリア・働き方 ✍ 落合陽一
約7分で読めます

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目次

スマホで料理を注文すると、数十分後に見知らぬ誰かが玄関先まで運んでくれる。ずいぶん便利な世界だ。けれど、その配達員に「どこへ行き、何を持つか」を指示しているのは人間ではなく、サーバー上のシステムのほうである。人間のほうが、システムの手足として動いている。

落合陽一さんの『働き方5.0』は、この静かな逆転がすでに始まっていると告げる。だから本書の問いは「AIに仕事を奪われるか」ではない。あなたが仕組みを動かす側に回るのか、動かされる側に残るのか。

分かれ目はそこにある、というのが出発点だ。編集部としては、この視点の置き換えこそが本書最大の効用だと思う。恐怖を煽る議論はいくらでもあるが、立ち位置の選択として捉え直した瞬間、話は一気に自分ごとになる。

便利さを消費する側から、仕組みを動かす側へ

本書を貫くキーワードは「魔法」である。

近代科学は、なぜ食べ物が腐るのか、なぜ火が物を清めるのかといった謎を、細菌の発見などで次々に説明してきた。落合さんは社会学者マックス・ウェーバーの言葉を借りて、これを「脱魔術化」と呼ぶ。世界が論理で解けるようになっていく過程だ。

ところが21世紀は逆走している。スマホもAIも決済も、中身のプログラムは何重にもブラックボックス化され、大半の人は「なぜ動くのか」を知らないまま使いこなしている。仕組みがわからないのに便利、という一点で、これは現代の魔法にほかならない。著者はこの状態を「再魔術化」と名づける。

そして人間は二手に分かれる。仕組みを知らず便利さだけを味わう「魔法をかけられる人」と、裏側のロジックを理解して自分の動機でシステムを組み動かす「魔法をかける人」だ。

この差こそが、これからの格差の正体になる、と本書は言い切る。脅しに聞こえるかもしれないが、裏を返せば、仕組みの一枚下を覗く習慣さえ持てば誰でも移動できる階段でもある。

編集部はむしろその可動性のほうに希望を見る。

速さでは勝てない時代に、人間へ残る「動機」

タイトルの5.0は社会の段階を指す。狩猟、農耕、工業、情報社会に続く5番目が「Society 5.0」。仮想空間と現実空間が高度に溶け合った人間中心の社会で、そこでの働き方が「働き方5.0」になる。

この時代、定型的なデスクワークはRPA(ソフトウェアのロボットが事務を自動化する技術)のような「デジタル・レイバー(仮想の知的労働者)」に置き換わっていく。

すでに人間がシステムの下請けに落ちた例もある。アマゾンのメカニカル・タークでは、AIには判断しづらい画像識別などが1件10セントほどで世界中に委託されている。

100個さばいてやっと10ドル。システムが管理し、人間が処理単位として働く構図だ。

だからこそ著者は、AIが仕事を奪う恐怖を煽らない。速度や正確さで人間がシステムに勝てないのはもう前提。その上で人間に何が残るかを問う。答えの一つが「動機」である。

システムは与えた目的を猛烈な速度で処理するが、「これがやりたい」という思いだけは持てない。ゆえに強い動機のない人はシステムに使われる側にしか立てず、「解決したい」を抱える人はAIに学習や構築を手伝わせて使う側に回れる、というわけだ。

ここで著者が根性論を退けるのが小気味よい。学生時代に言われた言葉を、彼はこう紹介する。「ガッツはレッドオーシャンだから、そこで勝負しても無駄だよ。」

疲れず文句も言わず動き続けるシステム相手に、気合いや長時間労働で張り合っても勝ち目はない。淡々とこなすのは当たり前の前提で、その上でコピーできない動機を持てるかどうか。

ただし編集部として一点補うなら、動機は「見つける」ものというより、手を動かすうちに濃くなっていくものだ。最初から燃えるテーマを探し当てねば、と気負う必要はない。

コピーできる知識は安くなり、暗黙知だけが資本になる

もう一つの武器は、知識の種類にある。

マニュアルや検索ですぐ手に入る知識を「形式知」と呼ぶ。誰でも複製できるので、量を持っても価値になりにくい。象徴的なのがロゴ制作だ。十数年前は1件200万円の仕事だったのに、クラウドソーシングで大量の案から1つ選ぶ形になり、相場は4〜5万円まで落ちた。

しかもその仕事が、さらに物価の安い海外へ2000円ほどで丸投げされることもある。複製できる仕事は、どこまでも安くなっていく。

対して、経験を通じて自分に彫り込まれ、他人が簡単には真似できない知識を「暗黙知」と呼ぶ。著者は経済学者レスター・C・サローの『知識資本主義』を引き、誰にも盗めない暗黙知を持つ者だけがそれを資本に戦える、と整理する。

だから成功者を真似ても意味は薄い。表面の形式知をなぞった劣化コピー、いわば「もどき」にしかならないからだ。目指すべきは唯一無二のオリジナルであり、彼は「これからの時代は『ひとりのオリジナル』以外には大きな価値がない。」

とまで書く。

面白いのは、この戦略ではオンリーワンがそのままナンバーワンになりうる点だ。点数やタイムを競うレッドオーシャンを避け、誰も手をつけていない領域を開けば、その分野の第一人者になれる。

もっとも、ここは読者が誤読しやすいところでもある。オリジナルは奇抜さの演出ではなく、積み上げた経験の副産物だ。狙って作る個性ではなく、地道な蓄積が結果として他人に真似できない形になる、と読むほうが実像に近い。

「勉強」で止まる人と、「研究」に進む人

暗黙知はどう作るのか。ここで本書は「勉強」と「研究」を鋭く分ける。

勉強とは、誰かがすでに発見し解決した問題を追体験する行為だ。教科書やビジネス書を読むのは基本これに当たる。受験で鍛える「速く正確に解く力」は、無尽蔵に処理するシステムに勝てない。

一方の研究とは、まだ誰も気づいていない問題を自分で見つけ、独自の解き方を探すこと。教科書を読む側で終わるか、教科書を書く側に回るか、と言い換えてもいい。

これからの創造的な専門職に要るのは後者だ、と著者は説く。

この区別は語学やプログラミングの見方も変える。翻訳AIが賢くなる時代、大事なのは流暢な英語より、翻訳しやすい論理的な言葉を母語で組み立てる力だ。

孫正義さんが若い頃、米国の大学受験で「日本語なら解ける。辞書を使わせろ」と要求して合格した逸話が引かれる。語学ではなくロジックで通したわけだ。

プログラミングも同じで、コードが書けること自体は「算数ができる」程度の道具にすぎない。何を解くかの問いが立たなければ、道具は宝の持ち腐れになる。

関連して著者は「世界は人間が回している」と繰り返す。固定されて動かせないように見えるシステムやルールも、裏には必ず決めている人間がいる。フィギュアスケートの羽生結弦さんは、点を決めるのが機械ではなく審査員という人間だと理解し、その見方を徹底研究して逆算し、五輪連覇を果たした。

東日本大震災の日にTwitterが落ちなかったのも、担当者がとっさにサーバー設定を変えたからだ。「そういうものだ」と諦めた瞬間に、人はかけられる側へ回る。

裏の人間とロジックを読み解けば、こちらから動かせる。

やりたいことは自分の外にあり、5つの問いで選ぶ

では研究テーマはどう見つけるのか。ここで著者は「自分探し」を明確に否定する。

好きなことを求めて内面へ潜っても袋小路に入りやすい。だから意識を外へ向けろ、と言う。カップ麺の3分の待ち時間を減らしたい、くらい具体的で小さな不満を探す。

すると自然にやることが見えてくる。編集部はこの外向きの姿勢を本書の白眉だと思う。「本当の自分」を掘り当てる強迫から人を解放してくれるからだ。

見つけた問題に価値があるかは「5つの問い」で確かめる。誰が幸せになるのか。なぜいま、その問題なのか、なぜ先人はできなかったのか。過去の何を受け継いでそのアイデアに至ったのか。

どこへ行けばできるのか。実現のスキルは他人が届きにくいものか。これら全部に論理で答えられたら、その課題は7割方かたづいたも同然だ、と著者は書く。

筋書きが立った時点で勝負はほぼ決まる、という主張である。

そして市場は日本の1億人に限らない。ネットの向こうには70億人がいる。国内で売上100万円のニッチも、世界を相手にすれば7000万円になりうる。

ぬいぐるみを預かって旅先で写真を撮る「ウナギトラベル」のような極端にニッチな事業が成立するのも、この規模ゆえだ。小さな問題は、尖った専門性と掛け合わせると事業になる。

内戦下のスーダンで両腕を失った少年のため、あるチームは3Dプリンターで100ドルの義手を作った。素人の目で小さな問題を見つけ、玄人の技術で継ぎ目なく解く。

それが著者の描く価値の作り方だ。

ワーク・アズ・ライフと、成功より幸福

最後は生き方の話になる。仕事と生活のバランスを取ろうとするのは、そもそも仕事を「やりたくないもの」「時間の切り売り」と感じているからだ、と著者は指摘する。時間を切り売りする働き方は、いずれシステムに組み込まれて淘汰されやすい。

代わりに提案されるのが「ワーク・アズ・ライフ」。仕事と生活の線を引かず、やりたい問題解決に時間を注ぐ生き方だ。ここには「消費」がほとんどなく、すべてが能力を高め問題を解くための「投資」になる、という。

ただし著者は但し書きを添える。「成功」と「幸福」は別物だ、と。有名になり大金を稼ぐ成功の瞬間に、挑戦への一番の情熱は消えてしまう。むしろ誰にも評価されなくても世界を驚かせる作戦を練っている最中のほうが幸福は大きい。

だから投資しつづける過程そのものが幸福だ、と結ぶ。

なお著者が理想とする人材像は、まんべんなくできる「秀才」でも一芸の「天才」でもなく「変態」だ。一つのことへの異常な執念は、レンジの広い専門性へ育ち、天才より進路が広く、秀才より高く評価される。

市場価値のピークも、ホワイトカラーが40代で頭打ちになる一方、独自技術を磨いた芸術家型は60代で頂点を迎える。長く伸びるのは、執念を暗黙知へ変えた人だ。

もっとも「ワーク・アズ・ライフ」を24時間労働の美化と読むのは危うい。ここで言う投資は、他人に管理された時間ではなく、自分の動機で選んだ時間を指す。

同じ長時間でも、かける側とかけられる側では意味がまるで違う。本書を読み終えると、便利さに慣れた自分がどれだけ「かけられる側」に座っていたかに気づく。

かける側へ移る条件は才能ではなく、執念と動機だ。今日、身の回りの小さな不満を1つ紙に書き出すだけで、立ち位置は静かに動きはじめる。


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