ハーバード・ビジネススクールを卒業した秀才たちが、なぜ25年後に家庭崩壊や転落を経験するのか。その問いから本書は始まります。
卒業の日、不幸になろうと思っていた人など一人もいませんでした。それでも歳月は、優秀さと幸福が別物であることを容赦なく突きつけてきます。本書はその落差を、人生論や精神論ではなく経営理論で読み解こうとする、きわめて異色の一冊です。
こんな人におすすめ
- 仕事は順調なのに、人生がどこか満たされないと感じている方
- キャリアと家族のバランスに迷い、優先順位を決めかねている方
- 「この一度だけ」という小さな妥協を、つい繰り返してしまう自分が怖い方
- 自分の人生を測る基準を、地位や収入とは別の言葉にしておきたい方
子育ての真っ最中で、子に何を与えるべきか迷っている方にも、本書の「能力」をめぐる議論は深く刺さるはずです。
この本の核心――成功者がなぜ道を踏み外すのか
著者のクレイトン・クリステンセン氏は、『イノベーションのジレンマ』で知られる経営学者です。本書は、ハーバード・ビジネススクールでの最後の講義で語った内容を、ジェームズ・アルワース氏、カレン・ディロン氏とともに一冊にまとめたものです。
教授として毎年最も優秀な若者を社会に送り出してきた著者にとって、5年ごとの同窓会は、教え子たちの人生のスナップショットを見せてくれる場でした。
5年目は誰もが順風満帆で、輝かしい仕事と見た目のいい伴侶を手にしている。ところが10年目には亀裂が見え始め、25年目、30年目には離婚や子供との断絶、道を踏み外す者まで現れます。
象徴的なのが、著者の同級生ジェフリー・スキリング氏です。史上最年少でマッキンゼーのパートナーに昇格し、エンロンのCEOとして巨万の富を得ながら、最後は刑務所に行きました。卒業時の彼は、頭脳明晰で家族思いの立派な男だったといいます。何かが、彼の人生の歯車を狂わせたのです。
ここで著者が持ち出すのが「理論」という武器です。データは過去しか教えてくれず、それに頼るのはバックミラーだけを見て運転するようなものだ、と著者は言います。
これに対し、優れた理論は因果関係を解き明かすレンズとして、これから何が起こるかを予測させてくれる。本書はこの理論を、キャリア・人間関係・誠実さという3つの問いに当てはめていきます。
個人的に唸らされたのは、成功者の「ベストプラクティス」をそのまま真似ることを著者がはっきり戒める点です。それは相関を見ているだけで、因果を理解していない。
鳥が羽ばたいて飛ぶのを見て、腕に羽をくくりつけて塔から飛び降りるようなものだ、という比喩は痛烈です。飛行を可能にする本当の原因は揚力であり、ベルヌーイの定理という因果の理論を理解して初めて、信頼できる結果が得られる。
人生も同じで、表面的な行動ではなくその成功を生む根本原理を見よ、というわけです。
キャリア――何があなたを本当に動かすのか
最初の問いはキャリアです。多くの人は給与や地位という、目に見えやすい尺度に目を奪われます。ここで助けになるのが、ハーズバーグ氏の「二要因理論」です。
仕事の満足と不満は、別々の要因から生まれます。給与・地位・職の安定・労働条件といった「衛生要因」は、満たされないと不満を生みますが、満たされても満足や仕事への愛情は生みません。
著者の言葉を借りれば、「仕事に不満がある」の反対は「仕事に満足している」ではなく、「仕事に不満がない」だけなのです。
一方、やりがい・成長・責任・他者からの評価といった「動機づけ要因」こそが、真の満足を生みます。
つまり報酬は衛生要因にすぎない。著者の同級生の多くは「世の中の役に立ちたい」と夢を語りながら、学費ローンを返すため「2年だけ」と高給の道を選び、その2年が5年になり10年になり、気づけば当初の情熱を失っていました。お金を理由に選んだ道は、お金では埋められない空白を残すのです。
計画と幸運のバランス――ホンダの偶然の勝利
次に問われるのが、計画と機会のバランスです。キャリアは緻密に設計すべきか、流れに身を任せるべきか。
本書はホンダのアメリカ進出を例に挙げます。1960年代初頭、ホンダは大型バイクでハーレーダビッドソンの市場を奪う「意図的戦略」で進出しました。
ところが大型バイクは過酷な道路でオイル漏れを起こし、計画は破綻寸前に。そんなとき、失意の社員が気晴らしに乗っていた小型バイク「スーパーカブ」に、地元の人々が「どこで買えるのか」と次々に声をかけてきた。
ここからホンダは当初の計画を捨て、スーパーカブを売る「創発的戦略」へ舵を切り、大当たりします。
意図的戦略と創発的戦略は、どちらが優れているという話ではありません。ただキャリア初期ほど、何が自分を動かすかは見えていない。だからこそ実験を繰り返し、予期せぬ機会に開かれた姿勢でいることが効いてくる、というのが著者の見立てです。
飛びつく前に問う――発見志向計画法
では機会に何でも飛びつけばいいのか。そうではありません。著者は「発見志向計画法」という思考ツールを紹介します。新しい選択肢を前に、こう自問するのです。
この戦略が成功するためには、どの仮説が真実だと証明される必要があるか。
ディズニーランド・パリは、先行パークの成功から「来園者は平均3日滞在する」と仮定しましたが、実際はアトラクションが1日分しかなく、長期低迷を招きました。
前提を検証しないまま巨額を投じた典型例です。キャリアでも同じで、新しい仕事に就く前に「この仕事で幸せになるには何が真実でなければならないか」を書き出し、最も重要で不確かな仮説から低コストで検証する。
医学部を出てから向いていないと気づくのでは遅すぎる、という指摘は重いものです。
真の戦略は、口ではなく資源配分に表れる
戦略の最後の、そして最も重要な要素が資源配分です。
小切手帳の控えを見れば、わたしたちの価値観がおのずとわかる。
グロリア・スタイネム氏のこの言葉のとおり、真の戦略は語る言葉ではなく、実際に時間・エネルギー・お金を何に注いでいるかで決まります。医療機器メーカーのソノサイト社では、CEOが低価格の新製品を売れと指示しても、営業担当者は報酬が高利益の旧製品に連動していたため、指示に反して旧製品を売り続けました。
立派な戦略を語っても、資源配分の仕組みが支えなければ絵に描いた餅に終わるのです。
これは人生にそのまま当てはまります。達成意欲の高い人ほど、成果がすぐ見えるキャリアに過剰投資し、成果が出るまで何十年もかかる家族への投資を後回しにする。
残業でもう一仕事片付けるか、家に帰って子供と遊ぶか。この小さな決断の積み重ねが、あなたの本当の戦略を形づくる。「家族が一番大事だ」と口で言いながら時間の使い方は別物――これが成功者の悲劇の根源だと著者は指摘します。
人間関係――相手の「用事」を理解する
キャリアにリソースを集中させすぎると、人生最大の幸福の源泉である家族との関係が飢えてしまいます。
ここで効くのが「良い資本・悪い資本」の理論です。新規事業には、戦略が固まる前は利益を急がず成長を待つ「良い資本」が要る。逆に、戦略が見つかる前に性急な成長を求めて大金を投じるのが「悪い資本」です。
衛星電話のイリジウムは、真のニーズを満たす戦略がないまま60億ドルもの悪い資本を投じ、1年足らずで破産しました。人間関係も同じで、危機が訪れてから慌てて投資するのは悪い資本と同じ。
「日陰が欲しくなった時に苗木を植えても遅い」のです。しかも投資の時計は子供が生まれた瞬間から動いており、認知能力は生後3歳までの親との対話量に大きく左右される。
著者はこれを「言葉のダンス」と呼びます。
ミルクシェイクは何のために「雇われた」のか
何を投資すべきかを教えるのが「片づけるべき用事(ジョブ理論)」です。人は製品やサービス、そして人間関係を、生活の中の特定の用事を片づけるために「雇う」という考え方です。
あるファストフードチェーンはミルクシェイクの売上に悩み、味を濃くしたり値を下げたりしましたが何も変わりませんでした。「顧客はどんな用事のためにミルクシェイクを雇っているのか」と問い直すと、朝の購入者は一人で運転する通勤客で、長く退屈な通勤を紛らわし昼まで持つ空腹を満たす用事を抱えていた。
どろりとして片手で扱えるミルクシェイクは、すぐ食べ終わるバナナや手の汚れるドーナツより優れた解決策だったのです。一方、午後の購入者は子供連れの親で、「いいよ」と言える機会を片づけたかった。
同じ商品が、時間帯で全く違う用事を担っていたわけです。
この理論は夫婦関係にも当てはまります。著者の友人スコット氏は散らかった家を良かれと片付けましたが、妻は「なぜ私を無視するの」と怒った。妻が求めていたのは、一日中子供としか話せなかった孤独を癒す大人との会話でした。
相手の用事を理解せず善意を押し付けると、かえって相手を傷つける。真の共感とは、相手が本当に片づけてほしい用事を深く理解し、そのために自分を犠牲にすることだ、と著者は言います。
子供の能力は「経験の学校」でしか育たない
子育てでは、能力の三要素――資源・プロセス・優先事項――が鍵になります。資源は人・設備・資金などの目に見える資産、プロセスはそれを価値に変える仕組み、優先事項は何が重要かを判断する基準です。
現代の親は良い学校や習い事という資源を与えることに熱心ですが、自分で困難を乗り越えるプロセスを経験させていません。かつてPC業界の巨人デルは、製造プロセスを台湾のASUSに次々アウトソーシングし、財務指標は改善したものの、やがてASUSが能力を吸収して強力な競合になりました。
子供の経験を塾やチームに丸投げすると、これと同じことが起きる。能力は「経験の学校」でしか学べないのです。子供が宿題を忘れたとき代わりにやってあげるのは善意ですが、計画する力や失敗から学ぶ力を奪う行為でもある。
親の役割は、子供が将来必要とする能力を逆算し、適切な難易度の「講座」を意図的に与えることだと著者は説きます。
加えて本書が重視するのが「文化」です。文化とは、繰り返し生じる問題に同じやり方で取り組んで成功した結果、当たり前として定着したもの。強力な文化は、親がその場にいなくても子供の行動を導く「自動操縦装置」として働きます。
ただし文化は放っておいても勝手に生まれ、望ましくないものが定着する恐れもある。だから親は、どんな文化を築きたいかを意識し、日々一貫して実践する必要があるのです。
誠実さ――「この一度だけ」の罠
最後の問いは、誠実な人生をどう送るかです。エンロンのような大きな不正も、始まりは「この一度だけなら」という些細な判断でした。これを著者は「限界的思考の罠」と呼びます。
経済学では、すでに投じた費用は考えず、追加の一歩にかかる限界費用だけで判断するのが合理的とされます。ところがこの考え方は、倫理の場面で最も危険な牙をむく。
ビデオレンタルの王者ブロックバスターは、ネットフリックスの低い利益率を自社の高収益な店舗事業と比べ、参入は割に合わないと判断しました。本来比べるべきは「参入する未来」と「何もせず競合に取られる未来」だったのに、目先の限界費用だけで判断し、倒産という総費用を払うことになった。
ベアリングズ銀行を一人で破綻させたニック・リーソン氏も、部下の小さなミスを「この一度だけ」と庇うことから転落が始まりました。一度の例外が、次の妥協のハードルを下げていくのです。
この罠を避ける方法はただ一つです。
自分の行動規範を98%守るのではなく、100%守ること。100%守るほうが、98%守るよりも、実は簡単なのです。
著者自身、大学バスケットボールの決勝が安息日の日曜に重なったとき、チームメイトの懇願を断り、出場しないことを選びました。一度でも一線を越えていれば、その後の人生で現れる無数の「やむを得ない事情」のたびに妥協するかを毎回悩まされていたはず。
100%守るとは、判断を毎回せずに済むということなのです。逆説的ですが、例外を一切認めないと先に決めてしまうほうが、人生はずっと軽くなります。
明日から何を変えるか
- カレンダーと銀行口座を点検する――時間とお金の実際の配分が、自分が大切だと公言していることと一致しているかを確かめ、ずれていれば組み替える。
- 大切な人に「用事」を直接たずねる――良かれと思うものを与える前に、相手が本当に片づけてほしいことは何かを、推測せず対話で聞く。
- 子供の困難を肩代わりしない――宿題や難しい課題を代わりにやらず、失敗とその結果に直面させ、乗り越える経験を残す。
- 譲れない原則を100%にする――「ここだけは絶対に破らない」という一線を一つ決め、98%ではなく100%守ると先に宣言する。
おわりに
どんなに優れた理論も、それを使う羅針盤がなければ意味をなしません。その羅針盤こそが人生の目的であり、本書はそれを自画像・献身・尺度の3要素で定義することを勧めます。
なりたい自分の像である「自画像」、そこへ深く尽くす「献身」、進捗を測る「尺度」。著者はオックスフォード時代、信仰の真偽を確かめるため毎日1時間祈り1時間聖典を読む日課を1年続け、自分の献身を固めたといいます。
そして彼がたどり着いた尺度は、地位や収入ではなく「私がより良い人間になるのを手伝った一人ひとり」でした。ガンと脳梗塞で話す力さえ失ったとき、彼を再び前へ向かせたのは、この明確な目的だったといいます。
あなたの人生を、あなたは何で測るのか。学校や仕事の忙しさに追われる前に、その問いに向き合う価値があると私は感じました。
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