スーパーのレジで表示された金額を見て、また上がっている、と小さくため息をつく。テレビは判で押したように「ウクライナ情勢の影響です」と繰り返し、私たちもどこかでその説明を受け入れてきました。ところが本書を開くと、その常識は最初の数ページで足元から揺らぎ始めます。
2022年、世界192カ国のインフレ率予測でもっとも低かった国はどこか。答えは日本で、予測値はわずか0.98%でした。物価高に世界が悲鳴を上げるなか、いちばん物価の上がらない国が日本だった――この一見ちぐはぐな事実こそ、渡辺努『世界インフレの謎』の出発点です。
著者は物価研究の第一人者。スマホの位置情報や約600品目の値動きといった生データを武器に、ニュースが与えてくれる「わかりやすい説明」を一つずつ崩していきます。
読み終えると、毎日の経済ニュースの解像度が確実に一段上がる。そういう種類の本です。
物価高の主犯は戦争ではなく、パンデミックが残した供給ショックだった
本書の結論を一言にすると、いまのインフレの主犯は戦争ではなく、パンデミックが世界中の人の行動を変えた「後遺症」だ、となります。
渡辺さんはまず、名指しされた容疑者のアリバイを崩します。ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは2022年2月。ところが米欧の物価は、その前年、2021年の春からすでに上がり始めていました。
犯人だとされた人物には、事件の起きる前からアリバイがなかったわけです。専門家の試算でも、戦争がインフレ率を押し上げた分はおよそ1.5%ポイント。
物価がすでに8〜9%まで上がっていた事実を思えば、戦争は主犯ではなく、燃えさかる火に油を注いだ脇役にすぎない、という整理になります。
では真犯人は何か。渡辺さんの答えがパンデミックです。ここで効いてくるのが需要と供給の対比です。2008年のリーマンショックはモノを買う力が一気に冷えた「需要ショック」でした。
対してパンデミックは、その正反対の「供給ショック」だと本書は言い切ります。人が動きを止めたせいで、モノやサービスを作る側が止まってしまった。
天災に近い供給の目詰まりが、値段を押し上げたという見方です。
消費者としての恐怖は物価を下げ、働き手としての恐怖は物価を上げる
本書がとりわけ鮮やかなのは、この供給ショックを広げた正体を「恐怖心の同期」と名づけた点です。ふだんはバラバラに暮らす世界中の人が、共通の敵を前に、同じ時期に同じように家へこもった。この足並みのそろい方が、経済を一気に凍らせたと渡辺さんは見ます。
証拠の出し方が見事です。感染死者が米国の28分の1しかいなかった日本でも、GDPの落ち込みは米国とわずか0.4%ポイントしか違わなかった。健康被害の大きさと経済の落ち込みの深さは、ほとんど連動していなかったのです。外出を止めたのも政府の命令ではありませんでした。
罰則のない日本の緊急事態宣言下での外出の減り方は約8.6%で、罰則つき米国のロックダウン(約7%)とほぼ変わらない。人を家に閉じ込めたのは法律ではなく、ニュースを見て自分から動きを変えた各人の恐怖心だった、という指摘は説得力があります。
そして本書でもっとも唸らされるのが、次の逆説です。同じ一人の人間でも、消費者としての恐怖心は物価を押し下げ、働き手としての恐怖心は物価を押し上げる方向に働く。怖くて買い控えれば需要が減り、物価は下がる。
ところが怖くて職場に戻らなければ人手が足りず、供給が減って物価は上がる。買い手の顔と働き手の顔が、真逆の効果を生む。今回は後者が勝った、という読み解きは、インフレを「気分」でなく人々の行動の総和として捉え直させてくれます。
ここは本書の白眉と言っていいでしょう。
三つの後遺症が「新しい値段」を世界に定着させる
この行動変容は一過性では終わらず、傷跡として長く残ると渡辺さんは見ます。具体的には三つ。
第一に、消費者がサービスからモノへ乗り換えたこと。外食や旅行を控え、家電やネット通販へお金が流れた。米国ではコロナ前に消費の69%を占めたサービスが64%まで落ち、半世紀かけて進んだ「サービス経済化」が数カ月で逆回転しました。
第二に、労働者が職場に戻ってこないこと。米国では働くのをやめた人が一気に900万人増え、テスラのマスク氏が「戻らないならクビだ」と迫るほど人が戻らない。
第三に、企業が安さ優先で世界に広げた供給網を、安全のために自国や近隣へ縮める「リショアリング」を始めたこと。ある調査ではすでに47%の米企業が着手しているといいます。
この三つが重なり、世界はモノや賃金が相対的に高い「新たな価格体系」へ移りつつある、というのが本書の見立てです。ここには一つ留保も要ると思います。
後遺症がどこまで恒久化するのかは書かれた時点では確定しておらず、サービス消費の一部はその後戻りつつある。とはいえ「長期トレンドは数カ月で逆回転しうる」という警告そのものは、いまも十分に生きています。
本書の副題「謎」の意味も、ここで腑に落ちます。なぜ専門家はこのインフレを見抜けなかったのか。きっかけは油断でした。ノーベル賞経済学者サージェントは2001年の著書に『米国インフレの征服』という題をつけ、インフレは過去のものになったと宣言していた。
頼みの綱だったフィリップス曲線――失業率が下がればインフレ率が上がるという教科書の関係――も、2021年以降は線がほぼ垂直に立ち上がり、予測が効かなくなった。
しかも中央銀行に、供給不足を直す手立てはありません。金利を上げても増やせるのは我慢であって、労働者や部品ではない。だから今回のインフレは金融政策にとってブラックボックスだ、という診断はこの本の核心の一つです。
渡辺チャートが映す、四割がゼロ%に張りついた日本の異様な物価
ここから舞台は日本へ移ります。渡辺さんが持ち出すのが、約600品目の値動きを並べた通称・渡辺チャートです。日本では、そのうち約4割が前年比ゼロ%付近に張りついている。輸入物価が2022年に50%も上がったのに、店頭の値札はほとんど動かない。改めて見ると異様な光景です。
原因は、消費者の「値上げ嫌い」と企業の「価格据え置き慣行」がセットで固まっていること。少しでも値上げすれば客は他店へ逃げる、だから企業はコストが増えても値段を変えない、そのしわ寄せで賃金も上がらない。
この我慢比べが四半世紀続いた結果、日本の名目賃金の伸びはOECDで唯一のマイナスに沈みました。これが「安いニッポン」の正体だ、と本書は言います。
ここで渡辺さんは、二つの通説を壊しにかかります。一つは、値上げ嫌いは国民性だという思い込み。実際は生まれつきではなく、長年のデフレで「物価は上がらないもの」というインフレ予想が刷り込まれた、後天的な学習にすぎないと退けます。
もう一つは、生産性が上がらないから給料が上がらないという説明です。イタリアやベルギーは実質賃金がほぼ横ばいでも、名目賃金は物価とともにしっかり上がっている。
日本の賃金が動かないのは生産性だけの問題ではなく、「賃金も物価も動かないのが当たり前」という社会の相場観(ノルム)の問題だ、というのです。だから生産性の向上を待つより先に、まず凍った相場観を溶かす必要がある。
この順序の逆転は、日本の停滞を語る手垢のついた議論に風穴を開けます。
「安いニッポン」への視線も一味違います。海外資本に不動産や労働力を安く買われるのは国力低下の証だと嘆く声は多い。けれど渡辺さんは、安く買われれば地価も賃金も引き上げられる、長年凍りついた価格を外から動かすデフレ脱却の起爆剤になりうる、と読み替える。
悲しむより使え、という発想の転換です。
外から来たインフレを、凍った賃金を溶かす熱源に変えられるか
本書の最終テーマが賃金・物価スパイラルです。欧米では、物価が上がる→賃上げを求める→コストが増えてまた物価が上がる、という連鎖が「手を取り合って上がる」形で回っている。
日本はその真逆で、賃金が上がらないから物価も上がらず、物価が上がらないから賃金も上がらない。方向は逆でも、互いに相手を見て動かない中身は同じ――「手を取り合って凍りつく」日本版スパイラルだ、という整理は鋭い。
では、どうすれば解けるのか。渡辺さんは、海外から流れ込んだ急性インフレが皮肉にもチャンスになりうると言います。実際、2021年に「値上げされたら他店に行く」と答えた日本人は57%いましたが、2022年には44%まで下がり、「いつもの店で買い続ける」が過半数を超えた。
値上げへの許容度が動き始めた、というわけです。消費者が値上げを受け入れれば企業は価格転嫁ができ、その利益を賃上げに回せば、賃金と物価がそろって上がる「解凍」へ向かえる。
当事者の疑心暗鬼をほぐすため、政府が仲立ちのコーディネーター役を担う案も示されます。
歴史も少しだけ背中を押します。ジョルダ教授らが14世紀の黒死病から近年まで19のパンデミックを調べたところ、収束後に実質賃金が約10%上がり、その効果が20年ほど続いていた。
人手不足が働き手の立場を強くするからです。もし同じことが起きるなら、今回のインフレは日本の凍った賃金を溶かす熱源になりうる。毒を制する毒として外からのインフレを使えるか。
読後に残るのは、物価は上がるのに賃金は据え置かれる最悪の展開の瀬戸際にいる、という緊張感でした。ただ本書はそこで悲観に沈まない。行動変容は誰かに強いられたものではなく、私たち自身が選んだ変化だ。
ならばそれを止めるのではなく、社会をよくする原動力として使えばいい――凍った国を溶かす熱は、外からのインフレと、私たち一人ひとりの態度の中にある、という結びは、経済書としては珍しく前を向いています。
