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『常識として知っておきたい裏社会』懲役太郎、草下シンヤ|統計は減っている。実態が見えなくなっただけ

学習・インプット ✍ 懲役太郎、草下シンヤ
約7分で読めます

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『常識として知っておきたい裏社会』
目次

「高収入」で検索する。SNSで見かけた「お金配り」に、軽い気持ちでDMを送る。

たったそれだけの操作で、犯罪の実行部隊に片足を突っ込める。そんな時代になりました。

『常識として知っておきたい裏社会』は、元組員でVTuberとして活動する懲役太郎さんと、裏社会の取材を20年以上続けてきた編集者の草下シンヤさんが、今の裏社会の手口と作法を語り尽くす対談本です。

二人の主張は終始一貫しています。危険な場所へ行かなければ大丈夫という昔ながらの防犯感覚は、もう役に立ちません。相手の窓口が、路地裏ではなく検索窓とSNSのタイムラインに移ったからです。

距離を取ることで身を守れない以上、代わりに要るのは「何を知っているか」だ。本書はこの立場を、最後まで崩しません。

図解

こんな人におすすめ

子どものスマホを見る時間が増えているのに、中身を把握できていない。そんな家庭の保護者に、まず薦めたい一冊です。

採用面接で「清潔感があるから」「言葉遣いがしっかりしているから」を安心材料にしてきた採用担当者にも刺さります。本書がくり返すのは、今の実行役は面接で落とす理由が見当たらない「普通の若者」だという話だからです。

外国人材の受け入れを委託先や派遣元に任せきりで、現場の労働環境を自分の目で見たことがない実務者にも意味があります。労務管理の甘さが、そのまま犯罪組織への人材供給になりうるという指摘は、他人事では済みません。

なぜ「近づかない」だけでは守れなくなったのか

かつての入口は、組事務所の看板だった。今の入口は、スマホのアプリです。

薬物の隠語で検索すれば売人にたどり着き、闇バイトの単語で検索すれば強盗や特殊詐欺の募集が出てくる。裏社会の側もSNSを情報収集としのぎの道具に使っているため、見ず知らずの一般ユーザーが、意図せず関係者のアカウントを追いかけているケースすら珍しくありません。

分かりやすい実例が、公式認証バッジの闇取引です。警戒の薄い海外アイドルなどのアカウントを乗っ取り、バッジ付きのままフォロワー数万人ごと売買する商売が成立している。

相場はおおむね1件あたり20万円から30万円です。買った側はプロフィールを実在の経営者やインフルエンサーそっくりに書き換え、「お金配り」を装って人を集めます。

反応した相手をTelegramなど追跡しにくいアプリへ誘導し、身分証の写真と自撮り動画を要求する。一度でも口座に金を振り込まれ、誓約書のような書類まで取られると、脅されて抜けられなくなります。

隠語も紹介されます。「U・D」は受け子と出し子、「S」は詐欺、「T」は叩き(強盗や空き巣)を指す略号です。この組み合わせが並ぶ投稿は、例外なく実行役の募集だと考えていい。

覚えておけば安心、という話ではありません。隠語は摘発されるたびに入れ替わるので、この3つ自体より、「意味の分からない一文字の組み合わせが並ぶ投稿は疑ってかかる」という姿勢のほうが長く効きます。

罪悪感を溶かす分業と、稼ぐ「普通の子」

現場を回しているのは、いかつい不良ではありません。職務質問された経験すらない、見た目も受け答えも整った若者が、スマホ1台で月に2000万円から3000万円を稼ぐ側に回っています。

なぜ罪悪感が働かないのか。仕事が極限まで分割されているからです。指示は「何時にどこへ行き、荷物を受け取って、個室トイレのドアの下から渡す」といった単発の作業に落とし込まれ、全体として何の犯罪なのかは本人に知らされません。

懲役太郎さんはこう表現します。

「犯罪はなんでもそうですが、作業を細かく分担してルーティンワークにすると、一人ひとりの罪の意識が薄れるっていうのはあるんですよね。」

全体像を見せずに作業だけを渡せば、担い手は自分のしていることに向き合わないまま動ける。この一言は、犯罪組織に限らず、責任の所在をぼかす仕組みすべてに当てはまる指摘だと思います。

金額の規模も生々しい。特殊詐欺の被害額は今も年間300億円規模で、草下さんが実際に見た2ヶ月分の売上リストでは、上位3人の女性の掛け子だけで1億円、8000万円、6700万円を稼いでいました。

受け子は1週間ほどマンションの一室に押し込められ、携帯を取り上げられた状態で待機させられます。

素人化の代償を示す例として、タレントの自宅に押し入った強盗事件が引かれます。実行犯はSNSで急ごしらえされた集団で、タトゥーを隠しもせず防犯カメラも気にしない。

エレベーターで住人と鉢合わせるリスクが高い高層階を避けるという、玄人なら当然の鉄則すら知らないまま、あっさり身元が割れています。

手口が雑になるほど早く捕まるのは事実です。ただし、逮捕までの間に被害はすでに発生している。素人が増えることは、検挙率の向上ではなく、単純に事件の母数が増えることを意味します。

統計の減少は、実態の消失にすぎない

警察の統計では、暴力団構成員は年々減っています。本書はこの数字を、そのまま治安の改善として読むなと釘を刺します。

理由は「裏盃」です。正式な盃事も名簿登録もせず、運転手やしのぎの手伝いという名目で実質的な身内を作る。1991年の暴力団対策法、2010年以降に全国へ広がった暴排条例で銀行口座も部屋も借りられなくなった組織が選んだ、合理的な回避策です。

結果として起きているのは、人数の減少ではなく識別の不能です。警察も銀行も、そして業界の内部でさえ、誰が本当の関係者かを判別できなくなっている。看板を掲げない分だけ、海外のマフィアに近い構造へ寄っています。

名簿に載らない相手を、名簿の照合だけで見つけることはできない。企業のコンプライアンス担当にとって、これは軽い話ではありません。反社チェックは、裏盃の関係者にも、数年で入れ替わる半グレにも、リクルートされた「普通の子」にも届かないからです。

治安の担い手側の変化にも触れておきます。癒着排除が進んで警察組織の現場密着度が落ちた結果、出てきたのが「答え合わせ逮捕」です。元関係者をまったく別件の容疑で引っ張り、取調室で写真を並べて「これは今も現役か」と確認する。

本来の容疑はろくに調べられないまま、確認が済むと不起訴で釈放される。これが常態化していると本書は言います。

公的機関に守ってもらう前提が崩れているなら、頼れるのは自分の側の知識と判断力しかない。この論理展開が、本書全体を支えています。

技能実習生を巡る話も、この文脈に置くと理解しやすい。悪質な雇用主のもとで最低賃金以下の労働を強いられ、行き場を失った失踪者に、日本に根を張った同郷のコミュニティから「もっと稼げる仕事がある」と接触が来る。

生きるための選択肢がそれしか残っていない人間に、日本的な倫理観を期待するのは無理筋だと草下さんは言い切ります。自社や委託先の労務管理を放置することは、犯罪組織への人材供給ルートを黙認しているのと変わりません。

対談だから拾えた、現場のルール

ここからは防犯とは別の読みどころです。

懲役太郎さんは対談の前日、会場の周辺を一人で下見しています。交番の位置、逃走や侵入の経路、向かいの工事現場に道具を隠せるか。最悪の事態を想定してから当日に臨む習慣です。

待ち合わせにも30分前に着く。遅刻の負い目を残さず交渉を有利に進めるためと、周辺を先に把握するためだと語られます。

この習慣は、他人を読む物差しにもなる。草下さんは、時間に律儀だった知人が急に遅刻がちになり、スマホの画面が割れたまま身なりも崩れていくのを見ていました。

ほどなくその知人は薬物で逮捕されます。遅刻の増加を単なるだらしなさとして流すか、状況の異変として読むかで、部下や取引先の危うさに気づける速さは変わってくるはずです。

生き残る条件そのものは、拍子抜けするほど単純です。懲役太郎さんが挙げるのは、盗まない、口を割らない、道理を外さない。この三つを守るだけで、無法の世界でも相応の場所まで行けると語ります。

交渉についても、勝つことより「揉め事にする手前でまとめる」ことを重視する姿勢が繰り返し出てきます。

皮肉なのは、この生存戦略が表の世界での信用構築とほとんど重なる点です。腕力ではなく信義で立場を守るという発想は、無法者の処世術というより、どんな組織でも通用する原則に近い。

おわりに

離脱後の現実も容赦なく書かれています。「元暴5年条項」により、組を抜けてもおおむね5年は反社扱いが続き、自分名義の銀行口座を新しく作ることも部屋を借りることもできません。

現役時代の携帯と口座を使い回しながら、塗装や左官といった職人仕事で信用を積み直すしかない。就労成功率という数字を守ることが優先される公的支援は、身元のはっきりしない離脱者を門前払いしがちだと本書は指摘します。

4回の脱獄を重ねた昭和の脱獄王、白鳥由栄が最後の府中刑務所で初めて一人の人間として扱われ、以後は模範囚のまま刑期を終えた逸話も、同じ構図で語られます。人として扱われる経験の有無が、更生の分かれ目になるという見立てです。

二人が最後にたどり着く一言が、本書全体の重さを引き受けています。

「悪いことやって稼いだお金を持っていたって、結局どうにもならないんですよ。僕も、彼も。」

億単位の裏金を動かし、通算10年を刑務所で過ごした人間が言うからこそ、この一言には重みがあります。狙われないための助言も具体的で、金やブランド品に自分の価値を預けないこと、そして金を見せびらかす代わりに信用を積み上げること。

物的な資産から、信頼という目に見えない資産へ。価値の置き場所そのものが変わったという指摘は、犯罪から距離を置いて暮らす読者にもそのまま刺さります。

読み終えて残るのは、恐怖よりも、境界線が消えたことの手触りです。タイムラインを流れる「お金配り」も、面接で好印象を残す若いリクルーターも、統計から消えた元組員も、すべてこちら側の生活と地続きにある。

まずは今夜、自分か家族のSNSを一つ開き、価格の分かる持ち物と居場所の分かる投稿を外すところから始められます。


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