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『憂鬱でなければ、仕事じゃない』見城徹・藤田晋|楽な仕事に、大した価値はない

キャリア・働き方 ✍ 見城徹・藤田晋
約8分で読めます

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『憂鬱でなければ、仕事じゃない』
目次

朝、手帳を開いて今日やるべきことを確認する。そこに憂鬱な用事が3つ以上並んでいないと、かえって不安になる——。これは幻冬舎の社長・見城徹さんの、毎朝の習慣だそうです。

普通は逆でしょう。面倒な仕事は少ないほどいいし、気の重い案件はできれば後回しにしたい。私たちの多くはそう考えて生きています。ところが本書は、その常識を根こそぎ裏返します。

楽に流れる仕事から、大した成果は生まれない。だからあえて苦しい方へ、憂鬱な方へと自分から身をよじれ、というのです。

『憂鬱でなければ、仕事じゃない』は、アナログの文芸界を牽引した見城さんと、デジタルのIT業界を切り拓いたサイバーエージェント社長・藤田晋さんによる仕事論です。世代も業界も対極にある二人が、仕事の核心でぴたりと重なり合う。その一致点にこそ、読む価値があります。

なぜ「憂鬱な仕事」ほど価値を生むのか

本書の背骨は、タイトルそのものにあります。理屈は拍子抜けするほど単純です。誰でも通れる楽な道からは、他人との差がつかない。ビジネスでいう付加価値とは、突き詰めれば競争相手との「差」のことだからです。何の苦もなくパッと思いつくアイデアは、たいてい他の10人が同時に思いついている。

だから見城さんは、あえて「不可能」「無理」と思われる茨の道を選べと説きます。その負荷を越えるプロセスそのものが、他者に真似できない差別化になる。楽に進んでいるという感覚は、成長のしるしではなく、むしろ差がついていないことの証拠かもしれないのです。

面白いのは、ここに将棋の羽生善治さんの言葉が引かれることです。羽生さんは、自分の考えた通りに局面が進んだ時こそ要注意だと語る。相手がさらに上の手を用意しているからです。

藤田さんもこれを実感で裏づけます。自分が本当に成長できたと感じる瞬間には、いつも憂鬱が伴っていた、と。大事な社員が辞めた時、業績の下方修正、先の見えない暗中模索。

それを信念で突破した者にだけ、新しい価値を生む権利が与えられる。

情熱を意味する「パッション」の語源には「受苦」、つまり苦しみの意味もある——本書はそう指摘します。苦しさと情熱はもともとワンセットだ、という見立ては、精神論のようでいて存外あなどれません。

圧倒的努力と、「努力は自分・評価は他人」という断絶

本書のいう努力は、生半可なものではありません。人が寝ている時に寝ない、人が休む時に休まない。どこから手をつけていいかわからないほど膨大なものに手をつけ、最後までやり通す。見城さんはこれを圧倒的努力と呼びます。

象徴的なのが、若き日の見城さんが憧れの作家・石原慎太郎さんと仕事をするために取った行動です。代表作を全文暗記し、初対面の場で本人を前に暗唱してみせた。

幻冬舎の創業期には、年末年始も返上して朝9時から深夜2時まで働き、口説きたい作家やミュージシャン一人ひとりに、相手の全作品を頭に入れた上で便箋7、8枚の手紙を書き送った。

逸話の熱量そのものが、努力の水準を物語ります。

ここで突きつけられるのが「努力は自分、評価は他人」という一節です。どれほど凄まじい努力をしたかを知っているのは、自分だけ。それを結果として裁くのは上司や取引先、世間という他人です。

この二者の間には、埋めようのない溝がある。だから「プロセスを評価してほしい」という甘えは通用しない。プロセスは結果として得られる副産物にすぎない、と本書は言い切ります。

正直に言えば、この突き放し方はかなり冷たい。ただ裏を返せば、他人の評価は自分にはコントロールできない、ならば自分が完全に握れる努力の量に集中せよ、という覚悟の定め方でもあります。

見城さんが「これほどの努力を、人は運という」と言い添える通り、他人の成功を運やツキで片づける癖こそが、自分の成長を止める。この一点は胸に刺さります。

ビジネスを支えるのはGNO、義理・人情・恩

デジタル化がどれだけ進んでも、ビジネスの根幹は人間関係にある。本書はそう断言します。合理や論理だけで人は動かない。義理・人情・恩、この3つがなければどんな成功も長続きしない。見城さんは頭文字を取って、これをGNOと呼びます。

そして信頼を左右するのは、驚くほど小さなことだといいます。かけた電話は自分から切らない。電話は相手の時間を一方的に奪う行為だから、切る権利は相手にある——そんな細部のマナーを本書は徹底します。

何千万、何億というリスクを背負って仕事を任せる相手は、こちらの小さな無神経さを敏感に察知する。頼まれ事を送り忘れる、雑談で知識のなさが露呈する。

その些細な綻びが「この人に大仕事を任せて大丈夫か」という不信に直結するからです。

この人間関係論には、独特の原則があります。ひとつは「頼みごと百対一の法則」。周囲が嫌がる面倒な頼みを圧倒的努力で引き受け、貸しを100個積み上げる。

そうして初めて、ここぞという勝負どころで、たった1つの大きな願いを通せる。もうひとつが「天使のようにしたたかに、悪魔のように繊細に」という交渉の逆説です。

見返りを求めない無償の振る舞い(天使)こそ、巡り巡って最大の利益を生む最もしたたかな戦略であり、逆に相手から何かを奪う交渉(悪魔)の時ほど、警戒されないための繊細な配慮がいる、というわけです。

藤田さんの実例が、この逆説を裏づけます。決算のあと、社員へ事前の予告なしに、一人平均100万円の賞与をいきなり支給した。予告すれば当然の権利になって有り難みが薄れるが、サプライズにすれば帰属意識とやる気を最大化できる。

これが「したたかな天使」です。逆に、厳しい交渉の場では感情的にならず、「怒ったふり」すら緻密にコントロールする。これが「繊細な悪魔」だというわけです。

コミュニケーションの入り口も同じで、「今日は風が強いですね」といった誰にでも言える天気の話は、形骸化した会話だと切り捨てられます。相手の経歴や関心を調べ尽くし、心にハッと引っかかる一言から始めよ、というのです。

小さな約束を守れない人間に、大きな仕事は回ってこない——この身も蓋もない事実を、本書はビジネスの入り口に据えます。やや古風で属人的に映る部分もありますが、信頼が細部の積み重ねで出来ているという指摘は、匿名的なやりとりが増えたデジタルの時代だからこそ、逆に効いてきます。

顰蹙を買い、劇薬になる——極端に振り切る覚悟

凡庸なものは誰にも見向きもされず、淘汰される。だから見城さんは「極端こそわが命」と言い、当たり障りのない中間を憎みます。その象徴が「顰蹙は金を出してでも買え」という過激な一言です。

業界の常識や既得権益を壊して新しい価値を生む時、既存の枠組みにいる人たちの神経は逆なでされ、悲鳴を上げる。その顰蹙こそ、挑戦が成功に近づいている証だという発想です。

もうひとつのキーワードが「良薬になるな、劇薬になれ」。副作用のない安全な良薬では、停滞した現状を劇的には変えられない。自己破滅のリスクを背負ってでも勝負に出る劇薬の覚悟があって初めて、圧倒的な結果を引き寄せられる、というわけです。

ただ、ここで見落としてはならないのは、本書がこれを無鉄砲とは明確に区別している点です。強調されるのは「効果からの逆算」。一見無謀な一手を、効果から緻密に逆算した計画と、圧倒的努力の準備のもとで断行する。

無謀に見える演出の裏に、周到な計算がある。郷ひろみさんの告白本を離婚届の提出日に発売日をぶつけ、5日で100万部を売り切ったという逸話は、その「計算された非常識」の好例でしょう。

この留保がなければ、本書はただの過激な精神論に堕していたはずです。

成功した瞬間に自分を捨てる「自己否定」の技術

本書がもっとも繰り返すのが、安住への嫌悪です。満足や安定は、ビジネスにおいては衰退、つまり死を意味する——というのが本書の一貫した立場です。これを表すのが「ふもとの太った豚になるな、頂上で凍え死ぬ豹になれ」という言葉です。

飼い慣らされた現状維持を拒み、過酷でも常にリスクを背負って挑み続ける豹であれ、というわけです。

では、大きな成功をつかんだ後、どうやって堕落を防ぐのか。本書の答えは「自己否定」です。成功体験をつかんだその瞬間に、それを打ち捨てて自分をゼロに戻す。

金銭や名誉、他者の賞賛を心の拠り所にした途端、闘争心はたるんでいくからだといいます。見城さん自身、角川書店での輝かしい地位を捨て、42歳で貯金ゼロから幻冬舎を立ち上げました。

地位に胡坐をかいた瞬間から編集者の堕落が始まる、という信念の実践です。

同じ発想は「ヒットは地獄の始まり」にも通じます。ひとつのヒットは、次のヒットを出し続けねばならない、終わりのない挑戦の始まりにすぎない。勝負に10割の成功はないのだから、一時的な大勝ちに驕ってフォームを崩すより、成功体験をその場で捨て、平常心で勝ちパターンを維持し続けよ、と。

なお本書には、優れた表現者には自己顕示欲と自己嫌悪という相反する感情が同居している、という鋭い人間観もあります。見城さんはこれを「双子の兄弟」と呼ぶ。

自己顕示欲だけが強い人間はただの嫌な奴になるが、自分の弱さを知る自己嫌悪を併せ持つ人は、深い信頼と人間としての幅を得る。この二極の間で激しく揺れる葛藤こそが、他者を惹きつけるオーラや、妥協のない創造物を生む。

ここは、強がりに疲れた読者ほど救われる視点かもしれません。

この人間観は、実践的な助言にもつながります。初対面での最もやりがちな失敗は、相手がまだ何の興味も持っていない段階で、自分の経歴を長々と語り始めることだ、と本書は指摘する。

得体の知れない相手の自分語りほど、退屈な時間はありません。見城さんは作家・五木寛之さんを口説くために、発表された全作品を読み込み、急所を突く批評を込めた手紙を25通も送り続けたそうです。

自己紹介をするのは、相手が「この人は何者だろう」と身を乗り出して尋ねてきた、その瞬間でいい。何を語るかより、どの順番で語るかが命だというわけです。

編集部の読みどころ——厳しさの底にある励まし

読み終えて残るのは、心地よさではなく、ヒリヒリした緊張感です。本書は「もっと楽に、賢く働こう」とは一言も言いません。むしろ逆に、苦しさから逃げるなと繰り返す。

だから読む人を選ぶ本ではあります。合理性や再現性、仕組み化を重んじる現代のビジネス書とは、明らかに水が合わない。属人的で、体育会的で、時に精神論へ傾きすぎる箇所もあります。

それでも本書が古びないのは、厳しさの底に一つの励ましが埋まっているからです。あなたが今抱えている憂鬱は、避けるべき不運ではなく、正しい挑戦をして成長している最中である証かもしれない。

楽な道を歩いている限り、差はつかないのだから。この視点の転換だけでも、明日の朝、手帳を開いた時の気分は少し変わるはずです。並んだ憂鬱を、逃げる対象ではなく、差をつけるチャンスとして眺め直せるかどうか。

本書の使いどころは、案外そこにあります。


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