お金の正解は、純資産のレベルで変わる
目次
「予算を立てなさい」と言う専門家と、「起業しなさい」と言う専門家。
どちらも本気で正しいことを言っているのに、なぜ助言が真逆になるのか。
答えは、二人が見ている「相手の純資産レベル」が違うからです。
データサイエンティストのニック・マジューリは、お金の正解は一つではなく、いま自分が立っている純資産の段階によって変わると言います。私はこの視点を知って、自分が長年ハマっていた勘違いに気づきました。
お金の悩みは「6段の階段」で形が変わる
マジューリは著書『THE WEALTH LADDER 富の階段』で、純資産を10倍刻みで6つのレベルに分けました。
レベル1は1万ドル未満、レベル2は10万ドル未満、レベル3は100万ドル未満、と続きます。50年以上にわたる数万世帯の金融データを分析した結果、彼はある事実を見つけました。
レベルが上がるにつれて、人々の資産の中身が「現金 → 収益資産(株式など) → 事業の所有」へと、はっきり移り変わっていくのです。
ここが面白いところです。お金持ちは、ただ同じことを大きくやっているのではありません。段階ごとに、お金を増やすエンジンそのものを乗り換えています。
たとえば、走り始めの自転車を思い浮かべてください。最初はペダルを必死に漕がないと進みません。でもスピードが乗れば、惰性で進む割合が増えていく。漕ぐ力(労働)から、慣性(資産)へと、推進力の主役が入れ替わっていきます。お金の階段も、これとよく似ています。
だから、各レベルで効く戦略も悩みも別物になります。レベル1〜2では「収入を増やし、借金を避ける」ことが効きます。レベル3前後でようやく「投資」が主役になります。レベル4以上では「事業を所有する」ことが鍵になる。
順番が逆だと、ほとんどの努力が空振りします。下の階で投資ばかり研究しても資産は動かないし、上の階で節約に励んでも時間が惜しいだけ。同じ行動でも、立っている階によって効き目がまるで変わるわけです。
資産が少ないうちは、投資より「収入」が効く
私が長くやっていた勘違いは、これでした。資産が少ない時期から、投資のリターンを少しでも高めようと、銘柄や利回りを必死に研究していたのです。
マジューリの前作『Just Keep Buying』のデータが、その無駄を冷たく突きつけてきます。
たとえば手元資産が1,000ドルの人を考えます。年利10%を狙って何時間も分析しても、増えるのは100ドルです。一方、一晩の飲み代を我慢したり、副業で少し稼いだりすれば、同じ100ドルが簡単に手に入る。資産が小さい段階では、投資収益より「節約・収入アップ」のインパクトが圧倒的に大きいのです。
しかも、節約には物理的な限界があります。同書によれば、所得下位20%の世帯は食費・医療費・住居費・交通費という最低限の支出だけで、手取りの100%以上を使い果たしている。彼らに「もっと節約しろ」は通じません。削るべき贅沢が、そもそも存在しないからです。
数字でも差は明確です。同書のデータでは、所得下位20%の貯蓄率はわずか1%。対して上位1%は51%に達します。同じ「節約しよう」という助言でも、効く層と効かない層がこれだけ分かれる。貯蓄率を決めている最大の要因は、本人の意志よりも所得水準だったわけです。
だから下位レベルで本当に効くのは、支出を削ることより収入を増やすこと。節約には天井があるけれど、収入には天井がない。たとえばスキルを磨いて時給を上げる、副業で収入源を増やす。こうした「人的資本を伸ばす」動きのほうが、小さな資産を運用するより何倍も大きく効きます。これが順番の核心です。
「上の階の助言」を真似ると、足をすくわれる
問題は、世の中で目立つ助言が、たいてい「上の階の人」の言葉だという点です。
成功した起業家は「貯金なんて意味がない、事業を持て」と言います。それは彼にとっては正しい。レベル4以上では、労働収入をいくら貯めても資産形成に限界が来るからです。事業の株式を持つことが、上の階への唯一の階段になります。
でも、その言葉を資産ゼロの人がそのまま真似たらどうなるか。借金をして無理に起業し、足元の生活基盤ごと崩す危険があります。マジューリ自身、レベル4が「最も抜け出しにくい階」だと指摘しています。労働収入の貯蓄だけでは届かず、かといって事業所有には大きなリスクが伴うからです。
逆に、資産を十分に築いた人が、いつまでも下の階の習慣を引きずるのも危ない。彼はこれを「空き缶集め」にたとえます。時給に換算すると割に合わない小さな節約に、富裕層が時間を使い続ける愚かさです。昨日の価格は、今日の価格ではない。自分の時間の価値は、レベルが上がるたびに更新する必要があります。
つまり、助言の正しさは「誰が言ったか」ではなく「どのレベル向けか」で決まります。発信者と自分の階が同じか。それを確かめずに飲み込むと、正しい助言ほど毒になります。
マジューリが鋭いのは、専門家同士の矛盾もこれで説明してしまう点です。「まず予算を立てろ」と説く人と「とにかく事業を持て」と説く人は、ケンカしているわけではありません。ただ、想定している読者の階が違うだけ。私たちが混乱するのは、自分がどの助言の宛先なのかを意識せずに、全部を受け取ろうとするからです。
まず、自分が何階にいるかを知る
ここからは、明日できることに落とします。誤解と正しいアプローチを並べてみます。
誤解:成功者が薦める戦略を、そのまま取り入れる → その人の純資産レベルが自分と違えば、同じ行動でも結果は逆に出ます。
正しいアプローチ:まず自分の純資産(資産−負債)を計算し、何階にいるかを知る → 戦略を選ぶ前に、立っている階を確かめる。すべてはここから始まります。
そのうえで、いまの階に合った主エンジンに集中します。
資産が小さい段階(レベル1〜2)にいるなら、利回り研究より「市場価値のあるスキル」への自己投資と収入源づくりに時間を回す。投資が主役になる段階(レベル3前後)に来たら、低コストの分散投資を淡々と続ける仕組みを作る。
『Just Keep Buying』は、この判断を簡単な比較で示します。「これから貯められそうな額」と「投資で増えそうな額」を見比べて、前者が大きいなら収入アップに、後者が大きいなら投資の最適化に時間を割く。階が上がれば、自然と軸足は移っていきます。
おわりに
お金に唯一の正解はありません。あるのは「いまの自分の階に合った正解」だけです。
次に誰かのお金の助言を聞いたとき、こう問い直してみてください。この人は、どの階から話しているのだろう、と。
この記事で参考にした本
『THE WEALTH LADDER 富の階段』ニック・マジューリ → 純資産を6つのレベルに分け、段階ごとに最適なお金の戦略が変わることを数万世帯のデータで示した一冊。
『Just Keep Buying』ニック・マジューリ → 資産が少ないうちは投資の最適化より収入アップが効く、という優先順位をデータで裏づけてくれる。
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