社内の高評価は、会社の外にどこまで持ち出せるか
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同じ外科医が、病院によって成績が違う。心臓外科の研究から、そんな結果が出ています。
ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・ハックマン氏とゲイリー・ピサノ氏は、1994年と1995年にペンシルベニア州で行われた冠動脈バイパス手術の記録を分析しました。アメリカでは、1人の外科医が同じ年に複数の病院で執刀することが珍しくありません。
わかったのは、手術件数が増えるほど患者の死亡率は下がるものの、下がるのは件数を重ねた「その病院で」だけ、ということでした。別の病院でいくら執刀しても、この病院での成績は良くなりませんでした。
腕の一部は、病院ごとに別々に育っていたわけです。会社員の社内評価にも、同じことが起きています。
社内評価には、3つのものが混ざっている
会社から受け取る評価には、少なくとも3つの成分が入っています。
1つ目は、本人の力です。どこへ行っても発揮できる部分で、これは持ち出せます。
2つ目は、組織の持ち分です。会社のブランド、予算、優秀な同僚、社内の仕組みに慣れていること。外科医でいえば、その病院の看護師や設備との息の合い方にあたります。たとえば大手の名刺があれば、初めての相手でも商談の席にはついてもらえます。こうした部分は会社に置いていくことになります。
3つ目は、評価者の見方です。同じ働きぶりでも、上司が変われば評価は変わります。
経済学者のゲイリー・ベッカー氏は1960年代に、人的資本を「どの企業でも役立つ一般的なもの」と「その企業でしか役立たない企業特殊的なもの」に分けました。社内評価は、この2つを区別せずにまとめて点数にしています。
報酬も同じです。森岡毅さんは『苦しかったときの話をしようか』で、年収を決める要因として「職能の価値」「業界の構造」「その中での成功度合い」の3つを挙げています。業界の構造とは、その業界がどれだけ利益を出し、人件費を払えるかです。
つまり、今の年収の一部は、本人ではなく業界と会社の稼ぐ力から来ています。転職市場で提示額が下がったとき、能力が否定されたとは限りません。組織の持ち分が、値札から外れただけのこともあります。
評価の半分以上は、評価者のクセだった
3つ目の成分は、想像より大きいかもしれません。
スティーブン・スカレン氏、マイケル・マウント氏、メイナード・ゴフ氏は2000年、管理職の評価データを2組分析しました。人数は2,350人と2,142人。1人あたり7人(上司2人、同僚2人、部下2人、本人)から、3つの能力について評価を受けていました。
評価のばらつきがどこから来るのかを分解すると、評価する側の個人的なクセが62%と53%を占めました。評価される側の実際の働きぶりで説明できたのは、21%と25%です。
ただし、これは能力開発のための多面評価のデータで、昇給や賞与を決める査定そのものではありません。それでも、人が人を評価すると、数字の半分以上が「誰が見たか」で決まる場合がある。そこまでは言えます。
たとえば、上司との相性が良く「A」が続いている人がいるとします。その「A」のうち、次の会社の面接官にも同じように伝わる部分は、思っているより小さいかもしれません。
実務で使うなら、評価を受け取ったときに中身を2つに分けます。誰が見ても同じ結論になる部分(売上の数字、納期、完成した成果物)と、評価者の見方で決まる部分(「頼れる」「主体性がある」)です。前者は持ち出せますが、後者は評価者と一緒に社内に残ります。
スターの成績は、移籍すると落ちた
2つ目の成分、組織の持ち分を大規模に測った研究があります。
ハーバード・ビジネス・スクールのボリス・グロイスバーグ氏らは、1988年から1996年までに業界誌『Institutional Investor』のランキングに選ばれた証券アナリストを追跡しました。1,000人を超える、いわば業界のスターです。
2008年に発表された分析では、他社へ移ったスターの成績はすぐに下がり、その低下は少なくとも5年続きました。
落ち方には差がありました。
- 自社より調査体制の弱い会社へ移った人と、1人で移った人は、落ち込みがいちばん大きい
- 同じ水準の会社へ移った人も下がったが、2年で戻った
- 体制の強い会社へ移った人と、チームごと移った人は、有意な低下が見られなかった
スターの成績の一部は、会社の調査体制とチームが支えていたわけです。
ただ、組織の持ち分があること自体は悪いことではありません。小杉俊哉さんは『起業家のように企業で働く』で、会社のヒト、モノ、カネ、ブランドを「使い倒す」ことを勧めています。個人では届かない規模の仕事ができるのは、会社にいる大きな利点です。
問題になるのは、使い倒した結果の実績を、全部自分の力だと思い込むことのほうです。
持ち運べたのは、社外に向けて築いた関係だった
同じ研究には続きがあります。グロイスバーグ氏は2008年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』で、女性のスター・アナリストに注目しました。
対象の約18%にあたる189人の女性スターは、移籍後も成績を落としませんでした。平均すると、会社に残ったスターと変わらない水準です。
グロイスバーグ氏の解釈はこうです。女性のスターは、顧客の投資家や担当企業との関係、つまり社外との関係の上に仕事を築いていた。男性のスターは、社内のネットワークや自社独自の資源により多く投資していた。加えて女性は、移籍先を選ぶときの見極めが慎重だった、とも述べています。
これは1つの業界の、性別による比較です。「女性のほうが優秀」という話ではありませんし、解釈は著者の聞き取りに基づいています。
それでも、成績を持ち出せた人と持ち出せなかった人を分けたのは、関係をどこに築いていたかでした。社内で築いた信頼は社内に残り、社外で築いた信頼は本人と一緒に移ったのです。
村上臣さんの『転職2.0』が勧める「広くゆるいネットワーク」と、自分の強みを短い言葉にして外へ発信する「タグ付け」も、この方向の実践として読めます。森岡さんの「会社と結婚するな、職能と結婚せよ」という言葉も、持ち出せる成分に投資せよという意味に置き換えられます。
実績を「持ち出せる分」と「置いていく分」に分ける
よくある誤解:社内で評価されていれば、外でも通用する → 社内評価には、組織の持ち分と評価者のクセが混ざっています。
もう一つの誤解:社内評価はあてにならないから、早く外へ出るべき → スターの研究が示したとおり、移籍そのものが成績を下げることもあります。会社の資源を使えるうちに使うのは合理的です。
正しいアプローチ:自分の評価のうち、どれが自分の持ち分かを知っておく
具体的には、次の3つから始められます。
1. 直近の実績を1つ、会社名と肩書きを使わずに書く 5分でできます。『転職2.0』のタグ付けにならって、ポジション、スキル、業種、経験、コンピテンシーの5つに分けて書き出します。そのうえで、「この会社の予算やブランドがなくても、同じ結果が出たか」を1行添えます。書けない部分が、組織の持ち分です。
2. 社外の目で、年に1回測ってみる 小杉さんは、人材紹介会社への登録や他社の面接で、客観的な評価を知ることを勧めています。転職の予定がなくても使える方法です。手軽に始めるなら、厚生労働省が公開している「ポータブルスキル見える化ツール」があります。約15分の入力で、業種や職種が変わっても使える強みを診断できます。
3. 仕事の中で、社外との関係を1本増やす 顧客、取引先、同業者など、会社の外にいて、あなたの仕事ぶりを直接知っている人です。たとえば、社内向けにまとめた知見を業界の勉強会で話してみる。社内の資源を使いながら、信頼の置き場所を外にも作れます。
おわりに
心臓外科医の研究は、腕がいい外科医ほど病院を移るべきではない、とは言っていません。成績の一部がその病院のものだと知っていれば、移るときの見積もりも、残るときの投資先も変わる、というだけです。
社内の評価表を次に受け取ったら、その中に自分の持ち分がどれだけあるか、一度だけ数えてみてください。
この記事で参考にした本
『苦しかったときの話をしようか』森岡毅 → 年収を「職能の価値」「業界の構造」「成功度合い」に分ける見方と、「会社と結婚するな、職能と結婚せよ」という原則
『起業家のように企業で働く』小杉俊哉 → 会社の資源を使い倒しながら、人材紹介会社や他社の面接で市場価値を測り続けるという姿勢
『転職2.0 日本人のキャリアの新・ルール』村上臣 → 経験を5つのタグに分解して短い言葉にする方法と、社外に広くゆるいネットワークを持つという考え方
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