朝、ベッドの中で「だるい」「行きたくない」とつぶやく。それでも、たいていの人は最後には起き上がって、顔を洗い、電車に乗り、仕事へ向かう。
ここに、この本の出発点があります。私たちは気分が乗らなくても、ちゃんと行動できている。なのに、人生を変えるような大きな目標になると、急に話が変わる。「やる気が出たら」「気分が整ったら」と、来るかどうかもわからない感情の到着を待ち始めてしまう。
『あなたはあなたが使っている言葉でできている』(原題 UNFU*K YOURSELF)は、この日常と目標のあいだに横たわる矛盾を、容赦なく突く一冊です。
著者ゲイリー・ジョン・ビショップ氏は、巷にあふれる「ポジティブに考えよう」「ありのままの自分を愛そう」といった甘い自己啓発を、はっきり拒絶します。
代わりに差し出すのは、自分にかける言葉の選び方と、思考の許可を待たずに動き出す技術です。読後感がやけにスパルタなのは、慰めではなく蹴り出すことを目的にした本だからです。

慰めではなく蹴飛ばす本
最初に相性を確かめておきます。この本が効くのは、「変わりたい」と何度も思いながら動けない人です。
新年に「今年こそ痩せる」と決めたのに、2月にはもう忘れている。やる気が出るのを待っているうちに、休日が終わっている。恋愛でも仕事でも、なぜか同じパターンの失敗を繰り返してしまう。そんな心当たりがある人ほど、ページをめくる手が止まらなくなるはずです。
逆に、優しく慰めてほしい、今は癒やされたいという気分のときには、この本はおすすめしません。言い訳を一つも許さない文体だからです。落ち込んでいる人を抱き起こすのではなく、襟首をつかんで立たせるタイプの本だと理解しておくと、読み方を間違えずに済みます。
一番の話し相手は、自分自身
本書はまず、地味だが見落としがちな事実から始まります。人間の一番の話し相手は、他人ではなく自分自身だということです。
研究によれば、私たちの頭には1日に5万以上もの考えが浮かぶとされます。この絶え間ない頭の中の会話を、本書は「セルフトーク」と呼びます。自分が自分にかけ続けている言葉のことです。
そしてその質が、そのまま人生の質を決めていく。「大変だ」と自分に言うほど、本当に大変な気がしてくる。ネガティブな声は、それ自体が現実を引き寄せてしまうわけです。
面白いのは、ここで著者が安易な前向き思考を勧めない点です。無理にポジティブな言葉を自分に言い聞かせるやり方を、彼は「メイプルシロップをかけた古いキャンディーを口に突っ込まれるようなもの」だと切り捨てます。
気持ち悪いし、効かない、と。心の底で信じていない励ましは、かえって自己欺瞞のストレスを増やすだけ、というのは多くの人が薄々感じていたことでしょう。
ではどうするか。鍵は、言葉の中身ではなく「形」を変えることです。
著者が勧めるのは、アサーティブ(主張型)な言葉です。「私は〜だ」「〜を受け入れる」といった、現在形で断定する言葉。逆に避けるべきは、ナラティブ(会話型)な言葉です。「〜するつもりだ」「〜したい」「〜が目標だ」という、未来形や願望の言葉のこと。
なぜ未来形がまずいのか。「いつかダイエットしたい」と言った瞬間、無意識は「じゃあ今はやらなくていい」と受け取るからです。願望の言葉は、それ自体が逃げ道を用意してしまう。だから「自分はジムへ通う意志がある」と現在形で言い切る。たった一語の時制の差が、行動するかどうかを分けるというのが著者の主張です。
この考えには裏づけもあります。思考や経験によって脳の物理的な構造が変わる、神経可塑性という現象です。言葉を選び直すことは、気休めではなく脳の回路を組み替える物理的な介入だ、と著者は位置づけます。
アラバマ大学のウィル・ハート教授の実験も紹介され、つらい出来事を現在形で語る人ほど、それを実際以上につらく感じていたといいます。語り方が、体験そのものの手触りを変えてしまうのです。
ここから本書は、人生を動かすための7つのアサーティブな言葉を、順に手渡していきます。
言い訳を断ち、勝ち癖の向きを変える
最初の言葉は「私には意志がある」。著者がここで突きつけるのは、強烈な自己責任論です。どうしようもない出来事が起きたとしても、そのあとどう生きるかは100パーセント自分の責任だ、と。状況や他人や過去のせいにすることを、彼は一切認めません。
ただ、この章の妙味は「否定の意志」という発想にあります。意志というと前向きな決意を思い浮かべますが、著者は「こんなのはもうイヤだ」という強い拒絶も同じだけのパワーを持つと言います。
今の自分への「ノー」が、不本意な人生と決別する線になる。つまり、立派なポジティブ目標が見つからなくても、人は変われるということです。ここはこの本のやさしさが顔を出す数少ない箇所で、希望を捏造しなくていいと言ってくれる点に救われる読者は多いはずです。
二つ目の言葉「私は勝つに決まっている」は、本書で最も逆説的な章です。著者によれば、人間の脳には設定された目標を必ず達成しようとする「勝ち癖」が備わっている。
問題は、その目標を無意識が勝手に決めている点です。もし無意識が「自分はダメだ」「愛される価値がない」と信じていれば、脳はそれを証明しにいく。
先延ばしして「やっぱりだらしない」を、関係を壊して「やっぱり愛されない」を、律儀に実現してしまう。
だから著者は言います。人生で起こるすべての出来事は勝利だ、と。失敗の連続に見えても、あなたは無意識が設定したネガティブな仮説を見事に現実化し、自分との戦いに全勝している。ぞっとする話ですが、ここに希望が潜んでいます。あなたは無能なのではなく、強力すぎる達成能力を間違った方向に使っているだけ。向きさえ変えれば、その同じ力がそっくり味方に回るからです。他人と比べて落ち込むときの一文も鋭い。他人に見えるのは人生の上澄みだけ、自分の人生だけは裏側ばかりを見てしまう、と。SNSで沈む夜に効く処方箋です。
不確実さを敵から味方へ
三つ目「私にはできる!」は、問題は必ず起こる、しかし自分はこれまでも数えきれない問題を乗り越えてきた、という事実を思い出すための言葉です。ここで使われるのが認知再構成法。
問題にのめり込まず、一歩、何歩も下がって全体像を眺める心理学のテクニックです。過去に越えてきた困難まで、あるいは人生の終わりまでズームアウトしてみる。
すると目の前の壁が、長い道のりの小さなこぶに縮んで見えてくる。「解決策は必ずある。ないように思えるのは、まだ見つかっていないだけだ」というのが、この章の支えです。
四つ目「先がわからないからおもしろい」は、確実さへの欲求を真っ向から否定します。人間は確実さを求める生き物ですが、著者はその欲求を「中毒」と呼ぶ。
確実な成功などこの世にない以上、確実さにしがみつくほど安全圏から出られなくなるからです。先が読めない状況でこそ変化は起こる。不確実さを脅威ではなく、可能性への入り口として味方につけよ、と著者は説きます。
この姿勢は、本書の背骨にあるストア派哲学につながっています。マルクス・アウレリウスやエピクテトスの教え。外界の出来事はコントロールできないが、それにどう向き合うかは自分で決められる、という線引きです。
神経科学のような最新の装いをまといながら、根っこは古代から繰り返されてきた知恵だという点は、この本の説得力を静かに支えています。
思考ではなく、行動が人をつくる
五つ目「自分は思考ではなくて行動だ」が、本書のいちばん大事な核心です。
著者はまず潔く認めます。ネガティブな思考を完全に消すのは、ほぼ不可能だ、と。頭には勝手に思考が湧く。それは止められない。多くの自己啓発が「悪い考えをなくそう」と説くなかで、ここを正直に手放すのが本書の強みです。
突破口は、その先にあります。思考は消せなくても、思考と独立して行動することはできる。あなたという人間を決めるのは、頭の中にあるものではなく、何をするか、つまり行動だ、と。
冒頭のベッドの話がここで効いてきます。「行きたくない」と思いながら、私たちは現に仕事へ行っている。気分と行動は、もともと切り離せるのです。この当たり前すぎる事実を、人生のあらゆる目標へ拡張せよというのが著者の提案です。
順番も逆だと指摘します。行動しないでいると疑念と恐怖が育ち、行動すれば自信と勇気が生まれる。やる気が出てから動くのではなく、動くからやる気が後から追いついてくる。
日々の行動の95パーセントは無意識的なものだという研究も引かれ、だからこそ意識的な行動の積み重ねで無意識を上書きしていくしかない、と結びます。
がむしゃらさと、期待を手放す勇気
六つ目「私はがむしゃらになる」は、不快感と不確実性とリスクの中からこそ最大の成功は生まれる、という章です。著者はライト兄弟、貧しい家庭から俳優を志したシュワルツェネッガー、手のない体で商用機パイロットになったジェシカ・コックスを並べます。
彼らに共通するのは確信ではなく、がむしゃらさ。成功者もまた「どうなるんだろう」と不安だった。確信があったから動いたのではなく、動いたから道が開けたのです。
七つ目「私は何も期待せず、すべてを受け入れる」では、怒りの正体に踏み込みます。私たちを苦しめるのは出来事そのものではなく、無意識に抱いた「こうなるはず」という隠れた期待だ、と。
恋人に完璧な気遣いを期待すれば、少しのそっけなさで腹が立つ。期待と現実のギャップが大きいほど落胆も怒りも膨らむ。
だから期待を手放す。ただしこれは諦めや妥協ではありません。すべてを受け入れるとは、起きた現実を引き受け、そのうえで責任を持って対処すること。
本書が勧める実践は「期待の棚卸し」です。うまくいっていない領域について、どうなるはずだったかと実際どうなったかを紙に書き出す。怒りの正体であるギャップが、目に見える形になります。
今日、考える前に一歩動く
本書の教えを行動に落とすなら、入り口は四つです。不満のある領域で言い訳を一つ書き出して「とどまっているのは自分の選択だ」と認める。朝の習慣に「私には意志があるか?」という自問を組み込み、イエスと確信できるまで繰り返す。
やる気を待たず、着替える・ファイルを開くといった最初の物理的な一歩だけ踏み出す。そして、現状を招いた悪い習慣を一つやめ、空いたスペースに前進する行動を一つ置き換える。
一言にすれば、言い訳をやめて、自分を動かす言葉を武器にする本です。ポジティブになる必要はない。ネガティブな思考を抱えたままでいい。ただ、自分にかける言葉を断定形に変え、気分の到着を待たずに動く。それだけで人生は動き出す、というのが著者の一貫した主張でした。
自分の内面を成長させたいなら、外の世界で行動すればいい。頭の中を跳び出して、人生に跳び込もう。(ゲイリー・ジョン・ビショップ)
読み終えたあなたが今日できることは、たぶん一つだけです。先延ばしにしているその行動を、考える前に始めてみること。
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『Do the Work』ゲイリー・ジョン・ビショップ 同じ著者による実践編で、本書の続編にあたります。「思考ではなく行動」という考え方を、質問に答えていくワークブック形式で自分の人生に落とし込みたい人に最適です。
『降伏論』高森勇旗 「一生懸命」や力みを手放したら結果が出始めたという主張は、本書の「期待を手放してすべてを受け入れる」と深く響き合います。がんばる方向を間違えていないか問い直したい人に。
『チーズはどこへ消えた?』スペンサー・ジョンソン 恐怖の正体はいつも自分の頭の中にある、という寓話。本書の「確実さは中毒」「先がわからないからおもしろい」という不確実性の受け入れを、物語で体感したい人におすすめです。
