世界のウェブページ数は130兆件、人類が1年間に検索する回数は2兆回にのぼるといいます。この情報量の中に、企業が広告を一つ差し込んだところで、目に留まる確率はほとんど期待できません。
本書『僕らはSNSでモノを買う』はこの状況を「情報の99%は届かない」と言い切ります。それでも著者の飯髙悠太さんは悲観していません。届かないのは大企業の広告も同じだからです。予算の規模が効かなくなった今だからこそ、中小企業や個人にも逆転の余地がある、と本書は説きます。
では、何なら届くのか。本書が指すのは、友人がふと書いた140文字です。
数字で見ると、この転換はさらにはっきりします。デジタル上での消費は全体のわずか5%で、残りはリアルの買い物だといいます。ただしSNSが実店舗と無関係かといえば逆で、20代から30代の女性の65%が、SNSをきっかけに購買や来店を決めた経験を持つと本書は紹介します。
SNSは「ネットで完結させる道具」ではなく、人を実際の行動へ押し出す装置でもあるわけです。

こんな人におすすめ
SNSを毎日更新しているのに、その努力が売上とどうつながるのか自分でも説明できない。そんな人にまず読んでほしい一冊です。
- SNSの投稿を続けているが、成果を上司にうまく説明できずにいる人
- SNSマーケティングの成功を「フォロワー数」で測ってしまっている人
- 自社の商材が地味で、発信するネタなどないと決めつけている人
口コミが売上に化ける、たった一つの理屈
本書の骨格は一本の因果でできています。UGC(ユーザーが自分の意思で投稿した写真やレビューのことで、企業が作る広告とは区別されます)が増えると、指名検索が増える。
指名検索が増えれば成約率が上がり、売上として返ってくる。SNSマーケティングの本は「投稿の書き方」か「戦略論」かに偏りがちですが、本書はこの一本の線の上に両方を組み立てています。
背景にあるのは、従来の集客手段が頭打ちになっているという認識です。SEOやリスティング広告が狙えるのは「買う」と決めている顕在顧客だけで、競争が激しくなるほど単価は上がり、国内市場が伸び悩む以上、投資効率はいずれ先細ります。
UGCを起点にした指名検索は、この構造への対抗策として位置づけられています。
同じ「これはいい」でも、企業の発言と友人の発言では届き方がまるで違います。理由は中身の差ではなく、発信者の差にあります。友人には売りたい事情がないからです。加えてSNSにはシェアという拡散の仕組みがついていて、口コミは時間や距離を超えて広がっていきます。
象徴的なのがシャトレーゼの事例です。食物アレルギーのある子どもを持つ母親が「ここのケーキなら家族全員で食べられた」と投稿したところ、2,000件を超える共感のリツイートに発展しました。
フォロワー100人ほどの、宣伝の意図もない一投稿が、企業がどれだけ広告費を積んでも書けない文章を生んだわけです。宣伝する気が一切ない投稿でも同じことが起こります。
あるキャンペーンで「わずかしか当たらなかった」とぼやいた投稿に、友人が興味を持って会話が始まる。悪気のない愚痴が、無償の宣伝として働いてしまう。本書はここから、SNSを使う一人ひとりを「小さな放送局」と捉え直します。
ULSSASという循環
この因果関係を型に落とし込んだのが、本書の中心的な枠組み「ULSSAS(ウルサス)」です。友人の投稿で商品を知り(UGC)、共感して「いいね」を押し(Like)、SNS内で他の人の感想を検索し(Search1)、検索エンジンで詳細を確かめ(Search2)、購入し(Action)、買った本人が新しい投稿をする(Spread)。
この最後のSpreadが次の周のUGCになる点が肝です。一度回りはじめれば、広告費を積み増さなくても情報と売上が積み上がっていく。本書はそう説明します。
一人の客が買うまでの道筋を描いた従来のAIDMAやAISASに対し、ULSSASは客が次の客を連れてくる仕組みを描いている、という整理です。
理屈だけでなく、本書は循環が実際に回った数字も示します。シャトレーゼはファンとの対話を重ねた結果、画像つきの口コミが11倍、テキストのみの口コミも1.6倍に伸び、リツイートを含めた全体では8倍に増えました。
指名検索も連動して伸び、いまでは1件の投稿から2,000〜3,000件の口コミが自然に生まれる状態だといいます。
ただしこの数字は、あくまで一社の到達点です。循環が確実に回りだす保証ではなく、回りはじめた後にどこまで届くかの目安として読むほうが実態に近いでしょう。
本書自身も、口コミが自然には生まれない商材の存在を後半で認めています。ULSSASは、どんな商品にも同じ速度で効く万能薬ではありません。加えて、UGCや指名検索を日常的に計測する仕組みをどう整えるかについて、本書はあまり踏み込んでいません。
効果を追いかける土台づくりは、読んだ側が自分で用意する必要があります。
拡散を運ぶのは、フォロワー1万人ではない
SNSマーケティングのゴールをフォロワー数だと思い込む。本書はこれを担当者が最も陥りやすい誤解として名指しします。プレゼント目当てで集めた1万人が商品に関心を持っていなければ、投稿はタイムラインを流れて終わりです。
逆にフォロワーが100人でも、全員が商品を本気で好きなら、情報は雪だるま式に広がっていきます。
だから本書がやるべきことに挙げるのは二つです。ユーザーが自社について投稿したくなる状況を作ること、そして生まれた投稿をリツイートなどで押し広げること。シャトレーゼが毎日3〜5件の口コミを選んで公式アカウントから返信していたのは、この二つ目にあたります。
誰がアカウントを担当するかにも、本書は踏み込みます。義務感だけで更新されたアカウントは、言葉の温度でユーザーに見抜かれてしまう。だから抜擢すべきは操作に慣れた人ではなく、自社の商品を心から好きな人だ、と。
この考え方を裏づける例として本書が挙げるのがホットリンクで、公式の宣伝より先に社員個人の日常的な発信を重ねた結果、メルマガの開封率が日本企業の平均2〜4%を大きく上回る35〜40%に達しています。
誠実さが伝わるかどうかは、画面越しのほうがむしろ露骨に出る、というのが本書の見立てです。
拡散の担い手についても、本書はデータで常識をひっくり返します。1万9千回リツイートされた投稿を拡散した100アカウントを調べたところ、フォロワー30〜399人のアカウントが49件、投稿数1万回超という発信頻度の高いアカウントが74件で、いずれかに当てはまるものが全体の9割を超えていました。
有名人ではなく、フォロワー数十〜数百人のよく喋る一般人がバズを運んでいたわけです。
本書はこの層を「スモール・ストロング・タイ」と呼びます。SNS利用者の多くは、現実の友人や趣味の仲間という濃い関係の中で発言しており、その輪の中の「これいいよ」は、見ず知らずの有名人の発言より信じられやすい。
だから本書は、インフルエンサーの定義そのものを書き換えます。一般に言われるインフルエンサーは「リツイートされやすい人」。企業が探すべきなのは「リツイートしてくれる人」。
この二つは別物だ、と。フォロワー数の多さは、探す条件にすら入りません。
口コミが出ない商売は、自分で着火する
ここまでは、放っておいても口コミが生まれる商材の話でした。日用品や趣味性の高い商品は自然に投稿されますが、電池のような必需品や、人に言いにくい商材ではUGCはまず生まれません。第2部が扱うのは、この着火剤としてのコンテンツマーケティングです。
進め方の起点は、記事の量産ではなくミッションの言語化です。「誰の、どんな悩みを、どう解決するメディアか」を先に決める。これがあれば、記事の可否を判断する基準は「担当者の好み」から「読者の悩みが解けているか」に変わります。
著者が創刊に関わったオウンドメディア『ferret』は、このミッション設計で成長を遂げました。
記事は量と質のどちらを取るべきか、という問いにも本書は答えます。両方要る、ただし役割を分けろ、と。検索から流入させる網羅記事と、比較検討中の背中を押す事例記事とでは、狙う効果が違うからです。
この使い分けで、電話営業をやめても問い合わせが届くようになった企業の例が紹介されています。
評価の物差しについても、本書は踏み込みます。PV数だけでオウンドメディアを評価すると、無関係な話題で稼いだ1万PVのほうが、見込み客が熱心に読む100PVより「優秀」に見えてしまう。
これは倒錯だ、と。同じ理屈で、SNSやオウンドメディアを広告と同じCPAで横並びに評価するのも危うい指摘です。実際の購入は複数の接点を経て起きるのに、成果の手柄は最後の検索一つに集中してしまうからです。
ULSSASの循環を止めているのは、たいてい競合ではなく社内の評価基準だ。本書はそう釘を刺します。
「地味な業界だから発信するネタがない」という悩みに対して、本書はこう返します。
「自分にとっての当たり前は、相手にとっての驚き」
プロにとっての退屈な日常知識は、業界の外にいる人間には十分に新鮮な情報になる。ネタが尽きる本当の理由は業界の地味さではなく、企業目線の自慢話しか書こうとしていないことだ、と本書は指摘します。
おわりに
本書を読み終えて残るのは、細かなテクニックの一覧というより、仕事の順番です。誰かに伝えたくなる体験をどう設計するかが先にあり、投稿の言葉づかいを工夫するのはそのあとの話にすぎません。
著者はこう締めくくります。
「SNSマーケティングに飛び道具はありません。地道で、誠実に顧客と向き合っていくことが成功への一番の近道なのです。」
派手な施策の前に、まず自社名で検索して、口コミが何件あるかを数えてみる。そこから逆算すれば、次にやるべきことは自然と絞られてきます。
