「で、結局何が言いたいの」——資料に何時間もかけた翌日、その一言で全部が振り出しに戻った経験はないだろうか。
原因は、たいていセンスでも操作の速さでもない。パワポを起動する前に、何をどう伝えるかを紙の上で固めていたかどうか。差はそこだけだ。
『秒で伝わるパワポ術』は、飲料メーカーに勤めながらSNSに図解スライドを投稿し続け、「パワポ芸人」と呼ばれるまでになった豊間根青地さんの一冊。デザインの技法書ではなく、伝わる資料を最短距離でつくるための「順番」を説く本だ。

中身が薄くて見た目がいい資料は、最下位評価
本書がまず突きつけるのは、評価基準の並べ替えだ。著者が資料に求める優先順位は、相手に「納得」してもらい「行動」を引き出すことが最上位、次にそれを支える「メッセージ」、最後に「デザイン」。見た目の作り込みは、あくまでメッセージを届けるための道具に過ぎない、というのが本書の立場だ。
だから評価も逆転する。見た目が整っていて中身が薄い資料は、著者の基準では最も評価が低い部類に入る。逆に、見た目は粗くても言いたいことがはっきりしている資料には、及第点がつく。多くの資料術の本が見た目の技術から説き起こすのに対し、この本は最初に価値観をひっくり返しにくる。
想定する資料の位置づけも独特だ。世の中の資料は、写真と短いコピーで魅せる「ジョブズ型」と、欠席した人が読んでもわかる「講義レジュメ型」のどちらかに寄りがちだ、と著者は言う。本書が目指す落としどころはその中間、壇上で見せても、配ってもそのまま伝わる一枚だ。
さらに踏み込んで、そもそもスライドを作る前に、メールや口頭で済ませられないかを疑えとも言う。Amazonが社内会議でプレゼンソフトの使用を原則禁止にしている例を引き合いに出し、見た目を整えることに気を取られて肝心の議論が進まない資料は、組織にとっての「時間泥棒」でしかないと釘を刺す。
写真1枚で語り切る広告的なスライドや、行政文書のように漏れなく網羅する資料には、このやり方は向かない。実務で一番量産される「ちょうどいい一枚」に照準を絞った本だと割り切ると、期待値がずれない。
資料作りの7割は、パワポを閉じている時間に使う
本書でもっとも引用されやすい数字がこれだ。作業時間の配分は、メッセージを組み立てる工程に7割、画面上のデザイン作業には3割。多くの人はこの比率が逆になっているはずで、数字を見るだけでも自分の作業時間の使い方を疑いたくなる。
その7割を実現する道具が、意外にもパソコンではなく紙とペンだと著者は言う。ソフトが発達した今でも、考える作業においては紙に分がある。理由は単純で、PC上では文字を打つ・図形を動かすといった「作業」がすぐできてしまうせいで、考えがまとまる前に手が先に動き、思考が作業にすり替わってしまうからだ。
ここで著者は、ひとつ手厳しい区別を持ち込む。白い画面をただ眺めているだけの時間は、「考えている」のではなく「悩んでいる」に近い。堂々巡りをしているだけで、前進はしていない、と。心当たりのある読者は少なくないはずだ。
紙の上でやることも決まっている。B5判以上の紙に、その資料を渡す相手は誰か、その相手に何を届けたいのかを書き出し、頭にある材料を良し悪し関係なくすべて吐き出す。
プレゼンの主役は話し手ではなく聞き手であり、「決裁者が首を縦に振るために必要な情報は何か」を先に洗い出す発想が土台にある。プレゼンテーションという言葉のとおり、これは相手への贈り物を用意する作業だ、という捉え方は、資料作りを自分本位から相手本位に引き戻してくれる。
もっとも、実務ではこの比率を厳密に守るのは難しい場面もあるだろう。締め切りが翌朝に迫っていれば、紙を広げる余裕すらないこともある。それでも「メッセージを固める時間」と「デザインを整える時間」を意識して分けるという発想自体は、時間の余裕がなくても持ち込める。
「要するに」を3階層でつなぐ
著者が繰り返し使う言葉が「要するに」だ。大事な部分だけを抜き出して言い切るこの一言を軸に、優れた資料は3つの階層で「要するに」を持っていると説明される。
資料全体の要するに、章ごとの要するに、スライド1枚ごとの要するに。この3つが1本の筋でつながっていると、聞き手は今どこの話をしているか迷わない。
本書はこれを、犬を飼いたい小学生がお母さんに向けて作った提案スライドで説明する。ダダをこねる代わりに、健康に良い・気持ちが安定する・自分の教育にもなる、という3つの理由に整理して見せる。感情に訴えるより、要するにを積み上げたほうが結局は通りやすい、という好例だ。
提案資料の型も示される。結論を先に置き、次に問題提起、解決策、相手が安心できる材料、最後に行動の依頼。この順に紙の上でメッセージを並べ、声に出して読み、つながりの悪いところをその場で直す。パワポを起動するのは、この確認が済んでからでいい。
資料の出来を決めているのは配色でもフォントでもなく、要するにが1本の筋で通っているかどうかだ。ここまでの主張を1文にまとめるなら、これに尽きる。
デザインは足す作業ではなく、消す作業
第3章で著者はデザインを定義し直す。もっとも重要なのは「ノイズを削ること」であって、飾ることではない。二重の枠線、立体感を出す影や光沢、意味のないグラデーション、必要以上に細かい色分け、詰め込みすぎた文章。
これらはすべて、聞き手の脳に余計な負荷をかける「認知コスト」でしかない、という立場だ。
とはいえ、引き算のセンスはゼロから独力で身につくものではないとも著者は認めている。だから勧めているのが「まねる」ことだ。学ぶの語源は真似ぶであり、一人で試行錯誤するより、実務で鍛えられた資料を真似たほうが早い。
具体例としてSMBCグループやWantedly、Gunosyといった企業の決算説明資料が挙げられている。ネットで無料公開されているプロの仕事を検索し、レイアウトをそのまま再現してみる、という提案だ。
引き算のもっとも極端な実装が、色の使い方に現れる。やり方は単純だ。グラフや図形の色をいったん全部グレーに統一し、本当に見てほしいたった1つの要素——数字でも線でも構わない——にだけ、あとからコンセプトカラーをのせて戻す。
3社の実績を比べる折れ線グラフなら、競合2社の線をグレーに沈め、自社の線だけを目立たせる。視線の行き先は、色を戻した場所に自然と吸い寄せられる。
使える色の総量にも制約があり、目安は5色以内。グレーを3段階、そこにコンセプトカラーとサブカラーを1色ずつ足す配分だ。文字も純粋な黒ではなく濃いグレーを選ぶと、コントラストが強すぎず読み手の目が疲れにくい。
ここは、社内のブランドカラーやテンプレートが厳格に決まっている職場ではそのまま導入しづらい場面もあるはずだ。それでも「色を足すのではなく、意味のある1色だけ残して残りを消す」という考え方自体は、既存のテンプレートの中でも応用できる。
図解は「位置・流れ・大きさ」の3つでできている
文字だらけのスライドになりがちな人へ、本書は図解のハードルを大きく下げる説明を用意している。マトリクスやフローチャート、ベン図、ピラミッド構造。見た目は凝っていても、図解は分解すればたった3つの要素の組み合わせでしかない、と本書は言い切る。
要素同士が並列なら横に並べ、上下関係があるなら積み上げ、2つの軸で切り分けたいなら十字に交差させる。これが位置関係。時間の推移や因果関係、情報のやり取りがあるなら矢印でつなぐ。
これが流れ。重要度や量に差があれば図形の大きさを変え、一部が重なる関係ならベン図にする。これが大きさ。難しいのは絵心ではなく、要素同士がどういう関係にあるかを自分の言葉で言い切れるかどうかだ、と読み替えると、図解への苦手意識はだいぶ軽くなる。
グラフの扱いにも著者は容赦がない。数字を並べただけで解釈を相手に委ねる資料を「グラフの展覧会」と呼び、見せられた側は「で、何」と迷子になるだけだと切り捨てる。
データを見せるなら、その意味を1文で必ず添える。棒グラフは基準線を必ずゼロにする。途中から始めると比率が誇張され、嘘のグラフになるからだ。折れ線グラフだけは基準線をずらしてよい。
推移の相対的な動きを見せる目的なら許容範囲になる。円グラフは原則使わない。人は角度の比較が苦手なので、順位を見せたいなら横棒グラフのほうが速い。
凡例は消し、線のすぐそばに名前を直接書く。視線がグラフと凡例を往復する手間を減らすためだ。細かい話だが、見る側の負担を1つずつ削っていく発想が一貫している。
レイアウトは「弁当箱」、文字は読ませるより見せる
第3章にはもう一つ、覚えておくと迷いが減る比喩がある。スライドは真っ白なキャンバスではなく、緩い仕切りのついた弁当箱として捉える、というものだ。
上段にはそのスライドの結論となる「要するに」を1文、中段から下段にはそれを裏づける図表、最下段には補足のキーワードを小さく置く。置き場所があらかじめ決まっているだけで、白紙を前にした迷いはかなり減る。
人の視線は横書きの画面を左上→右上→左下→右下とZ字に動くので、この流れに逆らって要素を置くこと自体がノイズになる、という注意も添えられている。
この考え方は「1スライド1メッセージ」の意味も訂正する。情報量を極力減らせという物理的な制限ではなく、上段の結論が1つに定まっているなら、それを支える図やデータはいくつ並べても構わない。
逆に、方向の違う結論が2つ紛れ込んでいたら、そのスライドは2枚に分ける。情報量ではなく結論の数で分割を判断する基準だと言い換えると、実務での迷いが減る。
文字についても著者は明確だ。スライド上の文章は「読ませる」のではなく「見せる」ものとして書く。話し言葉の重複や余計な修飾語を削り、体言止めや短い箇条書きに組み替えた「スリム言葉」に変換する発想で、本書には、166字あった説明文を、意味を変えずに102字まで切り詰めた実例が載っている。
もとの6割ほどに圧縮した計算だ。漢字とひらがなの割合はおよそ3対7が目安とされ、漢字が増えすぎると画面が硬く見え、ひらがなに寄りすぎると幼稚な印象になる。
可愛いアイコンや写真探しから着手すると、そこで何時間も溶けてしまうので、文字と構造だけで組み終えてから最後に少し飾る、という順番も強調されている。
なお画面比率16対9は今の標準だが、配布前提の資料をA4用紙に印刷すると上下に大きな余白が生まれる点は、意外と見落とされやすい。
本番での立ち位置についても本書は釘を刺す。作り込んだスライドほど、その通りに読み上げたくなるものだが、聞き手の心を動かすのは資料そのものではなく話し手自身の言葉だ。スライドはあくまで補助であって、主役ではない。
本書の後半には、桃太郎と浦島太郎を主人公にした架空の提案資料が丸ごと収録されている。きびだんごの定期購入システムをイヌ・サル・キジに提案する桃太郎の資料も、亀不足に悩むアンチエイジングリゾートの業務提携を持ちかける浦島太郎の資料も、料金プランや推移グラフまで作り込まれていて、設定はふざけているのに骨格はいたって真面目だ。
ふざけた題材でここまでの型が組めるなら、実在の案件でも同じ骨格を流用できる、という無言の証明になっている。
著者の肩書きも、本書の説得力を裏づけている。デザインの専門教育を受けたわけではなく、飲料メーカーに勤めながらSNSに図解を投稿し続け、フォロワーを増やしていった人物だ。デザイナーではなく実務者としての視点だからこそ、本書の助言はどれも「明日から真似できる」水準に着地している。
3時間かけた資料が「で、結局何が言いたいの」で終わるのは、たいてい着手の順番のせいだ。パソコンを開く前に、紙の上で誰に何を渡すかを固める。この一手間を惜しまないことが、本書がいちばん伝えたかったことだと思う。
