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『外資系コンサルのスライド作成術』山口周|資料は「作る」前に「言い切る」

コミュニケーション・文章術 ✍ 山口周
約7分で読めます

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『外資系コンサルのスライド作成術』
目次

スライドを作るとき、最初に手を動かすのはどこだろうか。多くの人はエクセルを開いてグラフを描くところから始める。ところが『外資系コンサルのスライド作成術』は、その順番こそが「誰にも刺さらない資料」を量産する元凶だと言い切る。

著者の山口周は、電通からボストン コンサルティング グループ、A.T.カーニーへと渡り歩いた戦略コンサルタント。外資系ファームの現場で磨かれてきた資料作成の作法を、23の図解テクニックに落とし込んだのが本書だ。

刊行は2012年だが、「伝わる資料とは何か」という問いへの答えは古びていない。

編集部が惹かれたのは、この技術を著者が「生まれつきのセンスではなく、訓練で誰でも習得できる後天的なスキル」と断言している点だ。明文化されたルールの集まりだから、真似すれば身につく。センスの有無で片づけられがちな資料作成に、再現可能な地図を差し出してくれる。

図解

メッセージが主、グラフは従

一言で本書の主張を言えば「メッセージが主、グラフやチャートは従」である。スライドの目的は、装飾を美しく仕上げることではない。ビジネスのコミュニケーションを「より早く、より正確に、より少ない労力で」成立させることだ。

だからまず何を言い切るかを決め、それを証明するためにグラフを従える。この順序を絶対に守れ、と本書は繰り返す。

グラフから書き始めると、人は無意識に「グラフから言えること」をメッセージに書いてしまう。すると主役であるはずのメッセージが、脇役のグラフに引きずられる。主客が逆転し、何が言いたいのか曖昧になり、結局ボツになる。BCGではこうした資料を「死にスライド」と呼ぶそうだ。

正しい順番は逆になる。まず一番言いたいメッセージを100パーセント書き出し、次に出所を確定させ、最後にそれを証明するグラフを当てる。著者はこれを、東西から掘ったトンネルを真ん中でつなぐ「リバース エンジニアリング」に例える。

言いたいことをトップダウンで構想しつつ、手元のデータから何が言えるかをボトムアップで詰め、真ん中で噛み合わせる。頭のなかだけで完結しない、往復運動の作業だ。

著者自身のエピソードが示唆的だ。20代の電通時代、コンペで連戦連敗していた相手・博報堂の提案書を7つほど入手して見比べたところ、博報堂の資料は1枚ごとに主張が明確に書かれ、電通の資料は分析タイトルだけでメッセージがなかったという。

その差が勝敗を分けていた、と痛烈に学んだと本書は書く。順番の話は精神論ではなく、勝ち負けに直結する実務なのだと突きつけられる。

デザインの法則を「科学」で裏づける

本書の強みは、資料デザインの原則を感覚ではなく理屈で裏づけている点にある。円グラフを避ける理由はスティーブンスの冪法則で、色を減らす理由は情報理論で、レイアウトの原則はゲシュタルト心理学で説明される。

「なんとなく良さそう」を一つずつ論理に置き換えていくので、読者は自分の資料でその効果を追体験しやすい。

構成は4つのパートに分かれる。PART1はスライドを6要素(メッセージ、タイトル、グラフ、脚注、出所、ページ番号)に分解する基本編。なかでも出所はデータの信頼性を担保する唯一の拠り所で、後回しにすると忘れるから早く書けと念を押す。

PART2は実数値・構成比・指数値という数字の種類ごとに最適なグラフを選ぶ技術、PART3は数値化できない定性情報を縦横の軸で整理するチャートの技術。

そして最後のPART4が、盛り込みすぎた情報を引き算で削ぎ落とす編だ。情報量と理解度の関係は富士山型で、多すぎるとノイズになって理解度が落ちる。

この山の頂点を狙え、というのが後半の核心になる。

言い切る勇気がアウトプットの質を決める

良いメッセージには3つの条件がある。1スライド1メッセージであること、言い切っていること、そして短いこと。短さの目安は30字程度、長くても60字以内。著者がサンプルにした約100枚のうち、9割は1行で足りていたという。

編集部がいちばん唸ったのは、真ん中の「言い切る」をめぐる論だ。データをただ並べて「解釈はご自由に」という態度を、著者は摩擦を恐れて相手におもねる勇気のなさだと切り込む。

「地域別の売上高推移」で止めず、「営業赤字でマイナス成長の店舗を閉鎖し、資源を他に振り向けるべき」まで踏み込む。ポジションを取るとは逆の立場の人にあえて戦いを挑むことであり、勝とうと思うからこそ主張がシャープに研がれる。この緊張感こそがアウトプットの質を支える、というわけだ。

面白いのは、メッセージを練る最初の段階ではMECEやピラミッド構造を「あえて忘れろ」と説く点だ。構造化は反省の繰り返しであって、創造にはつながらない。

好きな人に気持ちを伝えるときMECEを気にしないのと同じで、まずは自由に書きなぐるほうが人の心を動かす表現が生まれる。ロジカルシンキングの定石をいったん脇に置くこの逆張りには賛否あるだろうが、少なくとも「型から入ると熱量が死ぬ」という指摘には思い当たる節がある。

インクを減らすとメッセージが立つ

本書でもっとも独特なのが、インクへの考え方だ。出発点は「情報とは差異である」という認識。スライドの上では、紙の白とインクの黒が差異を作る。だから線でも文字でも記号でも、インクを載せた瞬間に情報量が増え、それが読み手の処理コストになる。

そこで著者は通信理論のSN比、つまり信号と雑音の比率を持ち出す。伝えたいメッセージが信号で、補助目盛や重複した単位、派手な装飾が雑音。雑音を削るほど信号が際立つ。

具体的には、補助目盛を消し、軸のあちこちに散らばる「億円」の重複を上に1つだけ残し、目盛りは3〜5程度に間引き、爆発マークやグラデーションを捨てる。

象徴的な例が、無駄なインクを整理した結果「開始から7倍に成長」という本質が浮き彫りになったグラフだ。インク量はむしろ減ったのに、伝達力は強まっている。

著者はこの思想を航空機のコクピットに重ねる。かつてのボーイング747には130もの計器があったが、最新型ではグラス コクピット化でほとんど消えた。

「いつも、すべて」を並べるのではなく「いま、ここ」で必要な情報だけを出す。エグゼクティブに見せる資料も同じだ、という比喩である。足りないより多いほうが安心だという足し算の心理に、本書は真っ向から冷や水を浴びせてくる。

軸で気づきを生み、紙から始める

定性的な情報を無秩序に並べても、意図は伝わらない。そこに秩序を与える最強の構造が、縦と横の軸だ。著者が引くのはメンデレーエフの周期表。元素を原子量と酸化数という縦横で整理したことで空いた升目に気づき、未発見の元素まで予言できた。

二次元に整理すると「足りない情報」が空白として浮かぶ。これがマトリクスの効用である。軸の切り口に迷ったら、情報デザインの祖リチャード ワーマンの「5つの帽子掛け」、すなわちカテゴリー・時間・場所・五十音・連続量から、論点に一番近いものを選べばいい。

もう一つ実用的なのが「非冗長性のルール」、1枚のスライドに同じ言葉を2回使わないという原則だ。同じ単語が繰り返し現れるのは、レイアウトがまだ洗練されていないサインだという。

重複を左端や上部の軸に括り出せば、インク量が減り、構造がシャープになる。ただし著者はここで釘も刺す。いくら綺麗に整列していても、その並びに論理がなければ、無秩序に散らばっているのと同じだ、と。

見た目の整然さと論理の秩序は別物である——この一線は、体裁だけ整えて満足しがちな私たちに効く。

色については、世間のカラフル志向に真っ向から反対する。スライドは白と黒の2色で完成度を100パーセントに持っていける。色を足すのはコントラストの赤なども含めて最大3色まで。

色そのものが差異、すなわち情報になって処理負荷を増やすうえ、色に頼ると構造を練り上げる技術が磨かれず、整理した気になってしまうからだ。そしてレイアウトは、いきなりPCに向かわない。

「紙が先、パワーポイントが後」——最初からパワポを開くと、そのソフトで表現しやすい形に発想が縛られてしまう。手を動かすデッサンが脳を活性化させるという主張で、作業時間の7割はメッセージとストーリー作りに割くのが理想とされる。

2012年の原則を、いまどう使うか

本書の応用力を象徴するのが、相手の認知に合わせて情報量を調整する発想だ。著者はクリエイティブディレクター岡康道の言葉を引き、意外性と納得感の4象限を示す。

相手がすでに知っていて認識も正しい話は、新味がないので実行策の深さで勝負する。相手の誤解を覆す話には、強固なサポートデータが要る。逆に「意外だが、言われてみれば納得」という象限は、ごく少ない情報量で瞬時に伝わる。

日本のビジネスパーソンは、相手が知っている情報を盛り込みすぎる傾向があるという指摘は耳が痛い。同じ内容でも、聞き手の前提次第で最適な厚みは変わるのだ。

その上で、本書には留保もある。刊行は2012年で、紙に印刷して2分に1枚めくるスタイルが前提だ。インタラクティブなダッシュボードやリモートの非同期コミュニケーションへの言及はない。

そこは読者が原則を応用して補う必要がある。とはいえ核となる思想は、媒体が変わっても古びない。「どんな質問にも答えられる網羅的な資料」を生むのは、会議のアジェンダを絞らない文化のせいだ——本書が突く組織レベルの病巣は、資料がデジタル化した今のほうがむしろ深刻に見える。

読み終えて残るのは、資料作成が「足し算」ではなく「引き算」の技術だという転換だ。人を動かすのは、盛り込んだ情報量ではなく、削って残った一点である。

凄腕のマネージャーが100枚のスライドをわずか5秒眺め、作者が内心で恐れていた1枚を言い当てたという逸話が本書には出てくる。その域には遠くとも、まずは次の資料で、パワポを閉じて紙とペンを持つところから始めたい。

それだけでも、作るスライドの密度は確実に変わるはずだ。


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