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『不変のマーケティング』神田昌典|商品を作る前に、客を探せ

マーケティング・営業 ✍ 神田昌典
約7分で読めます

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『不変のマーケティング』
目次

銀行口座に残っていたのは、あと1か月分の生活費だけでした。それでも売る商品は、まだ何ひとつありません。

そんな状態で著者がしたのは、1枚のFAXを流すことでした。「顧客獲得のノウハウをまとめたレポートを、希望者に無料で送ります」という案内文です。返信率は3〜4%。用紙が尽きるほどの申し込みが来ました。マニュアルを実際に書き始めたのは、そのあとのことです。

神田昌典さんの『不変のマーケティング』は、この順序へのこだわりから始まる一冊です。1998年から2004年まで主宰した「顧客獲得実践会」で配ったニューズレターを、7年間封印したうえでまとめ直しています。

見積もりを1割値引きした経験がある人、商品説明の完成度で勝負しようとして資料作りに時間を溶かしている人、実績がないから発信できずに足踏みしている人。本書はそのどれにも、数字と事例で答えを返してきます。値下げも資料の作り込みも、遠回りだと切って捨てる語り口です。

図解

商品を先に作ってはいけない

本書の主張の起点は、多くの経営者がやっている順番そのものへの疑いです。「この商品は良いから売れるはずだ」という確信から仕入れや開発に入る発想を、著者は商品志向と呼び、失敗の出発点だと位置づけます。

「金持ち商人は、バカでも売れる商品を手がける。貧乏商人は、『これ、ライバル商品よりいい、ライバル商品より性能がいい。きっと売れるだろう』と勝手に1人で興奮する。」

冒頭のFAXは、この順番をひっくり返す実演でした。商品を用意する前に、まず低予算で市場に問いかけ、欲しがる人が実在するかを確かめる。欲しい人がいるとわかってから、初めて商品を形にする。この順番なら、在庫を抱えるリスクも、開発費を無駄にするリスクも、ほぼゼロに近づきます。

本書の説得力を支えているのは、理屈だけでなく、この考え方を検証した規模です。著者が主宰した会には4,000社を超える経営者が集まり、それぞれ自分の広告費を使って現場でテストを重ねました。

生まれた売上増加額は、少なくとも3,000億円に達すると著者は書いています。しかも成功談だけを並べていません。反応が落ちたダイレクトメール、返金要求が相次いだ保証、値引きで体力を失った会社の話まで、失敗が数字とセットで残っています。

とはいえ、素直に受け取れない部分もあります。事例の中心はFAXでの案内状や小冊子、ニュースレターといった、当時主流だったアナログの媒体です。

スマホでの購買が当たり前になった今の市場に、そのまま当てはめられる保証はありません。媒体を置き換えて読む作業は、読み手に委ねられています。加えて著者自身が終盤で認めているとおり、本書の技法は使い方次第で強引な勧誘にも転用できてしまいます。

実際、催眠商法のような手口にも同じ技法が流用されてきたと著者は明かしています。効果の高さと、悪用への耐性のなさは、表裏の関係にあります。

「損している」という一言の破壊力

商品ができたとして、次に問題になるのは伝え方です。本書が繰り返し強調するのは、人は新しい得を追いかけるより、すでに抱えている損を取り戻そうとするときのほうが、強く動くという一点です。

学習塾のチラシで考えるとわかりやすくなります。「この学習法なら成績が倍になります」と書くより、「本来の学力ならもっと上のはずなのに、この学習法を知らないせいで半分しか発揮できていません」と書くほうが、親の感情は強く揺さぶられます。

保険の案内も同じ構造です。「入れば節税になります」ではなく、「対策をしていないせいで、払わなくていい税金を払い続けています」と伝えたほうが反応は上がる。

人は、得るために動くよりも、失っているものを取り戻すために動きます。

この感情を文章に落とし込む型が、本書の第5章で紹介されるPASONAの法則です。問題を示し(Problem)、それを煽らずに炙り出し(Agitate)、解決策を提示し(Solution)、対象と期限を絞り込み(Narrow down)、行動を促す(Action)。

著者はこの型を広めたこと自体を悔いています。感情を動かす表現だけが独り歩きし、「〇〇するな」と煽るだけの広告を大量に生んでしまったからです。

だからこそ本書は、感情を揺さぶる一文には必ず、報道記事や検査データ、使用前後の比較写真、利用者の声といった証拠を添えることを条件にしています。

証拠のない揺さぶりは、説得ではなく脅しに近づく。この釘刺しは、感情マーケティングを語る本としては珍しく誠実です。

行動を起こさせる仕掛けとしては、期限を長くて3週間に絞ること、そしてページを眺めるだけで終わらせず、記入やボタン操作といった体を動かす行為を挟むことも挙げられています。地味な工夫ですが、静かに読ませるだけの案内より反応率が上がる、というのが実践会に集まった経営者たちの共通した実感でした。

保証を差し出すと、値下げをしなくて済む

同じ性能の馬を売る2つの会社を、本書は例に挙げます。A社は1,000万円で普通に販売する。B社は1,100万円ですが、「3日間自由に乗ってみて、納得してから支払ってください」と申し出る。

多くの買い手は、100万円高いB社を選びます。取引の不安を売り手側が引き受けるだけで、価格の高さがむしろ安心材料に変わります。本書はこれをリスク・リバーサルと呼びます。

無条件の返金保証には、悪用されるのではという不安がつきまといます。本書の立場は明快です。返品率が4%を超えるなら、それは保証の設計ではなく商品そのものの欠陥を疑うべきで、まともな商品であれば、保証があることで得る新規客の増加のほうが、想定される返品の損失をはるかに上回るといいます。

保証を渋る背景には、失敗への恐れだけでなく、うまくいった後の変化そのものへの恐れがあると著者は分析しています。返品をさらに抑えたいなら、決済を前払いにする手もあります。

後払いのままだとキャンセル率はおよそ20%まで跳ね上がりますが、前払いに切り替えると、注文数自体は減るもののキャンセル率は2%程度まで落ち着くと本書は報告しています。

値下げに頼らない設計として本書がもうひとつ挙げるのが、入り口の商品と収益源の商品を分ける方法です。ソフトバンクのADSL事業を例に、2か月の無料期間で試させて解約率を1%以下に抑え、モデムのレンタル料や通話料を組み合わせて回収する仕組みが紹介されています。

1人あたりの獲得コストが2万円でも、月々の収入を積み上げれば5か月で投資を回収できる計算です。

一方で、値引きそのものへの警告も具体的です。原価率7割の商品を1割値引きすると、手元に残る現金はおよそ3分の1減るという試算が示されています。

売れなくて焦るほど値引きに走り、値引きするほど資金繰りが苦しくなる悪循環を、本書はディスカウント症候群と呼び、値上げで潰れた会社より値下げで潰れた会社のほうがずっと多いと言い切ります。

一度の満足で終わらせない仕組み

保証で最初の壁を越えたあと、本書の関心はリピートに移ります。核になるのが、期待を上回る経験を3回続けて受け取ると、客が疑わずに買い続けるようになるという「かっぱえびせんの法則」です。

具体例として挙げられるのが、初取引から21日以内に、約束していなかった接触を最低3回仕込む「21日間感動プログラム」です。手書きの礼状、ちょっとした記念品、確認の電話。

どれも単体では小さな行為ですが、想定していなかったタイミングで届くことに意味があります。紹介を頼むタイミングにも型があり、感情が最も動く契約の瞬間に、条件をあらかじめ伝えておくほうが引き受けてもらいやすいといいます。

その一方で、本書は「客は全員大切にする」という前提そのものに疑問を投げます。どの会社にも、理不尽な要求を続ける客がおよそ1%は存在し、その存在が残り99%の客と現場の社員を疲弊させると指摘し、そうした客とは毅然と距離を置くべきだと主張します。

ただし、その1%が指摘した不備そのものは無視せず、改善に回すという条件がついています。ここには、著者が終盤で語る「対等な関係」という一貫した姿勢が透けて見えます。

売り手が下手に出て客の機嫌を取る関係は長続きせず、専門家として対等に振る舞い、条件が合わなければ取引をしないという姿勢のほうが、結果として値引き要求を遠ざけるという主張です。

実績が足りないという悩みにも、本書は同じ角度から答えます。

「実績はあるものではない。実績というのは、今この瞬間に、自分で作るものなのである。」

明日から変える3つの行動

本書が求めるのは、壮大な計画ではなく、今日から手をつけられる3つの行動です。

1. 2時間の予定をカレンダーに確保し、自社の強みと客の悩みを紙に書き出す 自社の商品の特徴、既存客が選び続けている理由、その客が抱えている悩み、それを解決できる根拠。この4点を、白紙に手で書き出します。

2. 親しい客3〜5人に、自由書式で感想を尋ねる 選択式のアンケートではなく、「感じたことを何でも」と自由に書いてもらいます。法人相手なら、電話で聞いた内容をこちらで文章にして署名だけをお願いする方法でも構いません。

3. 保証と期限をセットにした案内を1枚作る 悩みを提示し、解決策を示し、対象と期限を絞り、申し込み方法を書きます。そこに返金保証と3週間以内の期限を添えるだけで、反応の質は変わります。

本書によれば、これを読んで実際に行動へ移す人は、全体の1%に満たないといいます。だとすれば、粗くても実行した時点で、多くの競合の一歩先に出られることになります。完成度を上げてから動くより、まず動いて反応から学ぶほうが、この本の姿勢には合っています。


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