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『「がんになって良かった」と言いたい』山口雄也|「明日も当然生きている」という思い込みを剥がす闘病記

健康・メンタル ✍ 山口雄也
約7分で読めます

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『「がんになって良かった」と言いたい』
目次

昨日も生きていて、今日も生きている。だから明日も、一年後も、当然のように自分は生きている——。私たちが疑いもなく寄りかかっているこの前提を、著者の山口雄也さんは「甘い」と一刀両断します。

19歳の冬、京都大学に入ったばかりの彼に告げられたのは、数十万人に一人という希少がん「縦隔原発胚細胞腫瘍」でした。遠い未来にあると思っていた「死」が、突然こちらへ歩き出した瞬間です。

『「がんになって良かった」と言いたい』は、その後に白血病の再発を繰り返しながら書き継がれた闘病記です。ネットで炎上したこのタイトルを、山口さんは最期まで撤回しませんでした。

なぜ彼はこの危うい言葉に固執したのか。それを共に追ったのが、共著者でありNHKディレクターの木内岳志さんです。本稿では、感傷に流されがちなこのテーマを、できるだけ論理の骨格を残しながら読み解いていきます。

タイトルは病を礼賛していない。肯定しているのは「命と向き合えた自分」

まず最大の誤解を解いておく必要があります。「がんになって良かった」は、病そのものを歓迎する言葉ではありません。山口さんが肯定しているのは、限りある時間と正面から向き合うきっかけをくれた出来事としての「がん」であって、細胞を蝕む病理そのものではない。

筋力が衰えて日常生活すらままならなくなって初めて、何でもない一日に「生きていてよかった」と感じられる瞬間が増えた——だから結果として「良かったのではないか」と言う。

この因果の順序を取り違えると、本書は途端に薄っぺらい感動譚に見えてしまう。そこは慎重に読みたいところです。

見逃せないのは、彼自身がこの言葉の危険性を最後まで自覚していたことです。同じ病と闘う人や遺族を傷つけかねない「諸刃の剣」だと知りながら、それでも発し続けた。

綺麗に完結した悟りではなく、傷つけるかもしれないと怯えながらなお手放さなかった言葉だからこそ、本書の重さは信用できる。転機になったのは、乳がんと闘っていた小林麻央さんのブログだったといいます。

周囲の同情を跳ね返し、抗がん剤で髪の抜けた姿を「劇的ビフォーアフター」と笑い、闘病をユーモアに変えて発信していく彼の姿勢は、ここから輪郭を持ち始めます。

死が「自分の足で歩いて向かってくる」——距離感の反転が起点になる

宣告を受ける前、山口さんにとっての死は「人生の延長線上」にありました。いつか必ず来るが、まだ遠い。誰もがそう信じて生きています。ところが宣告の瞬間、その遠近感が反転する。死のほうが自分の足でこちらへ歩いてくる。この距離の逆転こそが、本書のすべての出発点だと私は読みました。

「なぜ自分が」という問いは、当然のように尽きません。けれど彼は、答えの出ない問いに留まり続けるのではなく、自分の人生を「偶然のような必然」として引き受けていきます。

過去の選択が生む必然と、自由な意志が呼び込む偶然。その二つが混ざり合った大きな因果の流れを、彼は「神」と名づけました。宗教的な神ではなく、制御のきかない巡り合わせそのものを指す言葉です。

今ここに生きていること自体を奇跡として受け取る姿勢は、この命名から立ち上がってきます。

興味深いのは、この受容が諦めと紙一重でありながら、決して投げやりには転がらない点です。因果を「神」と呼んで手放すことは、一見すると責任放棄にも似て見える。

けれど山口さんの場合、巡り合わせに身を委ねることが、かえって「では自分は今日をどう生きるのか」という問いを研ぎ澄ませていきます。運命論が行動を止めるのではなく、行動を促す方向へ反転している。

宿命を受け入れることと、日々を能動的に生きることが矛盾しない——この一点に、本書の思想的な妙があると感じました。

「努力は報われない、だが努力の日々は報酬だ」という捉え直し

本書には、努力をめぐる痛烈な達観があります。きっかけは京大で聴いた林修さんの講演でした。努力は必ずしも報われない、全ては天授である、やりたいことと出来ることは違う——。

山口さんは、自分を「第2象限」の人間だと悟ります。やりたいことはあるが、それは自分にできることとは重ならない。天賦の才を持つ者だけが立てる、やりたいことと出来ることが一致する領域には行けない。

抗がん剤治療は、子を持つ力(妊孕性)さえ奪いかねませんでした。努力しても病は癒えず、才ある者には敵わない。結果は天授だと、彼は骨身で思い知ります。

それでも本書は絶望では終わりません。決定打になったのは、アスリートの為末大さんの言葉でした。努力が報われる保証はない、しかし努力を重ねた日々そのものは間違いなく報酬である。

結果ではなく過程を報酬とみなす、この視点の転換が効いています。作家・綿矢りささんが『勝手にふるえてろ』に記した「足らざるを知れ」という一節にも、上ばかり見ずに足元の良きものを拾う生き方を見出していく。

報われるかどうかで努力の価値を測る採点表を捨てた瞬間に、彼は結果に人生を人質へ取られることをやめている。ここは、健康な読者にとっても射程の広い転換だと思います。

見知らぬドナーの「赤いギフト」と、94%から0.0%への生還

白血病を発症した山口さんは、骨髄移植を受けます。古い造血幹細胞を壊してドナーの細胞を入れるその日を、彼は「デイ・ゼロ」と呼びました。古い自分が死に、新しく生まれ直す再出発点です。

ここで繰り返し綴られるのが、他者への感謝でした。顔も名も知らないドナーの血液を、彼は「赤いギフト」と名づける。人はひとりで生きているのではなく、見知らぬ誰かの無償の献身の上に生かされている——その自覚が、生き抜く責務へと反転していきます。

骨髄バンクでドナーを待つ患者が年におよそ2000人という数字も添えられ、美談に回収されがちな「命のリレー」の実像が、当事者の手触りで描かれます。

登録条件が18歳から54歳、体重は男性45kg以上・女性40kg以上という具体的な線引きまで示されることで、命のリレーは抽象的な善意ではなく、誰かが実際に身体を差し出さなければ回らない仕組みとして立ち上がってくる。

健康なうちは意識の外にあるこの回路へ、読者を否応なく引き込む筆致です。

治療の最終手段は、母をドナーとする「ハプロ移植」でした。あえて白血球の型が半分しか合わないドナーの細胞を入れ、その免疫にがん細胞を異物として攻撃させる。

正常な細胞まで攻撃するため激烈な拒絶反応を伴い、医師が「勝負ハプロ」と呼ぶほど危うい賭けです。生存率はおよそ3〜4割。そんな中で、本書で最も信じがたい場面が訪れます。

末梢血の94%に染色体異常が見つかり白血病が再発したものの、重い肺炎で活性化したドナーのリンパ球が、細菌もろとも、がん細胞を駆逐していったといいます。

検査の結果、母由来の正常な細胞が100.0%、自身由来の異常細胞は0.0%。天文学的な確率の生還でした。

生存者バイアスを抱えたまま、それでも言葉を発し続ける誠実さ

ここで山口さんは、自らを突き放します。「がんになって良かった」と言えるのは、多くの患者が亡くなる中で、自分がたまたま生き残った側だったからではないか。

あとがきで彼が向き合うのは、この「生存者バイアス」への葛藤です。淘汰された人を勘定に入れず、生き残った者の言葉だけで人生を語ってしまう危うさ。

彼はそれを自嘲を込めて認めます。日本では毎年およそ40万人ががんで亡くなっている——その事実の前で、自分の言葉が本当に正しかったのかは死の数秒前まで分からない、とまで書く。

闘病記が陥りがちな「私は乗り越えた、だからあなたも」という説教から、この一章が本書を救っている。それでも彼が言葉を発し続けるのは、死の淵に足を踏み入れた者にしか見えない景色があるからだといいます。誰にでも当てはまる教訓としてではなく、あくまで自分の座標から見えたものとして差し出す。その節度が、安易な励ましよりもずっと信頼できます。仲間だった年上の患者「オッチャン」を移植の間に合わずに亡くした経験から、彼は、人が最も恐れるのは死そのものより「生きた証すら忘れられる二度目の死」だと洞察し、残された者の責務としてとにかく生き抜くことを選び取っていきます。ただ、この「生き抜く責務」という論理には、生き残れなかった人を静かに追い詰めかねない鋭さも同居しています。それでも山口さんが生存者バイアスを自ら認めるのは、その刃が誰よりまず自分自身へ向くことを知っているからでしょう。

espressivo——書き換えられない譜面を、感情を込めて弾ききる

本書を貫く一語が「espressivo(エスプレッシボ)」、音楽で「感情を込めて、表情豊かに」を意味する発想標語です。人生という楽譜は書き換えられません。

がんという運命の譜面も同じです。ですが、それを雑にこなすか、espressivoに弾き上げるかは選べる。受容とは後ろ向きに諦めることではなく、変えられない運命を感情豊かに生ききる能動的な態度なのだ、と山口さんは言います。

生きる意味など初めから用意されてはいない、ただ与えられた時間と境遇を精一杯生きるだけだ——ある主治医が漏らしたそんな一言が、彼の到達点を静かに支えています。

意味を外から探し当てるのではなく、生きる行為そのものへ意味を吹き込んでいく。espressivoという発想標語は、その転回を一語に凝縮したものだと読めます。

再発の途中、彼は自暴自棄になって薬を捨てたことも正直に書いています。「がんになって良かった」は一度きりの悟りではなく、何度も揺れ戻りながら掴み直された言葉なのです。

支えになったのは村上春樹さんの小説で、『海辺のカフカ』の砂嵐は避けも逃げもできない理不尽の比喩として、『ダンス・ダンス・ダンス』の「音楽が鳴っている間は踊り続けるんだ」という一節は、立ち止まって意味を問うより無心で動き続けることこそ生きる行為だという解釈として引かれます。

流れに逆らわず仰向けに浮かんで空を見る、もがかないという選択もまた、一つの生き方でしょう。泣きながら食べた白米は人生の味がした、と彼は綴ります。

明日が当然来るという甘い前提を、今日一度だけ疑ってみる。それだけで、いつもの白米の味は少し変わるかもしれません。


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