外見の美しさに「満足しているか」を22か国で尋ねた国際比較調査がある。「満足している」と答えた割合が参加国中もっとも低かったのが、日本だった。
別の調査、化粧品会社が10か国の女性に行った調査でも、自分の美しさに満足していると答えた日本人はわずか14%。10か国平均の38%と比べると、半分にも届かない。
自己申告に基づく調査である以上、「満足」の基準そのものが国によってぶれている可能性はある。それでも、この落差を丸ごと文化差の誤差として片づけるには大きすぎる。
このデータを入口に、『顔ニモマケズ』は自己啓発書がくり返してきた「ありのままの自分を受け入れよう」という助言を疑ってかかる。著者は『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん。
顔や体に重い症状を抱える9人へのインタビューを一冊にまとめた。読み進めて意外だったのは、9人のうち誰ひとり「自分の見た目を完全に受け入れられた」とは語っていない点だった。

こんな人におすすめ
- 商談や面接で、話し出す前から相手の表情が変わったと感じたことがある人
- 「もう少し準備が整ったら」と思ったまま、半年以上足踏みしている人
- 集団に合わせようとすればするほど、かえって居心地が悪くなっていく職場や学校がある人
見た目に症状がある人だけの本ではない。水野さん自身、思春期に顔のむくみへ執着し、内科や心療内科を渡り歩き、下宿先に個人用サウナまで買い込んで毎朝入っていたという。
自分の容姿を醜いと思い込んで日常が立ち行かなくなる状態は「醜形恐怖」と呼ばれる。その出口を探すなかで出会ったのが、見た目問題に取り組むNPO法人マイフェイス・マイスタイルの外川浩子さんだった。
ここから、当事者たちへの取材が始まっている。
「あきらめる」がスタート地点になる本
見た目をめぐる本には、これまで大きく3つの系譜があった。社会学の学術研究、写真で当事者を追うルポルタージュ、そしてルッキズムそのものを批判する評論である。
本書の参考文献リストには、西倉実季さんの『顔にあざのある女性たち』が入っている。もう一冊、石井政之さんらの共著『「見た目」依存の時代』も名を連ねる。
いずれも社会の構造を扱う本であって、当事者が明日どう動くかという手がかりまでは示さない。『顔ニモマケズ』が埋めるのは、この空白である。ユーモアを交えた対話で当事者の考えを引き出し、章末で「学んだこと」として持ち帰れる形に整える。
生き延びるための道具箱として作られた本、と言っていい。
その道具箱に最初に入っているのが「自己受容をあきらめる」という一手だ。受け入れられるようになる日を待つのではなく、受け入れられないままでも歩き出す。多くの自己啓発書は「受け入れれば楽になる」と約束する。
本書はその約束をしない代わりに、受け入れられないままでも歩ける方法を、9人分差し出してくる。
ただし、本書はあくまで9人分の証言集であり、効果を検証した研究ではない。ある人に効いた「折り合い方」が別の人にも同じように効く保証はどこにもない。再現性を約束する本ではなく、選択肢の数を増やす本として読むほうが、この本の実態に近い。
折り合う、という選択
リンパ管腫で顔の左右が非対称になっている中島勅人さんは、5度の手術を経てもなお「普通の顔」にはならなかった。今でも左右差が気にかかると本人は語る。
それでも中島さんが選んだのは、受け入れることではなく「折り合う」ことだった。与えられた条件をそのまま環境として引き受け、前に進む。進むこと自体に没頭するうち、いつのまにか顔への意識が薄れていたという。
転機は2006年、思いつきで申し込んだホノルルマラソンだったそうだ。誰でも自由に参加できるルールで、障害の有無も制限時間も問われない大会である。他の走者に肩を借りながら苦しいラスト10キロを走り切ったとき、顔のことは頭から消えていた。以来、週4回、1時間ほど走り続けている。
石田祐貴さんの場合は、就職活動の入り口でつまずいた。トリーチャーコリンズ症候群で頬や顎の骨が未発達な石田さんは、大学時代、コンビニの深夜バイトの面接に5回以上落ち続けた。
外見が理由かもしれないと疑ったとき、石田さんが出した結論は明快だった。面接官がどう判断するかは相手の課題であって、自分に変えようがない。だから自分は、自分の受け答えと話しかけ方だけに時間を使う。
その後、ファーストフード店や家庭教師の採用を勝ち取っている。
この割り切りの土台にあったのが、母親の一言だったという。
「私はあなたがこの状態で生まれて良かったと思っている。それがあなただから」
思春期の石田さんが「こんな症状に産んだ母が悪いのか」と詰め寄ったときの返答である。もし代わりに謝られていたら、負い目だけが残っただろう。肯定は謝罪より先に立って、土台になる。相手がどう反応するかは変えられないが、自分が何に時間を使うかは選べる。この線引きが、二人に共通している。
見えているものが違う、と気づいたときに起きること
網膜芽細胞腫のため2歳で左目を失った泉川一樹さんは、長く目のことを深刻に受け止めていた。発症率は1万5千人に1人だという。転機は、当時交際していた相手の前で初めて眼帯を外した日だった。
相手は気にする様子もなく、触ってみたいと言い、笑った。自分が気にしている点と、相手が見ている点は、そもそもズレている。泉川さんはこれを体感で理解した。
本書はこのズレを「フォーカスのズレ」と呼ぶ。
ズレの自覚は、戦い方も変えた。京都大学のアイスホッケー部という、死角からのタックルを受ける競技をあえて選び、動画で自分の動きを研究して副キャプテンまで務め上げている。
就職活動では、眼帯の説明を始めるたびに面接の空気が張り詰めた。障害者手帳が雇用枠の優遇対象に届かない等級だったこともあり、泉川さんは面接そのものを見切り、インターンに的を絞る戦略に切り替えた。
数分の第一印象で決まる場を避け、働く姿を直接見せられる場に移る。目の症状は、むしろ覚えてもらえる特徴として使われた。
同じズレへの対処を、アルビノで強度の弱視を抱える笠本明里さんは逆方向から実践している。知人に手を振られても見えず、無視したと誤解されることが続いていた。
高校3年のとき、笠本さんは自分から先に説明するようにした。見えているつもりでも見えていないだけだ、と。相手の警戒や誤解は、悪意ではなく情報不足から生まれることが多い。
ならば情報を先に渡せば、壁は立つ前に消える。単純血管腫で顔にあざのある三橋雅史さんも、道行く人からの視線の正体を、悪意ではなく単なる情報不足として説明している。
会ったことのない相手には誰でも身構える。それだけの話だという。
もっとも、この「先に言ってしまう」戦略にも向き不向きがある。効きやすいのは、症状の内容を短く説明できる場合だ。説明そのものが難しい症状や、初対面のたびに同じ説明を繰り返す負担までは、本書は解決してくれない。
底まで落ちてから、何を育てるか
すべてがうまくいった話ばかりではない。進行性顔面片側萎縮症の村下優美さんは、高校1年で受けたこめかみへの脂肪移植手術に失敗している。成功率87%と説明されていたが、移植した脂肪が壊死し、3日間の高熱と院内感染を経て、2週間の予定入院は2か月に延びた。
村下さんが悔やんだのは手術そのものより、事前に調べなかったことだった。10年来の主治医への信頼があったために、セカンドオピニオンを言い出せなかったという。
医師を信じることと、情報を集めて医師の判断を検証することは別物である。同じ整理は、上司や取引先の提案にふと迷いを覚えたときにも応用できる。信頼と検証は両立する。
村下さんはその後、高校3年で同じ病気の当事者が集まるネット掲示板を立ち上げた。希少疾患ゆえに孤立していた患者同士がつながり、治療の情報を共有し合う場になっている。自分の失敗を、他人が同じ轍を踏まないための資料に変えた形だ。
単純血管腫の三橋さんは、もっと長く沈んだ。小学生のとき担任から将来を否定する言葉を投げつけられ、高校の3年間、誰とも口をきかず、大学も中退して引きこもった。
落ちるところまで落ち切って、ようやく底を蹴って上がれたと三橋さんは振り返る。新聞配達で生活リズムを立て直し、自転車で日本一周する体力と気力を取り戻した。
沖縄の離島に着くまでの道中、すれ違う人から何度も声をかけられ、自分は人が嫌いだったのではなく、話したくてたまらなかったのだと気づいたという。
口唇口蓋裂のタガッシュさんは、9回の手術と壮絶ないじめを経て、デザイン科のある高校へ進学したことで環境そのものを変えている。そこにいたのは、誰もが何かしら「普通」から外れた生徒だった。
全員が違っていれば、排除の基準になる「普通」自体が成立しなくなる。本書はこれを比喩で説明する。個性が溶けて混ざり合う状態が「るつぼ」だとすれば、各自がそれぞれの形を保ったまま同じ場に共存する状態は「サラダボウル」にあたる、と。
合わない環境で耐え続けるより、自分の形のまま入れる場所を探すほうが早い。もっとも、そうした環境が誰の周りにも都合よく見つかるとは限らない。
タガッシュさんの場合は、デザイン科という具体的な進路があったからこそ環境を変えられた。この条件の部分は、本書があまり掘り下げていない留保として指摘しておきたい。
20歳で全身の毛が抜けた武田信子さんも、同じ道を通っている。支えになったのは、同じ円形脱毛症の当事者が集まる会だった。かつらをかぶって温泉に入るのは自分だけではないと知る。
それだけで、底を蹴る足がかりになったという。今の武田さんは、体毛の手入れがほとんどいらないことや、白髪を染める手間なく髪型を毎日変えられることを、むしろ面白がって話している。
悩みの種そのものは消えていない。消えないまま、扱い方だけが変わった一例である。
明日からやること
本書から、そのまま試せる行動を1つに絞るなら、これだ。
にべもない返信や不採用の連絡があった日、その出来事をノートに書き出し、「相手の課題」と「自分の課題」の二列に仕分ける。相手の側に入った項目は、その日のうちに手放していい。石田さんと三橋さんが実際にやっていることを、そのまま真似るだけでいい。
取材の最後、水野さんは9人全員に「今は幸せか」と尋ねている。9人とも幸せだと答えた。そして全員が、これからも悩み続けるだろう、とも答えている。すっきり悩みが消えた人は、一人もいなかった。
「乗り越えた悩みは大きければ大きいほど、人は魅力になれる」
これが本書の結論である。悩みが消えないことは、深め続けられることの裏返しでもある。ずいぶん厳しい形の希望だと思う。今日ひとつだけ試すなら、抱えている問題を「相手の課題」と「自分の課題」に仕分けて紙に書き出すところからでいい。
