日本のGDP成長率を10年刻みで並べると、きれいな下り階段が現れます。1960年代の9.4%が、70〜80年代は4.5%、90年代は1.3%、2000年代と2010年代は0.7%、そして2020年代は事実上ゼロ。
数字そのものより厄介なのは、この地形の変化に私たちの内面がまだ追いついていないことです。「頑張れば報われる」という高度成長期のOSを積んだまま、それが動かないハードの上を走らされている。
山口周さんの『人生の経営戦略』は、その居心地の悪さの正体を、経営戦略論という道具で分解していく本です。
副題は「自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20」。企業が意思決定に使ってきた概念を、そっくり個人の人生へ移植します。興味深いのは、著者がこれを机上で着想したのではなく、MBAを持たずにコンサルティングの現場で戦略やM&A、人材育成を回すうちに「これは自分の人生にも効く」と気づいた、という順番で生まれている点です。
だから抽象論というより、道具の使用感を書き留めた実務メモに近い。
そしてもう一つ、本書の土台には独特の時代認識があります。著者は低成長を衰退とは見なしません。成長を強迫的に求める「登山の社会」から、安定した「高原の社会」へと成熟していく過程だと捉える。
問題なのは低成長そのものではなく、無限の成長を前提にした古い制度や規範と、現実の社会とのあいだに生まれる歪みだ、というのが本書の見立てです。だからこそ個人には、借り物の前提を捨てて自分の頭で設計し直す戦略が要る、という話につながっていきます。
人生を一つのプロジェクトとして経営する
本書の出発点は、名経営者マービン・バウアーの言う「Will to manage(経営する意志)」です。予期せぬことが次々に起き、思い通りにならない状況でも、成り行きに委ねず「とにかくなんとかする」という主体的な構え。
これが企業経営の根幹にあり、同じく思い通りにならない人生を生きる私たちにも要る、というのが前提になります。
やり方自体はシンプルで、人生を一つの大きなプロジェクトと見なし、PDCAを回す。自分の置かれた環境を市場として分析し、戦略を立て、結果を検証し、修正する。
その上で20のコンセプトが展開されますが、骨格は4つの問いに集約できます。どこにいるか(ポジショニング)、何を持つか(RBV)、時間資本をどう配分するか(NPV・オプション)、何を成功と呼ぶか(BSC・パーパス)。
この4本の柱に、タイミングや内発的動機、試行回数、学習といった概念が肉付けされていく構成です。
自己啓発やキャリア論は、どうしても「情熱を持て」「好きを追え」という精神論に傾きがちです。本書の効き目は、そこに経営学という骨組みを差し込んだこと。
おかげで「なんとなく不安」が「具体的な論点」へと翻訳される。どこにいて、何を持ち、いつ動き、何を成功と呼ぶか。曖昧な悩みが、答えの出せる問いに姿を変えていきます。
逆に言えば、フレームを使いこなす前提知識が要る本でもあり、経営用語に不慣れな読者にはやや歯ごたえがあるかもしれません。
「立地」を変え、「強み」より「特徴」を探す
最初の柱はポジショニングです。競争戦略論では、企業の収益性はその立地と環境に大きく左右されると考えます。同じ努力でも、儲かる業界にいるかどうかで結果が変わる。
ここで著者が使うのがポーターの5つの力で、とりわけ効いてくるのが「代替品の脅威」です。いまそれはAIという形で現れている。AIは正解を出す機械なので、正解そのものがコモディティ化する。
だから「正解のある仕事」に居続けるのは危うい、と釘を刺します。対抗策として置かれるのが、問題を解く前の工程である「問題提起する力」で、それは教養によって高められる、という流れです。
さらに、リモートワークが「仕事の全国大会化」を起こしたという指摘が鋭い。場所の制約が消えたぶん、競争相手が全国に広がる。だからこそ、能力を上げるより立地を変えるほうが早い場面がある、と説きます。
ただし本書は、永続的なポジショニングは存在しないとも言う。かつて名著『エクセレント・カンパニー』で称賛された企業の多くが10年と経たず苦境に陥った例を挙げ、著者の結論は明快です。
居場所は10年で変える。
もう一つの柱が、リソース・ベースド・ビュー(RBV)。競争優位は独自の資源や能力に宿るという考え方で、ポジショニング論と一見相反しますが、著者はどちらも要ると立てます。
鍵は「調達困難性」で、有用性・稀少性・模倣困難性・代替不可能性の4条件を満たす資源だけが持続的な優位になる。裏返せば、多くの人が群がる流行の資格や学問は供給過剰で価値が落ちるので、戦略的には「スジの悪い選択」になりやすい。
そして本書で最も刺さるのがここです。著者は「あなたの強みは?」という問い自体が危険だと言う。人間の自己評価には強い上方バイアスがあり、能力の低い人ほど自分を過大評価する——ダニング=クルーガー効果です。
代わりに探すべきは「特徴」。手がかりは、時間資本を大量に投下しないと獲得できないもの、つまり自分が長く続けてきたことの中にある。しかもそのユニークさは、しばしば本人が「欠点」だと思っている部分と表裏一体で、極端な弱みがそのまま代替不可能な特徴になりうる、というのです。強みを棚卸しするのではなく、過去から未来へ点をつなぐ。
探す場所そのものが変わります。
いつ動き、時間資本をどこへ置くか
何を(WHAT)やどうやるか(HOW)は熱心に考えても、いつやるか(WHEN)は軽視されがちです。本書はここに一章を割きます。道具はマーケティングのキャズム理論。
新しい商品や概念が広がる過程には大きな溝があり、そこを越えた瞬間に市場が爆発する。ただしその窓は一瞬で、早すぎても遅すぎても勝てない。市場調査でエビデンスが揃う頃には、勝敗はもう決している、というジレンマです。
では兆しをどう捉えるか。著者はジェフ・ベゾスの「微分のレンズ」を挙げます。現在の値ではなく変化の速度を見る。さらに、予測ではなく人(コア人材)に着目せよ、と説きます。
配分の議論では財務のNPV(正味現在価値)が登場します。将来の効果を割引率で現在価値に割り引く考え方で、人生に置き換えると割引率は「不確実性」で決まる。
この視点に立つと、多くの人の時間の使い方が反転します。すぐ役立つスキルは需給の関係で価値が落ちやすく、すぐ役立たなくなる。逆に、リターンをもたらす期間が長い投資ほどNPVは大きい。
その最たる例が、人類が長く有効としてきたリベラルアーツです。若い人への投資が最も期待値が高いのも、残された時間の長さがそのままリターンの大きさになるからだ、と。
目先の利益を過大評価する「現在バイアス」への警告が、ここに重なります。
そして不確実な時代には、一つに賭けきるより選択肢そのものを持つことに価値がある。オプション・バリューの発想です。著者は、本業を持ちながら副業として起業し、成功してから独立した創業者たちを例に挙げ、成功者はリスクを取っているようで統計的にはむしろ退路を確保しながら動いている、と指摘します。
ここで引かれるのが、古代ローマのプブリリウス・シルスの言葉「変更できない計画というものは、常に悪い計画である」。撤退・修正・転身のオプションを常に手元に残す。
想定外を排除せず計画に織り込む「適応戦略」もこの延長にあり、成功のイメージを静かに塗り替えます。
打席数を増やし、良質な失敗から学ぶ
創造性の章は、直感に反する事実から始まります。歴史に残る天才でも、傑作と呼べるアウトプットは全体の数パーセントにすぎない、というサイモントンの研究です。
質は確率的に分布するのだから、極めて優れた成果を狙うなら、打率を上げようとするより打席数を増やすしかない。「成功したから多く生み出した」のではなく「多く生み出したから成功した」。
大量のガラクタを引き受けることが、むしろ戦略の前提になります。人生の重要なKPIは打率ではなく打席数だ、という結論は、失敗に対する私たちの構えを根本から入れ替えます。とくに若いうちは、当たりのリターンと外れのロスが非対称で、失敗のダメージは小さく早く忘れられる。
打席数を増やす燃料が、内発的動機づけです。本書は「頑張るは楽しむに勝てない」と言い切る。才能より、長く続けられるか。日本に根強い「生まれつき信奉」を退け、楽しんでいる人にはかなわないと説きます。
そしてこの話は経験学習理論へ接続します。デヴィッド・コルブによれば、学習は具体的経験を起点に、省察し、抽象化し、次の実験へつなぐサイクル。その起点になる経験とは、突き詰めれば「良質な失敗」のことだと著者は言う。
予測しなかった結果に出会ったとき、無意識だった前提が意識化され、省察が始まる。だから「全部うまくいっている」のは、むしろ危険な兆候です。若い時の失敗はNPVが大きい——学べる期間が長いからです。
ところが今の日本社会は過保護になり、若い人が良質な失敗を積みにくい。組織にとって経験は経営資源であり、それをどう若手へ配分するかが問われる、という視点は育てる側にも刺さります。
何を「成功」と呼ぶか、自分のモノサシを持つ
最後に、そもそも何を目指すのかという土台の話です。道具はバランス・スコア・カード(BSC)。業績を財務だけでなく、顧客・内部プロセス・学習という多角的な視点で評価するフレームですが、人生に応用するとき最も大事なのは「自分自身の成功のモノサシ」を自分で設定することだ、と著者は言います。
なぜなら、経済的・社会的成功が必ずしも幸福に直結しないことが研究で分かっているから。本書はアリストテレスを引き、真の幸福(エウダイモニア)は快楽や富ではなく、卓越した行為による生き方にあるとし、過度と不足を避ける「中庸」を持ち出します。
偽りの目標を置けば、どれだけ論理的に正しい戦略を組んでも、プロジェクトは必ず破綻する。他人のモノサシを鵜呑みにする危うさへの警告が、本書全体を貫いています。
このほか、兼業を前提に長短・リスクの異なる仕事を組み合わせる「イニシアチブ・ポートフォリオ」、学ぶは真似ぶだと割り切る「ベンチマーキング=謙虚さ」、人生後半で支配から支援へ切り替える「サーバントリーダーシップ」など、実践的な道具が並びます。
全体を通して繰り返されるのは、他人が用意したモノサシから降りて、自分の頭で人生の全体像を描け、というメッセージです。著者はそれを、世に蔓延る「呪い」から自由になることと表現します。
読後感として一つ留保を付けるなら、本書のフレームはいずれも「自分で考え、動ける」ことを暗に前提にしています。立地を変える余地や、失敗を許容できる余白が乏しい状況では、そのまま処方箋にはなりにくい。
それでも、日本の労働者の約半分がキャリアプランを持たず将来の勉強もしていない、という調査を裏返せば、少し戦略的に考えるだけで立てる場所はまだいくらでもある、ということでもあります。
登山が終わり高原に出たのなら、まだ山を登るつもりで焦る必要はない。要るのは、この地形に合った歩き方を自分で選び直すことです。
