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『会計天国』竹内謙礼/青木寿幸|決算書は「読む」ものではなく「作り出す」もの

戦略・経営・事業 ✍ 竹内謙礼/青木寿幸
約7分で読めます

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『会計天国』
目次

前期の当期純利益は3000万円の黒字でした。ところが同じ月の銀行口座には、320万円しか残っていません。

矛盾しているように見えて、会計のルールの上ではどちらも正しい数字です。利益が出ていることと、手元に現金が残っていることは、まったく別の事実です。この会社は結局、金利15%のノンバンクから資金を借りて、なんとか給料日をしのぎました。

『会計天国』は、こうした「黒字なのに苦しい」状態に陥った経営者を、5話にわたって立て直していく小説です。首都高の事故で命を落としかけた経営コンサルタントの北条が、天国に戻る条件として、破綻寸前の経営者5人を1時間ずつ救う。

著者は経営コンサルタントの竹内謙礼さんと公認会計士の青木寿幸さんで、会計入門書の顔をしながら、中身は部門別の採算管理や事業ポートフォリオの判断にまで踏み込みます。

数字が苦手な読者向けの、易しい会計本だろう。そう思って開きましたが、読み終える頃には、自分がこれまでチームの数字をどう評価してきたか、そのやり方自体を疑っていました。

図解

こんな人におすすめ

会計の教科書に一度挫折した経験がある人にも向いています。財務3表の説明役をオカマバーのママや美少女フィギュアが務めるという構成の軽さのおかげで、堅苦しさなしに読み進められます。

決算書は「作る」ものだという視点の転換

本書の主張を一言でまとめると、決算書は過去の結果を集計した報告書ではなく、経営者が戦略に合わせて先に設計するものだ、ということです。

第1章の社長である加賀がふと漏らすこの一言に、本全体の骨格が凝縮されています。

「決算書とは読んだり、理解したりするもんじゃなくて、作り出すもんなんだよな」

普通、決算書は終わったことをまとめた記録として扱われます。本書はこの順番を逆にします。どんな戦略を選び、どこから資金を集め、何に投資して回収するか。その意思決定を先に固めれば、決算書の中身は結果としてついてくる、という考え方です。

5話は、アパレル小売、フィギュア製造、弁当工場、専門商社、家具卸の多角化と、業種を変えながら進みます。並び順も偶然ではなく、貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書という財務3表の基礎から始まり、部門別の採算管理、最後は事業ポートフォリオの投資判断へと、扱う範囲が段階的に広がっていく構成です。

都合のよさも隠さず書いておきます。従業員100人規模の上場企業が抱える5億円の赤字が、1時間の説得で再生の道筋に乗ってしまう。実際の企業再生であれば必ず絡んでくる解雇規制や銀行とのリスケジュール交渉、粉飾決算の事後処理は、物語の外側に置かれたままです。

会計を使って経営を判断する感覚をつかむ本であって、再生実務の手引きではありません。

黒字の会社に現金がない理由

第1章の主人公である加賀は、元アイドルというキャリアを持つアパレル会社の社長です。前期は3000万円の黒字を出したのに、銀行残高は320万円しかなく、給料と家賃の支払いに窮していました。

原因は1つではなく、3つが重なっていました。

1つ目は減価償却です。表参道の店舗に投じた1億2000万円の内装設備は、その年に全額を経費として落とせません。税法上、資産の種類ごとに耐用年数が決まっていて、加賀の内装はおよそ10年に分けて償却する対象でした。

現金は開店時にまとめて出ていくのに、経費として認められるのは10年かけて少しずつ。その差額の分だけ、余計な税金がかかります。

2つ目は、社長個人への長期貸付金2000万円です。飲食代など私的に使った分が、帳簿の上では「資産」として記録されていました。経費ではないので利益は減らず、実効税率40%で計算すると800万円ほど、払わなくてよかった税金を払っていた計算になります。

3つ目は借入金の元本返済です。これも経費にはなりません。利益は黒字のままなのに、通帳の現金だけが着実に減っていきます。

本書がここで渡す道具はシンプルです。B/Sの中に境界線を3本引き、そこから浮かび上がる2つの対比だけを見る。1つ目は流動資産と流動負債の対比で、短期の資金繰りが健全かどうかを表します。

加賀の会社は流動資産2億6000万円に対して流動負債3億円、この4000万円の逆転がノンバンクに頼った直接の理由でした。2つ目は純資産と負債・純資産合計の対比、いわゆる自己資本比率です。

安全とされる水準は30%以上ですが、加賀の会社は純資産1億円÷総資産5億円で20%しかありませんでした。

加賀が最終的に選んだのは、返済義務のない資本金を1億円積み増す道でした。数字の読み方だけでなく、経営者が取れる打ち手の幅を広げてくれる章です。

ただし、この2つの対比だけで会社の健全性がすべてわかるわけではありません。業種によって適正な自己資本比率の水準は違いますし、流動負債の中身が金融機関からの短期借入なのか仕入先への買掛金なのかでも、資金繰りの逼迫度は変わります。

本書が渡しているのは、異常を察知するための最初の網であって、最終診断ではないと捉えたほうが実務には近いはずです。

値上げの算数と、同じ数字が化けて見える理由

第2章の舞台は、フィギュアとアニメグッズを扱う上場企業です。競合の参入に焦って一律値下げに走った結果、変動費率が70%まで上がり、損益分岐点の売上高が過去最高実績を超える43億円まで押し上げられていました。

頑張っても届かない目標を、自分たちの値決めで作ってしまっていたことになります。

ここで示される算数は明快です。粗利益率20%の会社が価格を10%引き上げると、増えた分はそのまま粗利益として積み上がるので、粗利益全体は1.5倍になります。

値下げが変動費率を押し上げるのと、ちょうど逆の効果です。値引きを全面的に禁じるのではなく、価格に敏感な客だけをクーポンなどで選んで狙い、基本の価格は上げて価値を回収する。

この線引きが本書らしいところです。

第3章は、買収した弁当工場の話です。帳簿は黒字なのに、運転資金として入れたはずの5000万円が消えていました。理由は、回収できない売掛金の放置、決算前に工場をフル稼働させて在庫を膨らませる操作、外注費に姿を変えた人件費の3つ。

とくに在庫の操作は見抜きにくく、作れば作るほど製品1個あたりの原価が薄まり、売れ残りが資産としてB/Sに移る分だけ、帳簿上の粗利益は上がって見えます。

粗利益率が業界水準より不自然に高い決算書は、一度疑ってみる価値がある。この章はそう教えてきます。

第4章は、売上12億円を稼ぐ花形部署の話です。全社共通の固定費まで背負わせない「管理可能利益」という物差しに切り替えると、この部署は実は6000万円の赤字でした。

地道な提案営業を続けていた別部署のほうが、むしろ黒字です。花形をすぐには閉じなかったのは、その部署が赤字と同時に、全社の共通固定費もいくらか回収していたから。

閉じれば、その分の負担がそっくり黒字部署に乗り、共倒れになりかねません。評価に使う物差しを変えただけで、優等生と劣等生が入れ替わる。この逆転劇こそ、本書がもっとも力を入れて描く場面です。

第5章は、家具卸を営む社長が、本業とは畑違いのレストラン経営に手を広げて資金繰りを崩す話です。事業をPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)の4象限(金のなる木、問題児、負け犬、花形)に当てはめると、本業の家具卸が生む現金が、伸びている人材派遣業ではなく、社長個人の趣味に近いレストランへ流れ込んでいた構図が見えてきます。

撤退の基準をあらかじめ決めておく重要性を、この章は数字ではなく痛みで教えてくる印象があります。

5つの話に共通するのは、数字そのものより「どの数字を、どの物差しで見るか」の設計です。売上、粗利益、貢献利益、管理可能利益。呼び名は似ていても、何を引いて何を残すかが違えば、同じ会社の評価はまるで別物になります。

明日からできること

自分の会社か部署のB/Sを1枚用意します。流動資産と流動負債を比べ、純資産と負債・純資産合計を比べる。境界線を3本引くだけの作業なので、1時間もかかりません。

前者が逆転していれば短期の資金繰りが危なく、後者から出る自己資本比率が30%を切っていれば、銀行交渉で不利な材料になります。

北条のアドバイスは、私的流用の指摘も値上げの提案も、聞く側にとっては痛いものばかりでした。それでも根底にあったのは、そこで働く人の生活を守るという一点です。

決算書を犯人探しの道具として使う組織と、給料を分け合うための道具として使う組織とでは、同じ数字がまったく違って見えてきます。

小説仕立てなので油断していると、1時間で読み終えてしまいます。実際に手を動かすのはそこからです。自分の数字に境界線を引く作業を後回しにしなければ、この本は入門書のまま終わりません。

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『売上最小化、利益最大化の法則』木下勝寿さん 売上ではなく利益を追うという第2章と第4章の主張を、実在の通販企業が実践するとどうなるかがわかります。値下げと固定費の扱いを、別の角度から検証できる一冊です。


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