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『稲盛和夫の実学 経営と会計』稲盛和夫さん|「儲かったお金は、いまどこにある?」に答えられますか

戦略・経営・事業 ✍ 稲盛和夫さん
約7分で読めます

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『稲盛和夫の実学 経営と会計』
目次

決算書を見て「黒字です」と言える人は多い。

では、その儲けは、いまどこにあるのか。手元の現金なのか、回収前の売掛金なのか、それとも倉庫に積み上がった在庫なのか。この問いに即答できる人は、ぐっと減ります。

『稲盛和夫の実学 経営と会計』は、まさにその一点に正面から向き合う本です。著者の稲盛和夫さんは、27歳で京セラを創業し、後に第二電電(現KDDI)も立ち上げた経営者。

ところが本人は、もともと会計のまったくの素人でした。だからこそ面白い。教科書を暗記する代わりに、「なぜそうなるのか」を本質から問い直し、自分なりの「生きた会計学」を一から組み立てていったからです。

会計の本ですが、簿記や仕訳の解説書ではありません。数字を通して「経営とは何か」「人としてどう振る舞うべきか」を考える本だ、と最初に言っておきます。

図解

会計を「人間として正しいか」から始める異質さ

この本がまず異質なのは、出発点に会計のルールを置かないところです。著者が冒頭に据えるのは、「人間として何が正しいか」という素朴な一点。公平、公正、正義、誠実——子どもの頃に教わったような当たり前の倫理を、戦略や戦術より手前に置き、経営判断のベースにする。

会計の本でなぜ倫理なのか、と最初は戸惑います。けれど読み進めると、これが単なる精神論ではないと分かってきます。「常識だから」「業界の慣行だから」で思考を止めず、「なぜそうなるのか」を納得いくまで問う姿勢。

それが、後に出てくる7つの原則すべての土台になっているからです。素人が会計を疑いながら作り直したからこそ、原理原則がむき出しのまま残った、とも言えます。

その象徴が、会計を飛行機の計器盤にたとえる比喩です。

会計データは現在の経営状態をシンプルにまたリアルタイムで伝えるものでなければ、経営者にとっては何の意味もないのである

高度も速度も、いま正確に分からなければ操縦はできません。会計は事後処理でも税金計算でもなく、いま打つべき手を決めるための羅針盤だ、というわけです。会計が読めないまま経営するのは、計器の読めないパイロットが飛ぶようなもの。この一文が、本書全体の温度を決めています。

そしてもう一つ、経営の原点として著者が言い切るのが「売上を最大に、経費を最小に」。売上が増えれば経費も増えるという常識を、まず捨てる。利益とは目標にして追うものではなく、その努力の結果として残るものでしかない、と。この発想が、以下の7原則を貫いています。

キャッシュベースと一対一の対応——数字を「事実」に縛る

ここからが本書の骨格、経営のための7つの基本原則です。出し惜しみせず順に見ていきます。

第1はキャッシュベース経営。帳簿上の「利益」ではなく、手元の「現金」を基準にする、という原則です。著者が持ち出すのは、縁日のバナナの叩き売り。

売るための道具を仕入れ、バナナを売りさばく。そのとき税務署は、何度か使える道具を「資産」と見ます。でも経営者にとっては、明日には捨てる道具であり、使った時点で「費用」でしかない。

経営者にとって捨てる以外に方法がないものは、資産とは言えない。経費で落とすべきである

ここがキャッシュベース思考の核心です。帳簿で利益が出ていても、現金が手元になければ会社は行き詰まる。著者の言う「勘定合って銭足らず」です。儲けは売掛金や在庫、設備に姿を変えていて、利益と現金は一致しない。

だから「儲かったお金が、いまどこにどう存在するか」を常に把握することが、経営の基本になる。冒頭の問いが、ここで効いてきます。

第2は一対一の対応。モノやお金が動いたら、必ず対応する伝票も同時に動く、というルールです。きっかけはアメリカでの失敗でした。

現地の担当者が、納品のたび売上だけ先に計上し、仕入の伝票は船積書類が届くまで切らなかった。すると月次決算が、大黒字と大赤字を交互に繰り返す。

実態を映さない数字になってしまったのです。伝票だけ先に処理する、モノだけ動かす——そうした操作を一切許さない。すると誰も故意に数字をいじれなくなり、発生した事実だけが即座に見えるようになる。

後の「ガラス張りの経営」の土台が、ここにあります。

筋肉質と完璧主義——石ころと、当座買いの思想

第3は筋肉質の経営。ぜい肉のない引き締まった企業体質をつくる、という原則です。象徴的なのが「セラミック石ころ論」。

1万個の注文に1万2000個つくり、2000個が在庫に残る。物理的には立派な良品ですが、売れる見込みがなければ、それはセラミック部品ではなく、そのへんの石ころにすぎない。

だから税務上は資産でも、評価をゼロにして費用で落とす。見栄を張って資産に残さない、というわけです。

買い方も独特で、まとめ買いの割引に乗らず、今必要な分だけ買う「当座買い」を貫きます。原点は両親の思い出でした。母親が農家から売れ残りのサツマイモを安く大量に買い込んだら、案の定傷んで削り落とすことになった。

たくさんあると人は無駄遣いするし、保管にもコストがかかる。だから著者は、経営学で常識とされる「予算制度」そのものを否定し、必要な経費はその都度、稟議で決裁すべきだと説きます。

これを財務面で支えるのが「土俵の真ん中で相撲をとる」発想です。土俵際で慌てる前に、まだ余裕のある真ん中で勝負する。松下幸之助さんの「ダム式経営」が原点で、京セラは創業15年目に自己資本比率を70%近くまで高めました。

石油ショック期に不動産投資を勧められても、「額に汗して稼いだものしか利益ではない」と断る。その判断が、後のバブル崩壊による地価下落の難を逃れさせた、というのは示唆的です。

第4は完璧主義。「95%できたから良し」とする妥協を、著者は規律の崩壊と捉えます。「一〇〇パーセントは一〇〇パーセントなのである」と言い切り、どんな小さな事務作業でもミスを許さない。

同時に、全体を俯瞰するマクロの目と、現場の細部を握るミクロの目、その両方を持たなければ正しい決断は下せない、と強調します。

ダブルチェック・採算・透明——仕組みの底にある人間観

第5のダブルチェックが、本書でいちばん意外な原則かもしれません。入出金や印鑑管理で必ず複数人が確認する。普通こうした相互チェックは「人を疑う仕組み」として導入されます。ところが著者の動機は、まるで逆でした。

底に流れているものは、むしろ人間に対する愛情であり、人に間違いを起こさせてはならないという信念である

人の心は弱い。管理に油断があれば、つい魔が差してしまうことがある。だから出来心を起こさせない厳格な仕組みをつくって、社員を守る。人間不信ではなく、人を大切にするための保護メカニズムだ、というわけです。

第6は採算の向上。その入口が「値決めは経営である」という言葉です。価格は営業の戦術ではなく、会社の死命を決めるトップの仕事だと位置づける。

しかも自社のコストを積み上げて値段を決める発想を退け、「価格は市場が決めるもの」と考える。市場価格を前提に、そこから利益を出せるよう原価を下げていく。

この考えは現場にも及び、製造部門をコストセンターではなく利益を生む主役(プロフィットセンター)に据えます。それを測るのが、組織を小集団に分けて独立採算で運営し、生んだ付加価値を総労働時間で割る「時間当り採算」。

これは後年の『アメーバ経営』へとつながる発想です。ただし著者は、制度だけでは動かないと釘を刺します。良い採算制度があるから採算が上がるのではなく、現場の人が上げようと思うから上がる——経営者が自ら魂を注入しなければ、仕組みは機能しない、と。

第7は透明な経営、いわゆる「ガラス張り」です。ここで最初に求められるのは社員ではなく経営者自身の姿勢で、トップが私利私欲を捨て、公明正大に振る舞う。

その上で苦しい数字も含めて全社員と共有し、社外へもフェアに開示する。そして経営目標について、「経営目標とは経営者の意志そのものなのである」と言い切る。

目標は過去の延長線上の予測値ではなく、トップの強い意志だ、というわけです。

7つを並べて見えてくるのは、どの原則も合理性の奥に必ず人間観が置かれていることです。仕組みを語りながら、最後はいつも人の心に着地する。そこがこの本を、ただの会計書から引き離している部分だと思います。

明日からできること、そして本書の温度

実務に落とすなら、入口はそう難しくありません。まず、今月の利益額で満足せず、その儲けが現金・売掛金・在庫・設備のどこに姿を変えているかを書き出し、自由に使える現金がいくらかを確認する。

次に、長く滞留した在庫や使う見込みのない設備を、簿価に執着せず費用として落とす。石ころ論の実践です。消耗品のまとめ買いをやめて当座買いに切り替える。

そして相互チェックを導入するときは、「疑っているから」ではなく「ミスや出来心からあなたを守るため」と伝える。これだけで現場の受け止めが変わります。

一つ留保を添えるなら、この本は1998年、バブルの熱狂と崩壊という時代への強烈なアンチテーゼとして書かれたものです。多くの企業が財テクに走り、不良資産を隠して不祥事を起こした、その同時代への怒りが芯にある。

だから「予算制度の否定」や「徹底した完璧主義」は、そのまま現代の大企業に移植できるとは限らず、稲盛さんという強い意志の持ち主だから回った面もあるでしょう。

それでも、数字を事実だけにする覚悟、捨てるものは捨てる潔さ、厳しいルールの底に人への愛情を置く発想——この三つは、好景気でも不況でも色あせません。

明日、決算書を開いたら、利益額の手前で一度立ち止まってほしい。「この儲けは、いまどこにあるのか」。その問いに自分の言葉で答えようとしたとき、本書の効果は静かに立ち上がってきます。


合わせて読みたい

『アメーバ経営』稲盛和夫 本書の第6章で語られる「時間当り採算」を、組織論として全社員参加型の経営にまで広げた一冊です。会計のルールを学んだあと、それをどう現場の仕組みに落とし込むかを知るための、最も直接的な続編にあたります。

『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン 本書とよく比較される経営の古典で、ジェニーンは「終わりから始める」と説きます。数字と意志で会社を率いた経営者の哲学を並べて読むと、稲盛さんの「経営目標は意志そのもの」という言葉が、より立体的に響いてきます。

『失敗学のすすめ』畑村洋太郎 失敗を隠す組織は同じ失敗を繰り返す、という主張は、本書の「ガラス張りの経営」「一対一の対応」と地続きです。数字や事実を都合よく操作しない透明性が、なぜ組織を守るのかを別角度から確かめられます。


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