本は最初から最後へ読む。けれど経営はその逆だ。ハロルド・ジェニーン氏はそう言い切ります。まず「終わり」、つまり達成したい結果を先に決める。そこへ届くために、あとはできる限りのことを全部やる。読書とは反対向きに進むのが経営だ、というわけです。
この一点が本書のすべてを貫いています。理論でも公式でもなく、決めた結果を「やり遂げる」執念。ジェニーン氏はその執念だけでITTという巨大企業を58四半期、実に14年半にわたって連続増益させました。
ユニクロの柳井正氏が「私の最高の教科書」と呼び、何度も読み返した一冊としても知られます。本書の面白さは、書き手が理論家ではなく、実際に会社を14年半増益させ続けた当事者だという点にあります。
抽象論がなく、言葉のすべてが現場の重みを帯びています。加えて日本語版には柳井氏の長い解説が付き、アメリカの巨大コングロマリットの話をユニクロの実例へ翻訳してくれる。
この二重構造が、遠いはずの経営論を手元まで引き寄せています。
経営は「終わりから始める」逆算の思想
ジェニーン氏の経営論は、彼自身の言葉では三行に収まります。本を読むときは初めから終わりへ読むが、ビジネスの経営はそれとは逆で、終わりから始めてそこへ到達するためにできる限りのことをするのだ、と。
まず終点を数字で決める。ITTでは「いかなる状況でも収益を年に10〜15%増やす」でした。景気が悪かろうと、この目標は下げない。決めたら、そこへ届くために必要なことを全部やる。
順序が根本から逆なのです。
ここで効くのが「ストレッチ・ターゲット」という発想です。楽に届く高さではなく、努力してギリギリ届くかどうかの位置に目標を置く。10%を公表しながら内心では15%を狙い、組織の力を限界まで引き出す。
柳井氏はこれを「逆算」と呼び、ユニクロの「売上高一兆円構想」も成功した姿から逆算して描いたものだと語ります。日本では目標達成の「プロセス」を評価しがちだが、ジェニーン氏が終始求めたのは結果を出しきる執念だった。この対比は本書の背骨だと言っていい。
ただ留保もいります。ストレッチ目標は使い方を誤れば数字の未達を常態化させ、組織を疲弊させる諸刃の剣でもある。それを「執念」で成立させたところに、この人の凄みと同時に再現の難しさがあります。
この逆算の思想と表裏をなすのが、流行の経営理論への強い懐疑です。彼は自分の立場を、あえて「セオリーG」と名づけました。Gはおそらく彼自身の頭文字で、既存の理論に頼らず現実から出発するという宣言でもある。
経営理論をサーカスの紙の輪にたとえ、一見頑丈そうでも力を入れれば破れる錯覚にすぎないと切り捨てます。とりわけ手厳しいのが、事業をスター・キャッシュカウ・負け犬に分類する当時の流行への批判です。
稼ぐ事業から利益を搾り取って有望事業に回す発想は従業員の信頼を壊す、負け犬に見える事業でもなぜそうなったかを突き止め、優れた競走犬に育てるのが経営者の責任だ、と。
柳井氏もここに共感し、同じ教育を受けた戦略家が同じ結論に達して「流行」の買収が横行する危うさを指摘します。理論を捨てよという話ではなく、理論を現実の代わりにするな、というのが真意でしょう。
数字は体温計であり、「4」の裏に事実がある
ジェニーン氏にとって数字は結果そのものではなく、企業の健康状態を測る一種の体温計です。会社の中で今なにが進行しているかを示すシンボルにすぎない。
象徴的なのが「4」の例です。ある事業部の指標が4だったとする。分解してみると、それは2+2でも3+1でもなく、しばしば「プラス12とマイナス8の和」だったりする。
表の12の裏に隠れた損失が潜んでいる。そこを掘り当てて手を打てば、4は17にも化ける。数字を分解して初めて本当の姿が見える、という教えです。
だから彼は、数字を徹底的に読み込む苦役を潜り抜けた者だけが現実を正確に掴み、自由に動けるようになると言います。さらに「事実」を、表面的事実・仮定的事実・報告された事実・希望的事実・受容事実の五つに腑分けし、会議では常に「それは揺るがすことのできない事実か」と問い続けました。
意思決定を誤るのは、たいてい事実についての知識が不正確なときだからです。ここは現代のデータ経営にもそのまま刺さる。ダッシュボードの数字を眺めるだけの「見た気になる」経営への、半世紀前からの警告と読めます。
もう一つ、回復できない失敗はただ一つ、キャッシュが尽きることだと彼は釘を刺す。それ以外はどんな失敗にも道はあるが、現金が底をつけばゲームは終わる。
財務の勘所を、これほど短く言い切った経営書も珍しい。
「ノー・サプライズ!」が悪い知らせを最速で届ける
ジェニーン氏は、組織には二つあると言います。組織図に書ける公式なものと、血の通った人間関係のほう。会社を実際に動かすのは後者だ、と。その人間関係を健全に保つ仕組みが「ノー・サプライズ!」
、びっくりさせるな、という方針でした。悪いニュースほど早く、はっきり報告させる。問題が小さいうちに芽を摘むためです。
仕掛けは具体的です。各事業部の月次報告書の冒頭に「赤信号」のページを置き、そこに問題点を書かせ、解決するまで毎月報告し続けさせる。隠せない仕組みにしてしまうわけです。
肝は、報告した者を決して責めず、全員で解決にあたるという運用の一貫性にある。ここが崩れれば、赤信号のページは即座に空欄になる。
柳井氏は、これをイトーヨーカドー創業者・伊藤雅俊氏の「前始末」と同じだと指摘します。起きてからの後始末ではなく、起きる前に手を打つ。日米の名経営者が別の言葉で同じ知恵に到達していた事実は、この原則が普遍であることの傍証でしょう。
最悪の病はアルコールではなくエゴチズム
ジェニーン氏がもっとも警戒した敵は意外なものでした。現役の経営者を侵す最悪の病は、一般の推測とは異なりアルコール依存症ではなくエゴチズムである、と彼は書きます。
過剰な自己中心性は、本人から周囲の現実を見えなくする。自分の幻想の世界に住み、イエスマンだけを周りに置く。自由なコミュニケーションが止まり、腐食が組織全体へ広がっていく。
彼の推測では、この病が業績を40%近く下げることもある。アルコール依存症に匹敵するコストなのに、計算されないから見逃される、という指摘は鋭い。
根っこにあるのは失敗への極端な恐怖だと彼は分析します。現実と向き合う代わりに、自分のイメージを守ろうとする。だから彼は社内政治を厳しく戒め、見返りを条件に他人を動かした者は職を失う覚悟をせよとまで明言しました。
柳井氏はこれを、抜擢された途端に権力を錯覚する「オレオレ社員」への警鐘として受け、「ロジカルシンキングだけでは、人間が見えてこない」と結びます。
合理主義の極致にいたはずのジェニーン氏が、最後に人間の弱さを最大の経営リスクに据えた。この逆説こそ、本書がただの数字の本で終わらない理由だと私は読みました。
リーダーの態度が成否の8〜9割を決める
リーダーシップについて、ジェニーン氏の立場ははっきりしています。それは教えられるものではなく、各自が経験を通じて自分で学ぶ、本能的なものだ、と。
リーダー自身の内奥の人格から出てくる。それでいて彼は、人々に前進への熱意を起こさせる最高経営者の態度が、会社の成功の80〜90%を占めると見積もります。
技術でも資本でもなく、人を動かす態度が成否のほとんどを決めるという確信です。
彼自身のスタイルは「参加型」でした。艫に座って部下に漕がせる船長ではなく、自分もボートに飛び込んでオールを掴む。ここで持ち出す概念が「情緒的自己投入」です。
論理だけでは届かない熱情やガッツという感情の力。MBAで鍛えた頭の良さに、この生きた力が加わらなければビジネスは動かない、と。柳井氏の側の鍵は「対等」で、「社長の言ってることがその通りに行われない会社」こそ良い会社だという逆説を掲げます。
盲従ではなく、現場から活発な意見と改善が回っている状態を理想としたわけです。二人の力点はやや異なる。ジェニーン氏はトップの態度を、柳井氏は現場の自律を強調する。
だが「人の熱で組織は動く」という一点では完全に一致しています。
企業家精神をめぐる章でも、同じ姿勢が貫かれます。ジェニーン氏は、大企業から企業家が消えたことを嘆きました。官僚主義の規則と慣習の檻が、大胆なベンチャー精神を封じ込めているからだ、と。
彼の言う企業家とは、自分自身のために事業に賭け、大きな見返りのために大きなリスクを冒す人間です。ところが大企業の中では、内部のイノベーターに利益の三〜五割といった本物の企業家報酬を出せない。
だから本物の企業家は会社を去っていく。それでも彼は工夫します。会社全体を危険に晒さないよう百万〜二百万ドルの枠を与え、若手に企業家的な試みをさせる。
失敗しても小さく済み、すぐ次へ移れる。人材への投資も具体的で、業界平均より高い基本給と気前のいいボーナス、年齢によらない早い昇進で、有能で熱意ある人材を引き留めました。
柳井氏はこの延長線上に、社員に自分の店を経営させる「社員FC制度」や三十代の抜擢を置きます。組織の中に、いかにして起業家の危険と喜びを再現するか。
これは今のスタートアップ論やイントラプレナー論の先取りでもあり、半世紀を経ても古びていません。
単純だが、実行が異常に難しいという結論
読み終えて残るのは、洗練された理論ではありません。もっと素朴で、もっと厳しいものです。決めた結果をやり遂げる。数字の裏まで見る。悪い知らせを早く出させる。
自分のエゴを疑う。ジェニーン氏の言葉を借りれば、経営とはなにかを成し遂げることだ、というだけの話。けれど、この「だけ」がとてつもなく難しい。
書いてあることは単純で、実行が異常に難しいからこそ、柳井氏は何度でもこの本に戻ってきたのだろう。取締役会の機能不全を斬る後半の章まで含めて、通奏低音は一つ、事実に基づき報告を鵜呑みにするな、である。
まずは自分のチームの月次報告に「赤信号」の一行を足すところから始めてみる。この本の価値は、そういう小さな一歩に翻訳できるところにあります。
