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『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』ふろむださん|実力主義は、もう成り立っていない

キャリア・働き方 ✍ ふろむださん
約8分で読めます

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『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』
目次

自分より仕事ができない人が、なぜか先に評価される。

この理不尽に心当たりがあるなら、たぶん原因はあなたの実力不足ではありません。

ふろむださんの『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』は、その不条理の正体を冷たく言い当てる一冊です。世の中は実力主義になんてなっていない。人の評価は「思考の錯覚」に支配されていて、その錯覚を味方につけた人が勝つ。

著者はこの錯覚のことを「錯覚資産」と呼びます。

きれいごとを一切抜いた、残酷で実用的なキャリア論です。読み終わると、世界の見え方が少しだけ歪んで見えるようになる。その歪みこそが、本書の薬効だと私は思います。

図解

「錯覚資産」という、身も蓋もない発想

本書の中心にあるのは「錯覚資産」という概念です。著者の定義を一箇所だけ引いておきます。

人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚

たとえば「売上を半期で大きく伸ばした」という実績が一つあるとする。たったそれだけで、周りは「この人は全体的に優秀だ」と思い込みます。性格も、判断力も、本来は無関係なはずの能力までまとめて高く見えてしまう。一点の輝きが全体を照らしてしまう、これがおなじみの「ハロー効果」です。

著者の面白いところは、これを「負債」ではなく「資産」と呼んだ点にあります。一度ついた錯覚は、お金と同じように運用できる。しかも複利のように膨らんでいく。だからこそ「資産」なのです。

ここで多くの自己啓発書なら「だから実績を一つ作りましょう」で終わるところを、本書は踏み込みます。なぜ社会人になると、急にこのルールが効きはじめるのか。

著者の説明はシンプルです。学生時代にはテストの点という分かりやすい物差しがあり、実力で順位がつく部分が大きかった。ところが社会人の成果は運や環境に大きく左右されるうえ、そもそも「本当の実力」を正確に測る物差しが存在しない。

1〜2時間の面接で人の実力が見抜けると思うのは、ほとんど思い込みに近いわけです。

物差しがないところでは、人は「分かりやすい一点」で全体を判断する。その一点を意図的に持つ者と持たざる者で、人生の難易度は天と地ほど変わる――著者はそう突きつけます。

私が読んでいて少しヒヤッとしたのは、この話が「不公平への愚痴」では終わらない点でした。物差しがないという前提を受け入れた瞬間、錯覚資産は努力で取りにいける対象に変わる。

残酷な認識のはずなのに、なぜか希望の話に反転していくのです。

雪だるま式に膨らむ「成長ループ」

本書でいちばん重要な仕組みが、この錯覚資産の「成長ループ」です。

私たちはふつう「実力があるから良いポジションを得られる」と考えます。でも著者は順番が逆だと言う。良い環境を手にするきっかけは、実力よりむしろ錯覚資産だ、と。

「実力」というのは、よい上司、よい同僚、よい部下、よいポジションという、よい「環境」に恵まれてはじめて、効率よく伸びていく。そういうよい環境を手に入れられるかどうかは、実力よりもむしろ、錯覚資産によるところが大きいのだ。

整理すると、こういう循環になります。過去の目立つ実績や肩書で「優秀そう」と思われ、良いポジションや良い上司を先に手に入れる。良い環境は、質の高い課題と優れた同僚を連れてくるので、一人で勉強するより圧倒的に速く実力が伸びる。

伸びた実力は当然、成果を生む。そしてその新しい成果が、次の「優秀そう」を生み、ループが一周してまた大きくなる。

ここで効いてくるのが、休日に一人でこつこつ勉強するより、良いポジションや上司、顧客、業務課題に恵まれたほうがはるかに速く成長できる、という指摘です。

つまり「孤独な努力」より「環境の獲得」が先で、環境を取りにいく入場券が錯覚資産なのです。これは努力家ほど見落としがちな順番だと思います。

私自身、スキルが足りないから機会が来ないのだと長く信じていたので、矢印が逆向きだと言われた瞬間、いくつかの過去の出来事の見え方が変わりました。

賢い人ほど、この錯覚から逃げられない

「そんなの、心理学を知っていれば見抜けるのでは」と思った人ほど、本書に刺されます。

私がいちばん唸ったのは、著者が「知識では防げない」と断言するくだりです。

頭では、「直感が間違っている」ということを理解しても、直感は、「直感が間違っている」ということを認識できないのだ。

知識として知っていても、防げない。人間は客観的な事実よりも「自分の直感が正しいと感じること」を信じてしまう生き物だからです。

著者はこのメカニズムを「意識くん」と「無意識くん」という擬人化で説明します。意識くんは正直で、嘘をつかない。けれど裏で無意識くんが勝手に評価値を書き換えていて、意識くんはその書き換え後の結論を「自分が冷静に下した公平な判断だ」と思い込んでいる。

脳のセキュリティホールから侵入されている状態、というわけです。この比喩が秀逸で、難しい認知バイアスの話がするりと体に入ってきます。

裏づけとなる研究も具体的です。1974年のカナダの選挙調査では、見た目の良い政治家がそうでない政治家の2.5倍の票を集めました。ところが投票者の大半は「外見で選んだわけじゃない」と思っていて、外見が理由だと自覚していた人はごくわずか。

無意識が先に選び、意識が後から理屈をつけたのです。専門家でも例外ではありません。毒物のリスク評価を仕事にしている専門家ですら、自分の好きな技術はメリットを高く見積もりリスクを軽く見て、嫌いな技術には逆をやっていた。

「好きか嫌いか」という感情が、メリットとリスクの判断まで決めてしまう。著者はこれを「感情ヒューリスティック」と呼びます。

人を評価する場面でも同じです。「この人を採用すべきか」という難しい問いは、無意識のうちに「この人を好きか」という簡単な問いにすり替えられている。

本書はこれを「置き換え」と呼びます。読んでいる最中に湧いてくる「うわ、自分もやっている」という気まずさこそ、この本の醍醐味だと思います。

成功者の話を、そのまま信じてはいけない

本書がもう一つ容赦なく暴くのが「成功法則」の正体です。

連続して成功する人がいる。私たちは「やり方が正しいからだ」と考えます。でも著者の見立ては逆で、一度成功して錯覚資産がつき、良い環境とリソースが集まるから、次も成功しやすくなる。

本人も周りも、それを「実力」だと取り違えてしまう。ひとたび成功した人が何度も成功するのは「その人のやり方が正しかったから」ではなく「『正しかったからだ』と人々が錯覚するから」だ、というのが著者の言い分です。

さらにたちが悪いのは、記憶のほうが後から書き換わることです。結果が出た瞬間に「あいつは昔から優秀だった」と過去が塗り替わる。

だから「優秀なのに失敗した人」は私たちの記憶から消え、世界は「優秀な人だけが成功している」ように見える。後知恵バイアスの仕業です。

運の大きさを示す例として、ゴルフのデータも引かれます。あるトーナメントで初日と2日目のスコアの相関はほとんどなく、初日に良かった人が翌日も良いとは限らない。それほど運の要素が大きい競技でさえ、私たちは「実力で勝った」と語りたがる。まして仕事の世界なら、なおさらです。

この章を読むと、自己啓発書や成功者インタビューの読み方が確実に変わります。アドバイスには運を実力と取り違えた迷信が大量に混ざっている――そう疑う目が手に入るだけでも、読む価値があると私は思います。

ただ一点だけ留保するなら、これは「成功者から学ぶな」という話ではありません。学ぶべきは再現可能な仕組みであって、本人が運を実力と勘違いして語る精神論ではない、という線引きの話です。

では、普通の人はどこから始めればいいのか

ここまで読むと「錯覚資産を持たない人は詰みでは」と不安になります。本書の救いは、ちゃんとその先まで書いてあることです。

著者が示すのは「わらしべ長者」のような戦略です。最初は誰にでもできる小さな一歩から始める。勉強会に参加する、小さな記事を書く。そこで得た「小さなハロー効果」をテコにして、次に少し大きな機会をつかむ。

それをまたテコにする。この繰り返しで、最終的にとんでもない威力の錯覚資産が育っていく。著者自身、勉強会でもらった雑誌記事の仕事をきっかけに、翻訳や著作へと実績を積み上げ、強い人たちの評価を獲得していったといいます。

もう一つの強力な武器が「数字」です。「半期で◯億円売り上げた」「数百万人が使うサービスを運用していた」といった具体的な数字は、記憶に残りやすく、瞬時に強烈なハロー効果を生みます。

著者が数字を盛り込んだ記事を出したところ、たった1本でフォロワーが目に見えて増えたそうです。再現性のある実践論として、ここはいちばん持ち帰りやすい部分だと思います。

これは「知ってもらう量」の話にもつながります。どんなに優れた実績でも、知っている人が少なければ錯覚資産の面積は小さい。だから露出を増やし、意思決定者の頭に「すぐ思い浮かぶ存在」になることに投資する。人間の直感は、すぐ思い浮かばない情報を無視して判断するからです。

そして著者が才能に悩む人へ向ける言葉が、私は好きでした。「自分には本当に才能があるのか」と不安がってエネルギーを消耗するのは、投資効果が悪すぎる、と。

才能の有無は結果が出てから後づけされるだけで、事前には見分けがつかない。だから悩む代わりに試行回数を増やし、小さく賭け続けてサイコロを振る回数を稼ぐ。

運そのものは選べないが、運の運用は選べる――これが本書の前向きな核心です。ただし、錯覚資産だけを増やしてスキルアップを怠れば成果のループは回らない。

錯覚資産と実力は「車の両輪」だ、と著者は念を押すことも忘れません。

誰に効くか――そして、おわりに

この本が効くのは、努力と実力で正当に報われるはずだと信じてきて、現実とのズレに静かに傷ついている人です。逆に「他人の勘違いを利用するなんて」と生理的に拒否したくなる人には、序盤がかなりしんどいかもしれません。

ただ、著者は錯覚資産を使う生き方を一度も美化しません。それを「人の判断を誤らせる、空虚なハリボテだ」とまで言い切る。そのうえで、現実はフェアな世界ではなく、思考の錯覚の泥沼で錯覚資産という卑怯な武器を振るい合う、油断のならないジャングルなのだと突きつける。

だからこそ、誠実であろうとする人にこそ仕組みを知ってほしい――この一貫した立場に、私は信頼を感じました。仕組みを知らなければ、ただカモにされるだけだから。

明日からできることを一つだけ挙げるなら、「現状維持」という直感を一度疑ってみることです。転職や挑戦を前に「今のままが一番マシ」と感じたら、その選択肢をいったん外して、残りの選択肢だけで比べてみる。

その一手間が、ジャングルを生き抜く最初の武器になります。世界の見え方を一段ざらつかせたい人に、強くおすすめします。


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成功事例を研究するほど、再現できなくなる理由 本書が暴く「成功法則の罠」とまっすぐ重なる一本です。運を実力と取り違える後知恵バイアスを、別の角度から腹落ちさせてくれます。

評価される人とされない人の差 錯覚資産が評価をどう動かすのか、その不公平の正体を実感したい人へ。「なぜあいつが」の答え合わせになります。

『ハイパフォーマー思考』増子裕介・増村岳史さん スキルだけでは成果につながらない、という本書の指摘と響き合う一冊。錯覚資産という外側の戦略に対し、こちらは内側のOSを扱います。


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