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『ビジネスケース キーエンス』延岡健太郎・岩崎孝明|利益率40%超は「安く作って高く売る」でできている

戦略・経営・事業 ✍ 延岡健太郎・岩崎孝明
約7分で読めます

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『ビジネスケース キーエンス』
目次

「安く作って高く売る」と聞いて、素直にうなずける人は少ないと思う。どこか原価をごまかして儲けているような、後ろめたい響きがつきまとうからだ。

ところが本書は、この一見あくどく見える行為こそが「最大の社会貢献」なのだと正面から言い切る。書いたのは、一橋大学で価値づくりの経営を研究する延岡健太郎と、創業期から22年にわたってキーエンスで技術・商品開発の責任者を務めた岩崎孝明。

学者の分析眼と、開発現場を内側から知り尽くした元当事者の証言が一冊に同居しているのが、このビジネスケースの最大の強みだ。20年以上も営業利益率40%超を続ける会社は、いったい何を考えているのか。

その頭の中を、精神論ではなく仕組みとして分解していく。

利益率40%超と平均年収1300万円が同居する異常な会社

まず前提となる数字を押さえておきたい。ここが常識外れだからこそ、この本は成立している。

キーエンスの売上高営業利益率は、過去20年以上にわたって平均40%を超え、時期によっては50%以上を持続してきた。2007年度には営業利益が1000億円を突破し、売上も1988年度の146億円から2000年度に1000億円、2007年度には2000億円へと膨らんでいった。

しかも工場を持たないファブレス経営でありながら、単独従業員約2000人の平均年収は1300万円を上回る。普通、高収益と高賃金はどちらかを取ればどちらかを諦めるトレードオフの関係にある。

人件費を削れば利益は残るが社員は疲弊し、給料を厚くすれば利益は細る。ところがこの会社は、その二択を平然と両立させている。

高い利益率と高い給料が同じ会社の中で同居しているという一点だけで、キーエンスは説明を要する異物になる。本書の面白さは、この違和感を出発点に据えているところにある。運や時代の追い風で片づけず、再現可能な構造として腑分けしていく。だから読み手は「うちには関係ない特殊な会社の話」で終わらせられなくなる。

「安く作って高く売る」を社会貢献と言い切る付加価値の哲学

キーエンスの経営哲学は、一文に凝縮できる。最小の資本と人で最大の付加価値をあげる、というものだ。

ここでの付加価値とは、投じた資本や費用を最小に抑えつつ、顧客にとっての商品価値を最大にすること。売値を上げ、同時にコストを下げる。冒頭の「安く作って高く売る」の正体はこれで、両者を別々にではなく同時に追う点が肝になる。

興味深いのは、これを利益追求ではなく社会貢献として位置づける理屈だ。新しい価値を大量に生んで世に出し、その結果として多額の税を納め(2007年度で400億円超)、雇用を生み、高い給与として社会へ還す。

だから付加価値を出すこと自体が善である、と。きれいごとに聞こえるかもしれないが、この理屈が標語で終わらず組織を動かす実装にまで落ちているところに、この会社の本気がある。

象徴的なのが、商品企画の段階で粗利80%を目標に据えている点だ。販売価格から製造原価を引いた粗利が80%に届かない商品は「価値の低い商品」とみなされ、そもそも世に出すことが許されない。

ここで注目したいのは、低い利益率を「儲けが足りない」という自社都合ではなく、「顧客への貢献度が足りない」という顧客側の物差しに翻訳して突き返している構図だ。

値段とは貢献度の通信簿である、という思想が透けて見える。

肩書きより思考量が発言権を決める「企画」という全社行動

この哲学を日々の行動に翻訳する言葉が、創業以来使われている「企画」だ。世間で言う商品企画とは意味が違う。付加価値の最大化に向けて徹底的に考え抜き、工夫を重ねること。

それを開発職だけでなく、営業も事務も含めた全社員に求める。言われた作業をこなすだけでは足りず、そこに自分なりの工夫が乗っているかが常に問われる。

この文化を体現する暗黙のルールが、最も多く考えた人が判断する、というものだ。役職の上下ではなく、その課題を一番真剣に考え抜いた人間が決める。

本書には、社歴の浅い女性社員が梱包箱のデザインをめぐって滝崎武光社長と議論になり、通勤電車の中でも一日中この件を考え続けているのは自分だと言い切ったところ、社長が納得して最終判断を彼女に委ねた、という場面が出てくる。

発言権を決めているのが肩書きではなく思考の総量なのだと分かる逸話だ。

もう一つ、目的をめぐる話も鋭い。新入社員が指示通りにプリント基板の部品を付け替えていたところ、通りかかった社長に何のための作業かと問われ、答えられなかった。

ところが叱られたのは、答えられなかった新入社員ではなく、目的を伝えずに指示を出したリーダーの方だった。目的を知らされない人間は工夫のしようがないのだから、責められるべきは考えなかった手ではなく、考える余地を奪った側だ、という発想の転換がここにある。

現場の潜在ニーズを引き算で解く「最適設計」

キーエンスは代理店を挟まず、1000人以上の自社営業が直接顧客に売る直販体制をとる。ただし彼らの本業はモノを売ることではない。顧客の現場を歩き回り、相談役として信頼を勝ち取り、顧客自身も気づいていない潜在ニーズを掘り起こす。

本書はこれをコンサルティング営業と呼ぶ。売り込む前に、まず相談される関係をつくるわけだ。

現場で拾ったニーズは「ニーズカード」という書式にまとめられ、開発へ回される。営業一人あたり最低でも毎月2件というノルマ付きで仕組み化されているのが徹底している。

さらに、経験の浅い社員でも高度な提案ができるよう、顧客の履歴、商品の活用事例、業種別の製造工程を解説した独自教科書という3種のデータベースが整えられている。

営業力を個人の才能任せにせず、仕組みで底上げしているのが分かる。

このニーズ把握が生む最大の成果が「最適設計」だ。ここが本書の白眉だと思う。現場を知り尽くすと、機能を足すのではなく引くことで価値が上がる、という逆説が見えてくる。

たとえば蛍光顕微鏡。暗室で操作するのが業界の常識で、顧客ですら不満を口にしなかった。だがキーエンスは、なぜ暗室でなければならないのかと疑い、顕微鏡全体を筐体で囲んで本体の中に暗室を作ってしまった。

おかげで顧客は明るい部屋で外部モニターを見ながら、複数人で議論しつつ観察できるようになった。レーザ寸法測定器でも発想は同じだ。ガラス表面の突起形状を簡単に測りたいという漠然とした要望に対し、測定器そのものを高精度で動かすのではなく、本体を固定したまま内部でレーザ光の照射位置を動かす方式にした。

わずかなコストアップで大きな付加価値を生む商品に仕立てている。顧客を深く知るほど、価値は機能の足し算ではなく引き算から生まれる、という逆説がこの会社の設計思想の核にある。静電気除電器では現場実態に合わせて不要なAC対応機能を外し、画像センサでは他社が競う過度な小型化を、故障率とコストが上がるだけだと判断してあえて見送った。

背景にあるのは、技術は顧客への役立ち度を高めるための手段でしかない、という割り切りだ。だから最新技術も小型化も、顧客価値に結びつかないなら採らない。

小型化のための小型化はしない、と本書は言い切る。日本の製造業が陥りがちなスペック競争への、静かな批判にもなっている。そして価格は、原価でも相場でもなく、その商品によって顧客がどれだけの利益を生めるかを基準に決める。

世にない商品だから相場が存在せず、顧客が得る価値の分だけ堂々と対価を求められる、という理屈だ。

時間も金額に換算する「時間チャージ」と個の説明責任

この哲学を日常業務の隅々まで浸透させる仕組みが「時間チャージ」だ。各社員が1時間あたりに生み出すべき付加価値額を、今年度の計画粗利を全社員の総就業時間で割り、役職で調整して算出する。

会議やプロジェクトのコストは、参加者の時間チャージの合計として金額で可視化される。この会議は時間分の価値を生んでいるか、が数字で突きつけられるわけだ。

意思決定の遅れすら金額に換算される。本書の試算では、月商1億円・粗利80%の商品で決定が1週間遅れると、販売機会で2500万円、利益で2000万円が失われる。

遅れの代償が数字で見えれば、スピードにこだわる理由も腹落ちする。実際、営業担当者は外出報告書を1分単位で記入するという。

評価軸も独特で、単純な成果主義ではなく「役に立った程度に応じて処遇する」。四半期の成果確認会では、チームの数字が良いだけでは評価されない。それはあなたでなければできなかったのか、と必ず問われる。

自分ならではの工夫が成果にどう効いたかを、本人が説明できなければならない。厳しいが、これはプロとしての自覚を強制的に立ち上げる装置として機能している。

もっとも、ここまで数値と説明責任で締め上げる文化が万人向きでないのも確かだ。本書自身、このモデルは生産財かつ直販が効く産業に高度に最適化されており、そのまま模倣できる代物ではないと認めている。

仕組みだけ切り貼りしても、哲学が伴わなければ形骸化するだろう。

明日の仕事に持ち帰る、値下げしないための問い

とはいえ、抜き出せる問いは業種を選ばない。本書のエッセンスを実務に落とすなら、次の3つに絞れる。ひとつ、自分の時給を粗く見積もり、参加中の会議や作業がその価値に見合っているかを点検する。

時間チャージの個人版だ。ふたつ、仕事を頼むときは作業内容だけでなく「何のためか」を必ず一文で添える。目的を渡された人だけが工夫を思いつける。

みっつ、相手の要望をそのまま受け取らず、言葉の奥にある本当の困りごとを一段深掘りしてから動く。暗室が当たり前だと諦めていた顧客に、暗室のいらない顕微鏡を差し出す、あの発想である。

結局この本が最後に残すのは、あなたの仕事はあなたでなければ生めなかった価値をどれだけ含んでいるか、という一つの問いだ。付け足すことばかり考えていないか。

相手の言葉を鵜呑みにしていないか。この問いに胸を張って答えられる仕事を、明日ひとつだけ選んでみる。値下げしない自分は、たぶんそこからしか始まらない。


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