30年で52もの新規事業に関わってきた人物が、自分の戦績を「5勝7敗5分け」と書く。プロを名乗りながら、堂々の負け越し。本書の凄みは、この身も蓋もない告白から始まる。
守屋実さんは、ミスミの新市場開発室で10年、起業専門会社エムアウトで10年、独立後も数々の立ち上げを支えてきた。『起業は意志が10割』は、その現場から絞り出された新規事業の教科書である。
編集部が惹かれたのは、成功者の華やかな武勇伝ではなく、負けを重ねた当事者だからこそ書ける「生き延び方」がここにある点だ。タイトルは威勢がいいが、「意志さえあれば成功する」という精神論の本ではない。
守屋さんの主張はむしろ逆で、揺るぎない意志がないなら始めるな、に近い。想定通りに進むことが一つもない新規事業で、最後まで走り切れる燃料は、借り物ではない自分自身の熱量しかないからだ。
本書がユニークなのは、大企業の中での新規事業(企業内起業)と、ゼロから会社を興す独立起業を、同じ解像度で語れる書き手が書いている点でもある。
守屋さんは自分の職業人生を「52=17+21+14」という数式で表す。52歳当時の自分が、企業内起業17回・独立起業21回・週末起業14回でできている、という自己紹介だ。
両方の現場を数十回くぐった人だからこそ、机上論ではないリアルが宿っている。

最初に要るのは金でも人でもなく、意志
事業に必要なものを尋ねると、多くの人は「人・物・金」から数え始める。守屋さんはこれを正面から否定する。物はいらない、金は最後でいい、最初に要るのはただ一つ意志だけだ、と。
彼はこれを「マスタリソース」と呼ぶ。他のすべての資源を引き寄せる、大もとの資源という意味だ。強い意志があれば共感する仲間が集まり、仲間が集まれば資金は後からついてくる。逆に意志が空洞なら、どれほど優秀な人材や潤沢な資金があっても、最初の壁で事業は空中分解する。
この考えは「イシ・コト・ヒト・カネ」という順番の5ステップに落とし込まれる。まず意志を100%固め(イシ10割)、次に事業構想を重ねて他人が共感できる作戦にし(イシ+コト)、語り続けるなかで仲間が現れ(+ヒト)、確度が高まってはじめて資金を入れる(+カネ)。
最後は個人の意志を「組織の意志」へと育てる段階だ。多くの失敗は、いきなり金や精緻な計画書から始めることで起きる——順番を守り、意志という土台から積み上げるからこそ、事業は崩れにくいという。
ここは注意深く読みたい。意志を強調するあまり資金計画を軽んじよという話ではなく、あくまで着手の順番の問題であって、要否の問題ではないと押さえておくべきだろう。
顧客の「不」から逆算する——動物病院への三連続ピボット
守屋さんが繰り返し戒めるのが、顧客視点の欠落だ。通常のマーケティングは「プロダクトアウトからマーケットインへ」と教えるが、彼はさらに一歩踏み込み、流れを完全に逆転させる。
「マーケットアウトからプロダクトインへ」。まず顧客が抱える「不」——不便・不足・不満——を高い解像度でつかみ、その満たされないニーズに合わせて商品を後から必死に調達・開発する、という順序だ。
これがどれほど難しいかを、守屋さん自身の失敗が生々しく物語る。ミスミ時代、看護師向けカタログ通販を立ち上げ、事前に看護師へ見せて好評だったのに注文はゼロ。
資材購入を決めるのは看護師ではなく事務の用度課だった。発注権を持つ医師を狙って診療所向けにピボットすると、今度は医師がFAX注文の面倒を嫌い、馴染みの営業から買う習性を見落として再び失敗。
三度目、動物病院向けに転じてようやく、全国約8000軒のうち約6000軒を顧客にする大成功に至る。二連敗の末に、である。編集部として強調したいのは、この物語が「顧客の声を聞け」という優等生的な標語ではなく、聞いた声の裏で本当に誰が金を払うのかまで見抜けという、もっと厳しい教訓だという点だ。
勝ち筋は机上では書けない——わらしべと一筆書き
成功する事業には「勝ち筋」がある。守屋さんはこれを、事業の肝を文章で語る「勝利の物語」と、同じ肝を数式で表す「勝利の方程式」の二つに分ける。
象徴的なのが、彼も立ち上げに関わった印刷ECのラクスルだ。「100枚500円のワンコイン名刺」という破格の商品で客を集め、チラシ注文へ広げ、さらに「刷っても配れない」という悩みに気づいてポスティング会社まで束ねる。
印刷単体なら1枚1円だったものが、配布とセットで1枚10円、単価が10倍になった。500円の名刺客が、やがて10万円のポスティング客へ育っていく——守屋さんはこれを「わらしべストーリー」と呼ぶ。
肝心なのは、こうした勝ち筋は机の上で先に書けるものではない、という点だ。顧客に泥臭くぶつけ、試して試して試し切った先に、ようやく見えてくる。
だから彼の処方は「一筆書きの高速回転」になる。顧客探索から経営計画までの手順を、荒くていいから一気に最後まで書き、毎日顧客に会って毎日書き換える。
美しいスライドを作る暇があるなら、一件でも多く顧客に事業案をぶつけるほうが百倍大事だと守屋さんは言い切る。3カ月毎日会えばプランは100回進化する、と。
理屈は痛快だが、毎日顧客に会える環境をどう作るかは、読者側に残された宿題でもある。
成功とは着手しきれた時——「動かないリスク」という結論
30年の末に守屋さんが行き着いた成功と失敗の定義が、本書の芯だ。成功とは、着手しきれた時。たとえ結果が失敗でも、十分にやり切った時。失敗とは、着手しなかった時。
実行を見送り続けた時。黒字化や上場という結果ではなく、強い意志で一歩を踏み出せたかという姿勢そのものに、成否を収斂させる。
だからこそ彼は、失敗は大いにした方がいいと言う。ただし一つだけ避けるべき失敗がある。再起不能になる致命傷だ。そこで挑戦の前に「失敗のライン」を引く。
ここまで失っても再挑戦できる、という線をあらかじめ決めておく。これは守りの線ではなく、迷わずアクセルを踏み込むための「攻めのライン」だと守屋さんは言う。
撤退ラインを肚に括っているからこそ、心がグラつかず全力で突っ走れる、という逆説である。
コロナ禍を「5年のジャンプ」と捉える章では、事業に必要な三つの教科もアップデートされる。新道徳は心根の話で、出世を目指す「会社のプロ」から一つの仕事を極める「仕事のプロ」へ。
企業の生存寿命が約25年に縮む一方で人の寿命は84歳まで延びた今、1社に依存し続けるほうがむしろ危ういという指摘だ。新国語は意思疎通の話で、空気を読む阿吽の呼吸から、オンラインで意志を簡潔に主張し会わずとも信頼を築く力へ。
新算数は数字感覚の話で、資産を「持つ有利」からシェアで機敏に動く「動く有利」へ。そして、この転換が一つの不等式に凝縮される。守屋さんは「動かないリスク > 動くリスク」と書く。
起業コストも失敗コストも下がった今、様子見して変化に取り残されることこそ最大の致命傷だ、という主張だ。もっとも、この不等式が万人にそのまま当てはまるわけではない。
守るべき生活基盤の重さは人によって違う。だからこそ、先の「失敗のライン」とセットで読むべき一節だと考える。
大企業の新規事業を殺す「本業の汚染」
本書のもう一つの柱は、大企業の中での新規事業だ。守屋さんは、その失敗の最大原因を「本業の汚染」と呼ぶ。本業が強靭で優れているほど、そのルール——単年度会計、減点主義の人事、何層もの会議体——が新規事業に流れ込み、生まれるはずの芽を窒息させてしまう。
処方箋は「3つの切り離し、2つの機能、1人の戦士」だ。3つの切り離しとは、方針がブレる単年度会計から資金を、顧客と関係ない社内の根回しから意思決定を、減点主義から評価を切り離して「手を挙げた時点でマル」とすること。
2つの機能とは、動機のない既存事業部から協力を取り付ける社内交渉機能と、担当が替わっても同じ失敗を繰り返さないよう経験を可視化する機能。そして1人の戦士とは、リーダーに本業のエース級を惜しまず投入することだ。
新規事業は経営の全数字を見渡せる最高の修行場であり、次の経営者をここで育てるという発想が効いている。守屋さんは、大企業の新規事業の失敗は99%この枠組みの不足に収斂すると言い切る。
外の顧客と戦う以上に、社内と戦う機能を持てるかで勝負が決まる——この指摘は、企業内で新規事業を任された人ほど痛く刺さるはずだ。
経営者が肌感覚で持つべき数字
最後に数字の話を少し。守屋さんは、経理任せにせず経営者自身が肌で持つべき二つの数字を挙げる。
一つは「ランウェイ」。手元の金がショートするまでの残り時間で、計算はキャッシュ残高を月の赤字額で割るだけ。1000万円あって月100万円のマイナスなら、残り10カ月だ。
もう一つは「ユニットエコノミクス」、顧客1人あたりの採算性で、生涯価値(LTV)を獲得コスト(CAC)で割って出す。この値が3倍を超えていれば健全とされる。
財務表をひっくり返さないと出せない状態そのものが反省点だ、と守屋さんは言う。ざっくりでいいから常に頭に入れておく用心深さがないと、スタートアップは急死する。
そして足りないスキルは自分で全部そろえなくていい、とも説く。困った時に顔が浮かぶ「信頼のつながり」、彼の言う「生態系」を持てばいい。志の高い人が集まる場には上昇気流が生じ、そこに身を置くだけで成功確率が上がる。人材の力は雇用ではなくつながりで担保する、という考え方だ。
締めに置かれた一文が、この本のすべてを言い表している。守屋さんは「人は、考えたようにはならない。おこなったようになる。」と書く。どれだけ完璧な計画を頭で描いても、動かなければ現実は1ミリも変わらない。
粗くても動いた人だけが、次のデータを手にできる。5勝7敗5分けのプロが負けの中からそう言い切るからこそ、この言葉は精神論ではなく実戦の結論として響く。
あなたが数年温めているそのアイデアの「失敗のライン」を、今日一行だけ書いてみる。始まりは、たぶんそこからだ。
