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『起業家』藤田晋さん|全ての創造は、たった一人の「孤独な熱狂」から始まる

投資・資産形成 ✍ 藤田晋さん
約8分で読めます

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『起業家』
目次

華やかで順風満帆――「IT社長」という言葉から浮かぶそのイメージを、本書は冒頭から裏切ります。サイバーエージェント社長の藤田晋さんが、ブログメディア「アメーバ」を巨大事業へ育てるまでの約10年を、失敗も嫉妬も判断ミスも隠さずに綴った自伝です。

読んで意外だったのは、これが成功譚というより、孤独と憂鬱の記録だったこと。累積赤字は60億円まで膨らみ、社内では「負け馬」と揶揄され、株主からは撤退を迫られる。

それでも著者を突き動かしたのは、たった一人で熱狂し続ける覚悟でした。ここでは、その執念がどんな軸と仕組みに支えられていたのかを追いながら、私たちの現場に移せる部分と、真似てはいけない部分を切り分けていきます。

図解

「21世紀を代表する会社を創る」と「孤独な熱狂」――本書を貫く2つの軸

藤田さんは1998年、24歳でサイバーエージェントを起こしました。特筆すべきは、確たるビジネスモデルがあって始めたわけではない点です。動機はただ「すごい会社を創りたい」。

戦後の焼け跡からソニーやホンダが世界企業へ育ったように、新しい時代に世界へ誇れる会社をつくる――この「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンが、批判や逆風にさらされるたびに立ち返る一本目の軸になります。

中身がまだ定まっていない大きな旗印は一見ふわふわして見えますが、事業内容が二転三転しても揺らがない拠りどころとして働いた点に、私は凄みを感じました。

もう一本の軸が「孤独な熱狂」です。幻冬舎の見城徹さんが著者に贈った「全ての創造はたった一人の『熱狂』から始まる」という一言に、その核心は凝縮されています。

新しい事業は、周囲に理解されないところから始まる。だからリーダーが誰よりも先に熱狂し、背中で見せ続けるしかないのだと著者は考えました。

本書は、この2つの軸が失敗と挫折を経てどう結実したのかを、時系列でたどる物語です。

上場直後の買収危機と、時代に逆行した「終身雇用」への転換

物語はどん底から始まります。2000年、株価が絶頂のタイミングで上場して225億円を調達した直後、ネットバブルが崩壊。株価は急落し、2001年には手元の現金より時価総額のほうが低いという奇妙な状態に陥ります。会社そのものより、金庫の中身のほうが高く値踏みされたわけです。

そこへ「モノ言う株主」、村上世彰さん率いる村上ファンドが現れ、市場で株を約1割買い占めたうえで、会社を清算して上場時の資金を株主へ返すよう迫ります。

救ったのは楽天の三木谷浩史さんでした。その場で10億円の出資と株の1割買い取りを約束し、サイバーエージェントは首の皮一枚で独立を守ります。危機は外だけではありません。

当時の社内は、ギスギスした空気と罵り合い、猜疑心に満ちていたと著者は振り返ります。

この危機を経て、藤田さんは組織の土台を作り直します。当時のIT業界の常識は、即戦力を中途で引き抜き、成果主義で高く払う流動性重視のスタイル。

著者はあえて逆を選び、長く働く人を厚遇して終身雇用すら見据える方針を掲げました。新卒を中心に採り、時間をかけて育てて抜擢し、目標を達成した部署には飲み代を出して翌日に半休を与える。

実力主義に逆行する、いわば進化版の日本的経営です。きっかけは、副社長の日高裕介さんが漏らした、新卒で採った社員のほうが伸びるという実感だったといいます。

派手な戦略ではなく、採用・育成・活性化という地味な三点にこそ会社の強さが宿る――事業がどう変わってもここだけはブレなかった一貫性が、静かに効いてきます。

なぜ赤字を垂れ流してまで自社メディアを持とうとしたのか

著者にはもう一つ、譲れない方針がありました。自前の強いメディアを持つことです。理由は精神論ではなく、収益構造にありました。当時の主力だった広告代理事業は手数料商売で、粗利益率はせいぜい15%、営業利益率は5%程度が天井。これでは「21世紀を代表する会社」の柱になりません。

対してメディア事業は収穫逓増型のビジネスモデルです。一度損益分岐点を超えれば運用コストはほとんど増えず、伸びた売上のほぼ全部がそのまま利益に変わる

当時のヤフージャパンは、この構造で営業利益率50%を叩き出していました。他社のメディアに乗り続ければ、不利な取引条件を飲まされるリスクも消えません。

だからこそ、赤字に耐えてでも自前の巨大なページビューを抱える意味があったわけです。

見逃せないのは、周囲がこぞって勧めた「買収による多角化」を著者が断った点です。資金で時間を買えば速く成長できる、という理屈は正しい。それでも藤田さんは、新卒を育てて社内を盛り上げる自社の文化が、緻密な計画で管理される企業との統合になじまないと判断し、成長産業であるインターネットから軸足をずらさない道を選びました。

この「買わずに自分たちで創る」姿勢が、のちにライブドア事件のような致命的リスクを回避させることになります。ビジョンという情緒的な旗と、収穫逓増という冷徹な採算計算が同じ方向を指していた――ここに本書の説得力の源泉があると、私は読みました。

72時間のシステムダウンとライブドア事件が突きつけた「技術7割」

華々しい構想とは裏腹に、アメーバの立ち上げは失敗の連続でした。原因は大きく2つ。1つは経営陣の当事者意識の欠如です。藤田さん自身がブログをろくに使わず、メルマガを発行しなければ記事が書けないような不便な仕様を平気で放置していた。

新しいサービスを自分で使い倒さない経営者は失格だ、と著者はのちに手厳しく自己批判しています。もう1つは技術の軽視でした。システムを外注していたために現場の状況を把握できず、サーバー総入れ替えの作業で予定を大幅に超える72時間ものシステムダウンを起こす。

ユーザーは声を上げるでもなく、静かに離れていきました。社内には広告代理事業の文化が根強く、ユーザーより広告主や短期収益を優先する空気もあって、アメーバは「負け馬」と呼ばれる不人気部署に沈んでいきます。

この惨状から著者がつかんだ教訓は痛烈です。ネットメディアの成否を決めるのは企画力やタレントのキャスティングではなく、技術力が7割だという悟りでした。

ここからシステムの完全内製化へ大きく舵を切ります。エンジニアを大量に採用し、新卒のエンジニア採用も始め、自ら技術担当役員を兼務し、ヒットを出した技術者を最大級に厚遇する。

営業が主役だった会社を、技術が主役の会社へと作り替えていったのです。

追い打ちをかけたのが、ライブドア事件でした。堀江貴文さんは創業直後から共同開発を手がけた同世代の戦友で、その堀江さんが逮捕される。藤田さんは自分の将来まで黒く塗りつぶされたような感覚に陥り、ブログに弱音をこぼすほど動揺します。

ベンチャー全体への逆風のなか、株主と社内の圧力に押されて、著者はアメーバを無理やり短期黒字化させてしまう。ところが市場はぴくりとも反応しませんでした。

コストを削って作った黒字は、あっさり見抜かれていたのです。育てる途中のサービスで目先のマネタイズに走れば、広告枠や課金が利便性を削り、かえって成長が止まる。

この手痛い遠回りを経て、著者は他人や環境ではなく自分が変わらねば会社は変わらないと腹をくくり、再び中長期の赤字投資を宣言します。

「収益は一切見ない」――社長が現場に降り、PV一本を追った執念

本書のクライマックスは、藤田さん自身が最前線へ降りる場面です。事業本部長を更迭し、自らアメーバ事業本部長に就任。社長室を21階から事業部のあるフロアへ移し、幹部は自分の指示を寸分違わず実行できるメンバーで固めました。

そして、あと2年で結果が出なければ社長を辞めると、退路を断つ宣言をします。

ここで著者が捨てたのが、ベンチャーの美徳とされる「任せて伸ばす」でした。存亡をかけた局面では、社長がデザインやボタンの位置にまで口を出す専制君主的なやり方こそ必要だと割り切ったのです。

掲げた方針は徹底していました。収益は一切見ない。追う数字はページビュー、ただ一つ。小手先の集客ではなく、本当に便利で使いやすいサービスを作り込めばPVは自然と伸びる、という一点張りです。

この妥協のなさは現場の共通言語にまでなり、社長の了承が出ないことが、そのままリリース基準を引き上げる合言葉になっていきました。

執念は数字で報われます。月間30億PVを目標より2ヶ月前倒しで達成すると、100億、200億、300億と駆け上がる。立ち上げから通期黒字化までに要した期間は6年、その間に積み上がった赤字は60億円。

それでも黒字化後の伸びは急で、アメーバ事業は2011年に営業利益68億円、事業部単体の営業利益率は30%超へ届きます。会社全体も売上1,200億円・営業利益140億円の規模へ育ちました。

あの収穫逓増モデルが、ようやく本領を発揮した瞬間です。象徴が「アメーバピグ」でした。研修先のシリコンバレーから一時帰国したプログラマーの名村卓さんがわずか3ヶ月でアバターサービスを作り上げ、秋元康さんがAKB48のエリア開設を即決、テレビ朝日やエイベックスも乗る。

芸能人ブログが集まったのも謝礼のためではなく、悪質なコメントを24時間監視して消し、タレントを守る仕組みをいち早く用意したからでした。技術が主役に変わった会社の底力が、ここに凝縮されています。

熱狂を制度に落とすCAJJ制度――真似ていい部分と、危うい部分

本書のもう一つの読みどころは、熱狂を支える冷静な仕組みです。代表格が「CAJJ制度」。サッカーJリーグの入れ替え戦になぞらえた、新規事業の昇格と撤退のルールで、柱は「1年半で黒字化できなければ撤退」「赤字の下限をあらかじめ決める」の2つ。

撤退基準を始める前に定めておけば、すでに使って戻らないサンクコスト(埋没費用)に引きずられず、傷が浅いうちに損切りできる。小さく生んで大きく育てるを制度に落とし込んだこの仕掛けがあるからこそ、サイバーエージェントは数多くの新規事業へ果敢に挑めた、というわけです。

危機の局面で著者が求めた人材像も明快で、トップの指示を100%理解して完璧に実行し返す「満額回答」型。平時の自主性よりも、有事のスピードと突破力を優先する割り切りでした。

ここで一つ、読者として留保をつけておきたいところがあります。トップダウンも指標の一本化も、本書が有効だと語っているのはあくまで会社の存亡がかかった非常時の話であって、平時の権限移譲を否定しているわけではありません。

藤田さん自身、平時は「任せて伸ばす」が有効だと認めています。ここを取り違え、平時から社長が何もかもに介入すれば、ただのマイクロマネジメントに堕しかねません。

カリスマの決断は、文脈ごと読まなければ毒にもなる――そう自戒しながらページをめくりたいところです。

では、この自伝から私たちが現場へ持ち帰れるものは何か。私は3つあると考えています。まず、撤退ラインを始める前に決めること。走り出してからでは「もったいない」という感情が邪魔をして、止められなくなります。

次に、いまのフェーズで本質的な指標を一つに絞り、それ以外を意図的に見ない期間をつくること。指標が多すぎると、現場は優先順位を見失います。そして、行き詰まったら任せるのを一度やめ、自分が誰よりも使い込むヘビーユーザーになること。

リーダー自身が熱狂できないものに、人はついてきません。

成功は華やかな決断の産物ではなく、孤独に耐え続けた泥臭い執念の堆積だ――本書が繰り返し突きつけるのは、その一点です。嫉妬も判断ミスも隠さない藤田さんの人間臭さがあるからこそ、「孤独な熱狂」という言葉が説教ではなく実感として胸に残ります。

誰にも理解されない何かを一人で背負っているなら、著者が本書の最後に置いた「絶望しきって死ぬために、今を熱狂して生きろ」という一文が、静かに背中を押してくれるはずです。


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