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『起業家』藤田晋さん|全ての創造は、たった一人の「孤独な熱狂」から始まる

投資・資産形成
『起業家』

会社を奪われかけ、ライバルに引き離され、社内からも理解されない。これは、その10年の記録です。

サイバーエージェント社長の藤田晋さんが、ブログメディア「アメーバ」を巨大事業に育てるまでを、失敗ごと赤裸々に綴った自伝です。私が驚いたのは、成功譚というより「孤独と憂鬱の記録」だったこと。それでも著者を支えたのは、ある一言でした。

「孤独、憂鬱、怒り、それを3つ足してもはるかに上回る希望」

新しいものを生み出すのは、会議の合意ではない。たった一人の「孤独な熱狂」だ。本書はその覚悟が、いかにして累積赤字60億円の事業を黒字化させたかを描きます。

図解

こんな人におすすめ

この本の核心――ブレない軸と、孤独な熱狂

本書を貫くのは、2つの言葉です。

1つは、揺るがないビジョン「21世紀を代表する会社を創る」。目先の利益や買収に逃げず、ソニーやホンダのように世界に誇れる会社を長期で育てる。これが、批判や逆風にさらされたとき立ち返る軸になりました。

「激しい変化の中だからこそ、自分たちの軸を持つことが大事なんだ……」

もう1つは「孤独な熱狂」。幻冬舎の見城徹社長から贈られた言葉です。

「全ての創造はたった一人の『熱狂』から始まる」

新しい事業は、周囲に理解されないところから始まる。だからリーダーが誰よりも熱狂し、背中で見せ続けるしかない。本書はこの2つの軸が、失敗と挫折を経てどう成功に結実したかを時系列で描きます。

暗闇――買収危機と、日本的経営への転換

物語はどん底から始まります。

2000年に225億円を調達して上場した直後、ネットバブルが崩壊。株価が現金を下回り、「モノ言う株主」村上世彰さん率いる村上ファンドに株を10%買い占められます。会社を清算して株主に金を返せ、と迫られた。絶望的な状況を救ったのが、楽天の三木谷浩史さんでした。その場で10億円の出資と株の10%買い取りを約束し、会社は首の皮一枚で独立を保ちます。

この危機を経て、著者は組織の土台を作り直します。当時のIT業界の主流は、即戦力を中途で引き抜く成果主義。著者はあえて逆を行きました。

「長く働く人を奨励する会社(終身雇用を目指す)」

新卒を時間をかけて育て、目標達成時に飲み代を支給するなど社内活性化に投資する。実力主義に逆行する「進化版・日本的経営」で、業績の好不調に揺らがない強い組織文化を築いていきます。「大事なのは採用、育成、活性化」。事業が変わっても、ここはブレませんでした。

手痛い失敗――技術の軽視と、72時間のシステムダウン

ブログ事業「アメーバ」の立ち上げは、失敗の連続でした。

原因は2つ。1つは経営陣の当事者意識の欠如。著者自身がブログを使わず、不便な仕様を放置していました。

「新しいサービスやデバイスを自分で使って試さないのは、ネット業界の経営者としては失格です。」

もう1つは技術の軽視です。システムを外注していたため状況を把握できず、サーバーの入れ替えで予定を大幅に超える72時間のシステムダウンを起こします。ユーザーは離れていきました。

ここで著者は、ネットメディアの成功は企画力ではなく「技術力が7割」だと悟ります。そこからシステムの完全内製化へ舵を切り、エンジニアを大量採用。自ら技術担当役員を兼務し、ヒットを出した技術者を最大級に厚遇する文化を作りました。

逆風と反省――焦りが生んだ「短期黒字化」という経営ミス

追い打ちをかけたのが、ライブドア事件です。

同じ時代を走った戦友、堀江貴文さんが逮捕される。著者は自分の将来までどす黒く覆われた感覚に陥ります。ベンチャー全体への逆風の中、株主と社内の圧力に負けて、著者はアメーバを強制的に短期黒字化させてしまいました。

ところが市場は、ピクリとも反応しない。無理にコストを抑えた黒字化は見抜かれていたんです。ここで著者は痛烈に反省します。

「自分が変わらなければ、会社は変わらない……」

サービスを育てる過程で目先のマネタイズに走ると、広告枠や課金が利便性を犠牲にして成長が止まる。だから著者は、再び中長期の赤字投資を宣言します。

熱狂――「収益は一切見ない」というトップの介入

そして本書のクライマックス、著者自らが現場に降ります。

「我々は一致団結、一蓮托生、アメーバがこけたら皆こける!」

社長自らアメーバ事業本部長に就任し、「あと2年でダメなら社長を辞める」と退路を断つ。社長室を現場のフロアへ移し、幹部を自分の指示を完璧に実行できるメンバーで固めました。ここで捨てたのが、ベンチャーの美徳「任せて伸ばす」です。存亡をかけた事業では、社長自らがデザインやボタンの位置まで介入する専制君主的なスタイルが必要だと判断したんです。

掲げた方針は徹底していました。「収益は一切見ない」。追うのはページビュー数、ただ一つ。

「小手先のテクニックではなく、本当に便利で使いやすいサービスを作れば、ページビュー数は自然と伸びてくるはずなのです。」

この執念が実を結びます。月間30億PVを2ヶ月前倒しで達成し、100億、200億、300億へ。立ち上げから黒字化まで6年、累積赤字は60億円。それでも2011年、アメーバ事業は営業利益68億円を生み、サイバーエージェント全体は売上1,200億円・営業利益140億円に成長しました。

失敗から立て直すための「仕組み」――CAJJ制度

本書には、熱狂だけでなく冷静な仕組みも登場します。

CAJJ制度は、新規事業の立ち上げと撤退を明確にしたルールです。「1年半で黒字化しないと撤退」「赤字の下限を決める」。あらかじめ撤退基準を決めておくことで、サンクコスト(埋没費用)に縛られず、傷が浅いうちに損切りできる。これがあるからこそ、サイバーエージェントは大量の新規事業に果敢に挑戦できました。

著者がメディアにこだわった理由も、構造で説明されます。収穫逓増型ビジネスモデルです。一度損益分岐点を超えれば運用コストはほとんど増えず、伸びた売上のほぼ全部が利益になる。営業利益率5%の広告代理事業に対し、当時のヤフージャパンはこのモデルで50%。だから赤字に耐えてでも、自社メディアを持つ意味があったんです。

危機時に求めた人材像も明快でした。トップの指示を100%理解し完璧に実行する満額回答をくれるメンバー。平時の自主性より、有事のスピードと突破力を優先する。著者はそう割り切りました。

明日から何を変えるか

カリスマの自伝に見えて、本書には移植できる教訓があります。

1. 撤退ルールを、始める前に決める 新規プロジェクトを始めるとき、CAJJ制度を真似て「何ヶ月で成果が出なければ止める」「予算をいくら使ったら撤退」を先に決めます。感情やしがらみで延命させない損切りラインを作るのが狙いです。よくある失敗は、走り出してから「もったいない」で止められなくなること。

2. 追う指標を、一つに絞る あれもこれもと追わず、今のフェーズで本質的な指標(著者の場合はPV)を一つ決め、短期の売上はあえて無視する期間を作る。指標を絞れないと、現場は何を優先すべきか分からなくなります。

3. 自分が一番のヘビーユーザーになる チームが伸び悩んだら、任せるのを一時やめて最前線に降りる。自社サービスを誰より使い倒し、ユーザーの痛みを肌で理解する。リーダーが熱狂していないものに、人はついてきません。

おわりに

私がこの本に感じたのは、成功は華やかな決断ではなく、孤独に耐え続けた泥臭い執念の結果だということです。

ライバルへの嫉妬も、判断ミスも、著者は隠しません。その人間臭さがあるからこそ、「孤独な熱狂」という言葉が説教ではなく、実感として刺さります。新しい何かを始めようとして、誰にも理解されず孤独を感じているなら、本書はきっと背中を押してくれます。


合わせて読みたい

『渋谷ではたらく社長の告白』藤田晋 本書の前史にあたる同じ著者の自伝。買収危機に至るまでの創業期や堀江さんとの出会いが描かれ、あわせて読むと起業からの全史がつながります。

『大きな嘘の木の下で』田中修治 14億円の負債を背負った経営者が、お金・仕事・幸せの常識を覆す一冊。逆境の中で信念を貫く起業家のリアルという点で、本書と強く響き合います。

『ビジョナリー・カンパニー』ジム・コリンズ 時代を超えて勝ち続ける企業の条件を分析した古典。「21世紀を代表する会社を創る」というビジョン経営を、理論の側から裏づけてくれます。


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