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『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』奥野一成さん|株価ではなく、事業を買う

投資・資産形成
約7分で読めます
『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』

「投資」と聞いて、画面に張りついて株を売り買いする姿を思い浮かべませんか。

私はずっとそう思っていました。だから「投資は怖い」「自分には関係ない」と距離を置いてきたのです。

ところがこの本は、その入口からして違います。投資とは、優れた経営者を「自分の部下」として働かせること。そしてその目線こそが、ビジネスの最良の教科書になる。

著者の奥野一成さんは、農林中金バリューインベストメンツのCIO(最高投資責任者)。日本では数少ない、本格的な長期厳選投資のプロです。本書は「儲け方のノウハウ本」ではなく、資本主義を生き抜くための思想を説いた一冊です。

こんな人におすすめ

この本の核心――投資は「お金儲け」ではなく「ビジネスの教科書」

奥野さんの主張は一貫しています。投資家の目線でビジネスの本質を捉える癖を持たなければ、ビジネスでも資産形成でも成功できない。

その背景には強い危機感があります。日本の個人金融資産は1995年から2019年9月までの24年間で1.55倍にしかなりませんでした。同じ期間に米国は4.2倍です。1995年に米国は日本の約2倍だった資産が、5.3倍にまで開きました。

差を生んだのは何か。お金の置き場所です。日本の家計は53.3%を現預金に、株式には10.0%しか振り向けていません。米国は株式が34.3%です。

「『投資家の思想』こそが日本の未来を切り開くと私は信じています。」

この一文に本書の全体が凝縮されています。では、投資家の思想とは具体的に何なのか。順に見ていきます。

労働者から資本家へ――時間の配分が運命を分ける

本書はまず、働き方を3つの段階で整理します。

労働者1.0 「他人に働かされている」という受動的なマインド。自分の時間を切り売りするだけの存在です。

労働者2.0 「自分で働いている」と主体性を持ち、自ら課題を見つけて才能を売り込む存在。

資本家 お金を出し、他人の才能と時間を利用して利益を得る存在です。

いきなり資本家になるのは難しい。だからまず労働者2.0を目指し、その上で投資を通じて資本家と同じ思考を持つ。これが奥野さんの示す道筋です。

面白いのは「資本家」のイメージが、私の想像とまるで違ったことです。

「投資とは、自分が働くのではなく、投資先の人に働いてもらうことで、そこから得られた収益の一部を分配してもらうことです。」

日本電産の永守重信さんと一緒に働くのは難しくても、株を買えば、永守さんが「自分の部下」として利益を稼いでくれる。そういう発想です。

そして若い人がまずやるべきは貯金ではなく、自己投資だと言い切ります。時間・能力・お金は交換可能で、若いうちは「時間」を使って能力を高め、自分の労働単価を上げるのが最も確実なリターンを生むからです。

投資と投機は、まったく別のものだった

ここが私にとって一番の発見でした。投資と投機は、似て非なるものです。

奥野さんは農地に例えます。

「『この農地からどれだけの農作物が取れるのか』を考えるのが投資で、『この土地がどのくらい値上がりするか』を考えるのが投機です。」

事業が生み出す利益に注目するのが投資。価格の変動だけを狙うのが投機。デイトレードのように値動きのサヤを抜く行為は、結局自分の時間を切り売りしているだけで、労働者1.0と変わらないと指摘します。

株価との向き合い方も鮮やかです。

「株価は尻尾に過ぎません。胴体部分がしっかりしていれば、つまり利益がしっかり付いているのであれば、株価が大きく下がったとしても、何も怖くありません。」

胴体は企業の利益、尻尾は株価。胴体さえ強ければ、尻尾の揺れに振り回される必要はない。コロナショックのような暴落も、参入障壁が崩れていなければ「安く買えるバーゲンセール」になります。バフェットの言う「悲観は友達」です。

売らなくていい会社を選ぶ――構造的に強靭な企業の3要素

では、何を買えばいいのか。本書の中心になるのが「構造的に強靭な企業」という考え方です。長期的に利益を出し続ける企業は、3つの要素に支えられています。

1. 高い付加価値 世の中の課題を本当に解決しているか。奥野さんは部下の出産祝いにディズニーの「くまのプーさん」のベビーウェアを贈り、ディズニーが「大切な人に喜んでもらいたい」という願いに応えていることを実感したそうです。

2. 高い参入障壁 他社が簡単に真似できない圧倒的な強みがあるか。ナイキは年間4000億円ものマーケティング費用をかけ、トッププロ選手と契約を結びます。これはアシックスの売上高全体に匹敵する規模で、競合が追いつけない壁になっています。ちなみにナイキの株価は1993年から25年で50倍になりました。

3. 長期潮流 人口動態のような、後戻りできない変化に乗っているか。高齢化と財政悪化により、体への負担が少ない「低侵襲医療」へのニーズは確実に拡大します。

この3つは順番が大事です。

「高い付加価値がある会社が、高い参入障壁を築くことによってしっかり自分たちが得る利益をプロテクトできると、利益を確保しやすくなります。そして、この2点が揃った時点で、初めて長期潮流が持つ意味が生きてきます。」

そして経営とは何か。奥野さんは一言で表します。

「経営は参入障壁をつくるゲームである」

一度築いた壁も放置すれば色褪せる。だから経営者は研究開発やM&Aに投資し続けなければならない。投資家の目で企業を見ると、経営の本質まで見えてくるのです。

なお、こうした企業は東証上場の約3700社のうち200社あるかないか、率にして5%程度だと著者は見ています。それだけ、選ぶ目が問われます。

数値は未来を語らない――PERでもチャートでもなく「仮説」

ここで奥野さんは、多くの人が頼る指標をばっさり切り捨てます。

「数値は未来を語りません。」

PERやPBRが低いから割安、という判断は危険だと言います。これらは過去の業績や清算価値に過ぎず、その企業が将来も利益を出し続けられるかを語っていないからです。チャート分析にいたっては「星占いと変わらない」とまで書いています。

ではプロは何をしているのか。仮説です。

「なぜこの会社は利益が出ているのか」「参入障壁は何か」を自分の頭で問い、企業訪問などで検証する。会社訪問も頻繁に行くわけではなく、面談は「独自の仮説を確認する場」だといいます。

ここで大切になるのが、生の情報(Information)と、自分の頭で分析・検証した知見(Intelligence)の区別です。

「情報との付き合い方は、大量の情報をインプットすることよりも、考えることの方がよほど大事です。」

ネットの情報や他人の意見を鵜呑みにせず、ファクトから自分で仮説を組み立てる。これが投資にもビジネスにも効く思考の癖です。

有能の境界――気を揉んでいい場所、無駄な場所

最後に、奥野さんが大切にするもう一つの考え方を紹介します。「有能の境界(Circle of Competence)」です。

「自分でどうしようもないことに気をもんでもなにも変わらないし、時間の無駄です。」

他人の言動、過去の失敗、株価の短期的な値動き。これらは自分ではコントロールできない「境界の外」です。ここに悩むのは時間の無駄。代わりに、自分でコントロールできる「自分の将来」に、才能・時間・お金を集中投下すべきだという考え方です。

投資が不労所得だという批判にも、奥野さんは反論します。投資家は脳みそに汗をかいている。事業の価値を徹底的に考え抜く知的労働であり、体を使った労働と同じく尊いものだ、と。

明日から何を変えるか

本書の知恵を、具体的な行動に落とすとこうなります。

1. 「境界の外」に使っている時間を、自己投資に振り向ける 他人の噂話や過去の失敗に費やしている時間を見つけ、その分を英語や会計、読書に回します。今日、スマホを開く前に「これは境界の内か外か」と一度だけ問うてみてください。

2. ネット証券で自動積立を設定し、お金を「隔離」する 証券会社の営業に頼らず、iDeCoや積立投資を使い、給与から無理のない一定額を自動で投資に回す仕組みを作ります。感情の入る余地をなくすのがコツです。

3. 取引先か自社の「参入障壁」を1社、言葉にしてみる 「この会社の利益はどこから来ているのか」「壁は何か」を1社だけ選んで書き出します。財務の利益率も確認すると、仮説に手触りが出ます。

おわりに

読み終えて、私の中で投資という言葉の意味が変わりました。株価を当てるゲームではなく、世界の課題を解決する企業のオーナーになること。そしてその目線で世の中を見る力そのものが、ビジネスの財産になること。

奥野さんはこの営みを一言でこう呼びます。

「投資は知の総合格闘技である」

英語も会計も歴史も、自分の経験も全部使って考え抜く総力戦。そう考えると、投資は急に面白く見えてきます。

まずは今日、気になる企業を一社、株価ではなく「利益と参入障壁」の目で眺めてみる。そこから、見える景色が変わり始めるはずです。


合わせて読みたい

『賢明なる投資家』ベンジャミン・グレアム 本書が「師」として引用するバフェットの原点。株価は短期では人気投票だが長期では価値の計測器だという思想は、奥野さんの「胴体と尻尾」とそのまま響き合います。

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