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『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』奥野一成さん|株価ではなく、事業を買う

投資・資産形成 ✍ 奥野一成さん
約9分で読めます

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『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』
目次

「投資」と聞いて、画面に張りついてチャートを睨み、株を売ったり買ったりする姿を思い浮かべませんか。

私はずっとそう思っていました。だから「投資は怖い」「自分のような人間には関係ない」と、長いあいだ距離を置いてきたのです。値動きに一喜一憂して消耗する話を聞くたびに、やっぱり近づかなくて正解だと自分に言い聞かせていました。

ところが本書は、その入口からして根本的に違います。投資とは、優れた経営者を「自分の部下」のように働かせること。そしてその目線こそが、ビジネスを読み解く最良の教科書になる。奥野さんはそう言い切ります。

株価を当てる技術ではなく、世界の課題を解決する企業のオーナーになる――その発想の転換から、本書は始まります。

著者の奥野一成さんは、農林中金バリューインベストメンツのCIO(最高投資責任者)。日本では数少ない、本格的な長期厳選投資のプロです。本書は「儲け方のノウハウ本」ではありません。

資本主義という仕組みのなかで生き抜くための、思想を説いた一冊です。だからこそ、投資をやらない人が読んでも得るものが大きい。読み終えたとき、私の中で「投資」という言葉そのものが書き換わっていました。

この本の核心――投資は「お金儲け」ではなく「ビジネスの教科書」

奥野さんの主張は最初から最後まで一貫しています。投資家の目線でビジネスの本質を捉える癖を持たなければ、仕事でも資産形成でも遠回りになる、というものです。

その背景には、静かな、しかし強い危機感があります。日本の個人金融資産は1995年から2019年9月までの24年間で1.55倍にしかなりませんでした。同じ期間に米国は4.2倍に増えています。1995年時点で米国の資産は日本の約2倍でしたが、その差は5.3倍にまで開いてしまった。

差を生んだのは何か。お金の置き場所です。日本の家計は資産の53.3%を現預金に寝かせ、株式には10.0%しか振り向けていません。一方の米国は株式が34.3%を占めます。

預金に置き続けるのか、企業のオーナーになるのか。その小さな選択の積み重ねが、20年を超える年月を経て、これほどの違いになって表れた。数字を前にすると、背筋が伸びます。

「『投資家の思想』こそが日本の未来を切り開くと私は信じています。」(本書より)

この一文に本書の全体が凝縮されています。では、その「投資家の思想」とは具体的に何なのか。ここからが本題です。個人的に好感を持ったのは、奥野さんが「だから今すぐ株を買え」とは言わないところです。

説教ではなく、まず見方を変えようと誘ってくる。だからこそ、投資を敬遠してきた人ほど読み進めやすいはずです。

労働者から資本家へ――時間の配分が運命を分ける

本書はまず、働き方を3つの段階に整理します。これが思考の土台になります。

労働者1.0は、「他人に働かされている」という受動的なマインドの段階。言われたことをこなし、自分の時間をただ切り売りしているだけの存在です。

労働者2.0は、「自分で働いている」という主体性を持ち、自ら課題を見つけ、自分の才能を売り込んでいく存在。同じ会社員でも、ここには大きな差があります。

そして資本家は、お金を出し、他人の才能と時間を利用して利益を得る存在です。

いきなり資本家になるのは難しい。だからまず労働者2.0を目指し、その上で投資を通じて資本家と同じ思考を手に入れる。これが奥野さんの示す道筋です。

面白いのは、ここで描かれる「資本家」のイメージが、私の想像とまるで違ったことでした。

「投資とは、自分が働くのではなく、投資先の人に働いてもらうことで、そこから得られた収益の一部を分配してもらうことです。」(本書より)

たとえば日本電産(現ニデック)の永守重信さんと一緒に働くのは、普通の人には難しい。けれども株を買えば、永守さんが「自分の部下」のように利益を稼いでくれる。そういう発想です。優れた経営者を世界中から雇い入れる――そう考えると、投資が急に身近で痛快なものに見えてきます。

そして奥野さんは、若い人がまずやるべきは貯金ではなく自己投資だと言い切ります。時間・能力・お金は互いに交換可能で、若いうちは「時間」を使って能力を高め、自分の労働単価を上げるのが、最も確実なリターンを生むからです。

この順序の提示は、お金を貯めることばかり気にしがちな私たちへの、地に足のついた助言だと感じました。

投資と投機は、まったく別のものだった

ここが私にとって一番の発見でした。投資と投機は、似ているようでまったく別の行為です。奥野さんは農地のたとえでこれを説明します。

「『この農地からどれだけの農作物が取れるのか』を考えるのが投資で、『この土地がどのくらい値上がりするか』を考えるのが投機です。」(本書より)

事業が生み出す利益に注目するのが投資。価格の変動だけを狙うのが投機。この線引きで言えば、デイトレードのように値動きのサヤを抜く行為は、結局のところ自分の時間を切り売りしているだけで、労働者1.0と本質的に変わらない、と奥野さんは指摘します。少しドキッとする一言でした。

株価との向き合い方も鮮やかです。奥野さんは株価を「尻尾」、企業の利益を「胴体」にたとえます。胴体部分、つまり利益がしっかり付いていれば、尻尾である株価が大きく揺れても怖くはない。胴体さえ強ければ、尻尾の揺れに振り回される必要はないのです。

だからコロナショックのような暴落も、その企業の参入障壁が崩れていないなら「安く買えるバーゲンセール」になる。バフェットの言う「悲観は友達」です。

同じ出来事が、立っている場所によって正反対に見える。価格しか見ていない人には恐怖でしかない下落が、事業の中身を見ている人には好機に変わる。

短期の値動きに疲れてしまった人ほど、この視点には救われるはずです。降りたいのに降り方が分からなかった私には、一つの出口に見えました。

売らなくていい会社を選ぶ――構造的に強靭な企業の3要素

では、具体的に何を買えばいいのか。本書の中心になるのが「構造的に強靭な企業」という考え方です。長期にわたって利益を出し続ける企業は、3つの要素に支えられている、と奥野さんは整理します。

1. 高い付加価値。世の中の課題を本当に解決しているか。奥野さんは部下の出産祝いにディズニーの「くまのプーさん」のベビーウェアを贈ったとき、ディズニーが「大切な人に喜んでもらいたい」という願いそのものに応えていることを実感したそうです。価値とは、人の願いにどれだけ深く応えているかなのだと教えられます。

2. 高い参入障壁。他社が簡単には真似できない、圧倒的な強みがあるか。ナイキは年間4000億円もの巨額をマーケティングに投じ、トッププロ選手と契約を結びます。これはアシックスの売上高全体に匹敵する規模で、競合が容易には追いつけない壁になっている。ちなみにナイキの株価は1993年から25年で50倍になりました。

3. 長期潮流。人口動態のような、後戻りできない大きな変化に乗っているか。高齢化と財政悪化が進むなか、体への負担が少ない「低侵襲医療」へのニーズは確実に拡大します。こうした流れは一企業の努力では覆せない、強い追い風になります。

この3つには順番があります。まず高い付加価値があり、それを高い参入障壁で守れて初めて利益が確保しやすくなる。その2点が揃ったところで、ようやく長期潮流の意味が生きてくる。順序を踏まえないと、長期潮流だけに目を奪われて足元の強さを見落とす、というわけです。

奥野さんは経営の本質を一言で言い切ります。経営とは、参入障壁をつくり続けるゲームである。一度築いた壁も、放置すれば色褪せる。だから経営者は研究開発やM&Aに投資し続けなければならない。投資家の目で企業を見ると、経営そのものの本質まで見えてくるのです。

なお、こうした「構造的に強靭な企業」は、東証上場の約3700社のうち200社あるかないか、率にして5%程度だと奥野さんは見ています。残りの95%ではない。選ぶ目がいかに問われるかが、この数字で一気に実感に変わりました。安易に「成長株」と口にしてきた自分を、少し恥じたほどです。

数値は未来を語らない――頼るべきは「仮説」

ここで奥野さんは、多くの人が拠りどころにする指標を、ばっさりと切り捨てます。「数値は未来を語りません」と。

PERやPBRが低いから割安、という判断は危険だと言います。これらは過去の業績や清算価値を映すだけで、その企業が将来も利益を出し続けられるかどうかは、何ひとつ語っていないからです。チャート分析にいたっては「星占いと変わらない」とまで書いています。

ではプロは何をしているのか。仮説です。「なぜこの会社は利益が出ているのか」「参入障壁は何か」を自分の頭で問い、企業訪問などを通じて検証していく。

会社訪問も頻繁に行くわけではなく、面談は「独自の仮説を確認する場」だといいます。情報をかき集めることより、自分で考え抜くことが先にある。

ここで重要になるのが、生の情報(Information)と、自分の頭で分析・検証した知見(Intelligence)の区別です。ネットの情報や他人の意見を鵜呑みにせず、事実から自分で仮説を組み立てる。

情報を大量に集めることより、考えることのほうがよほど大事だという姿勢は、投資に限らず、日々の仕事そのものに効く思考の癖だと感じました。

有能の境界――気を揉んでいい場所、無駄な場所

最後に、奥野さんが大切にするもう一つの考え方を紹介します。「有能の境界(Circle of Competence)」です。

自分でどうしようもないことに気を揉んでも、何も変わらないし、時間の無駄だ。奥野さんはそう言います。他人の言動、過去の失敗、株価の短期的な値動き。これらはすべて、自分ではコントロールできない「境界の外」にあるものです。ここに悩むのは消耗にしかならない。

代わりに、自分でコントロールできる「自分の将来」に、才能・時間・お金を集中投下すべきだ、というのがこの考え方の核です。立場の違う読者に共通するのは、案外「自分でコントロールできないことに気を揉んで消耗している」状態かもしれません。

本書はそこに、コントロールできることへ時間を集中せよ、と静かに背中を押してきます。

投資が不労所得だという批判にも、奥野さんは正面から反論します。投資家は脳みそに汗をかいている。事業の価値を徹底的に考え抜く知的労働であり、体を使う労働と同じく尊いものだ、と。

明日から何を変えるか

本書の知恵を、具体的な行動に落とすとこうなります。

1. 「境界の外」に使っている時間を、自己投資に振り向ける。他人の噂話や過去の失敗に費やしている時間を見つけ、その分を英語や会計、読書に回す。今日、スマホを開く前に「これは境界の内か外か」と一度だけ問うてみてください。

2. ネット証券で自動積立を設定し、お金を「隔離」する。証券会社の営業に頼らず、iDeCoや積立投資を使い、給与から無理のない一定額を自動で投資に回す仕組みをつくる。感情の入る余地をなくすのがコツです。

3. 取引先か自社の「参入障壁」を1社、言葉にしてみる。「この会社の利益はどこから来ているのか」「壁は何か」を1社だけ選んで書き出す。財務の利益率も確認すると、仮説に手触りが出ます。

読み終えて、私の中で投資という言葉の意味が確かに変わりました。株価を当てるゲームではなく、世界の課題を解決する企業のオーナーになること。そしてその目線で世の中を見る力そのものが、ビジネスの財産になること。

奥野さんはこの営みを「投資は知の総合格闘技である」と呼びます。英語も会計も歴史も、自分の経験も全部使って考え抜く総力戦。そう捉え直すと、投資は急に面白く見えてきます。

まずは今日、気になる企業を一社、株価ではなく「利益と、その利益を守る壁」の目で眺めてみる。そこから、見える景色が変わり始めるはずです。


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