あなたが何歳まで生きるか、もう一度考えてみてください。
2007年に日本で生まれた子どもの、半分は107歳まで生きると予想されています。今20歳の人は100歳以上、40歳の人は95歳以上、60歳の人でも90歳以上生きる確率が半分を超えます。
長生きは、うれしいニュースのはずです。でも多くの人は「老後の資金は足りるのか」「いつまで働けばいいのか」と不安を感じます。
リンダ・グラットンさんとアンドリュー・スコットさんの『LIFE SHIFT』は、この不安に正面から答えた本です。長寿化を厄災ではなく恩恵に変えるには、人生の組み立て方そのものを変える必要がある。そう説きます。
こんな人におすすめ
- 「教育→仕事→引退」というレールに、なんとなく違和感を覚えている人
- 老後の不安はお金の問題だと思ってきた人
- 40代・50代で、このままの働き方を続けていいのか迷っている人
- これから社会に出る、親世代のモデルが効かないと感じている若い人
この本の核心――人生は3ステージから「マルチステージ」へ
20世紀の人生は、ほぼ全員が同じ隊列で行進していました。同じ時期に学校を出て、同じ時期に就職し、同じ時期に引退する。「教育→仕事→引退」という3つの段階を一斉に進む、3ステージの人生です。
このモデルは、寿命が70年前後だった時代にはうまく機能しました。でも100年生きるとなると、引退後の期間が一気に延びます。
著者たちの試算では、最終所得の半分を老後資金として確保したい場合、3ステージのまま60代で引退するには毎年所得の25%を貯め続けなければなりません。現実的ではない。だから多くの人は、80代まで働き続けることになります。
「同世代が同時期に大学に進み、同時期に就職し、同時期に子どもをつくり、同時期に仕事を退く──隊列を乱さずに一斉行進する集団さながらの画一的な生き方は、時代遅れになるだろう。」
本書はここで「オンディーヌの呪い」という寓話を持ち出します。休む間もなく動き続けなければならない運命のことです。
3ステージのまま労働期間だけ延ばせば、私たちはこの呪いにかかります。死ぬまで働き続け、心身ともにすり減っていく。
そこで登場するのが、マルチステージの人生です。学習、仕事、探索、休養を柔軟な順番で何度も繰り返す。年齢とステージが一致しなくなり、さまざまな年代の人が同じ段階に混ざり合うようになります。
100年ライフを支える「3つの無形資産」
お金の話だけでは、この本は終わりません。むしろ核心は、お金に換算できない「無形の資産」にあります。
「よい人生を生きたければ、有形と無形の両方の資産を充実させ、両者のバランスを取り、相乗効果を生み出す必要がある。」
無形の資産がなければ長く稼ぎ続けられないし、お金がなければ無形の資産に投資するゆとりも持てない。両者は支え合っています。著者たちは無形の資産を3つに分けました。
生産性資産は、仕事の生産性を高めて所得を増やすのに役立つもの。スキル、知識、評判、仕事仲間のネットワークなどです。
ここで著者たちは一つ警告を添えています。スターアナリストが別の会社へ移ると成績が落ちる、という研究があるのです。
個人のスキルは、職場の文化や仲間との関係に支えられている。だから「自分のスキルはどこでも通用する」と過信してはいけない、と。
活力資産は、肉体的・精神的な健康と、家族や友人との良好な関係です。ハーバード大学が男性268人を75年間追跡した「グラント研究」では、幸福を支える柱は結局「愛」だったと結論づけられています。健康と人間関係は、長い人生を走り抜くための燃料です。
変身資産は、本書でいちばん独創的な概念です。人生の途中で自分を作り変え、変化を乗り越えるための力。自分についての深い理解、多様性に富んだ人的ネットワーク、新しい経験に開かれた姿勢、この3つから成ります。
「変身資産は、移行の不確実性とコストを減らし、成功の確率を高めるために役立つ。」
3ステージの人生では、変身資産はあまり必要ありませんでした。一度道を決めたら、あとは進むだけだったからです。
でもマルチステージでは何度も移行が起きる。だから変身する力そのものが、資産になります。
年齢に縛られない、3つの新しいステージ
マルチステージの人生には、3ステージにはなかった新しい段階が現れます。年齢に縛られず、人生の中で何度も登場しうるものです。
エクスプローラー(探検者)は、選択肢を狭めずに幅広い道を検討する期間です。身軽になって世界を旅したり、新しい経験を積んだりして、自分の価値観と選択肢を探ります。
著者たちは30歳未満の人に、すぐ給料のいい職に飛びつかないようにと助言しています。目先の収入より、経験と人脈を広げる時間に価値があるからです。
インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)は、組織に属さず、自分で小さなビジネスやプロジェクトを生み出す段階です。いきなり大勝負をするのではなく、試行錯誤しながら実践的に学ぶ。プロトタイピングのような働き方です。
ポートフォリオ・ワーカーは、有給の仕事、地域活動、趣味、ボランティアなど、複数の活動を同時並行で組み合わせる段階です。一つの肩書きに人生を預けない生き方とも言えます。
この3つを、自分の好きな順序で経験する。それがマルチステージの実像です。
AIに奪われる仕事、人間に残る仕事
本書はテクノロジーの話も避けません。定型的な業務は機械やAIに代替され、労働市場の中間層が「空洞化」していきます。
オックスフォード大学のカール・フレイさんとマイケル・オズボーンさんの研究では、向こう10〜20年でアメリカの雇用の47%が消える恐れがあると予測されました。アマゾンの倉庫ロボットや、がんの診断を始めたIBMのワトソンが、その兆しです。
ただし著者たちは「仕事が奪われて終わり」とは言いません。創造性、共感、複雑な問題解決といった、人間に絶対優位がある仕事は残る。大事なのは機械と競争することではなく、機械と協働するスキルを磨くことだと説きます。
お金は意志ではなく「仕組み」で守る
長い人生では、お金との付き合い方も変わります。本書が指摘するのは「現在バイアス」という人間のクセです。
「私たちはみな、あとでもっと貯蓄すると言うけれど、けっしてその言葉を守らない習性をもっているのだ。」
遠い将来の利益より、目先の快楽を優先してしまう。だから貯蓄を意志の力に頼ると失敗します。
ここで紹介されるのが、行動経済学者リチャード・セイラーさんたちの「SMarTプラン」です。将来の昇給時に自動で掛け金を増やす仕組みを工場に導入したところ、社員の貯蓄率は3.5%から13.6%へ跳ね上がりました。意志ではなく仕組みが、お金を守るのです。
もう一つ面白い実験があります。年齢処理アルゴリズムで被験者に「老いた自分の顔」を見せると、将来のために貯蓄する額が2倍以上に増えました。未来の自分が他人ではなく地続きの存在だと感じられると、人は行動を変えます。
休日が「未来の通帳」を太らせる
増えた時間をどう使うか。これが長寿化への対応の核心だと著者たちは言います。
これまで余暇は、仕事の疲れを癒やす「レクリエーション(娯楽・消費)」でした。でも100年ライフでは、自分を作り直す「リ・クリエーション(再創造)」へと意味が変わります。
「100年ライフに必要とされるのは、余暇時間に対する考え方が根本から変わることだと、著者たちは予測している。」
週末をただテレビで潰すのではなく、新しいスキルを学ぶ、健康を保つ運動をする、新しい人と出会う。休日が、無形資産への投資時間になります。
人生を支える、パートナーと「弱い絆」
長い人生では、人間関係の設計も変わります。著者たちは、キャリア最大の決断はパートナー選びだとまで言い切ります。
夫婦の双方が仕事を持ち、人生のステージごとに「稼ぐ役割」と「支える役割」を柔軟に交替し合う。そんなパートナーシップが、長寿化時代のリスク分散になります。
そして意外なのが「弱い絆」の価値です。社会学者マーク・グラノヴェターさんの研究では、新しい仕事の情報は親しい友人(強い絆)よりも、それほど親密でない知人(弱い絆)からもたらされることが多いとわかりました。
同質な仲間とばかりいると、視野が広がらない。人生を作り変えるヒントは、いつもと違う輪の中にあります。
明日から何を変えるか
1. 無形資産を棚卸しする お金だけでなく、3つの無形資産を点検します。スキルは時代遅れになっていないか(生産性資産)、健康と人間関係は手入れできているか(活力資産)、変化を受け入れる準備はあるか(変身資産)。すり減っている資産から手を入れます。
2. 休日をリ・クリエーションへ振り向ける 消費で終わる娯楽の時間を少し減らし、学び・運動・新しい出会いに回します。いきなり全部を変えなくていい。週末の数時間からで十分です。
3. 自動化で「未来の自分」に仕送りする 現在バイアスに勝とうとせず、給与天引きなど自動で資金が移る仕組みを作ります。意志に頼らないことが、いちばん意志が強い選択です。
おわりに
『LIFE SHIFT』が突きつけるのは、「変化の担い手は、企業でも政府でもなく私たち自身だ」という事実です。
制度が整うのを待つのではなく、自分から小さな実験を始める。新しいスキルを試す、副業を始める、いつもと違う人に会う。その一歩一歩が、変身資産を太らせていきます。
長寿は厄災ではありません。うまく設計すれば、これまでの世代が手にしたことのない「時間という贈り物」になります。あなたの100年を、どう組み立てますか。
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