ある参議院議員がSNSで「いま国に望むことは?」と募ったとき、20代と30代から返ってきた切実な声のなかに、こんな要望があったといいます。「苦しまずに死ねる権利、つまり安楽死を認めてほしい」。
豊かで、自由で、生まれや身分に縛られず誰もが好きに生きられる。教科書的に言えば、いまの日本は人類史上もっとも恵まれた社会のはずです。それなのに、なぜ若い世代は人生を「攻略不可能なゲーム」だと感じ、降りる権利まで求めてしまうのか。
橘玲さんの『無理ゲー社会』は、この漠然とした生きづらさの正体を、感情論を一切交えず冷徹に解剖した社会評論です。そして本書が指さす「犯人」は、あまりに意外でした。
私たちが長年、無条件に善きものと信じてきた「リベラル」と「能力主義」。理想そのものが、敗者を逃げ場なく追い詰めていた、という診断です。

こんな人におすすめ
就職活動の面接で「あなたの夢を聞かせてください」と問われ、言葉に詰まった経験がある人。本書はその気まずさに正確な名前を与えてくれます。
努力しても報われず「結局これは自己責任なのか」と将来に絶望しかけている人にも効きます。その絶望が個人の弱さではなく社会構造の産物だとわかるだけで、肩の荷は確実に軽くなります。
トランプ現象やネット上の「上級国民/下級国民」論争が、なぜここまで激化したのか。それを罵り合いの語彙ではなくデータと理論で理解したい人にも、本書は手強い武器を渡してくれます。
この本の核心|誰もが賞賛する理想が、敗者を追い詰める
本書の主張は、ほぼ一行に圧縮できます。リベラル化こそが、現代のあらゆる生きづらさの根源だ、というものです。
ここでいうリベラル化とは、政治的な左右の話ではありません。「自分の人生は自分で決める」「自分らしく生きるべきだ」という価値観が社会の隅々まで浸透した状態を指します。聞こえはいい。むしろ理想的に響きます。
しかし、自由に選べるということは、その結果を丸ごと自分で引き受けるということでもあります。かつての身分制社会なら、うまくいかない人生を「生まれのせい」「時代のせい」にできました。今はそれが許されない。成功も失敗も、すべて「あなたの能力と努力」の問題に還元されてしまう。
だから能力に恵まれなかった者は、言い訳の余地を失い、逃げ場をなくします。本書はこの非対称を、才能ある者にとってのユートピアは、それ以外の者にとってのディストピアだ、と要約します。
凄みは、この残酷な構造を行動遺伝学・進化心理学・社会学・労働経済学まで横断して論証していく点にあります。映画『ジョーカー』からアニメまで引きつつ、ばらばらの「生きづらさ」を一本の物語に束ねる手際は、賛否はあれど圧巻です。
「夢を持て」は、いつから虐待になったのか
本書がまず突くのが、ドリーム・ハラスメントという言葉です。
大学でキャリア支援をする高部大問さんのもとには、「夢なんてないんですけど、面接でどう答えればいいんですか」という相談が後を絶たないといいます。大人が若者に夢を持つことを善意で強制する。この圧力こそが現代特有のハラスメントだ、というわけです。
なぜ夢が呪いに変わるのか。マズローの欲求段階説が示すように、物質的に満たされた社会では「自己実現」が最上位の価値に押し上げられます。だから「あなただけの夢を持て」という要求が、当然の前提として降ってくる。
けれど、特別な夢を持てる人ばかりではありません。平凡が許されず、夢のない自分を責めるしかなくなる。希望のはずの「夢」が、若者を追い詰める棍棒に化けてしまうのです。私はこの指摘を、本書でもっとも実感に刺さる箇所だと感じました。
ネットワークは増えたのに、なぜ孤独なのか
自由は孤独とセットでやってきます。誰もが自分らしく振る舞う社会では、相手の個性に合わせる手間が膨れ上がり、人間関係の維持コストが跳ね上がるからです。
本書は人間関係を三つの空間に分けます。家族や恋人との濃密な「愛情空間」、利害も混じる親友・知人の「友情空間」、お金だけで完結するドライな「貨幣空間」。
このうち権謀術数の渦巻く面倒な友情空間が真っ先に切り捨てられ、関係はビジネスライクな貨幣空間と、ごく親密な愛情空間へ二極化していく、と。
ここに本書の鋭い逆説があります。テクノロジーで孤立したのではなく、つながりが過剰になったから孤独なのだ。データも残酷です。米国では1985年から2004年の20年で平均的な親友の数が3人から2人に減り、親友ゼロの回答は8%から23%へ激増しました。
日本はさらに深刻で、60歳以上で「家族以外の親しい友人がいない」割合は31.3%。米独瑞のおおむね1割台と比べ突出しています。
そもそも人間の脳が顔と名前を一致させられるのは150人程度が限界。なのにSNSは何千ものつながりを抱えさせる。広大な網の中で、一人ひとりの関係は希薄に溶けていく。便利さの代償として、私たちは孤独を買わされているわけです。
「努力できること」すら、遺伝で決まっていた
ここから先が、本書でもっとも飲み込みづらい真実です。
現代の評価基準はメリトクラシー、すなわち能力主義です。この語を造った社会学者マイケル・ヤングは、メリット(功績)を「知能+努力」と定義しました。身分でも人種でもなく実力で測る。だから公平に見えます。
ところが行動遺伝学が、その公平さの土台を崩します。エリック・タークハイマーが2000年に示した「3原則」によれば、人間の行動特性はすべて遺伝の影響を受け、しかも家庭でどう育てられたかの影響は遺伝子より小さい。
数字も衝撃で、知能の遺伝率は思春期を終える頃に70%超。身長や体重の8割に迫る水準です。
そして本書がとどめを刺すのが、努力する力そのものも遺伝するという指摘です。双生児研究のメタ分析では、やる気の遺伝率が57%、集中力が44%。「頑張れるかどうか」さえ、かなりが生まれつき決まっている。
帰結は冷酷です。能力の高い者同士が結婚して高知能層を形成し、低い者は下層に固定される。事実上の「才能の貴族制度」です。教育も歯止めにはならず、むしろ伸びる子に資源が集中するぶん格差を広げる装置になりかねない。
子育ても同様で、家庭環境(共有環境)は子の性格や能力をほとんど左右しないと本書は言います。決定的なのは親のしつけより、きょうだいでも異なる学校や友だち集団という「非共有環境」だ、と。
突き放した話に見えて、これは「親の努力で子の未来が決まる」という重圧から親を解放する視点でもあります。
経済から弾かれ、恋愛からも弾かれる
格差は経済だけにとどまりません。本書は二重の絶望を描きます。
ひとつは米国の「絶望死」。経済学者ケースとディートンが2015年に見つけたのは、白人労働者階級だけが平均寿命を縮めるという異常でした。原因はドラッグ、アルコール、自殺。
2017年には15万8000人が絶望死したと推計されます。これは単なる貧困ではなく、知識社会化で仕事も共同体も家族も「労働の尊厳」も失った末の、人生の全面崩壊だと分析されます。
もうひとつが本書独自の踏み込み、性愛格差です。恋愛が自由化すると「男は競争し、女が選択する」という進化論的原則が前景化し、魅力ある一部の男性に人気が集中、それ以外は市場から排除される。
女性の経済的自立がこれを加速させ、低所得の男性ほど選ばれにくくなる。日本のデータも生々しく、20代で年収200万円未満の男性は結婚経験ありがわずか2%、年収600万円以上では75%に達します。
この二重の絶望は出口を求めます。本書はエリオット・ロジャーや秋葉原事件の加藤智大を挙げ、評判から排除された絶望がテロへ転化する経路を描く。さらにもう一つの出口が陰謀論です。
人間の脳は未知の恐怖を避けるため世界を意図で読むよう進化した。だから尊厳を奪われた人ほど「世界は悪に支配されている」という物語に救いを求め、ポピュリストがその怒りをすくい上げる、というわけです。
ベーシックインカムでは、なぜ救えないのか
最終章で本書は処方箋を検討し、そのことごとくが根本解決にならないと突きつけます。
ベーシックインカムには、移民への支給をどうするか、支給目当ての出産を誘発しないか、といった難問がつきまといます。超富裕税やMMTも同様です。
歴史学者ウォルター・シャイデルによれば、平和が続くと不平等は必ず拡大し、それを平らにしたのは「戦争・革命・国家崩壊・疫病」という凄惨な四騎士だけだった。
平和裏の再分配には構造的な限界がある、と。
そして最大の壁が、お金は分配できても評判は分配できないという事実です。経済格差を完全になくしても、SNSの「いいね」に象徴される評判の格差は残る。
むしろ労働から解放されたユートピアは、承認をめぐる苛烈な競争社会になりかねない。本書はこれを「評判格差社会」への移行と呼びます。
著者の結論は徹底して突き放しています。リベラル化も知識社会化も止められない。魔法の解決策はない。私たちはこの残酷なルールを理解したうえで、自力で生き延びるしかない、と。
この本から持ち帰る、3つの態度
絶望的な本に聞こえますが、読み終えると、むしろ個人を楽にする視点が残ります。私なりに三つに整理しました。
一つ、失敗を「努力不足」で片づけるのをやめる。知能も努力する力も多くは遺伝という運です。「すべて自己責任」という強迫を手放すと、過剰な自責や他者批判から距離が取れます。
二つ、勝負する空間を貨幣空間だけにしない。年収や肩書きの勝敗で人生を測るのをやめ、愛情空間と少数の友情空間を意図して維持する。複数の居場所が、無理ゲーへの防波堤になります。
三つ、評判のゲームから戦略的に降りる。お金以上に再分配が効かない「いいね」競争から距離を置き、上方比較を煽る情報の食べ方を見直す。これは逃避ではなく、自尊心を守る積極的な防御です。
本書は救いを安売りしません。それでも残るのは、「わたしたちは、なんとかしてこの『残酷な世界』を生き延びていくほかはない」という一文です。まずは今日、誰かを「努力が足りない」と責めかけたら、その手前で一拍だけ立ち止まってみる。
それがこの無理ゲーを、ほんの少しだけ生きやすくする最初の一歩になります。
合わせて読みたい
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘玲 同じ著者が「やればできる」の呪いを解体する一冊。『無理ゲー社会』が描く自己責任の重圧から、どう距離を取るかの生存戦略が具体的に書かれています。
科学が証明した「成功の残酷な真実」と「人間関係の救世主」 能力や成功の裏にある「運」と遺伝の比重を科学的に扱った記事。本書のメリトクラシー批判と行動遺伝学の話を、別角度から補強してくれます。
『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』橘玲 同じ著者が、社会の制度設計のなかで個人がどう立ち回るかを論じた一冊。無理ゲー社会の「貨幣空間」を、実際に生き抜くための具体的な知恵として読めます。
