銀行の窓口で「いいお預け先がありますよ」と勧められて、なんとなく安心したことはありませんか。
この本を一言で言い換えるなら、その「安心」こそが、人生でいちばん高くつく買い物かもしれない、という挑発です。
『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』は、知識ゼロの素人が経済評論家の山崎元さんに「簡単で損をしない方法」を問い詰めていく対話形式の一冊です。
聞き手の大橋弘祐さんが専門用語にいちいちつまずいてくれるおかげで、読者は一度も置いていかれません。マネー本というより、面倒くさがりの友人に肩を組まれて、半ば強引に証券口座まで連れていかれる体験に近い。
結論を先に言ってしまえば、本書の答えは拍子抜けするほど短い。銀行には近づかず、ネット証券で個人向け国債と手数料の安いインデックスファンドだけを買い、あとはほったらかす。たったこれだけです。
以下では、その短い結論にどんな理屈が詰まっているのかを、編集部なりの賛否も交えてほどいていきます。

「何もしないこともリスク」という入口の巧さ
本書の出発点は、貯金だけでは不安だという身も蓋もない現実です。聞き手の大橋さんは13年勤めた大手通信会社を辞めて出版社に転職し、退職金と貯金を合わせた全財産500万円の使い道を考える――この等身大の設定がうまい。読者の多くが、自分の口座残高を思い浮かべながら読むことになります。
定期預金がほぼゼロ金利だという話に、本書は具体的な数字を添えます。当時のみずほ銀行の5年もの定期金利は0.04%。100万円を1年預けても、利息はATM手数料で消えるレベルだという指摘です。
そこにもう一人の敵を名指しします。インフレです。政府が借金返済のために通貨を刷り続ければ貨幣価値は下がり、100円のジュースが200円になれば、手元の現金の実質的な価値は半分になる。
つまり現金で握りしめているだけでも、お金はこっそり目減りしている。ここで「だから何もしないこともリスクだ」と土俵を作る運びは、行動経済学でいう現状維持バイアスの解除そのものです。
編集部が感心したのは、恐怖を煽って高い商品を売る構図ではなく、恐怖の出口を「手数料の安い退屈な選択肢」に向けている点でした。煽りの矢印が、ふつうの投資勧誘とは真逆を向いている。
「羊の皮をかぶった狼」――銀行を信じるなという毒
本書でいちばん有名な一節が、銀行の無料相談窓口への警告です。
「銀行の無料相談窓口にいる人なんて羊の皮をかぶった狼だと思ったほうがいい」(本書より)
論拠はシンプルです。山崎さんいわく、銀行のビジネスは貧乏人に借金させて金利を取り、金持ちには投資商品を売って手数料を取ること。だから窓口で熱心に勧められる商品は、総じて売る側が確実に儲かるようにできている。
代表例が外貨預金です。円をドルに換える際の為替手数料が高く、客が損をしても銀行は取りっぱぐれない構造になっている。「売る側が熱心に売ってくるのは、ほぼ100%自分らが儲かるから」という一刀両断は、覚えておく価値があります。
ではどこで買うのか。答えはネット証券です。SBI証券のようなネット証券は店舗の家賃も窓口の人件費もかからないぶん手数料が安く、余計な営業電話も来ない。銀行の窓口で買っていいのは、せいぜい個人向け国債くらいだと本書は突き放します。
編集部の留保を一つ。狼呼ばわりは痛快ですが、これは窓口担当者個人が悪人だという話ではなく、インセンティブ設計の問題です。人格のせいに見せかけて売る語り口は読み物として最高でも、現実の担当者に会ったときに思い出すと少し気まずい。そこは割り引いて受け取るのが大人の読み方でしょう。
「減らさない土台」と「平均点」の二段構え
具体策に入ると、本書は驚くほど少ない数の道具しか使いません。土台と運用を分ける、二段構えです。
まず、絶対に減らしたくないお金は個人向け国債(変動10年)に置く。国にお金を貸す仕組みで元本保証があり、途中解約しない限り元本割れしない。市場金利が将来上がれば連動して受取金利も上がる変動型を選べ、というのが推奨です。
ここで本書が誠実なのは、自分の推奨の地味さを隠さないところ。金利0.3%程度では「72の法則」で計算すると500万円が倍になるのに240年かかる、とあっさり認めたうえで「無難な置き場所」と位置づける。派手な数字を出さない自制が、かえって信用になります。
増やすほうの核心が、プロでも相場は当て続けられない、という「運用業界の不都合な真実」です。普通はプロが調べて売買するアクティブファンドのほうが成績がいいと思いますよね。
ところが本書は、人が判断せず日経平均やTOPIXに機械的に連動するインデックスファンドのほうが、長期では多くのプロを上回ると言い切る。象徴的な事例が1990年代の伝説のヘッジファンド「メリウェザー」で、ノーベル経済学賞受賞者まで集めたドリームチームが運用したにもかかわらず、相場を当て続けられず数年で破綻しました。
天才を集めても市場は読めない、という生々しい証拠です。
「改善できないことを頑張るのは無駄だから、改善できることに集中する」(本書より)
相場の予測はコントロールできないが、手数料の安さは自分で確実にコントロールできる。だから投資信託は過去の成績ではなく運用管理手数料の安さで選べ――この一本の論理が本書の背骨です。
ついでに、受け取るたび複利が止まり税金も引かれる「毎月分配型」は絶対に買うな、という実用的な釘も刺しています。
身近にある「負の宝くじ」と税優遇の使い倒し
面白いのは、この「手数料で見抜く」という同じ刃を、増やす話だけでなく、使う・守る側にも当てていくところです。
家については「『自分のものになる』ことを過大評価しすぎ。君みたいなタイプは銀行の奴隷になるよ」と毒づき、35年ローンで4000万円の家を買えば金利込みで総額7000万円ほどに膨らむ、と利払いの大きさを突きつけます。ローンは自由を縛る装置でもある、という見方です。
生命保険や医療保険は「負の宝くじ」呼ばわり。掛け金の半分近くが保険会社の人件費や広告費に消えるため加入者の期待リターンはマイナスで、しかも日本には高額療養費制度があり一定額以上は自己負担になりません。
だから保険料相当を運用に回して自衛し、本当に必要なのはシンプルな掛け捨ての死亡保障だけだ、という主張です。
宝くじに至っては還元率約45%で「無知の税金」。競馬の75%より割が悪いと切り捨てます。増やす前に「漏れているお金」がいかに多いか、という指摘は耳が痛い。
一方で、増やすときは税優遇制度を上限まで使い倒せと言います。投資の利益にかかる約2割の税金を、NISAなら非課税にできる。確定拠出年金(個人型)はさらに強力で、掛け金がまるごと所得控除になり、所得税・住民税が確実に下がる。節税効果は年3万〜4万円が目安として挙がります。
買う中身も具体的に指定されていて、国内株の「上場インデックスファンドTOPIX」と海外株の「ニッセイ外国株式インデックスファンド」を半々で持てば、それだけで国内外の主要企業に分散投資したことになる。
「結局何を買えばいいの?」への答えを、商品名まで出してくれる親切さが初心者にはありがたい。
3分割で配分し、崩れたら戻すだけ
では自分のお金をどう配分するのか。本書のフレームワークは3つの箱です。
当面の生活資金は、給料の3カ月分ほどを普通口座にそのまま残す。次に絶対減らしたくない安全資産を個人向け国債で守り、最後に増やすためのリスク資産をインデックスファンドに回す。この3分割が、迷いを消すための地図になります。
リスク資産の金額は「最悪1/3に減っても精神的に耐えられる額」から逆算する。本書は1年で1/3に減る確率を2.3%、逆に43%増える確率も2.3%と示し、そのブレ幅を覚悟したうえで額を決めさせます。数字で覚悟を可視化するこの一手が、感情に流されない歯止めになります。
買ったあとのメンテナンスも最小限です。国内と海外を5:5で買っても値動きで4:6などに崩れるので、少なくなった側を買い足して比率を戻す。これを「リバランス」と呼びます。
「時間がたつと国内と海外が半々でなくなることがある。そのときに全体が5:5になるように投資する」(本書より)
やることはこれだけ。日々の値動きに一喜一憂せず、半々で買って、あとはほったらかす。手間の少なさこそが、初心者が続けられる最大の理由です。
「いちばんの金融商品はあなた自身」という着地
本書が単なる商品ガイドで終わらないのは、最後にマネー本の枠をはみ出すからです。
山崎さんは「人的資本」という考え方を持ち出します。その人が生涯でどれくらい稼げるかを、今の価値に換算した金額です。生涯年収3億円が見込める健康な若者なら、その人的資本は1億円以上になる。どんなインデックスファンドより大きい資産が、すでに自分の中にあるというわけです。
「これからの時代、どんな状況になっても働く術を持っていることは最強の保険になる」(本書より)
だから投資に回す額ばかり気にするより、本業のスキルに自己投資せよ。会社の倒産やリストラに怯えるより、社外でも通用する力を磨くことが、どの金融商品より確実な備えになる――。
お金の本の結論が「働く力を鍛えろ」に着地するのは、やや出来すぎな感もあります。けれど、手数料という小さな数字に神経質になった読者の視線を、最後に自分自身の市場価値へ引き戻す構成は見事でした。
全体を貫くのは「信じる者は救われない」という、山崎さんの少し意地悪な態度です。プロや権威の言葉を盲信せず、手数料という確実な数字だけで判断する。
編集部から付け加えるなら、まず1万円だけでも実際に買ってみると、為替や経済ニュースの見え方が変わる。読むより動かすほうが、ずっと早く身につきます。
派手な儲け話に心が動いたとき、この本の地味な結論を一度思い出す。それだけで失わずに済むお金が、たぶん思っているより多いはずです。
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