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『RANGE(レンジ)』デイビッド・エプスタイン氏|回り道した人が、最後に勝つ理由

学習・インプット ✍ デイビッド・エプスタイン氏
約7分で読めます

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『RANGE(レンジ)』
目次

「早く専門を決めて、そこに一万時間を注げ」。

成功の王道として、何度も聞いてきた言葉です。私もずっと、それが正しいと思っていました。器用貧乏より一点突破。広く浅くより狭く深く。だから「いろいろ手を出している自分」に、ずっと焦りがありました。

でも本書を読んで、その前提が揺らぎました。著者のデイビッド・エプスタイン氏は、データと事例を積み上げて、早期の専門特化が効くのは限られた世界だけだ、と言います。

むしろ現代の複雑な課題では、幅広い経験と知識を統合できる人――知識の幅(レンジ)を持つ人が、最後に勝つ。本書はその逆説を、徹底的に実証した一冊です。

図解

こんな人におすすめ

どれも、自分の経験の「散らかり方」に不安を抱えている人です。本書はその不安に、別の名前を与えてくれます。

「幅」が武器になる二つの世界

本書がまず壊そうとするのは、「早期の専門特化」と「一万時間の法則」という、二つの常識です。どちらも、できるだけ早く一分野に絞り、ひたすら反復せよ、と説きます。

エプスタイン氏は、これが万能ではないと言います。カギになるのが、心理学者ロビン・ホガースによる学習環境の区別です。チェスやゴルフのようにルールが固定され、結果がすぐ正確に返ってくる世界を「親切な学習環境」と呼ぶ。ここでは早期特化と反復が、そのまま実力につながります。

一方、経済や政治、人事評価のようにルールが曖昧でフィードバックが遅く不正確な世界が「意地悪な学習環境」です。同じパターンは二度と来ないため、経験を重ねても上達せず、むしろ誤った自信だけが育っていく。

なぜそんな差が生まれるのか。本書が挙げるのが「チャンキング(塊分け)」という認知能力です。チェスの名人や熟練の音楽家は、個々の駒や音符ではなく、過去の経験から得た「意味のあるパターンの塊」として情報を一気に認識する。だから常人離れした記憶力を見せる。

ただしこの力は、専門外やルールが崩れた瞬間、まったく効かなくなります。専門知識の強さは「世界が安定していること」が前提なのです。腑に落ちると、経験豊富なベテランが環境の変化で急に脆くなる現象まで説明がついて、ぞくっとします。

人間の最大の強みは、狭い範囲への専門特化とは正反対のものだ。幅広く情報や知識を統合することこそが、人間の強みだ。(本書より)

AIが定型処理で人間を追い越していく時代に、この一文は重く響きます。

タイガー・ウッズより、ロジャー・フェデラーを

本書は、二人のスーパースターの対比から始まります。生後数カ月でゴルフクラブを握り、一直線にゴルフだけを磨いたタイガー・ウッズ。子どもの頃にスキー、レスリング、水泳、サッカーとあらゆる競技を楽しみ、ずっと後にテニス一本へ絞ったロジャー・フェデラー。

私たちが憧れるのは前者の物語ですが、研究が示すのは意外な事実です。のちにトップになる選手の多くは、初期の専門的な練習がむしろ少なく、いろんな競技を試す「体験期間(サンプリング・ピリオド)」を経てから専門を絞り込んでいた。

ここで効いてくるのが、自分の能力や性格と仕事との相性を指す「マッチ・クオリティー」という概念です。そしてこの相性は、頭で考えても分からない、というのが本書の立場です。

自分がどんな人間であるかは、実際に生きることによってのみ知り得る。前もって知ることはできない。(本書より)

だから「まず行動、それから考える」。壮大な長期計画から逆算するのではなく、いま興味があることに小さく飛び込み、相性を確かめていく。遅咲きや回り道は、決して不利ではないわけです。

数字も添えられています。テクノロジー企業の創業者を調べると、50歳の人物は30歳の人物に比べて、大成功する確率が2倍高かった。回り道は無駄ではなかった、と思える具体的な証拠です。

「意地悪な世界」では、経験そのものが裏目に出ることもあります。本書が引く研究では、士官候補生のリーダーシップ予測は、経験を積んでも当たるようにならなかった。

人の行動が絡みパターンが繰り返されない領域では、経験がスキルに変わらない。だから「たくさん経験した人」より「幅広く経験した人」が強いのです。

ラクに進む勉強ほど、頭に残らない

学び方そのものにも、本書は逆説を突きつけます。ヒントをもらってスイスイ正解できる勉強は気持ちがいい。でも、それで身につくのは短期的な成績だけかもしれない、と。

ここで出てくるのが「望ましい困難」という考え方です。あえて負荷や間隔、ランダムさを与えると、その場の成績は下がるのに、長期的な定着と応用力は上がる。

代表的な手法が「インターリービング(多様性練習)」です。同じ種類の問題を続けて解くのではなく、異なる種類を混ぜて練習する。すると目の前の問題が「どの種類か」を見抜く力が育つ。本番で効くのは、まさにこの力です。

答えをすぐ見ないことも大事です。間違えてもいいから自分で解決策をひねり出す。この「生成効果」が記憶を強くします。

裏を返せば、ラクで効率的に見える勉強は実は遠回りで、苦労して非効率に見える勉強こそが近道になる。耳が痛い結論ですが、思い当たる節があって深くうなずきました。最も効果的な学習は、しばしば「後れを取っているように」見えるのです。

行き詰まったら、専門の外を見る

幅広い知識は、難問を解くときに本領を発揮します。天文学者ケプラーは、惑星の運動という未知の問題を、磁力や光、においといった全く別の分野のイメージを借りて考え抜きました。本書はこれを、構造の似たものを遠い分野から探す「アナロジー思考」と呼びます。

目の前の詳細にのめり込む「内的視点」だけでは解けない問題を、一歩引いて別の業界や自然界、歴史から「構造が似ているもの」を探す「外的視点」が突破する。

そしてこの力をしばしば発揮するのが、その分野の専門家ではなくアウトサイダーだ、という指摘も刺激的でした。専門家が手詰まりになった難問を、他分野の知識を持つ部外者があっさり解く場面が、本書には何度も出てきます。

任天堂の横井軍平が掲げた「枯れた技術の水平思考」も同じ発想です。最先端ではなく、すでに広く理解され安くなった技術を、誰も考えなかった文脈で使う。新しさは、技術そのものの新しさではなく、組み合わせの新しさから生まれます。

キツネは、ハリネズミより遠くを見る

専門特化が進むと、人は一つのレンズだけで世界を見るようになります。象徴的なのが、政治学者フィリップ・テトロックの予測研究です。

専門家には二つのタイプがある。「ハリネズミ型」は、一つの大きな理論ですべてを説明しようとする人。自信は強いのに、予測はよく外れます。「キツネ型」は、多様な情報源から知識を取り入れ、自分の考えを柔軟に修正する人。予測の精度は、こちらのほうが高い。

専門を深めるのも、全体を見渡してつなぐのも、どちらも要ります。ただ現代で不足しがちなのは、視野を広く保つ「キツネ」のほうだと本書は言います。

罠はもう一つあります。慣れた道具への固執です。NASAのチャレンジャー号の事故は、技術者たちが慣れ親しんだ判断プロセスに頼り、危険のサインを見落として起きた、と本書は分析します。

状況が変わったら、これまで自分を支えてきたやり方を疑い、手放す勇気が要る。組織でも、強すぎる一枚岩の文化は硬直を招くため、あえて異論や不整合を許す余地を残すべきだ――。

本書の射程は組織論にまで及びます。

やめるのは、負けじゃない

最後に本書が再定義するのが「やめること」です。「絶対に諦めるな」「やり抜く力(グリット)がすべて」と言われ続けてきた私たちに、エプスタイン氏はグリットが強すぎることの弊害を指摘します。

合わない道だと分かっても、これまで費やした時間やお金(サンクコスト)が惜しくて、ずるずる続けてしまう。それは粘り強さではなく、ただの執着かもしれない。

大事なのは、やめる理由を見分けることです。「困難だからやめる」のか、「もっと相性のいいものを見つけたからやめる」のか。後者なら、撤退はむしろ合理的な前進になります。

うまくいかなかった経験も、失敗ではなく「自分との相性を測る実験データ」になる。人生すべてが実験なのだ、と本書は捉え直してくれます。

おわりに

この本を読んで、長年の焦りが少しほどけました。いろいろ手を出してきた時間を、ずっと「散らかり」だと思っていました。でも本書は、それを「幅」と呼び替えてくれます。狭く深くだけが正解ではない。むしろ予測のきかない世界では、幅こそが武器になる。

もちろん、専門性が要らないわけではありません。著者もスペシャリストの価値は認めています。ただ、早く絞ることに焦り、合わない道に自分を縛りつけているなら、一度立ち止まる価値がある。

回り道は、まだ終わっていない実験です。あなたの「散らかった経験」は、これから一つにつながるかもしれません。


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専門バカは、生き残れない。 RANGEの中心テーマである「ジェネラリストの強み」を、もっと身近な働き方の言葉で掘り下げたコラムです。専門に絞る焦りを感じている人の背中を押してくれます。

なぜ「専門家」の予測は、広く知る人より外れるのか 本書の「キツネとハリネズミ」を、予測という切り口で深掘りした記事。一つの理論に固執する人より、幅広く知る人の判断が当たる理由が腑に落ちます。

『科学的な適職』鈴木祐さん RANGEのマッチ・クオリティーと響き合う一冊。「やりたいこと」で仕事を選ぶ危うさを科学的に示し、相性の見つけ方を補ってくれます。


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