子どもをご褒美で釣ってはいけない。ほめて伸ばすべきだ。テレビやゲームは制限したほうがいい。
これらは、子育てを語るときに誰もが一度は口にする「常識」です。けれど、それを裏づける科学的な根拠を示せる人は、ほとんどいません。多くは「うちはこれでうまくいった」という、たった一人の体験談の積み重ねなのです。
『「学力」の経済学』は、教育経済学者の中室牧子さんが、海外と日本の膨大な実験データをもとに、その常識を一つひとつ検証していく本です。出てくる結論は、しばしば私たちの直感を裏切ります。
「ご褒美で釣ってもいい」「やみくもにほめてはいけない」。なんとなく信じていた前提が、データの前で次々にひっくり返っていく。その爽快さと居心地の悪さが、同居しているのが本書の読み味です。
教育は、誰もが学校に通った経験を持つぶん、一人ひとりが評論家になりやすい分野です。だからこそ、個人の物語ではなく検証可能なデータで語ろう——これが、この本を一冊つらぬく姿勢です。
編集部として最初に強調しておきたいのは、本書は「正しい子育てのマニュアル」ではないということ。むしろ、思い込みを疑うための「ものの見方」を授けてくれる本だと読みました。

こんな人におすすめ
第一に、子どもの成績が伸びず、つい有名大学に入れた親の体験談を探してしまう人。誰か一人の成功体験が、自分の子に当てはまる保証はどこにもありません。この本は、再現できる「正解」をデータから探します。
第二に、「勉強しなさい」と毎日言っているのに、まったく効かないと感じている親。後で触れますが、その声かけは効果が低く、母親が娘に言う場合はむしろ逆効果になる、というデータすらあります。
第三に、人事評価や人材育成で、何を評価軸にすべきか悩んでいるビジネスパーソン。「結果ではなく行動を評価する」「能力ではなくプロセスをほめる」という本書の知見は、そのまま組織のマネジメントに転用できます。これは子育て本の顔をした、れっきとした「人を動かす」ための本でもあるのです。
核心は「データはだませない」という一点
著者が教育や子育てを語るとき、絶対的な信頼を置いているものがあります。それが、データです。
象徴的なエピソードがあります。試験の直前になると「祖母が亡くなった」と申し出る学生が、なぜか増える。ある分析によれば、その確率は中間試験前で通常の10倍、期末試験前で19倍、成績の芳しくない学生に限れば50倍にもはね上がったといいます。
ある先生がこのデータを学生たちに見せたところ、それ以降、祖母を亡くしたと申し出る学生が一人もいなくなったそうです。
人間はだませても、データはだませない。
本書の姿勢は、この一言に凝縮されています(中室牧子『「学力」の経済学』より)。個人の言い分はいくらでも取り繕えるが、集団から立ち上がる数字は嘘をつかない。
だから著者は、教育を「経済活動」、つまり投資として捉えます。株式投資のように「収益率」や「費用対効果」で測る。精神論が先に立ちがちな日本の教育論のなかで、この視点はかなり異質で、だからこそ価値があると感じました。
相関と因果を取り違えると、子育てを間違える
本書を読むうえで欠かせない道具が、「相関関係」と「因果関係」の区別です。地味な話に見えて、実はここがすべての土台になります。
相関とは「AとBが同時に起きている」だけの状態。因果とは「Aという原因がBという結果を生んだ」状態を指します。たとえば「読書する子は学力が高い」は相関にすぎません。これだけでは「読書させれば学力が上がる」とは言えないのです。
なぜなら、第三の要因が両方に効いている可能性があるから。たとえば、親が教育熱心だから、子どもは読書もするし学力も高い。この場合、読書と学力のあいだに直接の因果はありません。
本書はこれを「見せかけの相関」と呼びます。世の中の教育情報の多くが、この落とし穴にはまっている、という指摘は耳が痛いところです。
では、本物の因果をどう測るのか。本書が「ゴールドスタンダード」と呼ぶのが、ランダム化比較試験です。対象者をくじ引きのように「介入するグループ」と「しないグループ」に分け、結果の差を比べる。
こうすれば、介入そのものの効果だけを純粋に取り出せます。本書のデータの多くが、この厳密な手法に支えられている——だからこそ説得力があるわけです。
ご褒美は「結果」ではなく「行動」に与える
「テストで良い点を取ったらお小遣いをあげる」。よくあるご褒美の与え方ですが、これは学力を上げません。
ハーバード大学のフライヤー教授が、アメリカの5都市で約3万6千人の子どもを対象に、約94億円を投じた大規模実験を行いました。テストの点数という「結果」にご褒美を出すグループと、本を読むなどの「行動」にご褒美を出すグループを比べたのです。
伸びたのは、行動にご褒美を与えられた子どもたちでした。点数にご褒美をぶら下げられた子は、まったく伸びなかった。理由はシンプルです。「良い点を取れ」と言われても、子どもはどうすれば点が上がるのか、その方法を知りません。
でも「本を読め」なら、何をすればいいか一目瞭然です。ご褒美は「やる気のスイッチ」ではなく「行き先を示す標識」として効く。
ここを取り違えると、お金も労力も無駄になります。
ただし例外もあります。ニューヨーク市立大学のロドリゲス准教授の実験では、努力の道筋を示す指導者がそばにいれば、結果へのご褒美でも学力が改善しました。
要は「何をすればいいか」さえ示されれば効く、ということ。ご褒美の中身にもデータがあって、シカゴ大学のレヴィット教授らによれば、小学生には同額のお金よりトロフィーが、中高生以上にはお金のほうが効きました。
年齢で響くものが変わるのです。なお「ご褒美で釣ると勉強の楽しさが消える」という心配も、実験では裏づけられませんでした。
ほめるなら「能力」ではなく「努力」をほめる
「子どもはほめて育てるべき」。これも、やり方を間違えると逆効果になります。
コロンビア大学のミューラー教授らの実験です。良い点を取った小学生を二つに分け、一方には「頭がいいのね」と能力をほめ、もう一方には「よく頑張ったわね」と努力をほめました。結果は、ほとんど残酷なほど対照的でした。
能力をほめられた子は、難しい問題に挑戦しなくなり、意欲を失い、成績を落とし、あげく成績についてウソをつく傾向まで高まった。一方、努力をほめられた子は、粘り強く挑戦を続け、成績を伸ばしたのです。
「天才だね」という言葉は、よかれと思って口にするものですが、それが子どもを守りに入らせる——ここは多くの親がドキッとする部分でしょう。
「あなたはやればできる」とむやみにほめるのも危険です。バージニア連邦大学のフォーサイス教授らの実験では、成績の悪い学生に自尊心を高めるメッセージを送ったら、かえって期末試験の成績が下がりました。
ここで一つの誤解が解けます。「自尊心が高いから成績が良い」のではなく、「成績が良いから自尊心が高い」。順番が逆だったのです。中身を伴わないまま自尊心だけを持ち上げても、実力の伴わないナルシストを育てかねない、というわけです。
人生を決めるのは、学力より「非認知能力」
本書がもっとも強く訴えるのが、非認知能力の重要性です。
非認知能力とは、IQや学力テストでは測れない、人間の気質や性格的な特徴のこと。自制心、やり抜く力(GRIT)、協調性などを含み、「生きる力」と言い換えてもいいでしょう。
その証拠としてよく引かれるのが、シカゴ大学のヘックマン教授らによる「ペリー幼稚園プログラム」です。低所得層の3〜4歳児に質の高い幼児教育を提供し、約40年も追跡した。
参加者は学歴や所得が高く、生活保護の受給率や逮捕率が低かった。社会収益率は年率7〜10%。4歳のときに投じた100円が、65歳のときには6千円から3万円ほどになって社会に還元される計算です。
驚くのは、長期的に伸びたのが認知能力ではなかった点です。IQへの効果は8歳ごろで消えてしまう。それでも人生が好転したのは、自制心ややり抜く力が育ったからでした。
有名なマシュマロ実験も同じ方向を示します。「大人が戻るまで我慢できたらマシュマロを2つあげる」と告げられて我慢できた4歳児は、高校生になったときのSATスコアがずっと高かった。
4歳の我慢が、十数年後に効いてくるのです。
そして本書には希望があります。非認知能力は後から鍛えられる。自制心は筋肉のように、計画を立て、記録し、続けることで伸びる。「ウソをつかない」「ルールを守る」といった基本的なしつけを受けた人は、受けなかった人より年収が86万円高い、というデータもあります。
地味なしつけが、長い目で見れば立派な投資になっているわけです。
ゲーム制限も「勉強しなさい」も、ほぼ効かない
家庭でよくやる介入の多くが、効果が薄いか逆効果だ——これも本書の発見です。
日本のデータでは、1時間テレビやゲームをやめさせても、増える学習時間は男子で最大1.86分、女子で最大2.70分。ほとんど増えません。空いた時間をスマホやネット動画に使うだけだからです。
しかも1日1時間程度のテレビやゲームなら発達への悪影響はなく、まったくしないのと変わらない。問題は「するかしないか」ではなく「2時間を超えるやりすぎ」のほうにあります。
「勉強しなさい」という声かけも効果が低く、母親が娘に言う場合は逆効果ですらある。では何が効くのか。「勉強を見ている」「時間を決めて守らせる」という、親が自分の時間を犠牲にして手間をかける関わりです。
これは祖父母やきょうだいが担っても、同等の効果が出ます。要は、言葉ではなく時間を差し出せ、ということなのでしょう。
友達の影響、いわゆるピア・エフェクトも一筋縄ではいきません。学力の高い友達がプラスに働くのは、もともと学力の高い子だけ。学力の低い子を無理に高すぎる環境へ入れると、自信を失わせる負の効果が出ることがあります。
一方、問題行動を起こす友達の影響は大きく、引っ越しのように環境ごと変える選択が子どもを救うこともある。「いい環境に入れれば伸びる」という素朴な期待にも、慎重さが要るのです。
投資は「早いほど」効き、「いい先生」は伸び幅で測る
「教育費は大学に向けて貯めておくべき」と多くの人が信じています。でもデータは逆を示します。収益率がもっとも高いのは、小学校に入る前の幼児教育。学齢が上がるほど収益率は下がる。早いうちにお金をかけるほど、人生へのリターンが大きいのです。
国家レベルの政策にも、本書は容赦なくメスを入れます。人気の「少人数学級」は、学力を上げる因果効果はあるものの、教員増のコストが莫大で費用対効果は低い。
対照的に、マダガスカルで親に「教育の収益率」という情報を提供しただけで、子どもの学力がたった5か月で上がった。ほとんどお金のかからない情報提供が、少人数学級よりはるかに効率的だったわけです。
最後に、教員の質。本書の言う「いい先生」とは、他人と比べるのではなく、過去のその子自身と比べて昨日より今日と伸ばせる先生です。この伸び幅を「付加価値」と呼びます。
ハーバード大学のチェティ教授らは、全米約100万人のデータと納税記録から、付加価値で下位5%の教員を平均的な教員に替えるだけで、子どもの生涯収入を学級あたり2500万円押し上げられると推計しました。
ところが、成果主義ボーナスも教員研修も、質を上げる明確な証拠は乏しい。免許の有無による差すら小さい。唯一効いたのが、先にボーナスを渡し未達なら返還させる「失うボーナス」でした。
損失を避けたい心理が働く——同じお金でも、見せ方しだいで結果が変わるのです。
おわりに——正解は、体験談の外にある
この本を読み終えて残るのは、「正解は体験談の外にある」という感覚です。
財政難の日本だからこそエビデンスが必要だ、と著者は言います。限られたお金と時間を、思い込みではなく効果の証明されたことに使う。これは国の政策だけでなく、家庭での毎日の関わりにも、そのまま当てはまります。
ただし著者自身、論拠の多くが米国の研究に依存している限界を認め、日本でのデータ収集と実験の必要性を繰り返し訴えています。だから本書は「データを盲信せよ」とは言っていません。むしろ、データを集め続け、疑い続ける姿勢こそがメッセージなのだと、編集部としては受け取りました。
まずは今日、「頭がいいね」を一回だけ、「よく頑張ったね」に言い換えてみる。大きな決意はいりません。その小さな言い換えこそ、データに沿った第一歩なのです。
合わせて読みたい
『「原因と結果」の経済学』中室牧子×津川友介 本書の土台にある「相関と因果の区別」を、同じ著者がさらに丁寧に解説した一冊。データに騙されない思考の道具がほしい人はこちらへ。
『才能の正体』坪田信貴 「能力ではなく努力をほめる」という本書の知見と響き合う本。才能は生まれつきではなく、後から作られるという視点が、非認知能力の話に重なります。
『HIDDEN POTENTIAL』アダム・グラント 持って生まれた才能より、伸ばす力こそが人生を分ける。非認知能力が成功を左右するという本書のメッセージを、別の角度から確かめられます。
