「1億7000万ドルを投じた情報システムが、ほとんど誰にも使われないまま廃棄される」。そう聞くと、よほど無能な集団の仕事だろうと思う。ところがこれは、9・11の教訓を受けて立ち上がったFBIの新システム開発「VCF」の顛末だ。
部門をまたいだ情報共有ができなかった反省から、すべてを一新するはずだった。緻密な計画のもとに始まり、三年後、税金をまるごと溶かして完全に破綻した。
ジェフ・サザーランド『スクラム 仕事が4倍速くなる世界標準のチーム戦術』は、この手の大型プロジェクトがなぜ計画通りに進めようとするほど崩れるのか、その一点を掘り下げる本である。
著者は少し変わった経歴の持ち主だ。スクラムの共同開発者でありながら、元は戦闘機のパイロットで、のちにがん研究の統計分析にも携わった。その全部が、この仕事術のルーツになっている。
本書の主張はシンプルかつ大胆で、スクラムを正しく回すチームは生産性が3〜4倍になり、突出したチームは8倍を繰り返し達成する、というものだ。まずは、その数字の根っこにある思想から見ていきたい。
緻密な計画ほど現実に負ける——背骨は「検査と適応」
スクラムを一言でいえば、大きな計画を捨て、短いサイクルで実際に動くものを作り、そのつど確かめて直す仕事の進め方だ。なぜ計画を捨てるのか。人間は不確実な未来を細かく予測することが絶望的に下手だから、というのが著者の答えである。
裏づけとして挙がるのが「不確実性のコーン」——プロジェクト初期に出した見積もりは、実際の所要時間に対して最大で4倍から4分の1、幅にして16倍もぶれる。
つまり冒頭で引かれる美しいガントチャートは、現実ではなく願望を棒グラフにしたものにすぎない。詳細な初期計画とは、地図を実際の地形と取り違えた作りごとなのだ。
だから解は、計画を死守することではなく、進みながら直すことになる。ここでスクラムの背骨になるのが「検査と適応」だ。折にふれて立ち止まり、やるべきことからずれていないか、もっとうまくやる方法はないかを検証して修正する。
このループを高速で回し続ける。原型は著者が戦闘機パイロット時代に叩き込まれたOODAループ——観察・情勢判断・意思決定・行動——にある。偵察機の半数が撃ち落とされる戦場では、この回転の速さが生死を分けた。
もっとも、これを計画無用論として受け取るのは早計だと編集部は見る。本書が壊すのは「一度立てた計画に現実のほうを従わせる」という倒錯であって、方向を定める作業そのものではない。
小さく混ぜて自律させる——人を足すほど遅くなる逆説
計画の代わりにスクラムが賭けるのは、個人ではなくチームだ。天才を集めるより、チーム全体の連携を最適化するほうが生産性への効き目は桁違いに大きい、と著者は言う。
理想のチームの条件は三つ。まず小さいこと(5〜9人)、次に企画から実装・テストまで必要なスキルを内側に全部そろえる機能横断であること、そして「どうやるか」を自分たちで決める自律性を持つことだ。
とりわけ響くのが人数の話である。ソフトウェア開発491件を調べたパトナムの調査では、8人を超えた途端に完了までの時間が跳ね上がった。3〜7人の小さなチームは、9〜20人のチームのわずか4分の1の労力で同じ量を終わらせている。
理由はコミュニケーション経路の爆発だ。5人ならつながりは10通りだが、10人では45通りに膨れ上がる。しかも人間が一度に頭で追える情報のかたまりは、せいぜい4つ程度しかない。
「遅れているプロジェクトに人を足すと、さらに遅れる」という有名な法則の正体は、この経路の爆発にある。
これが劇的に効いた例が、先のFBIの再建プロジェクト「センチネル」だ。外注先は4億5000万ドルを使って半分しか進めていなかった。引き継いだチームは契約を解除し、契約スタッフを約220人から40人へ、職員を30人から12人へ大胆に減らし、残り2000万ドルで2週間ごとのスクラムを回して20ヶ月で完成させた。
人を減らして速くなる、という逆説である。役割は三つに整理される。何をどの順でやるかとその理由を決めるプロダクトオーナー、チームの流れを止める障害を取り除くスクラムマスター、そして手を動かすチーム。
指揮命令する「ボス」は、ここにいない。
スプリントで刻み、ムダを「罪」として削り取る
スクラムの時間は、スプリントという固定サイクルで刻まれる。1週間から1ヶ月の区切りの中で、実際に動くものを作りきる。毎朝あるのがデイリースタンドアップ。
上司への進捗報告会ではなく、全員が立って15分以内、昨日ゴールのために何をしたか・今日は何をするか・妨げは何かの三つだけを共有し、その場で助け合って解散する。
スプリントの終わりには、動く成果を見せるデモと、進め方そのものを振り返るレトロスペクティブが待つ。ここで著者が念を押すのは、何ができたかではなく「どうやったか」を振り返れという一点だ。
速さを上げる最大のレバーは、成果物ではなくプロセスの側に隠れている。
本書がもっとも厳しくなるのが、ムダを扱うくだりである。トヨタの大野耐一を引きながら、著者はムダを単なる非効率ではなく道徳的な悪と呼ぶ。意味のない仕事は、そこに費やされた人の時間、つまり命を奪うからだ。
槍玉に挙がる筆頭がマルチタスクで、同時進行が2つで20%、5つ抱えると実に75%が切り替えロスで消えるという。次がやりかけの仕事。スクラムでは「半分できた」は「何もしていない」と同じ、価値ゼロと見なす。
だから「バグも手直しもなく、誰が見ても終わっている」という完了の定義を、あらかじめ言葉にしておく。三つ目が手戻りで、パーム社の調査ではバグを3週間後にまとめて直すと、当日直す場合の24倍もの時間がかかった。
そしてミスが起きたとき、著者は犯人探しを禁じる。人は失敗を個人の性格や能力のせいにしがちだが、行動の大半はその人を取り巻くシステムが決めている——「根本的な帰属の誤り」という心理の歪みだ。
責めるべきは人ではなく、過ちを生む仕組みのほう。ムダを「罪」とまで言い切る筆致には過剰さも感じるが、その激しさは、非効率を当たり前のコストとして放置してきた現場への挑発として読むと腑に落ちる。
見積もりを勘から技術に変える——相対比較とフィボナッチ
「これ何時間かかる?」に、人は正確に答えられない。一方で「AよりBはどれくらい大きいか」という相対比較は得意だ。スクラムはこの脳のクセを逆手に取る。
タスクの規模をTシャツのサイズや犬の大きさのように相対的にとらえ、数値化にはフィボナッチ数列(1、2、3、5、8、13…)を使う。数の間隔が離れているので「5か8か」で迷いにくく、合意が速い。
見積もりはチーム全員が同時にカードを出す「見積もりポーカー」で行い、声の大きい人や上役に引きずられる同調バイアスを防ぐ。数字が割れたら理由を共有して議論する——一人で見積もるより、短時間で統計的に精度の高い結論が出る。
作る順番はバックログという優先順位リストで管理し、価値の8割は2割の機能に詰まっているという80対20の法則に従って、価値の大きい2割から先に手をつける。
完成を待たずに動く最小単位を出して反応を得るのがMVPだ。契約の作法も鮮やかで、仕様変更を禁じて変更料を取るのではなく、変更は無料にする代わりに、新しい機能を足したら同じ見積もりポイントの別機能を削る。
この等価交換にすると、顧客は本当に欲しいものだけを最速で受け取り、開発側の利益率もむしろ上がったという。当たり前を反転させるこうした設計に、スクラムの真骨頂がある。
幸福は成功の原因——生産性を先読みする指標としての幸福度
本書でいちばん意外なのは、最後の主張だ。「成功したから幸せ」ではなく「幸せだから成功する」——因果が逆だ、というのである。27万5000人を対象にした225本の研究の分析によれば、大きな成果の前に、まず幸福感がある。
幸福な人は認知能力と創造性が引き出され、その結果として成功をつかむ。実務でこれが強いのは、幸福度が未来のベロシティを予測する先行指標になるからだ。
売上や進捗レポートは過去の結果しか映さないが、週ごとに幸福度を測ると、成果が実際に落ちる数週間前に、幸福度のほうが先に下がり始める。問題が表面化する前の、芽のうちに手を打てる。
土台になるのが徹底した見える化である。進捗も優先順位も、ときに給与や財務まで、すべてを全員に開く。病院向けソフトのペイシエントキーパー社はこの透明性で生産性を4倍にし、年45回のリリースを実現していた。
ところが著者が去り、新経営陣がスクラムをやめて従来の管理に戻すと、リリースは年2回に激減、収益は半減し、離職率は10%未満から30%超へ跳ね上がった。
仕組みを外した途端の転落である。この一社の落差は、スクラムの成果が個人の才能ではなく「回し続ける仕組み」の側に宿ることを、何より雄弁に語っている。
もっとも、幸福度を指標にする発想には注意も要る。数字にした瞬間、それ自体が管理と評価の道具に変わり、正直な申告をゆがめかねないからだ。著者自身、うまく回りだしたチームが「今のままで十分」と改善を止める「幸福のバブル」を警告している。
破るには、ベロシティを冷徹に数字で見続け、耳の痛い現実をあえて口にする役をチームの中で機能させること。結局この本が説くのは、大きな計画にしがみつくのをやめ、小さく作って確かめ、ムダを削り、人ではなく仕組みを直す——その反復を、機嫌よく続けることに尽きる。
明日ひとつだけ動かすなら、いま抱えている案件を数えることをすすめたい。3つ以上を同時に進めているなら、最も大事な一つに絞り、それを「完了」させてから次へ。
あなたの時間の75%は、たぶんそこで取り戻せる。
