借金はしないほうがいい。無借金経営こそ、健全な会社の証だ——。多くの人がそう信じているし、編集部も長らくそう思っていた。ところが武蔵野の社長・小山昇は、本書の冒頭であっさりと「無借金=罪悪」と言い切る。
会社を守るのは利益ではなく、いざというときに動かせる現金であり、金利を払ってでもそれを厚く積むことこそ社長の第一の仕事だ、というのが本書の背骨にある主張だ。
面白いのは、この本を書いたのが税理士でも元銀行員でもない点だ。銀行やお金の本の多くは、貸す側にいた人間が書く。本書は逆で、資金ショートや貸し剥がしを自分の会社で味わい、いまは潤沢な現預金を持つ現役の中小企業経営者が、借りる側の生々しい目線で綴っている。
だから理屈がどこか泥くさく、そのぶん腹に落ちる。以下、その一見過激な論理を追いかけてみたい。

会社は赤字では潰れない、現金が尽きたときに潰れる
本書がくり返す大原則は、拍子抜けするほど単純だ。会社は赤字でも倒産しないが、現金が回らなくなれば黒字でも倒産する。利益と現金はまったくの別物で、売上が立って帳簿が黒字でも、その中身が売掛金、つまり回収前のツケであれば、支払日に手元は空っぽになりうる。
会社の生死を分けるのはP/Lに並ぶ利益の数字ではなく、いま口座にいくら現金があるかだ。
説得力があるのは、著者自身が地獄を見ている点だ。武蔵野は2008年、都市銀行の貸し剥がしと売掛金の膨張が重なり、使える現金が一時34万円まで落ちたと本書は明かす。
経理担当が月末に1万円札をキーボードにかざし、残高が増えるよう祈ったという描写は、笑い話のようでいて背筋が寒い。給料日の三日前に資金が回らず、定期預金の解約を申し出たら、解約を嫌がった銀行が慌てて5000万円を融資してしのいだという。
だからこそ本書は、緊急時の支払い能力を数字で持てと説く。世間の目安が月商1倍のところ、武蔵野は月商3倍を狙う。現金は会社の血液だ、というわけだ。
ここは全面的に同意できる。ただ月商3倍という水準は中小企業にとって相当に重く、業種や成長段階によっては過剰な守りにもなりうる。数字そのものより、守りの現金の量を経営目標として明文化するという発想を受け取るのが、実務的だろう。
「無借金経営」という、いちばん危ない経営
本書のいちばん過激で、いちばん面白いのがここだ。無借金経営はほめ言葉ではなく危険信号だ、と著者は言う。理屈はこうだ。銀行は過去の取引実績を重んじるため、一度も借りて返した実績のない無借金企業は、いざ金が要るときにかえって警戒され、あっさりはしごを外される。
晴れの日に信用を作っていない会社に、雨の日の傘は差し出されない。
象徴として挙がるのがスカイマークだ。無借金をモットーに融資を受けていなかったため、資金繰りが傾いたときに銀行の支援を得られず民事再生に追い込まれた、と本書は指摘する。
だから小山は、借金ができる信用そのものを財産と捉える。好調なうちに借りて返すをくり返して実績を積み、金利は無駄なコストではなく、赤字でも会社を立て直すための時間を買う保険料だと考える。
8億円を借りたまま一切使わず普通預金に眠らせ、金利を2年分の時間を買う対価として払っている経営者まで紹介される。
この逆説は刺激的だが、鵜呑みは危険だ。借金が信用になるのは、借りた金を使わず現金として厚く抱えられる体力があってこそ成り立つ。手元に余裕のない会社が同じ理屈で借りれば、それはただの負債でしかない。
「借りられる信用」を持つことと「借りて使う」ことはまったく別で、本書が勧めているのは前者だけだ。ここを取り違えないことが、この本を安全に使う条件になる。
無借金という言葉の否定に目を奪われがちだが、本書が本当に嫌っているのは「無借金であること」そのものではなく、「銀行との関係を持たず、いざというときの調達手段を自分から捨てている状態」だ。
そう読み替えれば、過激な断言の下にある論理はずっと穏当で、実務的に受け取れる。
銀行は「儲かる会社」ではなく「返す会社」に貸す
銀行が赤字企業に絶対貸さない、というのは誤解だと本書は言う。銀行がいちばん見ているのは、儲かっているか(収益性)ではなく、確実に返せるか(返済能力)だからだ。
本書が示す財務格付けの配点はわかりやすい。返済能力が合計55点なのに対し、収益性はわずか15点。つまり手元に現金があって返すあてがある会社なら、一時的な赤字でも融資は通りうる。
スコアが一定ラインを超えれば、本来は担保も個人保証もいらない、とまで踏み込む。
この配点は、赤字を出すたびに頭を抱えてきた経営者にとって、静かに効く福音だ。銀行が見ているのは一年の勝ち負けではなく、これから返せる会社かどうかという継続性である。
だとすれば、決算が一時的に沈んでも、現金と関係さえ保っていれば取引はそう簡単に切れない。むしろ危ういのは、黒字を出していても現金が薄く、銀行との関係が希薄な会社のほうだ。
数字の見栄えと会社の頑丈さは、必ずしも一致しない。ここは肝に銘じておきたい。
さらに銀行は、決算書という定量情報だけでなく、社内の整理整頓や社員の挨拶、規律といった数字に出ない定性情報まで見ている。支店長がアポなしで訪ねてくるのは、それを自分の目で確かめるためだ。
武蔵野の「お見舞い融資」の逸話が効いている。2013年に小山が緊急入院し、社長不在の月が赤字になったとき、銀行は資金を引き上げるどころか、各行から総額4億円もの追加融資を出した。
月商3倍の現預金という返済能力と、日頃の関係が効いた結果だという。数字と関係の両輪で信用は作られる、という主張の実証例として説得力がある。
無担保・無保証を勝ち取る「3点セット」
担保や個人保証を求められるのは、経営者が信用されていない証拠だ——本書はそう突き放したうえで、信用の作り方を「3点セット」に落とす。中身は経営計画書、経営計画発表会、銀行訪問の三つだ。
会社のルールと5年先の数字をまとめた経営計画書を作って銀行に配り、期首に支店長らを招いて発表会を開き、3ヶ月に一度、20分以内の定期訪問で数字と現状を包み隠さず報告する。
この愚直なくり返しが、銀行の側に貸さざるを得ないと感じさせる。
コツとして繰り返し強調されるのが、良い情報より悪い情報を先に、正直に出すことだ。赤字やトラブルこそ原因と対策をセットにして真っ先に伝える会社にこそ、銀行は安心して味方につく。著者に言わせれば、社長の言葉は取り繕えても、社員の振る舞いは取り繕えない。
口先で立派なことを並べても、懇親会で社員がだらしなければ、定性情報で会社の本質は見抜かれる。裏返せば、整った現場そのものが最強の交渉材料になる。
実務家として見れば、この「悪い情報を先に出す」は銀行に限らず、取引先や社内にも効く普遍的な作法だ。
3点セットは、要は情報開示の頻度と質を自分から高める仕組みにほかならない。銀行の不安の正体は、貸した金がどう使われ、どんな状態にあるのか見えないことにある。
だから先回りして見せる会社は、それだけで警戒を解かれる。逆に、いい話しか持ってこない社長は、悪い話を隠しているのではと疑われる。多少の運用コストはかかるが、担保や個人保証という重い枷を外せるなら、投資対効果は破格だと言っていい。
B/Sは社長ひとりで一晩で変えられる
黒字なのに現金が残らない。その原因を本書は、多くの社長がP/L(もうけの計算書)ばかり見て、B/S(財産の状態を示す表)を見ていないからだと断じる。
痛快なのは、P/Lの利益を上げるには社員全員の協力が何ヶ月も要るのに対し、B/Sの改善は社長ひとりの決断で一瞬で進む、という指摘だ。ルールは二つだけ。
資産はより早く現金化できる科目へ寄せ、負債はより返済を先延ばしできる科目へ寄せる。売掛金を前受金に変え、不要な在庫や固定資産を圧縮する。
一番強烈なのがWEBマーケティング会社ミスターフュージョンの事例だ。利益は出ているのにキャッシュフローが悪く、口座残高が一時48円まで落ちた。
そこで売上の8割を占めた下請けのHP制作をやめ、自社が立て替えない手数料ビジネスへ転換。顧客が広告費を直接カード決済する仕組みに変えて売掛金をなくしたところ、3年で残高は4億円まで膨らんだという。
桁の派手さは差し引いて読むべきだが、売掛金を持たないビジネスモデルへ組み替えるという一点は本質的だ。ほかにも、10億円の不良在庫を半減し支払手形を圧縮して個人保証を外した会社、土地を売ってリースバックに切り替え金利を6割カットした会社が並ぶ。
もっとも、B/Sを一晩で変えられるという表現は威勢がよすぎる。前受金への転換も在庫の圧縮も、実際には取引条件の交渉や顧客の同意を伴う。決断は一晩でも、実装には相応の時間と痛みがかかる。
本書の勢いに乗せられすぎず、まず自社のB/Sを開いて動かせる科目を探す、という一歩から始めるのが現実的だ。
銀行と対等に付き合う、泥くさい技術
最後に本書は、日々の付き合い方の細かな技術を惜しみなく並べる。繰り上げ返済はするな、というのが象徴的だ。銀行は融資時に将来の金利まで見込んで利益を立てているので、勝手に早く返すのはその利益を奪う行為であり、恩を仇で返すことになる。
取引銀行は1行に絞らず、都市銀行・地方銀行・信用金庫・政府系をバランスよく持ち、健全に競わせる。手形貸付は避け、支払猶予や金利の相談が利く証書貸付で借りる。
定期預金は1本にまとめず2500万円×4本のように分け、一部を担保に取られても残りを動かせるようにしておく。銀行員のノルマが厳しい3月・4月・9月・10月を狙って交渉する——といった具合だ。
小粒に見えて、知っているかどうかで結果が変わる実務知が詰まっている。ここは辞書のように引けばいい。総じて本書は、経営者が毎晩お金の心配をせず本業に集中するための、心の安定剤のような一冊だ。
その安定は稼ぐ量からではなく、お金と銀行の仕組みを正しく知ることから来る。著者は「社長の無知は、犯罪と同じ」とまで書く。裏を返せば、知れば防げるということでもある。
まずは自社のB/Sを開くところから、始めてみてほしい。
