「web3もNFTも、結局は一部の金持ちが投機で盛り上がっているだけ」——そう決めつけて距離を置いてきた人ほど、伊藤穰一さんの『テクノロジーが予測する未来』は刺さります。
本書はこれらの技術を「儲かるかどうか」ではいっさい語りません。焦点はもっと手前、働き方や文化、教育や民主主義といった、社会のかたちそのものがどう組み替わるのかにあります。
正直に言えば、編集部の担当者も最初は「高額なデジタル画像を転売する話」くらいに構えていました。ところが本書の主張はまるで逆側を向いています。
web3の核心は「分散」であり、巨大プラットフォームが握ってきた所有を個人の手に取り戻す、歴史的な転換なのだと。以下、その見取り図をたどっていきます。
web3の正体は儲け話ではなく、所有権の奪還にある
本書を貫く問いは驚くほど素朴です。伊藤さんは、テクノロジーを使って「私たちはどんな社会をつくりたいのか」を先に決めよ、と繰り返します。技術はあくまで道具であって答えではない。
よりフェアで持続可能な社会というビジョンが先にあり、NFTもDAOもその部品として位置づけられる——この順番こそ本書の背骨です。
技術面の入口になるのが、インターネットを三幕で捉える整理です。「読む」だけのWeb1.0、誰もが「書く」ようになったWeb2.0、そして「参加する」web3。
Web2.0までは価値がGoogleのようなアプリの層に吸い上げられていましたが、web3ではイーサリアムのような土台の規格、つまりプロトコルの層に価値がたまるとされます。
ユーザーは「ウォレット」という自分専用の財布を通じて、資産を特定のアプリに縛られず直接所有できるようになる。この「持ち出せる所有」の感覚が、本書を読み解く鍵になります。
その裏で動いているのが「クリプトエコノミー」、法定通貨とは別に暗号資産が循環する経済圏です。本書によれば世界人口のおよそ2.5%、2億人ほどがすでに参加しており、これは1998年頃のインターネット普及率に近いといいます。
私たちが今いるのはまだ黎明期だという実感を、この数字は静かに突きつけてきます。
この経済圏で流通の主役になるのが「トークン」です。本書はこれを三つに整理します。ビットコインやイーサのように交換できるファンジブルトークン、組織の議決権を担うガバナンストークン、そして唯一無二で交換のきかないNFT。
三者はばらばらに見えて、じつは「価値をトークンに載せて動かす」という一点で貫かれています。所有権も、労働への報酬も、意思決定の一票も、すべてがトークンという共通の器に還元されていく。
ここを掴んでおくと、以降の働き方や文化の話が一本の線でつながって見えてきます。
会社に「所属」する時代から、プロジェクトに「参加」する時代へ
働き方の章で主役になるのがDAO(分散型自律組織)です。経営者も従業員もおらず、トークンを持つ参加者全員で運営される組織——中央の管理者が存在しないのが最大の特徴です。
これによって仕事は「会社に所属する」形から「面白いプロジェクトに参加する」形へ移る、と本書は描きます。たとえば空き家問題を解決するDAOに共感したら、資金を出すなり得意分野で手を動かすなりして関わり、貢献した分だけトークンで報酬や権限を受け取る。
株主・経営者・従業員という階層がないので、誰もが対等です。所属の縛りもないため複数のDAOをかけもちするのが当たり前になり、本業と副業の境目も溶けていく。
介護や育児で従来の勤め方が難しかった人にも、選択肢が開かれます。
この仕組みは政治のかたちにも及びます。本書が挙げるのは新潟県・山古志地域の「デジタル村民」。トークンを通じて、物理的にそこに住んでいなくても地域の運営に参加できる試みです。
とはいえ全員参加で決めるがゆえに、意思決定が衆愚に流れるリスクもある。本書はそこを冷静に指摘したうえで、専門外の議題は詳しい人へ投票権を委ねる「委任」の仕組みとセットで論じます。
民主性と専門性を両立させようとする、地に足のついた設計です。
もっとも編集部としては、ここに一段の留保を置きたくなります。DAOが理念どおりに回るには、参加者が関わり続ける熱量が要る。現実には投票率が伸びず、一部の大口トークン保有者へ決定が偏る例も珍しくありません。
本書が描くのはあくまで理想形であって、そこへ至る運用の泥臭さは読者が自分で補って読む必要がある。ただ、その理想形を先に言語化しておくこと自体に、羅針盤としての価値がある——そう受け止めるのが、本書とのちょうどいい距離感だと思います。
NFTは投機の道具ではなく、値段のつかない価値を映す鏡
第2章の文化論で、本書はNFTのイメージを大胆に塗り替えにきます。世間の理解は「高額なデジタルアートの転売」でしょう。実際、2021年にはビープルというアーティストの作品が約75億円で落札され、世界的なブームの号砲になりました。
けれど本書が強調するのは、まるで別の側面です。NFTの本質は、これまでお金に換算できなかった価値を可視化することにある、と。毎年お参りしてお布施をするともらえる「参詣NFT」、特定の学問を修めた証しの「学位NFT」、お守りの真贋証明——信仰心や学識のように値段のつかなかったものを、資産として残せるようになる。
この発想の伸ばし方が、いかにも本書らしいところです。
だから消費のかたちも変わります。作り手とファンが直接つながる「D to F(ダイレクト・トゥ・ファン)」へと軸が移り、NFTは会員証のようにコミュニティ参加の証しになる。
ここで著者ははっきり釘を刺します。NFTは「儲かりそうだから」ではなく「純粋に好きだから」買い、応援したい相手のパトロンになるつもりで持てというのです。投機の熱狂から最も遠いところに、本書のweb3観は立っています。
とはいえ、市場の実態が本書の理想どおりかといえば、そう単純でもありません。NFT取引の多くはいまなお値上がり期待に支えられ、ブームの過熱と急冷を何度も経験してきました。
「好きだから買う」という規範は美しい一方で、現実のマーケットとの温度差は読み手が冷静に見ておくべきところです。それでも本書の価値は揺らぎません。
値段のつかなかった愛着や信頼を「かたち」にして残せる、というNFT本来の可能性を、投機の喧騒の下から掘り起こして見せた——その視点の付け替えこそが、この章のいちばんの収穫だと感じました。
メタバースと教育が崩していく「肩書き」の効力
第3章以降、話はアイデンティティへ広がります。本書のメタバースの定義は広めで、VRに限らず、価値の交換がなされるオンライン空間全般を指します。
最大の意味は「身体性からの解放」です。性別も年齢も身体の不自由さもいったん脇に置き、アバターとして対等に参加できる。ニューロダイバーシティ(脳神経の多様性)を包み込む場として描かれる点に、著者の価値観がにじみます。
ただし手放しの理想郷ではありません。ブロックチェーン上では取引履歴が他人から丸見えになり、ウォレットの中身がそのまま「評判」を形づくる。だからこそ場面ごとにアバターやウォレットを使い分ける「アイデンティティ・マネジメント」が、現実の技術として要る——本書はそう冷静に補います。
この「評判」の思想は、教育論にも直結します。ブロックチェーンに活動履歴や貢献度が正確に刻まれれば、それは履歴書以上に雄弁なプロフィールになる。
結果として学歴至上主義は効力を失い、代わりに「パーパス・ベース・ラーニング」が前に出ます。まず成し遂げたい目的があり、そのために必要な知識を後から吸収していく——教科書を覚えてから使う、という順番をまるごと逆さにする学び方です。
この学歴の話は、日本の読者にとってとりわけ重い含意を持ちます。刻まれる「評判」が本当に機能するなら、どの学校を出たかより、何をどれだけやり切ったかが問われる社会に近づく。
ただし、その評判を誰がどう可視化し、信頼を担保するのかは、本書のなかでもまだ描き切られてはいません。ここは技術と社会の成熟を待つ論点だと、割り引いて読んでおくのが誠実でしょう。
それでも「学びと仕事と遊びの境目が溶けていく」という方向感は、キャリアを考えるうえで一度は立ち止まって受け取る価値があります。
日本の才能を国外へ押し出す、重税という参入障壁
本書の危機感が最も強くにじむのが、日本論です。国内でトークンを発行・上場すると多額の税がかかり、暗号資産を円に戻す際には最大55%が課される。
この参入障壁ゆえに、有望なweb3スタートアップや腕のいいエンジニアが、税制の有利な海外へ流れ出ている。著者はこれを深刻な人材流出と捉えます。
日本で利益を円に戻しにくいからこそ、資金がクリプトの内側で再投資され続ける、という皮肉な循環も生まれています。
突破口として示されるのが、日本が強みを持つコンテンツビジネスです。それを国内市場に閉じ込めず、初めから世界を見据えて展開する。「ドメスティックをデジタルへ、デジタルをグローバルへ」という視野の広げ方こそ再起の鍵だと説きます。
さらに鋭いのが意思決定への批判で、文系が計画し理系が下請けで実装するという構造そのものを壊し、技術を深く理解する人を設計の中枢に据えよと迫る点です。
これはweb3に限らず、日本のあらゆる組織に刺さる指摘でしょう。
光だけでなく影も直視する、その誠実さ
本書は、web3を礼賛して終わる本ではありません。ハッキングによる巨額の資金流出、勝手に送りつけられたNFTを開くとウォレットを抜かれる詐欺、追いつかない法整備——影の部分も正面から書きます。
かつて批判の的だった電力消費の問題にも触れつつ、イーサリアムなどが環境負荷の低い方式へ移りつつあることも押さえる。さらに、カーボンクレジットのトークンを買い占めて流通量を絞り、間接的にCO2削減を促すDAOのように、技術で生まれた問題を技術で解き返す動きまで、同じ目線で扱います。
この両面を隠さない姿勢こそが、本書の説得力を静かに支えています。
読み終えて手元に残るのは、個々の技術知識よりも「向き合い方」のほうです。web3もNFTも、それ自体があなたを幸せにする魔法ではない。だからまず問うべきは値上がり益ではなく、本気で応援したい相手は誰か、参加したいコミュニティはどこか、という「好き」の在り処です。
少額を入れたウォレットを用意し、好きなNFTをひとつ買い、気になるDAOのDiscordをのぞいてみる。その小さな一歩が、本書のいう「参加する社会」への入口になります。
