「GAFAはもう古い」と言われたら、あなたはどう感じるでしょうか。
本書がいちばん最初に突きつけてくるのは、この感覚のズレです。日本ではグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの4社が最先端だと信じられている。けれど著者に言わせれば、GAFAばかりを見て安心しているのは、世界の中でも日本くらいなものだというのです。
『2025年を制覇する破壊的企業』を書いた山本康正さんは、元グーグルの社員で、いまはベンチャーキャピタリストとして成長企業に投資する人物です。
技術の中身がわかり、なおかつ「そのビジネスは本当に儲かるのか」というお金の目線も併せ持っている。この二刀流の視点こそが、本書をありふれた未来予測本から一段引き上げています。
刊行は2020年11月。新型コロナの真っただ中でした。「コロナでテクノロジーの進化は10年早まった」という認識を土台に、本書は5年後の2025年に世界がどう作り替えられているかを描き出します。
読み手として面白いのは、まさにその2025年を私たちが通り過ぎた今だからこそ、予測の当たり外れを答え合わせしながら読めるという点です。

こんな人に読んでほしい
- 自分の業界はテクノロジーとは無縁だと思っている人。本書を読むと、その「無縁」という油断こそが、いちばん危ない立ち位置だと気づかされます。
- AmazonやAppleのニュースを見ても「すごいね」で終わってしまう人。彼らが表向きのサービスの裏で何を狙っているのか、その戦略の輪郭まで読めるようになります。
- 5年後も会社が自分を必要としてくれるか、ふと不安になる人。組織だけでなく個人が何を身につければいいかまで、本書は具体的に踏み込んでくれます。
「本当に儲かるか」で企業を選ぶ目
未来予測の本は世の中にあふれています。本書がそれらと違うのは、技術の目新しさや話題性で企業を選んでいない点です。
著者の判断基準はシンプルで、「そのテクノロジーは本当に社会に浸透するか、つまり儲かるか」。どれほど革新的でも、儲からなければ世の中には広がらない。
これは数多くの企業の生き死にを間近で見てきた投資家ならではの、地に足のついた割り切りです。技術ジャーナリストが陥りがちな「未来っぽいから取り上げる」という誘惑から、著者は徹底して距離を置いています。
その目で選ばれたのが、2025年を制覇する11社です。GAFA、マイクロソフト、ネットフリックスという定番の顔ぶれに加えて、日本ではまだ馴染みの薄い企業が並びます。電気自動車のテスラ、代替肉のインポッシブル・フーズ、投資アプリのロビンフッド、セキュリティのクラウドストライク、ネットショップ作成のショッピファイ。
著者はこれらを、時価総額が一時的に跳ねただけの企業ではなく、社会へのインパクトが強く、これからも伸び続ける「ホームラン級の成長」をする企業として選び抜いています。一発の本塁打を狙う、という野球の比喩がそのまま使われているのが象徴的で、地味に儲かる企業ではなく、ゲームのルールごと書き換える企業を見ているわけです。
象徴的なのがグーグルの未来像です。私たちは検索したいものを自分の手で打ち込みますが、グーグルが本当に目指しているのは「検索する前」の世界。これまでの行動データから、あなたが欲しいものをAIが先回りして差し出す。
検索という行為そのものが、いずれ要らなくなる——本書はそう見立てます。生成AIが日常に溶け込んだ今、この予測の鋭さは振り返るほど際立ちます。
メガトレンド1 業種の壁が消え、巨大企業が生まれ直す
本書はこの11社の動きを、3つの大きな潮流に整理します。1つ目が、業種の壁の崩壊です。
これまで企業は「自動車メーカー」「小売業」というように、一つの本業の枠の中で勝負していました。ところがこれからは、データを軸にあらゆる業種をまたぐ企業が勝つ。著者はこれを「新しいコングロマリット化」と呼びます。
ここで言うコングロマリット(複合企業)は、昔ながらの単なる多角化とは別物です。違うのは、1つの事業で得たデータや知見を別の事業に注ぎ込み、相乗効果を雪だるま式に膨らませていく点。
バラバラの事業を寄せ集めた財閥ではなく、データという一本の背骨で全事業がつながっている姿を思い描くとわかりやすい。
その典型がアマゾンです。小売業のはずが、購買データをもとにローンや保険といった金融に進出し、ヘルスケアや物流にまで触手を伸ばしています。テスラはさらに大胆で、車から吸い上げる走行データを武器に、自動車保険そのものを手がけようとしています。
その先に待つのが、既存産業の破壊です。テスラやアマゾンが見据えるロボタクシー(運転手のいない自動運転タクシー)は、運賃の約7割を占める人件費が丸ごと消えるため、700円かかっていた移動が200円ほどに落ちる。
本書は、これが鉄道や自動車ディーラーといった足元の産業を静かに飲み込んでいくと予測します。
著者は、5年後に破壊される危険が高い業界として、小売、エネルギー、金融、ゲーム、システム開発、家電、モビリティ、対面だけの教育の8つを名指しします。
代理店やディーラーのような「中間業者」も、生産者と消費者が直接つながる流れの中で、存在意義をじわじわ失っていく。自分の仕事がこのリストのどこかに引っかからないか、読みながら背筋が冷える人は少なくないはずです。
メガトレンド2 売るのはモノではなく「体験」
2つ目の潮流は、価値の中身がモノから「体験」へと移ることです。
性能の良いハードや便利なソフトを差し出すだけでは、もう差がつかない。顧客にとって最高に気持ちのいい体験を届けられるかどうかが、勝敗を分けます。
象徴的なのがアップルの「Apple Card」です。アップルはこのカード事業単体の利益を、極端に言えばゼロでもかまわないと考えている。狙いはカードで稼ぐことではなく、iPhoneユーザーに「快適なお金の使い方」という体験を提供し、自社の経済圏から離れられなくすること。
これが「体験で囲い込む」ということです。
ここには評価基準の地殻変動があります。新商品が売れなければ普通は失敗と判定されますが、データが取れたり、別のサービスに加入してくれたりすれば、彼らにとっては失敗ではない。
実際アマゾンは独自スマホ「Fire Phone」で派手に転びましたが、その反応データをしっかり回収し、次の開発に流し込んでいます。失敗の定義そのものを書き換えている、と言ってもいい。
本書はこの体験重視を、古典的なマーケティングの言葉で言い直します。
ドリルを売ることが重要ではなく、穴をあけることが問題解決だ
顧客が本当に欲しいのはモノそのものではなく、その先にある結果や体験なのだ、という指摘です。半世紀前から語られてきたこの教訓が、データの時代に一段とリアルになっている。
テスラの発想も同じ筋です。創業者は「車とコンピュータは出てくる順番を間違えた。正解はコンピュータに車輪をつけることだ」と語ります。テスラの車は、買ったあともソフトウェアのアップデートで性能が上がり続ける。
ハードはもはや、体験を届けるための入れ物にすぎないのです。
メガトレンド3 データを制する者が未来を制す
3つ目がデータです。じつは3つの潮流のうち、すべての土台になっているのがこれだと言っていい。
データが蓄積されると、「情報の非対称性」が消えていきます。売り手と買い手のあいだにある情報の格差が縮まり、無駄が削られる。その結果、需要や顧客の属性に合わせて価格が秒単位で動く「ダイナミックプライシング」が当たり前になります。
航空券やホテルの値段がころころ変わるあの仕組みが、あらゆる商品に広がるイメージです。
著者は、AIの価値を「アルゴリズム×データ量」という掛け算の式で表します。どれほど優秀なアルゴリズムでも、掛け合わせるデータが乏しければ力を発揮できない。だから巨大企業は、なりふり構わずデータをかき集めるのです。
データの威力を物語るのがテスラ保険です。テスラは100万台分の走行データを土台に保険を設計し、同じ保障内容を20〜30%安く提供できると言います。
事故を起こしにくい運転かどうかを、本人より車のほうが正確に知っている。保険会社という仲介役を、データの力で軽々と飛び越えてしまうわけです。
ネットフリックスはこれを極北まで押し進めます。視聴者のデータを解析し、いずれ「視聴者が100万人いたら100万通りのストーリー」を生み出す。一人ひとり違う物語が再生される未来を、本書は真顔で描きます。
プライバシーを心配する人もいるでしょう。ただ本書は、データを差し出すことで商品が安くなったり、究極のおもてなしを受けられたりするなら、多くの人は喜んでデータを渡す世界になると見ています。
この割り切りに賛否はあるはずで、ここは読者として立ち止まって考えたいところです。便利さと引き換えに何を手放しているのか、その天秤を意識できるかどうかが、これからの生活者のリテラシーになります。
企業はどう生き残るか サブスクと自己否定
ここまでが未来予測です。本書の後半は、ではこの激動をどう生き抜くかという処方箋に切り替わります。まずは企業の話から。
カギの一つがサブスクリプションです。ただし本書は、多くの企業がサブスクを「リース」と取り違えていると鋭く指摘します。リースはモノを一定期間貸すだけ。
サブスクは、顧客と常時つながってデータを取り、そのデータで体験を改善し続ける仕組みです。この違いを履き違えると、定額制を導入しても勝てない。
形だけ真似てもメガトレンドには乗れない、という戒めです。
もう一つが、過去の成功体験を捨てる勇気です。かつて大企業の堀だった豊富な資本や巨大なインフラは、クラウドの普及で誰もが借りられるものになりました。むしろ規模の大きさが、素早く動くための足かせに変わっている。
だから本業への固執は危険です。著者は、必要な技術をすべて自前で抱え込もうとせず、足りないものを持つベンチャーをM&A(買収)で取り込む柔軟さを勧めます。グーグルがYouTubeやアンドロイドを買収し、その後の覇権を築いたように。
そして根っこにあるのが「Done is better than perfect(完璧を目指すよりまず終わらせろ)」という姿勢です。完璧な商品を時間をかけて磨くより、未完成でも早く出して反応を見ながら直していく。このスピード感が、これからの企業の生命線になります。
個人はどう生き残るか 5つのスキルとタグの掛け算
最後に、私たち一人ひとりの話です。ここが本書のいちばん実践的で、いちばん読み手の背中を押す部分かもしれません。
著者は、これからのビジネスパーソンに必須の5つのスキルを挙げます。「英語」「ファイナンス」「データサイエンス」「プログラミング」「ビジネスモデルが読めること」です。
英語で翻訳される前の最新情報に直接触れ、ファイナンスで経済の血の巡りを理解する。データサイエンスとプログラミングで、AIに何ができて何ができないかを肌で把握する。
そして身の回りのサービスがどこで儲けているかを読み解く。どの業界に身を置いていても共通して効く、いわばベーススキルです。
ただし、5つを全部きわめる必要はありません。大事なのは「タグ」を掛け合わせること。自分が持つスキルや経験を一つひとつのタグだと捉え、それを組み合わせると、自分にしか出せないオンリーワンの価値が立ち上がる。
一芸で頂点を取れなくても、複数の中の上を掛け算すれば希少になれる、という現実的な処方箋です。
著者は、キャリア選びには「好きなこと」「得意なこと」「社会からの報酬が高いこと」の3つが重なる必要があると言います。情熱や能力だけでなく、それが社会から求められて稼ぎにつながるか、という冷めた目も欠かせない、と。
もう一つの武器が「ストラクチュアル・ホール」になることです。これは異なる業界やグループのあいだに空いた、情報の交差点を指します。同じ業界の仲間とばかり群れるのではなく、別の畑の人と「弱いつながり」を持つ。
その結節点に立つと、業界の内側だけでは絶対に手に入らない情報やチャンスが、自然と集まってきます。
そして本書がくり返し鳴らすのは、会社に依存するのは危険だという警鐘です。会社という看板に寄りかからず、どの業界でも名指しで必要とされる人材になっておく。これが、破壊の時代を生き抜く個人の最終的な答えだと著者は言い切ります。
明日からできること
本書を閉じたあと、まず一つだけ動くなら、普段使っているサービスの「儲けの仕組み」を考えてみることをおすすめします。
なぜこのアプリは無料で使えるのか。どんなデータを差し出していて、それがどう体験の向上に使い回されているのか。Amazon、Netflix、Zoom——身近なサービスを解剖する癖がつくと、本書の言う3つのメガトレンドが、遠いニュースの中ではなく自分の生活の中に立ち上がってきます。
「資産だと思っていたシステムは負債に変わり、身動きが取れなくなる」。これは大企業への警告ですが、個人にもそっくりそのまま当てはまります。今の自分の強みは、5年後も資産でいられるか。その問いを自分ごととして持てた人から、変化に乗り遅れずに済むのだと思います。
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