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「あの失敗」がまた起きる──組織が同じ過ちを繰り返す構造的な理由

約6分で読めます 戦略・経営・事業
目次

1986年、NASAのスペースシャトル・チャレンジャーが打ち上げ直後に爆発しました。原因は、低温下でのOリングの劣化。技術者は事前にリスクを指摘していたのに、打ち上げは強行された。

そこから17年後の2003年。今度はコロンビア号が大気圏再突入時に空中分解します。

調査委員会の報告書には、こう書かれていました。「チャレンジャー事故と不気味なほど類似した組織的要因が見られる」。NASAは、17年かけて同じ失敗を繰り返したわけです。

これはNASAだけの話ではありません。「なぜうちの会社は同じ失敗を繰り返すのか」という嘆きは、業界を問わず聞こえてきます。個人のミスなら対策できる。でも、組織が構造的に同じ過ちを繰り返すのは、もっと根深い問題が絡んでいます。

「学んだはず」が機能しない構造

失敗から学ぶ。言葉にすれば当たり前のことです。

ただ、組織の学習には2つの種類があります。組織学者のクリス・アージリス氏が提唱した「シングルループ学習」と「ダブルループ学習」です。

シングルループ学習は、既存のルールの中で行動を修正すること。たとえば「報告書の提出が遅れた」→「締め切りを3日前倒しにする」。これはこれで大事です。でも、そもそも報告書のフォーマットが現場の実態と合っていない、という問題には手が届かない。

ダブルループ学習は、ルールや前提そのものを疑い直すこと。「なぜこの報告書が必要なのか」「そもそも情報共有の仕組み自体が間違っていないか」。こちらのほうがはるかに難しい。

『失敗の本質』で分析された旧日本軍は、この構造的な学習の欠如を象徴する組織でした。ガダルカナルで白兵突撃が失敗した後、何が起きたか。戦術を根本から見直すのではなく、「次はもっと多くの兵力で突撃する」という方向に進んだ。やり方の前提を疑えないまま、同じパターンを繰り返したんです。

なぜダブルループ学習は難しいのか。アージリス氏の研究では、多くの組織が変化への抵抗、失敗への恐怖、過度な管理志向によってダブルループ学習を阻害していると指摘されています。

つまり、組織が「失敗から学んだ」と言うとき、それはたいていシングルループの範囲に留まっている。前提を変えるほうの学びは、組織の構造そのものが邪魔をしています。

成功体験が「次の失敗」を準備する

もう一つ、厄介な構造があります。過去の成功が、次の失敗の種になるという逆説です。

『イノベーションのジレンマ』でクリステンセン氏が描いたハードディスク業界の歴史は、この構造を鮮やかに見せてくれます。

14インチドライブで市場を制した企業は、8インチドライブを無視した。8インチで勝った企業は、5.25インチを軽視した。5.25インチの王者シーゲイトは、3.5インチへの参入で後れを取った。

面白いのは、どの企業も「合理的に判断して」失敗している点です。

シーゲイトの技術者たちは、実は早い段階で3.5インチドライブのプロトタイプを開発していました。ところがマーケティング部門が主要顧客に意見を聞くと、「もっと大容量のドライブが欲しい」という答えが返ってくる。収益性の低い小型ドライブに注力する合理的な理由がない。だから見送った。

この判断は、そのときの文脈では完全に正しい。既存顧客の声に耳を傾け、利益率の高い製品に投資を集中させる。経営の教科書が推奨する行動そのものです。

でも、まさにその「正しい経営」が、破壊的イノベーションへの対応を遅らせた。

しかもこのパターンは一度きりではなく、世代が変わるたびに繰り返されました。14インチの勝者が8インチに負け、8インチの勝者が5.25インチに負け、5.25インチの勝者が3.5インチに負ける。毎回、同じ判断構造で、同じ結末に至っている。成功のパターンが組織のDNAに刻まれ、それ以外の選択肢を構造的に排除してしまう。

『戦略の要諦』でルメルト氏はこれを「偶像化」と呼んでいます。ある時代にうまくいったことが「ウチのやり方」として定着し、環境が変わっても手放せなくなる。歴史学者トインビーが文明の興亡で指摘したのと同じ構造が、企業の中で再現されているわけです。

NASAのケースでも同じパターンが確認されています。調査委員会は、NASAの文化的問題として「過去の成功を将来の成功の根拠とする思い込み」を挙げました。Oリングの問題も、断熱材の剥落も、以前のミッションで「大事に至らなかった」から、リスクとして正常化されていった。

成功体験は、組織に自信を与えると同時に、盲点を作る。これが構造的な問題です。

「記憶する仕組み」がない組織は、同じ道を歩く

3つ目の構造的要因は、組織の記憶の問題です。

コロラド大学デンバー校の研究チームは、組織が大きな失敗を繰り返す原因を調査しました。そこで浮かび上がったのは、「組織学習の失敗」ではなく「組織記憶の失敗」という視点です。

教訓は学ばれていた。報告書も書かれていた。でも、それが組織の中に定着しなかった。

人が入れ替わる。プロジェクトが変わる。当時の文脈を知る人がいなくなる。新しいメンバーには「タスク」は引き継がれるけれど、「なぜそのタスクが必要なのか」という背景は引き継がれない。

たとえば、ベテランのエンジニアが退職すると、その人が持っていた「あのシステムをこう設計した理由」「過去にこの方法で失敗した経験」といった暗黙知も一緒に消える。後任は引き継ぎ資料を読んでも、そこに書かれていない判断の文脈までは受け取れません。

旧日本軍でも同じことが起きていました。『失敗の本質』が指摘するように、陸軍と海軍はそれぞれ独立した組織として動き、情報も教訓も共有されなかった。ガダルカナルでの失敗がインパール作戦に活かされることはなく、ミッドウェーの教訓がレイテ海戦に反映されることもなかった。

組織の記憶は、個人の頭の中にしかない状態では脆い。人が抜ければ記憶も消える。

ここで重要なのは、「記録」と「記憶」は違うという点です。報告書をファイルサーバーに保存しても、それは記録にすぎません。記憶とは、意思決定の瞬間に参照される生きた知識のこと。NASAには過去の事故報告書が山のようにあった。でも組織の目は常に「次のミッション」に向いていて、過去を振り返る文化がなかった。

「うちは大丈夫」を疑う仕組みをつくる

ここまで見てきた3つの構造──前提を疑えないシングルループ学習、成功体験の偶像化、組織記憶の消失──は、どれも「優秀な組織」ほど陥りやすいのが厄介なところです。

では、どうすればいいのか。

誤解:失敗を分析すれば、同じ失敗は防げる → 分析だけでは足りません。問題は「何が起きたか」ではなく「なぜその判断が合理的に見えたか」のほうにあります。シーゲイトの意思決定は、当時の情報と価値基準の中では正しかった。だから、判断のプロセスではなく、判断の前提を定期的に棚卸しすることが必要です。四半期に一度、「私たちが当然と思っている前提は何か」を書き出すだけでも、盲点の発見につながります。

誤解:優秀な人材を集めれば、組織は賢くなる → 旧日本軍の参謀たちは、陸軍大学校の成績上位者で構成されていました。個人の能力は高かった。でも、異質な意見を排除し、発想が均質化した組織は、環境変化に対して脆い。重要なのは、個人の優秀さよりも「自分たちの判断を疑える仕組み」を持つこと。たとえば、重要な意思決定の前に「この判断が間違っているとしたら、何が原因か」を全員で考える「プレモーテム」を取り入れる。

誤解:マニュアルや報告書を充実させれば、知識は引き継がれる → 記録は記憶の代わりにはなりません。「なぜその判断をしたか」「どんな選択肢を捨てたか」という文脈まで残す必要があります。具体的には、プロジェクト終了時に「判断の背景メモ」を残す習慣をつけること。意思決定の結果だけでなく、却下した選択肢とその理由もセットで記録する。


組織が同じ失敗を繰り返すのは、誰かが無能だからではありません。むしろ、全員が合理的に行動した結果として、同じ場所に戻ってしまう。

それは構造の問題です。そして構造の問題は、構造を変えないと解決しない。

「うちは大丈夫」と思っている組織ほど、この罠に近いところにいる。その自覚こそが、たぶん最初の一歩です。


この記事で参考にした本

『失敗の本質』戸部良一ほか → 旧日本軍の組織的失敗を分析し、シングルループ学習の限界と組織文化の硬直性を明らかにした名著

『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン → 「正しい経営判断」が企業を滅ぼすメカニズムを、ハードディスク業界の事例で鮮やかに描いた

『戦略の要諦』リチャード・P・ルメルト → 過去の成功体験の「偶像化」が組織の適応力を奪う構造を指摘し、課題特定の重要性を説いた


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