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『ビジネスモデル・ジェネレーション』オスターワルダー&ピニュール|分厚い事業計画書を、1枚の絵に変える

戦略・経営・事業 ✍ オスターワルダー&ピニュール
約7分で読めます

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『ビジネスモデル・ジェネレーション』
目次

新しい事業を思いついたとき、多くの人がまず取りかかるのは分厚い企画書づくりです。数十ページの資料、細かい売上予測、緻密な市場分析。ところが書き上がる頃には、当の本人ですら事業の全体像を一息で説明できなくなっている。

会議で配っても、参加者はそれぞれ別のページを眺めているだけで、議論はどこか噛み合わない。

『ビジネスモデル・ジェネレーション』が突きつけるのは、その正反対の発想です。事業の仕組みは、たった1枚の絵に収まる。必要なのは9つの箱と、貼ったり剥がしたりできるポスト・イットだけ。

著者はアレックス・オスターワルダーとイヴ・ピニュール(翻訳は小山龍介さん)ですが、本の成り立ち自体が異色です。45カ国470人の実践者がオンラインで議論を重ね、9年かけて共同で編み上げました。

後半で登場する「オープンビジネスモデル」という概念を、この本は制作プロセスそのもので先取りして体現しているわけです。

なぜ「共通言語」づくりが、すべての出発点なのか

本書がまず解決したのは、意外にも定義の問題でした。ビジネスモデルとは何か。本書はこれを「組織がどのように価値を創造し、顧客に届けるかを論理的に記述したもの」と定めます。

一見当たり前ですが、この「記述」が長らく厄介でした。人によって使う言葉が違い、部署によって思い描く絵が違う。開発と営業と経営がそれぞれ別のものを「ビジネスモデル」と呼んでいれば、そもそも同じ土俵では話せません。

本書の狙いは、誰もが同じ1枚を指さして議論できる共通言語をつくることにあります。それがビジネスモデルキャンバス、9つのブロックで事業全体を描く1枚の図です。

この発想の効き目は、現場に立つほど分かります。経営層から現場のエンジニアやデザイナーまで、背景の異なるメンバーが1枚を囲み、付箋を動かしながらその場で仮説を組み替えられる。

分厚い計画書には逆立ちしてもできない芸当です。裏を返せば、本書の本当の発明はキャンバスという様式そのものよりも、社内の会話を成り立たせる語彙を全員に配った点にあると、編集部は見ています。

本書全体も、この共通言語という思想に沿って三段構えで進みます。まず事業を語る言語であるキャンバスを定義し、次にその言語で名だたる成功例を読み解いた「型」を示し、最後に道具と型を使って自分で新しいモデルを生み出すデザインの手法を渡す。

言語を覚え、お手本を写し、やがて自分の文章を書けるようになる。語学の習得によく似た流れで、以降はこの順にたどっていきます。

9つのブロックで、事業の全体像を1枚に収める

キャンバスは事業を顧客・価値提案・インフラ・資金の4領域に分け、その中に9つのブロックを並べます。

出発点は顧客セグメント、つまり「誰に」届けるかです。広く狙うマス市場、特定ニーズに絞るニッチ、細分化した層、複数の異なるニーズを併せ持つ多角型、そしてカード会社のように保有者と加盟店の双方を仲介するマルチサイド型があります。

次が価値提案、「なぜ他社ではなく自社が選ばれるのか」の理由です。源泉は新奇性、性能、カスタマイズ、デザイン、ブランド、低価格、リスク低減、使いやすさなど多岐にわたります。

残りはこれらを支える仕組みです。顧客へ届けるチャネルは、認知・評価・購入・提供・アフターサービスの5段階で捉える。獲得か維持か販売拡大かを定める顧客との関係は、セルフサービスから専任担当、コミュニティや共創まで幅がある。

資産売却や利用料・購読料・仲介手数料・広告といった収益の流れには、決まったリスト価格の固定型と、需給で動く変動型の二通りがあり、ホテルや航空券でおなじみの在庫状況で値が変わる利益率管理は後者の代表です。

さらに事業を動かすリソース(人・モノ・カネ・知的財産)、欠かせない主要活動、自前主義を捨てて組むパートナー、そして低価格で戦うコスト主導型か価値で戦う価値主導型かで性格が決まるコスト構造が並びます。

肝心なのは、9つが互いに支え合っている点です。AppleのiPodは端末販売で稼いでいるように見えて、その裏ではレコード会社との契約が生んだ巨大な音楽ライブラリとiTunesが「リソース」として効き、競合を寄せつけない堀になっている。

ひとつのブロックだけを切り出しても意味はなく、つながりで読むから価値が出ます。本書はさらに、キャンバス右側の顧客・価値提案を感情や体験の「右脳」、左側のリソースやコストを効率のロジックの「左脳」になぞらえます。

片側だけを最適化してしまう誘惑を、1枚の上で全体を見渡すことによって断ち切る、という設計思想です。

成功事例に共通する5つの「型」を借りる

ゼロから発明しなくていい、というのが本書の優しさです。建築に再利用できる設計の型があるように、産業を越えて通用するビジネスモデルの型を、本書は5つに整理しました。

アンバンドルは、求められる文化が正反対な3つの事業(顧客との関係・製品開発・インフラ運営)を無理に同居させず切り離す型。ロングテールは、少ししか売れない商品を大量に束ねて大ヒットに匹敵させるモデルで、低い在庫コストと探しやすいプラットフォームが条件です(Netflixやレゴファクトリー)。

マルチサイドプラットフォームは、相互に依存する複数グループを1つの場でつなぎ、ネットワーク効果で価値を膨らませます(Google、任天堂のWii、App Store)。

とりわけ示唆に富むのがフリー戦略です。誰かが継続的に無料で価値を受け取り、その費用は別の場所から回収する。広告型、フリーミアム、そしてジレットの替刃に代表される「エサと釣り針」の3つがあります。

象徴はSkypeで、ユーザーの9割は無料で使い、残り1割の有料利用者が全体を支える構造のまま、売上5億5000万ドルに届きました。無料は慈善ではなく、緻密に設計された収益構造だという事実が突き刺さります。

古くは1958年、Xeroxがコピー機を月額95ドル(2000枚分のコピー代込み、超過は1枚5セント)でリースし、導入の壁を一気に下げた例も同じ発想です。

最後のオープンビジネスモデルは、社外の知恵を取り込む「アウトサイド・イン」と、社内の資産を外へ出す「インサイド・アウト」の両方向で外部と協力する型。

P&Gが外部研究開発の比率を5割へ引き上げ開発生産性を85%高めた話や、難題を抱える企業と世界中の研究者を結び解決者に5000ドルから100万ドルの賞金を払うInnoCentiveが、その代表例です。

編集部として付け加えるなら、これらは分類のための分類ではありません。自社を1つの型に当てはめて安心するためではなく、いま乗っている型からわざと降りてみるための踏み台として使うと、いちばん効きます。

値下げ合戦で消耗しているなら、そもそも課金の相手を変えるフリー戦略や、稼ぐ場所を移すマルチサイド型に逃げ道がないかを、この5枚のカードで探ってみる、という具合です。

ビジネスパーソンが「デザイナー」になるための道具箱

型を借りるだけでは、いずれ他社と同じ発想に行き着きます。だから本書は最後に、自分でゼロから設計するための手法を渡します。掲げるのは、ビジネスパーソンは自らデザイナーになるべきだ、という一線です。

起点は、企業視点を捨てて顧客の目で世界を見ることです。共感マップという道具で、対象が何を見聞きし、何を感じ、とりわけどんな「痛み」と「得たいもの」を抱えているかを書き出します。

ヘンリー・フォードが残したとされる「顧客に望みを聞けば、より速い馬が欲しいと答えただろう」という言葉のとおり、人は自分の本当のニーズを言葉にできない。

だから市場調査を鵜呑みにするのは危うい、と本書はここで釘を刺します。そこへ「もし製品を全部無料にしたら」といった極端な問いを重ねて現状の常識を強制的に外し、大きな紙に付箋を貼るビジュアルシンキングで議論を可視化する。

ナプキンの落書きレベルの試作をいくつも並べて見比べ、最後は物語(ストーリーテリング)で周囲の抵抗を解く。分析するのではなく、手を動かして考える一連の作法です。

興味深いのは、この5つがどれも「早く、安く間違えるための道具」だという点です。最初のアイデアに惚れ込む前に、荒削りな複数案を並べて臆せず捨てられる。惚れ込みを避ける仕掛けそのものが手法として組み込まれているところに、470人の実践知がにじんでいると感じます。

手放しで礼賛する前に押さえたい、キャンバスの限界

ここまで持ち上げておいて水を差すようですが、キャンバスは万能ではありません。9つのブロックはある時点の事業を写した一枚のスナップショットであり、時間の流れや競合の反応、実際に世へ出して初めて分かる不確実性までは描き込めない。

埋めた瞬間に「分かった気」になってしまう危険は、皮肉にも分厚い企画書と地続きです。描くこと自体が目的化すれば、壁一面の付箋は達成感を生むだけの装飾に変わりかねません。

だからこの道具は、単体ではなく仮説検証とセットで使うのが正解だと編集部は考えます。キャンバスはあくまで議論のたたき台であり、書けた図の見栄えではなく、それを顧客にぶつけて何度書き換えたかで価値が決まる。

1枚に描く目的は結論を出すことではなく、チームで書き換え続けられる状態をつくることにあります。

イノベーションは、必ずしも画期的な新技術から生まれるわけではありません。任天堂のWiiがあえて枯れた部品を選んだように、誰に、どうやって課金するのか、そのルールを少し組み替えるだけで業界の風景は一変します。

まずは机の上に大きな紙とポスト・イットを一つ置き、あなたの仕事を9つの箱で描いてみる。その1枚が、明日の会議の景色を変える起点になります。


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