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『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』北嶋貴朗|新規事業の「まぐれ当たり」を仕組みに変える

戦略・経営・事業 ✍ 北嶋貴朗
約7分で読めます

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『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』
目次

新規事業の会議で「とりあえずリーンスタートアップでいこう」と誰かが口にした瞬間、そのプロジェクトはすでに黄信号かもしれない。流行りの型を持ち込めば自社でもイノベーションが起きる——そう信じてアイデアソンを開き、社内コンテストを走らせる企業は多い。

だが、そこから本当に化ける事業が育った例はほとんどない。本書はそう断じるところから議論を始める。

『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』の著者・北嶋貴朗さんは、13年で2,500社を超える新規事業に伴走してきた株式会社Relicの代表だ。

狙いは一貫している。成功を「たまたま当たった個人の手柄」で終わらせず、「何度でも打てる組織の仕組み」へと作り替えること。すなわち再現性である。

成功法則は存在しない——鍵は自社の「変数」を見極めること

本書の出発点は明快だ。どんな会社にも効く新規事業の成功法則など存在しない。優れた理論を知っていても実践できないのは、会社ごとに前提条件が違うからだ。

北嶋さんはこれを「変数」と呼ぶ。経営層のコミットメント、組織文化、割ける人材。この変数を無視して他社の成功事例やフレームワークをそのまま持ち込んでも、機械は動かない。

多くのノウハウ本が汎用の「型」を売るのに対し、本書はまず自社の変数を測れと迫るところに独自性がある。ここは編集部としても膝を打った視点だ。手法の優劣を論じる前に、その手法が載る土台のほうを問うている。逆に言えば、本書を読んでも「うちはどの変数が弱いのか」を自分で診断する作業からは逃げられない。答えではなく、答えの出し方を渡してくる本だと捉えたい。

もう一つ、本書がスタートアップではなく大企業に照準を絞る点も見逃せない。日本の優秀な人材・資金・技術の多くは大企業に偏在しており、豊富なアセットを持つ彼らこそイノベーションの本命だという読みだ。

少子高齢化に世界で先んじて直面する日本を「課題先進国」と捉え、社会課題を事業で解く側に回ろうとする姿勢も一貫している。その実装が、既存事業を深める「知の深化」と新規を探る「知の探索」を両立させる両利きの経営であり、本書はこれを戦略・組織・実行の三位一体として組み上げていく。

企業内新規事業が死ぬ三つの構造——ビジョン不在・減点主義・型の誤用

なぜ企業内の新規事業はうまくいかないのか。本書はその理由を三つの構造に切り分ける。ここが議論全体の土台になる。

一つ目は、ビジョンや方針の不在だ。「自社にとって必要な新規事業とは何か」という判断軸がないまま走るので、投資の可否を決められず、リソースが各部署にばらけて消えていく。

二つ目は、多産多死を許容できない組織であること。既存事業では「失敗しないこと」が出世の近道になりがちで、その減点方式を成功率の低い新規事業に持ち込むと、少しでも不確実な芽は決裁の段階で摘まれてしまう。

三つ目は、自社に合わないプロセスの実行だ。スタートアップを真似てアイデアソンに走るのも、逆に既存事業と同じ厳格な計画主義を当てはめるのも、どちらも手段の目的化にすぎない。

根っこにあるのは、既存事業と新規事業の性質の違いである。顧客も市場も見えている既存事業では「調査・分析・計画」が効く。一方、データが皆無に近いところから始まる新規事業には「仮説・検証・修正」が要る。

土俵がまるで違うのに同じ戦い方を持ち込むから負ける、という指摘は、多くの現場の敗因を静かに言い当てている。三つの失敗が「人の能力」ではなく「構造」に帰属している点も重要だ。

担当者を替えても構造が変わらなければ結果は変わらない、という含意がここにある。

全社ビジョンから逆算するインキュベーション戦略と投資領域の描き方

ビジョン不在への処方箋が「インキュベーション戦略」だ。個別事業の寄せ集めではなく、全社ビジョンから逆算して「なぜやるのか」「どこにいくら張るのか」を定める中長期の方針を指す。

本書は、ビジョンの明確化から意義の言語化、既存事業に干渉されない投資原資の確保、テーマ設定、目線合わせ、アプローチの決定、ポートフォリオ編成まで、七つのステップで描いていく。

投資領域の決め方も具体的だ。市場と商品を軸に、不確実性の高さで四つに分ける。既存の延長で不確実性が低い中核領域、資源を転用しやすい隣接領域、用途開発や能力拡張が要る周辺領域、市場も商品も未知の革新領域。

自社がどこを狙うかを先に決めることで、事業の輪郭が定まる。面白いのは、不確実性を避けること自体がリスクだという逆説だ。確実なデータを求めて低い不確実性の領域だけを狙えば、機会がすでに顕在化しているぶん他社も気づいており、あっという間にレッドオーシャンになる。

安全に見える道こそ、実は最も危ういというわけだ。

複数の領域に事業の種をばらまき、リスクとリターンの異なる賭けを一枚のポートフォリオとして持つ——この発想は、個々の成否に一喜一憂しがちな現場に、俯瞰の視点を与えてくれる。

一発の当たりを探すのではなく、当たる確率の束を設計するという頭の切り替えだ。ただし編集部としては、この四領域論はきれいに整いすぎている面もあると感じる。

実際には領域の境界は曖昧で、走りながら再定義されることも多い。フレームは地図であって現地そのものではない——その前提で、自社の議論を起動するための足場として使うのが健全だろう。

3〜5%の希少人材を逃さないIRMと「三つのシコウ力」

組織の問題に本書がぶつける独自概念が「IRM(イノベーター・リレーションシップ・マネジメント)」だ。顧客との関係を管理するCRMを、社内人材に応用した発想である。

新規事業を牽引できるイノベーター人材は社員の3〜5%しかいない希少資源であり、放置すればモチベーションが下がり、最悪は社外へ流出する。だから客観的な立場から彼らと良い関係を築き、実務・心理・能力・物理の各面で支援し続けよ、と説く。

その資質を、本書は三つの「シコウ力」で表す。大義を掲げてビジョンに向かう志向力、四六時中事業を考え抜く思考力、机上で終わらせずリスクを取って動く試行力。

根底にあるのは「なぜやりたいのか」という熱量、つまり志向性だという。ここで北嶋さんは厳しい。「うちにそんな人材はいない」と嘆く経営者は多いが、本当にいない会社は中長期で競争力を失い市場から退場する、と言い切る。

人材はいないのではなく、見つけて環境を与えていないだけではないか——この問いは多くの経営者にとって耳が痛い。既存事業のエースが新規でも通用するとは限らないのも、過去の成功体験を一度手放すアンラーニングが要るからだ。

支援を設計する道具として、イノベーターが各フェーズで直面する思考・感情・壁を時系列で可視化する「イノベーター・ジャーニー・マップ」も紹介される。

CRMの発想を人材に転用する比喩はやや強引にも響くが、「希少な人材を、たまたま辞めないよう祈るのではなく、意図的に関係を設計して引き留める対象と捉える」という姿勢の転換こそがIRMの本質だろう。

制度より前に、まず視点を変えろという提案だと読める。

撤退基準と心理的安全性が支える「健全な多産多死」

新規事業は「センミツ」、千に三つしか当たらないと言われる。だからこそ挑戦の数を増やし、質を上げる構造が要る。ここで本書がこだわるのが「客観的で納得感のある撤退基準」だ。

事業を始める前に、定量・定性の指標を組み合わせた撤退ルールをチームで合意しておく。走り出してから情で判断しないことが肝になる。

なぜ事前かといえば、撤退の意味そのものが変わるからだ。あらかじめ決めた基準に沿って撤退が決まり、丁寧な対話で納得を作れれば、悔しさは残っても「何が足りなかったか」という知見が次の挑戦者の資産として組織に残る。

撤退が「失敗」ではなく「検証完了」に変わる瞬間、多産多死はようやく組織の学習装置になる。この土台になるのが心理的安全性である。

本書は、これを「対人関係のリスクを取っても安全だと信じられる、チームで共有された信念」と定義したエイミー・エドモンドソンさんを引く。撤退を責めない文化があって初めて、数を打つ戦略は健全に回りはじめる。

逆に言えば、撤退基準だけを制度として導入しても、責める文化が残っていれば空文化する。制度と文化はセットだという読み筋を、ここでは押さえておきたい。

仮説検証プロセス3C・7・10と、実行チームは「3人」から

プロセスへの答えが、事業開発を分解した「3C・七つの検証項目・十のプロセス」だ。従来の調査分析重視から仮説検証重視への転換を促す枠組みで、構想(Concept)・創出(Creation)・拡大(Complete)という三つのフェーズを、Insightから始まる十のステップで進めていく。

とりわけ構想フェーズが丁寧だ。Insightでは行動観察やインタビューから課題の仮説を立てるが、本書は「聞きやすい身近な人にばかり話を聞く罠」を戒める。

顧客像とかけ離れた相手からは有用な示唆は出ないし、本人も言葉にできない潜在ニーズは、質問ではなく観察でしか掴めないという。続くDefineでは、課題の広さ・発生頻度・痛みの深さ・構造性という四つの物差しで「解くに値するか」を測る。

「お金を払ってでも解決したい」まで届けば、その課題は深い。Prototypingでも、試作品は必ずしもモノでなくてよい。紙芝居のようなペーパープロトや紹介ページ、クラウドファンディングで、大金を投じる前に「本当に欲しいか」を確かめる。

実行論も実務的だ。コアチームは3人が最もバランスが良いと北嶋さんは言い切る。リソース、人件費、コミュニケーションコストを総合した実務家の判断である。

開発手法は不確実性で使い分け、要件が固い大規模業務にはウォーターフォール、未知が多い探索にはアジャイルを充てる。市場投入(Launch)では一気に広げず、良質な初期顧客(ロイヤルカスタマー)の獲得を優先する。

ここで再びリーンスタートアップの発想が武器になる——本書はスタートアップの手法を全否定しているのではなく、目的化を戒めているだけだ、という点は最後まで押さえておきたい。

流行りの型に飛びつく前に、まず自社の変数を見つめること。あなたの会社で新規事業が進まない本当の理由は、アイデアの不足ではなく、戦略と組織の設計のほうにあるのかもしれない。


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