CAに一番向いている資質は何かと問われたら、多くの人は語学力か、絶やさない笑顔か、整ったスタイルを思い浮かべるはずだ。私もそう思っていた。
ところが著者が真っ先に挙げるのは、まったく毛色の違う一語だった。「どこででも寝られる鈍感力」である。華やかなイメージの裏側から、いきなり生々しい現実を突きつけてくる。
『国際線外資系CAが伝えたい自由へ飛び立つ翼の育て方』は、カナダの外資系航空会社で10年働く日本人男性CA、Ryucrew氏のエッセイだ。チャンネル登録23万人を超えるYouTuberでもある著者が、職業の裏側、異文化での葛藤、そしてパニック障害やレイオフという挫折まで、隠さずに語っていく。
これは単なる「CAのお仕事本」ではない。読み終えると、他人の評価に縛られて動けなくなっている自分の生き方そのものを、少しだけ軽くしてくれる。そういう種類の本だ。

「察してほしい」をやめると、生き方が変わる
最初に本書の背骨を示しておく。著者が一冊を通じて伝えたいことは、おおよそ一文に圧縮できる。何でも最後は自分で決め、完璧を求めず、意思は言葉にして伝え、失敗は「ケセラセラ(なるようになる)」と前向きに受け流す——これだ。
抽象的に書くと、よくある自己啓発の標語に見えるかもしれない。だが本書が説教臭くならないのは、著者が自分の弱さを一切隠していないからだ。新人時代の理不尽な叱責、英語の挫折、コロナ禍での失業、そしてパニック障害。
華やかに見える人の足元にある苦労を全部さらした上で、関西弁で「それでも死なへんかったらええか」と笑う。
弱さを開示した人間の言葉だからこそ、強がりに聞こえない。エッセイという形式が、ここでうまく効いている。本書は時系列の自伝ではないので、ここでは「鈍感力」「自分で決めて言葉にする力」「ケセラセラ」という3つの軸で要点を整理していく。
「どこでも寝られる」が最強の適性だった
著者はまず、CAという職業のイメージを壊しにかかる。日本やアジアでは憧れの華やかな仕事だが、北米では肉体労働、いわば「ブルーカラー」として認識される側面がある、と。機内清掃も自分でこなし、重いカートを動かし、時差と不規則勤務で自律神経は乱れ続ける。
その環境で長く働ける人の条件が、冒頭の「鈍感力」だ。場所が変わってもどこでも眠れて、細かいことを気にせずストレスを受け流せる。これこそが最大の適性だと著者は言い切る。
数字を並べると過酷さが伝わる。カナダの航空会社の訓練は約1カ月。1回100ページ分の範囲でテストがあり、基準点を3回満たせないと解雇。訓練中は毎日3時間睡眠だったという。
採用の目安も独特で、身長ではなく「アームリーチ210センチ前後」。非常時に上の棚や消火器へ手が届くかどうかが基準だからだ。安全に直結する実務から逆算された採用条件で、ここにもう「察し」の入り込む余地はない。
ここで誤解してはいけないのは、鈍感力は無責任とはまったくの別物だという点だ。安全に関わるルールには、著者は1ミリも妥協しない。次のフライトまで最低10時間の休憩、労働時間が1分でも超過したら即アウト。「会社のために、ここは頑張ろう」という日本的な情を、著者はきっぱり否定する。
気にしないところと、絶対に気にするところを線引きする。これが鈍感力の正体だ。私はこの定義に深く納得した。世間で「鈍感力」というと、何も感じない無神経さと混同されがちだが、著者のそれは違う。むしろ繊細さと無頓着さを場面で使い分ける、高度なエネルギー配分の技術なのだ。すべてに全力で反応していたら、不規則勤務の十年など到底もたない。
自分で決める人は、自分を守れる
次の軸は、人間関係と自己決定である。北米のフライトアテンダントの間には、日本のような先輩後輩の上下関係がほぼない。勤続年数で勤務希望が通りやすくなる「シニオリティ(先任権)」という制度はあるが、それは年功による先輩風とはまったく別のものだ。
上下関係がフラットだと、理不尽なことには堂々と意見を言わなければ、自分が損をする。著者のポリシーは明快で、「何でも最後は自分で決める」。メリットとデメリットを天秤にかけ、たとえ反対されても自分の責任で挑戦する。この姿勢の原点には、母親の言葉があるという。
やりたいならやったらええけど、なんかあったら自分で責任取らなあかんねんで
自由と責任をワンセットで手渡す言葉だ。突き放しているようで、実は子の自立を最大限に尊重している。著者の生き方の出発点が、ここに凝縮されている。
その自己決定の力が試されたのが、コロナ禍のレイオフ(一時解雇)だった。フライトが突然ゼロになる絶望的な状況で、著者は「この時間を使って何かに挑戦したろ」と動く。
旅行系YouTuberがUber Eatsの配達をしているのを見て、自分も配達の様子を撮って投稿し始めた。それが今のYouTubeチャンネルにつながっていく。
失業という挫折が、結果的に新しい扉になったわけだ。
ここで私が立ち止まりたいのは、自己決定が単なる「我を通すこと」ではない、という点だ。著者が引くのは2024年1月2日のJAL機炎上事故である。
羽田で海上保安庁の機体と衝突して炎上したとき、乗客はパニックにならずクルーの指示を待ち、手荷物も持たずに避難した。結果、乗客乗員379名が全員脱出に成功し、その対応は海外でも高く評価された。
緊急時、CAは自分の判断で勝手にドアを開けるのではなく、機長の安全確認と指示を待つルールになっている。つまり、自分で決める人ほど、決めるべき人に従うべき場面を知っている。
自己決定と専門家への信頼は、矛盾しないどころか地続きなのだ。普段から「何を自分で決め、何を他者に委ねるか」を考え抜いている人だけが、ここぞの瞬間に正しく委ねられる。
これは航空の現場に限らず、組織で働くすべての人に効く洞察だと思う。
「察してほしい」は、海外では通じない
本書がもっとも熱を帯びるのが、この多文化コミュニケーションの章だ。日本の「察する」「空気を読む」文化は、それ自体は美しい。だが多民族国家の北米では、言葉にしなければ何も伝わらない。
著者が繰り返し指摘するのは、よかれと思った先回りの落とし穴である。相手を思って段取りしたり、気を利かせた行動が、欧米では理解されず、意図がまるで伝わっていないと感じることがよくある、と。
日本の「おもてなし」は、必ずしも世界共通の評価を得るわけではない。私たちが無条件に正しいと信じている美徳が、文脈が変わると空回りする——この相対化は、海外に出る人だけでなく、多様な背景の人と働く今の日本の職場にもそのまま当てはまる。
具体例として強烈なのが「Sorry」の罠だ。日本人は丁寧にしようと「すみません」を多用するが、北米で安易に謝ると、自分の非を認めたことになってしまう。
「この人、チョロそうやなあ」と都合よく使われる原因にもなる。だから人混みを通るときは「Excuse me」、何かしてもらったら「Thank you」を使い分ける。
お願いするときは単語だけでなく「Please」を一言添える。謝罪語の癖は、母語の人間関係観がそのまま染み出した習慣なのだと気づかされる。
ここから著者は、自己主張を相手への否定ときっぱり切り離す。「なんでもいいよ」をやめ、「私はこうしたい」「その言い方は嫌だ」と、自分の意思だけを伝える。相手を否定するのではなく、自分を言葉にする。これが、自分を守る最大の武器になる。
主張=対立、と刷り込まれている人ほど、この区別は救いになるはずだ。自分の希望を口にすることと、相手を攻撃することは、本来まったく別の行為なのだから。
もう一つ面白いのが「八方美人」の再定義だ。普通はネガティブな言葉だが、著者はこれを保身術として肯定する。状況を見ながらその時々で意見を変える柔軟さは、個性の強い仲間と働くうえで最強の保身術なのかもしれない、と。
一見すると、前段の「自分の意思を言葉にする」と矛盾するように読める。だが私はこう理解した。芯の通った自己主張と、無用な争いを避けるしなやかさは、どちらか一方ではなく、両方を場面で持ち替えるのが大人の立ち回りなのだ、と。
弱さを見せられる人が、いちばん強い
本書の白眉は、著者がこれまで隠してきたパニック障害を告白する場面だ。機内で突然の過呼吸に襲われ、診断を受けた過去。発作は長くて10分から30分ほどで治まることが多いという。
23万人のフォロワーを持つ人気YouTuberが、職業上もっとも触れにくいはずの不調をあえて開示する。その勇気自体が、本書のメッセージを体現している。
ここで著者が得た洞察が鋭い。パニック障害や閉所恐怖症の発作は、我慢しやすい人に出やすいと思う、と。ストレスを一人で抱え込む人ほど危ない。だから心の不調は隠さず、オープンにする。
北米には、メンタルの不調を恥ずべきものとしてではなく、誰もが経験し得るものとして扱う価値観がある。日本ではまだ「弱音を吐けない空気」が根強いだけに、この文化差は重い。
この姿勢は、そのまま読者へのメッセージにもなる。飛行機が不安だったり、パニック障害があったりするなら、遠慮せず搭乗時にCAへ一言伝えてほしい。
「飛行機がダメで」と言うだけで、乗務員は目を配りやすくなる。自分の状況を理解してくれる人が一人いるだけで、気持ちはぐっと楽になる。著者は自分の経験から、そう書く。
当事者だった人の言葉だから、机上の励ましとは説得力が違う。
英語学習にも、同じ構図がある。上達には「恥の克服」が必要だ、と。完璧を待たず、得意な話やよく聞かれる質問はあらかじめ会話をシミュレートしておき、聞かれたらすぐ返せるようにしておく。
弱さや不完全さを抱えたまま、それでも動く。これが本書を貫く一貫した態度だ。完璧になってから動くのではなく、不完全なまま動きながら整える。その順番の逆転こそ、著者が読者に手渡したい肝なのだと思う。
現役CAだけが知る、旅のリアルなハック
生き方の話が軸だが、本書には旅行好きが喜ぶ実用情報も詰まっている。網羅のため、要点だけ拾っておく。
一番衝撃的なのは、ホテルにチェックインしたら荷物を置く前にベッドの四隅をチェックする、という習慣だ。吸血性の害虫「ベッドバグ(トコジラミ)」がいないかを確認するためである。
生命力が強く、荷物に紛れて家まで持ち帰ってしまうリスクがある。確認が済むまで、荷物はバスルームに避難させておくのが安全だという。世界中のホテルを渡り歩くプロならではの、地に足のついた知恵だ。
お得に旅する裏技もある。行き先を決めず時期だけで検索すると、安い穴場が見つかる。あえて乗り継ぎ時間の長い経由便を選べば、1回で2カ国楽しめる。
マイレージは提携航空会社の便で使うと、少ないマイルで乗れることがある。座席の隙間にスマホやワイヤレスイヤホンを落としたら、自分で取らずCAを呼ぶ——リチウムイオンバッテリーは衝撃で出火する危険があるからだ。
安全と実利が同居した、現場発の情報ばかりである。
完璧を手放す「ケセラセラ」の精神
すべての話は、最後に一つの言葉へ集まっていく。著者の祖母の教え「ケセラセラ(なるようになる)」だ。
これはあきらめでも、投げやりでもない。挑戦への心理的ハードルを下げるための、前向きな呪文である。著者の行動基準はシンプルで、自分が楽しいと感じたらやる。
「死なんかったらええか」というくらいに構える。最悪の事態が命に関わらないなら、思い切って飛び込む。リスクを「命に関わるか否か」という一本の物差しで測り直すと、たいていの不安は急に小さく見えてくる。
完璧主義の放棄も、同じ思想から来ている。他人が仕事を怠けていてもイライラせず、「自分ひとりで完璧なフライトを目指すのは無理」と悟る。そう割り切ることでストレスが減る。
完璧を目指して一人で抱え込むより、60点で回したほうが長く続く。チームで動く仕事の本質を、これほど身も蓋もなく言い当てた言葉もない。
著者の人生は、決して順風満帆ではなかった。理不尽な叱責、英語の挫折、突然のレイオフ、パニック障害。それでも前を向けるのは、過去の過酷さがそのまま自信に変わっているからだ。
3時間睡眠の訓練を乗り越えた経験があれば、たいていの困難に「なんとかなるやろ」と思える。挫折の蓄積が、楽観の根拠になっている。ここに本書の希望がある。
苦労は美談のためにあるのではなく、次の挑戦の元手になるのだ。
最後に、本書からすぐ実行できる行動を3つだけ抜き出しておく。いずれも著者が本の中で提案しているものだ。
ひとつ。謝る場面でないのに口から出る「すみません」を、「ありがとう」に言い換える。自分を下げる癖を、相手を立てる言葉に置き換える練習になる。
ふたつ。仕事や家事を一度「60点でよし」と決めてやってみる。全部を自分で背負わないと決めるだけで、力の抜きどころが見えてくる。
みっつ。新しいことに迷ったら、「失敗したらどうしよう」ではなく「死なへんかったらええか」を判断基準にする。命に関わらないなら、最初の一歩を出す。
読み終えて残るのは、ノウハウよりも一つの態度だ。他人に察してもらうのを待つのをやめ、自分で決めて、言葉にする。そしてダメでも「なるようになる」と笑って次へ行く。著者は最後に、自ら一歩を踏み出せばいつか必ず好転していくと信じて、今日も空を飛んでいる、と書く。
あなたが今いちばん「察してほしい」と思っている相手に、明日ひとつだけ、言葉にして伝えてみてほしい。それが、自分らしいフライトの最初の一歩になる。
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