「もし失敗したらどうしよう」「あの一言で怒らせたかもしれない」。
夜、布団に入ってから、まだ起きてもいないことを延々と考えてしまう。私にも覚えがあります。考えれば考えるほど、不安はどんどん大きくなっていく。
この本は、その悪循環にひとつの比喩で答えます。不安は雪だるまだ、と。
著者は曹洞宗の住職で、庭園デザイナーでもある枡野俊明さん。難しい禅の教えを、「コミュ障」「マルチタスク」「SNSの盛り」といった現代の悩みの言葉に翻訳して語ってくれます。タイトルにある「気づいて」「ほどいて」「放っておく」の3つを軸に、心を軽くする知恵を見ていきます。
こんな人におすすめ
- 起きてもいない未来を想像して、不安をふくらませてしまう人
- 「いい人」の仮面をかぶり続けて、心がすり減っている人
- 自分には長所がない、才能がないと自信を失っている人
- マルチタスクに追われ、休日でも頭が休まらない人
この本の核心――不安は「転がす」から大きくなる
本書の出発点は、不安そのものは悪者ではない、という見方です。不安は危険を察知するためのサインで、生きている限り誰にでもある。問題は、それを頭の中で転がし続けることのほうにあります。
不安というものは、雪だるまに似ています。
小さな雪のかたまりも、転がすほど巨大になる。「ああなったらどうしよう」と頭の中で何度もこねくり回すから、実体のないものが手に負えないほど膨れ上がる。枡野さんは「不安の9割は起こらない」と言い切ります。その9割の正体は、まだ起きていない未来への妄想だからです。
ここに、本書の有名な禅の問答が出てきます。弟子の慧可が達磨大師に「私の不安を取り除いてください」と訴えたとき、達磨はこう返しました。「では、その不安を私の前に持ってきなさい」。慧可は不安を差し出そうとして、それが実体のないものだと気づいた。
では、転がすのをやめるにはどうするか。禅の答えが「即今・当処・自己」です。今この瞬間、自分がいる場所で、自分にできることを精一杯やる。過去の後悔や未来の心配を一旦横に置き、ひたすら「今」に集中する。今に没頭していれば、不安が入り込む隙間がなくなる。これが「放っておく」の正体です。
弱さの肯定――一休さんも「死にとうない」と言った
本書がユニークなのは、いきなり「強くなれ」と言わないところです。むしろ逆。「人はもともと弱いもの。それでいいじゃないか」から始まります。
その証拠として、名僧たちの人間臭いエピソードが次々に出てきます。
良寛は、人と馴染めず修行中に涙したコミュ障でした。西行は妻子を捨てて出家した煩悩の人。一休さんは、とんちで有名な清廉潔白なイメージとは裏腹に、飲酒も肉食も恋愛も大好き。77歳のときには旅芸人と同棲しています。
そして臨終の言葉は、悟りきった名言ではなく「死にとうない」でした。白隠禅師にいたっては、厳しい修行が原因で禅病(うつ状態)になり、仙人から教わった「内観の法」と「軟酥の法」で回復しています。
人間はもともと弱いもの。それでいいじゃないか
悟りを開いた名僧でさえ、弱さや煩悩を抱えていた。だから自分が弱くても、何もおかしくない。この「気づき」が、心の力みをほどく最初の一歩になります。
人間関係も同じです。トラブルを避けようと「いい人」の仮面をかぶり続けると、本来の自分(露=ありのまま)が出せず、心がすり減る。相手によって10の仮面を使い分けるのではなく、本来の自分1人で10人と付き合う。
私たちは「諸法無我」、つまり他者との繋がりの中で生かされている。だからこそ、得意も苦手もさらけ出したほうが、関係はうまくいく。
考えるより、動く――禅即行動と呼吸
「考えない」と決めても、人はかえって考えてしまうものです。本書の処方箋は、頭ではなく身体から入ること。
代表が「禅即行動」です。
とにかく今すぐ動きなさい、今すぐ動けば不安は消える
新しいことを始める前に失敗を恐れて足踏みしているとき、「半歩」でいいから動いてみる。動き出せば現実的な対処に集中するので、不安を感じる暇がなくなる。著者の寺に掃除に来ていた元ひきこもりの青年は、暑い日も寒い日も汗をかいて掃除をするうちに不安が和らぎ、半年もしないうちに社会復帰したそうです。
身体からのアプローチでもう一つ重要なのが「丹田呼吸」です。おへその下の丹田を意識して、「ふう〜」と長く息を吐き切る。感情が乱れたとき、頭で「落ち着け」と言い聞かせるより、呼吸を整えるほうがずっと効きます。
怒りには専用の対処法もあります。カッとなったら、相手に反論する前に心の中で「ありがとさん」と3回唱える。怒りのピークは6秒しか続かないので、その6秒をやり過ごす。アンガーマネジメントの理論とも一致する、実践的なおまじないです。
一つに徹し、足るを知る
現代人の疲労の大きな原因が、マルチタスクです。本書はその正反対を説きます。
「喫茶喫飯」。お茶を飲むときはお茶を飲むことに集中し、ご飯のときはご飯に集中する。
「考えながら、やる」をしないことです。
食事中にスマホを見たり、仕事をしながら別の心配をしたり。そうやって脳を分散させると、かえって疲れて質も落ちる。目の前のたった一つのことに徹する。それだけで脳の疲労は大きく減り、仕事まで楽しくなる、と枡野さんは言います。
もう一つの軸が「足るを知る」です。SNSで他人と比べ、自分を実物以上に「盛る」ことは、新たな悩みの種になる。
本書には99頭の牛を持つ牛飼いと、3頭しか持たない牛飼いの話が出てきます。99頭の牛飼いは「あと1頭で100頭なのに」と悩み、100頭になっても「あと5頭あれば」と欲が止まらない。一方、3頭の牛飼いは「これだけいれば家族が暮らせる」と満ち足りている。
月収が30万円から35万円になっても、慣れれば「40万ないと」と不満が出る。欲望に際限はないのです。
長所についても視点が独特です。「長所がないのではなく、長所を磨いていないだけ」。長所とは他人より優れた能力ではなく、「時間を忘れて夢中になれること」の隣にある。誰もがすでに宝物を手にしている(明珠在掌)。
仕事の選び方も、損得ではなく縁で決める。本書は「結果自然成」という言葉を紹介します。やるだけのことをやれば、結果は自然についてくる。「これをやって得になるか」と損得勘定で動くと、かえって心がすり減る。
京セラの稲盛和夫さんは「どう儲けるか」ではなく「世の中のためになるか」を追求して会社を繁栄させました。自分の利益を度外視して目の前の縁を大切にすると、良い縁が次の良い縁を呼んでいく。
退屈に見える雑用も同じです。ホチキス留めのような単純作業でも、「どう留めればめくりやすいか」「左利きの人にはこうしよう」と、ちょっとだけ工夫してみる。そうして目の前のことに徹し、自分がいる場所で主人公として精一杯取り組めば、その場所が黄金に輝いてくる。
年齢を重ねることも、本書では悲観の対象になりません。使い古されて先が丸くなった錐を「閑古錐」と呼びますが、それは円熟味を増し、若い世代に寄り添える理想のシニアの姿として描かれます。
明日から何を変えるか
本書の知恵は、どれも身体と習慣に落とし込めます。3つに絞ります。
1. 心が乱れたら、丹田呼吸を一回
イラッとしたり落ち込んだりしたら、おへその下を意識して「ふう〜」と息を吐き切る。頭で考えるより先に、身体から整える。これが一番速い。
2. 気が重い仕事に「1分だけ」手をつける
人は本来だらしない生き物。やる気を待っていたら動けません。だから「先憂後楽」で、憂鬱なことから先に、しかも「1分だけ」と決めて取りかかる。気がつけば作業が進んでいます。
3. オンオフに「結界」を張る
リモートワークで公私の境が曖昧な今こそ、自分で切り替えの儀式をつくる。「PCを閉じたら家庭モード」「改札を通ったら仕事モード」。仕事は仕事、家庭は家庭として、それぞれ100%やり切るための仕切りです。
そして人間は元来だらしない生き物だからこそ、こうした小さな習慣を「箍(たが)」として日々にはめ、自分を律していく。掃除や呼吸といった当たり前の所作を丁寧に行うことが、心を整える近道になります。
おわりに
本書はあくまで「心のあり方」の処方箋です。ブラック企業のように客観的に逃げるべき状況での物理的な対処(退職や法的措置)までは踏み込んでいません。そこは別の手立てが要ります。
それでも、考えすぎてしまう自分への効き目は大きい。病気でさえ「仲良くする」つもりで受け入れ、状況に流されながらしなやかに生きる「柔軟心」。七回走ったら一回座る「七走一坐」の休息。一休さんが弟子に残した手紙の言葉は、「心配するな、大丈夫、なんとかなる」でした。
不安は雪だるま。転がさなければ、それ以上は大きくならない。気づいて、ほどいて、放っておく。今日生きていること以上の奇跡はない、というのが本書の最後の景色です。
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反応しなければ、悩みの9割は消える。 本書の「不安の9割は起こらない」とほぼ同じ核心を、原始仏教の視点から解説した一本。心の無駄な反応を止める方法として読み比べると面白いです。
『自分を休ませる練習』矢作直樹さん 「頑張るをやめたら体が治り始めた」というテーマが、本書の「足るを知る」「七走一坐」と響き合います。休むことに罪悪感を覚える人に。


