統計も学んだ。BIツールも入れた。データもたっぷりある。なのに、会議は何も決まらないまま終わる。
身に覚えがあるなら、原因はおそらくスキル不足ではありません。データを触る「順番」が間違っているのです。
『データ利活用の教科書』は、マクロミルがデータと向き合ってきた20年の経験から、その順番を体系化した一冊です。著者の渋谷智之さんが繰り返し言うのは、意外なほどシンプルな話。高度な分析手法より先に、ビジネスの基礎体力を鍛えなさい、という一点です。
こんな人におすすめ
- データ分析を勉強したのに、仕事の成果につながらず首をかしげている人。たぶん手法ではなく入口でつまずいています。
- 上司から「このデータで何か面白いことやって」と丸投げされて困った経験がある人。その指示こそが失敗の温床です。
- アンケートを取っても、当たり前すぎる結果しか出てこない人。聞き方の前に、問いの立て方に原因があります。
- データドリブン経営を組織に根づかせたいが、何から手をつけるか迷っているリーダー。
この本の核心――「活用」ではなく「利活用」
タイトルの「利活用」は、ただの「活用」と一文字違いますが、中身はまるで別物です。
データ活用とは、今あるデータをなんとか使うこと。一方データ利活用とは、利益という目的のために、足りなければ新しくデータを創り出してまで使うこと。出発点が「手元のデータ」ではなく「解きたい課題」にある点が決定的に違います。
本書を貫く警告が「GIGO(ガベージ・イン・ガベージ・アウト)」です。ゴミを入れれば、ゴミが出る。入力するデータや立てる問いが間違っていれば、どれだけ高度な分析をしても結果はゴミになります。だから分析力より、課題を設定する力のほうが上流で効いてきます。
もうひとつ、本書は勘や経験を切り捨てません。著者は「KKD(勘・経験・度胸)」とデータを敵対させず、相互に補い合う関係として扱います。数値化しにくい現象やイレギュラーな場面では、経験が物を言う。データとKKDの両輪で意思決定する。この現実的なバランス感覚が、本書を地に足のついたものにしています。
では、データ利活用はどんな順番で進めるのか。本書は4つのステップに整理します。
ステップ1 課題を設定する――「問い」が9割
すべては「正しい問い(イシュー)」から始まります。イシューとは、今後の方向性を大きく左右するのに、まだ白黒ついていない核心的な問いのことです。
ここで多くの人がやる失敗が、いきなり解決策に飛びつくこと。著者はこれを「コインの裏返し」と呼びます。「売上が低い→じゃあ営業を増やそう」のように、表面の問題をただ裏返しただけの浅い対策です。
正しい順番はこうです。まず「どこで問題が起きているか(WHERE)」を絞り込む。次に「なぜ起きているか(WHY)」を深掘りする。最後にようやく「どうするか(HOW)」を考える。WHEREとWHYを飛ばしてHOWに走ると、無駄な対策に終わります。
問いを立てるときは「漏れなくダブりなく」、つまりMECEを意識します。そして打ち手を広げるときは、対立軸で発想を散らす。さらに評価のときは「これさえ良ければ、あとは無視していい?」と自分に問いかける。著者の言う「悪魔のささやき思考」で、抜け漏れを潰します。
ステップ2 データを収集・蓄積する――仮説が先、データは後
問いが定まったら、データを集めます。ここで本書は「仮説ありき」を強く勧めます。
仮説のないリサーチは、ほぼ失敗します。先に「たぶんこうではないか」という仮の答えを持つから、「誰に」「何を」「どう聞くか」が決まる。仮説は間違っていてかまいません。データを見ながら育てていけばいいのです。
そのために有効なのが「空パケ」というツールです。分析に入る前に、中身が空っぽの最終アウトプット、つまりスライドの構成やグラフの枠組みだけを先に作ります。「縦軸に売上、横軸に年代」とだけ書いた白紙のレポートを数枚用意して、上司と目線を合わせる。これで「データをこねくり回すだけ」の無駄な作業を防げます。
データには、手元にあるものを掘る探索型と、仮説を確かめにいく仮説検証型があります。そして足りないデータは、自分で「1次データ」として創り出す。アンケートやインタビューがそれにあたります。
ここで面白い事実があります。消費者に「何が欲しいですか」と直接聞いても、たいてい役に立つ答えは返ってきません。人の思考の95%は無意識だからです。だから本音や隠れたニーズ、つまりインサイトは、インタビューや行動観察といった定性調査で、一人の言葉からじっくり探ります。
ステップ3 データを加工・分析する――分析とは、比較である
集めたデータを、いよいよ分析します。本書の定義はきっぱりしています。分析とは「比較を通じて、意味合いを抽出すること」。
数字をただ並べるのは分析ではありません。時間、競合、属性。適切な比較対象との「差」を見つけて、初めて意味が生まれます。
基本の道具がクロス集計です。コツは「感度の良い切り口」を探すこと。「特定の場所に問題が集中している」と見える切り口が当たりです。年代や性別といった属性だけでなく、満足度や使用頻度といった「原因」になりそうな変数を縦軸に置くと、課題が浮かび上がります。
変数が3つ以上に増えて頭で処理しきれなくなったら、多変量解析の出番です。目的は2つ。たくさんの変数を少数の要因にまとめて見通しを良くすること(因子分析やクラスター分析)。そして、総合満足度のような結果に最も効いている要素を見つけること(重回帰分析や決定木分析)です。
分析全体は「PPDACサイクル」で回します。課題理解(Problem)、計画(Plan)、データ収集(Data)、分析(Analysis)、結論(Conclusion)。この5ステップを行き来します。
ステップ4 適切に伝える――伝わらなければ、ゼロ
どれほど鋭い分析も、相手に伝わって行動を促さなければ価値はゼロです。本書は報告の作法にもしっかり紙幅を割きます。
ここで一番の肝が、2つの「So What?(だから何?)」を分けることです。
ひとつは「観察のSo What?」。複数の事実を同じ次元で要約する作業です。もうひとつは「洞察のSo What?」。そこから一歩踏み込み、「なぜそうなのか」「これからどうなるのか」という法則や示唆を引き出す作業です。
多くの人が、この2つを混同します。事実をまとめただけで「分析した」と思い込み、肝心の洞察にたどり着けません。
報告の型として推されるのが「空・雨・傘」です。空を見たら雲が出ている(事実)。雨が降りそうだ(解釈)。傘を持っていこう(判断)。事実で止めず、解釈と判断までワンセットで語る。この3点が揃って初めて、提案になります。
そしてプレゼンの順番は「SDS法」。最初に結論(Summary)、次に詳しい根拠(Details)、最後にもう一度まとめと提案(Summary)。聞き手は冒頭で全体像をつかめるので、考える負担がぐっと減ります。
明日から何を変えるか
本書の知恵を、今日から動かせる3つの行動にします。
1. いまの課題を「疑問形」に書き換える 抱えている課題を「○○をどうすべきか?」という疑問形にし、「A案 vs B案」のように比較対象を必ず添える。漠然とした問題意識を、解けるイシューに変えます。
2. 分析の前に「空パケ」を5枚つくる 集計を始める前に、結論の仮説とグラフの軸だけを書いた白紙のスライドを数枚用意し、依頼者と「これで答えが出せるか」を合意してから手を動かす。
3. 報告は「空・雨・傘」で点検する 発言や提出の前に、「データはこうでした(事実)」で終わっていないか確認する。「だからこう考えられる(解釈)」「よってこの施策を提案する(判断)」まで揃っているかを、毎回セルフチェックします。
おわりに
本書が書かれた背景には、「2025年の崖」と呼ばれる日本のDXの遅れがあります。一部の専門家だけでなく、すべてのビジネスパーソンがデータと付き合う時代が来ている、という危機感です。
けれど本書を読み終えて残るのは、最新ツールを追え、という焦りではありません。むしろ逆です。問いを立て、仮説を持ち、比較し、伝える。どれも特別な才能はいらない、地味なビジネスの基礎体力です。
データに振り回されるのか、データを使いこなすのか。その分かれ目は、分析を始める前の一手にあります。次にデータを開く前に、まず一行だけ書いてみてください。「自分は、何を決めたいのか」。
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