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『自分を変えるノート術』安田修|ノートは汚く書いて、二度と読み返さない

キャリア・働き方 ✍ 安田修
約8分で読めます

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『自分を変えるノート術』
目次

仕事帰りの電車で、同じ悩みが2つ3つ、頭の中をぐるぐる回り続けたまま揺られていた——そんな夜が、思い当たる人は多いはずです。

考えているつもりで、実は一歩も前に進んでいない。安田修さんはこの状態を「悩んでいる」と呼び、「考えている」とははっきり区別します。両者を分ける線は、たった1本しかありません。

頭の中の言葉を、ノートに書き出したかどうか。

『自分を変えるノート術』は、その1本の線を渡るための本です。必要なのは1冊のノートとペン、そして30分のカフェ時間だけ。著者は15年勤めた会社を辞めて起業した人物で、その決断のきっかけ自体が、ノートを広げて一人で考え抜いた最初の時間だったといいます。

つまりこの本は、机上の理屈ではなく、自分の人生を実際に動かした道具についての証言なのです。

そして面白いのは、世間のノート術が大事にしてきたことを、本書がほとんど真っ向から否定する点です。きれいに書かない。インデックスは作らない。色も使わない。

後で読み返さない。普通なら「だらしない」と叱られそうなやり方を、著者は本気で勧めます。なぜそんな逆説が成り立つのか。順に見ていきましょう。

図解

まず「悩む」と「考える」を切り離す

本書の出発点は、多くの自己啓発本が曖昧にしてきた区別をはっきりさせることにあります。私たちは「ちゃんと考えた」と思い込んでいるけれど、その大半は同じ場所をぐるぐる回っているだけ——著者はそう指摘します。

ここを脳科学の言葉で押さえると腑に落ちます。ぼんやり考え事をしているときに働く回路を、DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)と呼びます。

これが過剰になると、解決しない悩みが頭の中で延々と再生され、脳はエネルギーをひたすら消耗していく。何もしていないのに夕方にはぐったり疲れている日があるのは、この空回りが原因だというわけです。

裏を返せば、この空回りを止める一手がはっきりしている、ということでもあります。頭の中で2〜3個のワードしか同時に扱えない脳に、外側の作業領域を与えてやればいい。それがノートです。

核心は「脳のスペースを空ける」こと

ノートに書き出す行為を、著者はパソコンのデータを外付けドライブに移すことに例えます。頭の中で抱えていた言葉を紙に逃がすと、脳に空きスペースができる。その空いた場所を使って、はじめて新しいことや深いことを考えられるようになる、という理屈です。

ここは現代人にとって本当に重要な指摘だと思います。私たちは情報を「覚えておくこと」に脳の容量を大量に割いていて、肝心の「考えること」に回す余力をいつも食いつぶしている。

書くという行為の目的を、著者は記録ではなく脳の掃除だと言い切ります。覚えるために書くのではなく、忘れていいように書く。発想がまるで逆なのです。

著者はこの状態を「頭のカスミを払う」と表現します。書いた瞬間に答えが出るわけではありません。けれど、頭の中の渋滞がほどけて視界が晴れる感覚は、一度味わうと手放せなくなる。ノート術というより、思考のための環境整備だと捉えたほうが、この本の射程は正しくつかめます。

「一人合宿」という装置

その環境整備を1つの形にしたのが、本書の中心にある「一人合宿」です。会社でやる「経営合宿」を、たった一人でやる——著者の説明はそれだけ。雑務をしない、人に会わない環境を確保して、ノートに書きながらひたすら考える。他者との化学反応ではなく、自分の内側で化学反応を起こす時間です。

本格的にやるなら準備は4つ。スケジュール帳に時間を書き込んで確保する。場所を決める(初心者にはカフェが一番で、自宅は誘惑が多くて不向きとされます)。ノートとペンを用意する。当日やることをざっくり計画しておく。

ただ、ここで身構える必要はありません。著者が勧めるのは、いきなり数日こもることではなく「30分、ノートを持ってカフェに行く」というベイビーステップです。気合でも努力でもなく、まず時間を確保すること。スケジュールに書き込んだ時点で「半分成功」だと著者は言います。

この「半分成功」という割り切りは、自己啓発が苦手な人にこそ効きます。多くの人は理想の手順を完璧にこなそうとして、最初の一歩で力尽きる。著者は逆に、ハードルを地面すれすれまで下げて、まず始まること自体を勝ちと定義する。続かない人の心理をよく分かっている設計だと感じます。

なぜ手書きで、なぜスマホではダメなのか

ここで多くの人がつまずきます。メモアプリでよくないか、と。

著者は手書きを強く推します。理由は2つ。1つは集中の問題で、スマホやパソコンを開くと通知やSNSが視界に入り、思考が削がれていく。手元に端末があるだけで集中力は落ちるので、一人合宿には持ち込まない、いっそ家に置いてくるのがベストとされます。

もう1つは脳への効果です。リーズ大学が2017年に行った調査では、記録をアナログとデジタルで比べると、手書きのほうが記憶の定着や目標達成の確率が高いと示されました。

プリンストン大学の研究でも、概念的な理解力で手書きが上回り、その差は1週間後のテストでも残っていたといいます。手で書くと情報を一字一句写せないぶん、要約しながら書くことになり、その「要約する」負荷が理解を深める——そういう解釈もできるでしょう。

道具は徹底して質素です。無地でA4くらいの大きめのノートと、黒いボールペン1本。著者の愛用品は1冊300〜400円ほどで、安すぎて裏写りせず、高すぎて書くのをためらわない価格帯をあえて選んでいます。

高級ノートを買うと「きれいに使わなきゃ」という気持ちが手を止める、という人間心理への目配りがここにも効いています。

ルールを捨てるほど書ける、という逆説

本書のいちばん面白いところは、普通のノート術が守ろうとするものを片っ端から捨てていく点にあります。

まず、ノートは汚くていい。きれいに書こうとすると「人に見られたら恥ずかしい」という意識が働き、手が止まる。ノートは誰かに見せるものではなく、頭を整理する道具だからです。

インデックスもいりません。作る手間で思考が止まるうえ、そもそも過去のページを見返す機会はほとんどない。一度考えたことは血肉になるので、参照する必要が薄いというのが著者の立場です。

色も使わず黒一色。仕事用とプライベート用にノートを分けるのも勧めません。脳は仕事とプライベートを区別していないし、複数冊だと持ち忘れて肝心なときに手元にない。だから1冊に集約する。

そして唯一のルールが、各ページの最上部に「日付と時間、そして仮のタイトル」を書くこと。これだけです。

この最後の1つだけ残したルールが、地味に効きます。「制約があるほど脳はアイデアを出しやすくなる」と著者は言うのです。脳はサボる性質があり、何でも自由に考えていいと言われると散漫になる。「今月の売上を上げる方法」のようにタイトルで枠をはめると、思考がその枠に集中してアイデアが湧いてくる。ルールをほぼ全廃しながら、ただ1点だけ制約を残す——この引き算と足し算のバランスに、本書の設計思想が凝縮されています。

ノートが片づける5つの領域

書き方の次は、ノートで何ができるかです。本書は大きく5つの効果を挙げます。

1つ目は悩みの解消。会社員の悩みの8〜9割は人間関係だと著者は言い、モヤモヤを書き出して客観視するだけで多くは解けていくとします。ただし注意点があり、ネガティブな感情を書くのは1回だけ。

繰り返し書くと無意識に刷り込まれてしまうので、一度吐き出したら読み返さず人にも話さない——ここは安易な「書く=癒し」論とは一線を画す、鋭い留保だと思います。

2つ目は企画力。「企画とは何かと何かの組み合わせ」であり、全く新しいアイデアなど存在しない、と著者は断言します。スマートフォンが電話とテレビなどの組み合わせであるように、知っている事実を並べてA×B、A×Cと掛け合わせれば斬新に見えるものが生まれる。

ゼロからひらめく必要はない、という発想は、創造性に苦手意識のある人を救う視点です。

3つ目はスケジュールとToDoの支配。「忙しい」のは思い込みで、頭の中が整理されていないだけだと著者は見ます。やるべきこと・やりたいことを全部書き出して見える化し、所要時間と締め切りを添える。

そして1日のToDoから最重要の1つを選ぶ。これを「ハイライト」と呼び、それさえやり切れば今日は成功と考えます。

4つ目は自己分析。著者は20歳の頃から日記を書き続け、就職活動の面接で自分を人と違う角度から語れるようになったといいます。5つ目は夢の実現。やりたいことを100個書き出し、それぞれに期限を決める。

期限を決めることで、夢は目標に変わります。

この一文に、本書の実用性が凝縮されています。漠然と願うだけの「夢」を、日付の入った「目標」に変換する。その変換装置がノートなのです。

書いて終わらせない「実験思考」

本書が単なるライフハック本と一線を画すのは、最後のこの部分です。著者は、ノートに書くだけでは人生は変わらない、とはっきり言い切ります。

書いて考えて仮説を立て、それを実験する。これを繰り返していくと、少しずつ自分のことが好きになり、自信がついて行動できるようになります。

カギは「実験思考」。ノートで立てた計画は、行動に移すまではただの机上の空論です。だから仮説を立てたらすぐ試し、世間からの反応というフィードバックを得て、またノートで振り返る。

目標(P)・行動(D)・気づき(C)・次の目標(A)を書き、PDCAを回し続ける。ノートは思考の出口ではなく、行動と検証をつなぐハブなのです。

継続に意志の力は使いません。脳は本能的に怠惰で変化を嫌うので、意志に頼れば続かない。代わりに使うのが「トリガー」で、「ソファーに座ったら本を1ページ開く」のように、いつもの行動へ新しい行動を紐づける。

習慣化とは、努力し続けなくていいよう脳をだます手段だ——この割り切りが、根性論にうんざりした人には心地よく響きます。

実践面でも具体的です。長期の大きいタスク出しはノート、長期の予定管理はスマホのカレンダー、その日のToDoは大きめのフセン、と道具を役割で分ける。

タスクは30分以内に分割し、ポモドーロ・テクニック(25分集中+5分休憩)で集中状態を物理的に作り出す。毎朝フセンに書いた中から「ハイライト」に丸をつけ、まずそれに取りかかる。

1日の満足度はここで決まります。

最後に、本書は自らの限界も正直に書いています。ノートに書ける素材は、自分の中のインプットに依存する。読書や経験が不足すれば、いずれアイデアは枯れる。

アウトプットだけでは回らない、という前提は頭に入れておくべきでしょう。ダ・ヴィンチの膨大な手稿、エジソンのメモ魔ぶり、藤井聡太さんの将棋ノート——天才たちの共通点は才能だけでなく「書く習慣」でした。

まずはノートを1冊、買うところから。あなたの頭のカスミは、たぶん今日の30分で少し晴れます。


合わせて読みたい

『書く瞑想』古川武士 1日15分ペンを持って書き出すという発想は、本書の「一人合宿」と根が同じです。ノートで頭のカオスを整えるアプローチをもう一段深めたい人に。

『新版 思考の整理学』外山滋比古 「忘れる」ことを思考の武器にする一冊。本書の「ノートは読み返さなくていい」という割り切りと響き合い、書いて手放す効用を別角度から教えてくれます。

『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』八木仁平 本書がノートでやる自己分析や「やりたいこと100個」を、より体系的なワークに落とした本。人生のモヤモヤをノートで晴らしたい人の次の一冊にどうぞ。


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