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『書くのがしんどい』竹村俊助|書けないのは才能ではなく「ゼロから生もう」とするから

コミュニケーション・文章術 ✍ 竹村俊助
約7分で読めます

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『書くのがしんどい』
目次

LINEの返信も、SNSのコメントも、あなたは毎日すらすら打っているはずです。それなのに「よし、文章を書こう」と背筋を伸ばした瞬間だけ、指がぴたりと止まる。カーソルの点滅と真っ白な画面に、なぜか耐えられなくなる。この落差に覚えがある人は多いのではないでしょうか。

『書くのがしんどい』は、その「しんどさ」を根性論ではなく構造の問題として解剖した一冊です。著者の竹村俊助さんは、ダイヤモンド社などで十年以上ビジネス書を編集し、五十冊以上・累計百万部超を手がけてきた編集者。

自身のSNSやnoteも短期間で大きく伸ばした人物です。その竹村さんが冒頭で言い切ります。書けない一番の原因は、才能でも語彙でもなく、書くときの「メンタル」だ、と。

この診断が正しいなら、私たちが探すべきはうまい表現ではなく、まず自分の構えのほうだということになります。

「書けない」の正体は、才能ではなく身構えにある

なぜLINEは書けて「文章」は書けないのか。竹村さんの答えは明快です。LINEには「これを伝えたい相手」と「用件」がある。ところが「文章を書こう」と思った途端、私たちは矛先を自分の内側に向け、面白いネタや気の利いた言い回しを探し始め、何も見つからずに絶望する。

目的が「書く」に変わった瞬間に筆は止まり、「伝える」に戻すと言葉は自然に動き出す、というのが本書の核にある発見です。

宛先のない作文が苦しいのは当然で、まずは伝えたい一人を思い浮かべること。ここは精神論のようでいて、実は極めて実務的な指摘だと感じます。

もうひとつのカギが、書き手と編集者の一人二役です。最初は下手でも矛盾だらけでもいいから、伝えたいことを一気に書きなぐる。ここでは自分を全肯定する「無邪気な書き手」に徹する。

そして一晩置いてから、今度は「これ、本当につまらないな」と冷たく赤を入れる「意地悪な編集者」に切り替える。二つを同時にやろうとするから脳が渋滞し、手が止まる、という説明は腑に落ちます。

あの村上春樹さんですら原稿を数え切れないほど書き直すという例を引きながら、最初から完璧に書ける人などほぼいない、と本書は繰り返します。裏を返せば、私たちは「一発で名文を書けない自分」を責めすぎているのかもしれません。

ネタは内側から絞り出さず、外から仕入れて昇華する

「書くことがなくてしんどい」という悩みに、竹村さんは自分を「ライターではなく編集者」だと名乗ることで応じます。ゼロから生み出すのは苦手で、誰かの話や出来事という素材を組み合わせているだけだ、と。

ネタがないのに書こうとするのは、ネタがないのに寿司を握ろうとするようなもの。まず仕入れ、つまり取材が要る。本書はこれを氷山にたとえます。水面に見える「書く」部分は一角にすぎず、その下に膨大な「取材」が沈んでいて、文章の質は取材の質に比例する、という見立てです。

ここで言う取材は、大げさなインタビューではありません。他人のふとした一言、本で仕入れたノウハウ、日常で覚えた「これって意味あるのかな」という小さな違和感。

それをメモにため、自分というフィルターを通して出すだけでコンテンツになる。細かいことが気になり、いちいちイライラしてしまう敏感さも、そのままアウトプットすれば強い素材になる、と本書は励まします。

生きづらさを弱点で終わらせない、この視点はやさしい。ただし条件がひとつあります。ネガティブな感情は生のまま垂れ流さず、一晩寝かせて教訓や気づきに変換してから出す。

著者はこれを「昇華」と呼びます。感情を燃料にしつつ、そのまま投げつけない。ここを守れるかどうかで、発信が資産になるか炎上になるかが分かれる気がします。

真っ白な画面に打ち込むのが一番しんどいなら、スマホの音声入力で核心を声に出し、その文字起こしを素材にする手もある。集めたメモには「つまり?」「たとえば?」「それで?」「そもそも?」の四つを問いかけると、ただの一言が奥行きのある話へと熟していきます。

わかりやすさとは、読む速度と理解の速度が一致すること

「伝わらなくてしんどい」に対して、本書はわかりやすさをきれいに定義し直します。わかりやすい文章とは、読む速度と理解する速度がぴたりと一致する文章のことだ、と。

読み返さないと頭に入らない文章は、一文に情報を詰め込みすぎて濃度が濃い。エスプレッソのように濃い一杯を、忙しい読者は飲み干してくれません。だから薄め、削る。

やることは具体的です。まず一文一義で、ひとつの文には言いたいことをひとつだけ入れて言い切る。次に贅肉を削る。「朝起きて」の「朝」のように、なくても伝わる言葉を落とす。

「私は」「思います」も、書いている時点で自分の意見なのだから基本は不要。文をだらだらつなぐ「〜が」「〜ので」も、細かく区切って断ち切る。そして何よりも結論を先に置く。

理由や事例はその後に積む、いわば土台の上に柱を立てる建て方です。ここで大事なのは、削るのが読み手への思いやりだという視点でしょう。削られた一文は、読み手の時間を節約するプレゼントになる。

自分にしか書けないことを、誰にでもわかる言葉で書く。これを本書は最強の文章力と呼びますが、私たちが「わかりにくさ」を器用さや文才の問題だと誤解していたことに気づかされます。

読まれない前提で、共感8割・発見2割で設計する

「読まれなくてしんどい」の章は、冷たい現実の受容から始まります。あなたの文章は、基本的に読まれない。人はタイムラインや書店で、読むか読まないかをコンマ数秒で判断している。

だからこそ、読む動機を先回りで差し出す必要がある。本書のたとえは薬のパッケージです。「タウリン1000mg」という成分と「滋養強壮」という効能。

この文章を読めば何が得られ、どんな良い未来が手に入るかを、タイトルや冒頭で見せておく。

ターゲットの絞り方は逆説的です。「二十代の働く女性」のような広い層に向けると、誰にも刺さらないぼんやりした文章になる。むしろ自分の父親や特定の友人という「たった一人」に、ラブレターを書くように狙うほうが、同じ悩みを抱える多くの人に深く届く。

光を一点に集める「虫めがね理論」です。加えて本書は、お金・仕事、食、恋愛や家族、健康、教育という、誰にとってもエネルギーが宿る五つのテーマを挙げ、自分の専門をここに掛け合わせよと説きます。

他人ごとを自分ごとに変える現実的なフックだと言えます。

そして「つまらなくてしんどい」への処方が、おもしろさの黄金比です。おもしろさとは感情が動くこと。その配合は、共感八割・発見二割。斬新な情報を百パーセント詰め込めばウケると考えがちですが、発見ばかりの文章は「奇抜すぎてついていけない」と読者を疲れさせる。

売れているビジネス書の多くが、言い尽くされた当たり前の教訓でできている、という指摘はほろ苦い真実です。まず「あるある、わかる」で同じ地平に立たせ、十分に引き込んでから、残りの二割で「でも実はこうなんです」と独自の切り口を差し出す。

武器になるのは固有名詞で、「お昼に中華」より「バーミヤンでラーメンセット」のほうが一気にリアルになる。犯人しか知らない具体を出すように、自分にしか書けないディテールを置くことが、感情を動かす近道になります。

出世魚方式と環境設計で「続く」を仕組みにする

「続かなくてしんどい」の原因を、本書は意志の弱さに帰しません。三日坊主で終わる人の多くは、いきなり数千字のブログというフルマラソンを走ろうとして力尽きている。

だからまずは「散歩」から、つまりX(旧Twitter)の百四十字から始める。日常の気づきを凝縮して投げ、反応がなければ「スベった」と判断して次へ行く。

フォロワーはリアルタイムで反応をくれる最強の編集者であり、大きく跳ねたネタだけをnoteやブログの長文に育てればいい。メモ→ツイート→ブログと段階的に大きくするこの「出世魚方式」なら、勝ち筋の見えたテーマだけを長文にできるので、心が折れにくい。

書く前にテスト市場を通す発想で、これは発信を続ける設計として実に理にかなっています。

発信の土台になるのがプロフィールです。本書は三要素を挙げます。実績で示す「信頼性」、フォローすると何が得られるかの「コンテンツ」、そして「ポテトサラダが好き」のような「愛嬌」。

この三つがそろうと、読んだ人が一秒でフォローする理由を理解できる。集中できない問題にも精神論では答えず、「自分は意志が弱い」と認めたうえで環境で縛れと言います。

ネットにつながらない執筆専用ガジェットを使う、スマホを家に置いて喫茶店にこもる、作業は十分ごとに区切って達成感を刻む。そして、やる気が出てから動くのではなく、動くからやる気が出る。

まず最初の五分だけ机に向かう。行動が先、意欲は後、という順序の逆転こそ、この本の実践的な芯だと思います。

書けば初対面が変わり、ギブが価値に化ける

最終章で視点が一段上がります。現代は初対面がテキストになる時代です。会う前に、SNSやメールやチャットで人となりを判断される。これは口下手な人にとって、書く技術さえ磨けば影響力を逆転できる敗者復活のチャンスでもある。

磨かれたテキストは、一度ネットに置けば二十四時間三百六十五日、あなたの代わりにビジョンや価値を語り続ける、自走する営業マンになります。

そのために必要なのがギブの精神です。自分にとっての「あたりまえ」は、業界の外から見ればお金を払ってでも知りたいノウハウになる。それを出し惜しみせず公開すると、自分の常識が「専門知」に化け、市場が広がる。

パクられる心配も本書はやわらげます。同じ材料と分量のレシピはコピーできても、「働きながら三人を育てるあなたが開発したレシピ」という文脈は誰にも奪えない。

情報そのものより、誰がそれを言うか。だからギブするほど価値が上がる、というのが結びの論理です。

もうひとつ実務的なヒントを添えておきます。タイトルをつけるとき、書き終えたあとの「総論的なタイトル」は避けること。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』が会計と名乗らずに一番おいしい入口を見せたように、中身を知らない人がコンマ数秒でピンとくる言葉を選ぶ。

読まれない前提から逆算する姿勢は、タイトルの一語にまで及ぶわけです。

読み終えて残るのは、書くことのハードルが下がる感覚です。自分の中に何もなくていい。外を見て、拾って、昇華して、削って整えればいい。書くのは才能ではなく編集なのだ、と。

ただし本書自身が釘を刺すとおり、読んだだけでは何も変わりません。やる気になるから動けるのではなく、動き始めるからやる気が出る。続きは明日ではなく、いまの五分で、伝えたい相手をひとり思い浮かべて、下手でいいから書きなぐってみることです。


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