毎日ブログを更新しているのに、誰も読みに来ない。SNSにも時間を割いているのに、問い合わせも売上も動かない。心当たりがあるなら、発信しているのはおそらく「自分が書きたいこと」だ。
今日の昼食、新商品の入荷、スタッフの雑談。書いた本人は満足でも、それをわざわざ検索してまで読みたい人はいない。
人気ITコンサルタントの永江一石さんによる『金がないなら頭を使え 頭がないなら手を動かせ』は、この種の独りよがりを一つずつ潰していく本だ。月間数百万PVを稼ぐ自身のブログから実践的な記事を選び、加筆して束ねている。
タイトルのとおり、資金力のない者は知恵で、知恵もない者はまず手を動かせという、身も蓋もない現場論が続く。編集部として最初に断っておきたいのは、これは体系立った理論書ではなくブログ記事集だということだ。
話題は広く散らばり、章ごとの厳密なつながりは薄い。それでも一本の背骨が通っている。その背骨こそが本書の価値であり、以下ではそこを軸に読み解いていく。
すべての不振は「顧客視点の欠如」に還元される
本書の主張は拍子抜けするほど単純だ。うまくいかないビジネスは、Web集客もSNSも新規事業も地方創生も、例外なく「顧客視点」が抜けている。著者はそう言い切る。
では顧客視点とは何か。著者の定義はシンプルで、顧客がどう受け取り、どう感じるかを想像できる力、ただそれだけだ。高度な理論ではない。だからこそ厄介でもある。誰もが「自分は顧客のことを考えている」と思い込んでいるからだ。
この本の強みは、著者の言葉に建前がないところにある。自分のブログで実証したノウハウなので、きれいごとを言う必要がない。だから「素人の顧客の言いなりになる制作会社はダメ」といった、普通なら角が立って言いにくいことも平然と書く。
顧客視点とは顧客の言いなりになることではなく、顧客の反応を先回りして想像する力のことだという区別は、混同されがちなだけに押さえておきたい。
言い換えれば、本書のあらゆる助言は「相手の頭の中を想像したか」という一問に収束する。集客もSNSも価格設定も、テクニックの前にこの一問を通せているかが分かれ目になる、というのが編集部の読み方だ。
顧客視点は才能ではなく、回して貯める経験値
顧客視点と聞くと、センスのある一部の人だけの才能に思える。だが著者は、これは経験値の蓄積で誰でも身につくと言う。カギは「回すこと」だ。
お手本に挙がるのが東京ディズニーシーの「タートルトーク」。観客の名前をいじり、出身地でボケるあの掛け合いは、天性のアドリブではなく、心理学とテストの反復で作り込まれた計算ずくの応答だという。才能に見えるものの正体が、実は設計と検証の産物だという指摘は示唆に富む。
著者が示す「マーケティングの無限ループ」も同じ発想だ。仮説を立て、施策を実行し、必ず解析してデータに落とし、その経験値からまた次の仮説を立てる。
多くの人はこの三番目、解析を飛ばす。データを見返さず、なぜ当たったのか外したのかを言葉にしないまま次へ進む。それでは経験値が貯まらず、顧客視点はいつまでも育たない。
この「解析を言葉にする」という一手間こそ、誰でもできるのに大半の人がやらない差なのだと編集部は考える。派手な分析ツールは要らない。
「今回はタイトルの具体性が効いた」「投稿の時間帯を外した」——そう一行で言語化された仮説だけが次の一手に生き、勘は再現可能な技術に変わっていく。
「安く売る」をやめ、重サービスで優良客を選ぶ
普通のビジネスは「他より一円でも安く」を目指す。本書はその逆を勧める。手厚いサービスを付けて、あえて高く売る。「重サービス+高価格」の戦略だ。
象徴的なのが街の電器店「でんかのヤマグチ」。量販店の二倍以上の値段で売りながら、電話一本で駆けつけ、録画代行から留守中の犬の餌やりまで引き受ける。
金銭的に余裕のある客がそれに感謝し、繰り返し買う。逆の失敗例として挙がるのが、かつてのマクドナルドやワタミだ。安いがいまひとつ、社員はこき使われる、というモデルはスタッフを疲弊させ、業績を落とした。
そもそも値段を上げるには、値上げに見合う理由がいる。その理由の中核が独自性だ。Amazonや楽天が支配する市場で型番商品を売る個人店は、必ず消耗戦に負ける。
「他より安い」で戦えるのは体力のある大企業だけだからだ。抜け道は、他では買えず簡単には真似できない状態を作ること。著者は一本五百円以上する「もちトウモロコシ」を引く。
そこでしか買えない希少性と体験があれば、客は探し出してでも買いに来る。ただし独自性はタダでは手に入らない。開発費や在庫、知名度が育つまでの時間を負う覚悟がいる。
リスクを避けて最低限から、という及び腰の姿勢では、そもそも独自性は生まれないと著者は突き放す。しかも独自性は、まったく新しい発明でなくてもいい。
引越し手配のBtoBノウハウを一般消費者向けに転じた「引越しラクっとNAVI」のように、既存の商売の組み替えからも生まれる。
ここで著者が鋭いのは、高く売ることを単なる利益率の話にとどめない点だ。高価格は、クレームの多い層をふるい落とし、優良客を選び取り、働く側のモラルまで守る仕組みだと位置づける。
全員を平等に扱うのをやめる、という発想がここでも顔を出す。クレームの多い客ほどお金を使わず、お金を使う優良客ほど多くを求めないという「金持ち喧嘩せず」の観察は、接客の現場感覚として腑に落ちる。
飲食店があえてカード決済を導入して客層を入れ替える話や、完全禁煙で高所得層を呼び込む話も、根は同じ「誰に来てほしいかを選ぶ」戦略だ。ただし、この選別を露骨にやれば客を見下す店になりかねない。
線引きの難しさは読者側で引き取る必要がある。
検索されない「炬燵ブログ」を、情報記事に入れ替える
アクセスが集まらないブログには共通点がある。誰も検索していないキーワードで、自分の書きたいことを書いている。それだけだ。
著者は、取材も調査もせずネットで拾った情報だけで手抜きして書いた記事を「炬燵ブログ」と呼ぶ。炬燵に入ったまま書ける記事を、わざわざ読みに来る人はいない。
処方箋は単純で、人が読みたいものを、人が検索する言葉で書く。それだけで、その言葉で検索した人が自然に集まる。「今日の昼食」も新商品の告知も、この条件を満たしていない。
土台選びにも注文がつく。著者は無料ブログを勧めない。検索順位を独占できず、削除リスクもあり、収益を取りこぼすからだ。独自ドメインで長く積み上げるのが基本だという。
タレントの辻希美さんがアメブロで月間一億PVとも言われる件を引き、同じ内容を独自ドメインで運営すれば月商五千万円以上になり得たと試算してみせる。
数字の精度はともかく、資産は自分の土地に積め、という主張の骨格は今も有効だ。
なお本書の刊行から時間が経ち、集客の主戦場はブログからSNSや動画へと移った。個別のプラットフォーム論は古びている部分もある。だが「検索されない自分語りをやめ、求められている情報を出せ」という原則は、媒体が変わっても揺るがない。
ネットのバズは大衆に届かない――キャズムという深い溝
ネットで話題になれば一気に世間へ広まる。多くの人がそう信じている。本書はそこに「深すぎる溝」があると警告する。
一方に、ネットで能動的に情報を集めるアーリーアダプターがいる。もう一方に、テレビなどから受動的に情報を受け取るマジョリティがいる。著者の体感では前者は十万人規模、後者は九千五百万人。
この隔たりがキャズムだ。だからネットのバズだけでマジョリティに届かせるのはほぼ無理で、溝を越えるにはマスメディアの力がいる。ニュースアプリのグノシーがネット広告ではなくテレビCMに十億円以上を投じて利用者を伸ばし、黒字化・上場までこぎ着けた例が引かれる。
現場感覚から出た体感値なので、この人数はあくまで目安として受け取りたい。それでも、SNSの内側で盛り上がる熱量と、世間一般に届く量とは別物だという指摘は、いまなお多くの発信者が見誤るところだ。
裏を返せば、狙う相手がアーリーアダプターなのかマジョリティなのかで、打つ手はまるで変わる。自分の商品がいまどちらの層に向いているのかを見定めないまま「とにかく拡散を」と念じても、溝の手前で空回りするだけだ。
稼ぐ部門の予算は、苦しいときこそ削らない
経営には利益を生む「プロフィットセンター」と、利益は生まないがコストのかかる「コストセンター」がある。著者の鉄則はこうだ。コストセンターは効率化して削り、浮いた分を稼ぐ部門へ回す。
逆はやってはいけない。業績が苦しいときに営業やマーケティングの予算を削るのは、自分の首を絞める典型的な失敗策だと釘を刺す。
この視点は自治体経営にも及ぶ。教育はコストではなく将来の税収を生む投資だ、と著者は捉える。地方創生も、他県のゆるキャラやB級グルメの劣化コピーではなく独自の魅力で勝負するしかない。
そして全章を貫くのが「丸投げ」の否定だ。コンサルや制作会社に投げて成功した例はない。事業を一番愛している当事者が自ら情報を集め、汗をかくしかない。
当事者意識を最も分かりやすく体現するのが、著者の説く「顔出し」だ。これからのサイトもブログも実名と顔を出す時代だと言うが、狙いは親しみやすさではなく、逃げ場をなくすことにある。
顔と名前を出せば手を抜けなくなり、社内のモラルが上がり、顧客には安心感が生まれる。著者は、社長や役員の写真があり主語が「私」「私たち」の会社ほど株価が高いという分析まで引いて、責任を名乗ることの効用を裏づける。
ネットだからこそ、逃げずに発信する人が信頼される——この逆説は、丸投げの否定と一本の線でつながっている。
著者は「金では何ともならない唯一の世界がWebだ」と書く。広告という物量で殴り合えない世界だからこそ、地道に相手の頭の中を想像し、手を動かして検証を積んだ者だけが差をつけられる。
裏を返せば、これは資金力のない中小・個人にとって数少ない逆転の土俵だということでもある。本を閉じたら、まず自分のサイトを開き、直近の一本を読み返してほしい。
それは「自分が書きたかったこと」か、それとも「読者が検索してでも読みたいこと」か。答えが前者なら、この本の出番だ。
