「戦略を立てて」と言われて、すらすら手が動く人は意外と少ないものです。
SWOT、3C、5フォース。フレームワークの名前は言えても、いざ自分のプロジェクトで使おうとすると、どこから手をつけていいかわからなくなる。
音部大輔さんはその迷いを一刀両断します。戦略とは「目的達成のための資源利用の指針」。たった2つの要素、目的と資源に思考を集中させればいい。本書は、4時間の講座をそのまま書籍にした、明日から使える実践の手引きです。
こんな人におすすめ
- 「戦略を立てよう」と言われると、まずフレームワークを開いてしまい、結局まとまらない人
- 目標は立てたのに、何をすればいいかが見えず、とりあえず動き出してしまう人
- 良いアイデアが2つあると、欲張って両方やろうとして、どちらも中途半端になる人
- マーケティングや企画で、上司やチームと「戦略」の認識がいつもズレる人
このどれかに覚えがあるなら、本書は戦略という言葉に確かな手触りを与えてくれます。
この本の核心――戦略は混ぜるほど薄まる
普通、戦略は競合も環境も顧客も、あらゆる要素を網羅して立てるべきだと思われています。本書はそこに「混ぜるな危険」と札を貼ります。
理由はシンプルで、人間の思考力は有限だからです。著者は思考力を10単位にたとえます。目的と資源の2点に絞れば、1項目に5単位を注げる。ところがSWOTや3Cで10項目を網羅しようとすると、1項目に1単位、思考が5分の1に薄まってしまう。
「戦略とは、目的達成のための資源利用の指針である」
この定義に、著者は四半世紀のあいだ例外を見つけていないと言います。戦略が必要なのは、達成すべき目的があり、かつ資源が有限なとき。資源が無限なら、思いつくことを全部やればいいので戦略は要りません。だから戦略を変えるべきタイミングも、競合が動いたときではなく、自社の「目的」か「資源」に影響が及んだときだけなのです。
戦略をつくる6つのステップ
本書の背骨は、戦略立案を6段階に分けた手順です。1つも飛ばさず順に見ていきます。
ステップ1 目的を明示する 達成すべきゴールを、誰が読んでも同じ意味に取れる言葉で書きます。ここで使うのがSMACです。
ステップ2 目的を再解釈する 提示された目的を別の単位に変換し、勝つためのルート(戦略の候補案)を複数つくります。後で詳しく扱う、本書で最もクリエイティブな工程です。
ステップ3 資源を探索する ヒト・モノ・カネだけでなく、時間、経験、ブランド力、さらには外部の協力者まで、使える資源を洗い出します。
ステップ4 資源優勢を確立する 再解釈した候補案と、投下できる資源を天秤にかけ、自社の資源が上回る案を選びます。ここが勝敗を分ける核心です。
ステップ5 文章に書く チームで共有するため、テンプレートに沿って戦略を一文に落とし込みます。
ステップ6 組織に展開する 役割を与え、人事評価に組み込み、メンバーが戦略を「自分ゴト化」する状態をつくります。
この6つを標準フォーマットにすれば、誰でも同じ品質で戦略を組み立てられる。それが著者の狙いです。
SMACで「ポエム」を防ぐ
目的が曖昧だと、戦略全体がぼやけます。それを防ぐのがSMACという4つの要件です。
Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(論理的に実現可能)、Consistent(一貫性がある)の頭文字。とくに数値で書くことが、関係者全員の理解を揃える近道になります。
著者は、解釈が人によって割れる文章を「ポエム」と呼びます。
「人によって理解が異なるような文章を、私たちは『ポエム』と呼んでいます。戦略のつもりで詩歌俳諧の類を書かないように気をつけたいものです」
「売上を上げる」では人によって描く絵が違う。SMACは、その曖昧さを削るための道具です。
目的の再解釈――「単位」を変えると戦略が見える
本書で一番おもしろかったのが、この目的の再解釈です。
やり方は独特で、まず目的が達成された未来を、過去形で問います。
「『うまくいくとしたら』ではなく、『うまくいきました。何が起きたのでしょうか?』と、未来をすでに実現した確かな事実として過去形で質問します。」
過去形で問うと、脳は言い訳ではなく具体的な説明を探し始める。その結果、目的の「単位」が変わります。
たとえば「20億円の売上拡大(円)」という目的。これを「73万人の新規顧客獲得(人)」や「既存顧客が年に1回多く買う(回)」へと言い換える。円を人や回に変換した瞬間、とるべき行動が具体的に見えてきます。これが戦略の候補案になります。
消臭剤のファブリーズの例が分かりやすい。利益改善という目的を「リピート率の向上」と再解釈し、さらに「家族間での共用」を資源として狙った。すると親だけでなく子どもも使い始め、新規獲得コストをかけずに使用量が増えました。単位の変換が、打ち手を生んだのです。
資源は「資源らしい顔」をしていない
ステップ3の資源探索で、著者は視野を大きく広げます。
資源には、自社で自由に使える内的資源と、直接管理できなくても運用できる外的資源があります。内的資源はヒト・モノ・カネ・情報に加え、時間、経験、ブランド力まで含む。なかでもヒトは特別だと言います。
「典型的な資源の中でも『ヒト』は、すべての資源に対して『係数』として機能する点が特徴的です。」
人の能力や士気しだいで、ほかの資源の効用が何倍にもなれば、無駄に消えもする。
そして外的資源には、なんと競合の活動まで入ります。
「資源というのは、必ずしも資源らしい顔をしているわけではないのです。」
ある化粧下地ブランドは、競合が新商品に大量のテレビ広告を打ったタイミングに合わせ、自社は検索対応を強化した。競合の投資で市場全体が膨らみ、その勢いを自社に取り込みました。合気道のように、相手の力を使う発想です。
資源優勢――勝てる場所を選ぶ
戦略立案で最も肝要なのが、ステップ4の資源優勢です。
複数の候補案のうち、投下できる総資源量が目的達成に必要な量を上回る案を選ぶこと。天秤の片方に再解釈案を、もう片方に資源を載せて、資源側に傾く状態を探します。
著者はこれを、開けたいドアと手持ちの鍵にたとえます。どんなに魅力的なドアでも、合う鍵がなければ開かない。逆に、確実に開く鍵を持っているドアを選べば、必然的に勝てます。
「圧倒的な戦力があれば、戦略は必要ありません。思いつくことをすべて実行すれば、勝利の栄光を得られるでしょう。」
桶狭間の戦いが引かれます。織田信長は3000の寡兵で今川の2〜4万に対し、地形と天候、機動力という資源を使い、今川義元の本陣という小さな単位に的を絞った。これは奇跡ではなく、一瞬の資源優勢を見抜いた結果でした。
なぜ「選択と集中」なのか――ランチェスターの法則
資源優勢を確立するには、資源を分散させてはいけません。本書はその理由を、ランチェスターの法則で裏づけます。
現代のビジネスの多くは、1対多数の戦闘をモデル化した「第二法則」の支配下にあります。ここでは兵力比が2乗で効いてくる。だから資源を分割すると、戦力差が一気に広がります。
資源100対100でも、片方が50と50に分割投入し、もう片方が100を一括投入すると、第二法則では一括側が71の資源を残して圧勝します。同じ総量なのに、分割しただけで完敗する。
パレートの法則も同じ方向を指します。上位20%の入力が成果の80%を生むなら、効率の良い少数に集中するのが合理的。著者は「選択と集中」をこう定義します。再解釈案を「選択」し、資源優勢のために資源を「集中」して運用すること、と。
陥りやすい罠――ダブルパンチ症候群
選択と集中の難しさを、著者は2つの症候群で言語化します。
ひとつが「ダブルパンチ症候群」。魅力的な選択肢が複数あるとき、つい両方を同時にやろうとする状態です。両手に集中しているつもりでも、体幹や足腰という根本の資源は1つしかない。
「ダブルパンチの根本的な問題は、両手に『集中』できないことではなく、右か左かを『選択』できていないことにあります。」
集中しているように見えて、実は選択から逃げているだけ。これが資源の浪費を生みます。
もうひとつが「全砲門一斉開放症候群」。全資源を一度に投下するが、何が効いたか計測できなくなる罠です。旧日本海軍が砲弾に着色剤を入れ、自分の弾の着弾を見分けたように、効果を測れる形で打つことが次につながります。
良い戦略 × 良い実行――両方そろって初めて成る
戦略と実行はどちらが大事か。著者の答えは、両方そろって初めて目的が達成される、です。
ただし強く警告するのが、ダメな戦略を懸命に実行することの危険です。マンシュタインのマトリックス(軍人を利口・愚鈍と勤勉・怠惰で分類した枠組み)を応用し、進む方向が間違っているのに全力で走れば、挽回できない大ダメージを負うと言います。
「戦略と実行はどちらが重要か、ではなく、両方がそろって初めて目的が達成されるのだ」
おもしろいのは、アンケートで6〜7割の人が「実行重視(戦略がダメでも良い実行を評価)」を支持する点です。直感に反して、ダメな戦略を勤勉に実行するのが最悪のシナリオ。それなら、ダメな実行のほうが資源が温存される分まだましだ、という逆説が成り立ちます。
明日から何を変えるか
本書の実践提案から、今日着手できる3つに絞ります。
1. 目的をSMACで書き直す 今のプロジェクトの目的を「売上を上げる」のような曖昧な言葉から、数値と期限の入った一文に書き換えます。他人が読んで同じ意味に取れるか(ポエムになっていないか)をチェックします。
2. 目的を過去形で問い、3つ以上のルートを出す 「達成できました。何が起きたのか」と過去形で自問し、目的の単位を円から人・回・率へ変換して、戦略の候補案を3つ以上書き出します。
3. 上司や優秀な人の思考をコピーする 資源を見つける視点を増やすため、「あの人ならどう考えるか」を頭の中でシミュレーションします。他者のフィルターを借りると、一人では気づけない資源が見えてきます。
おわりに
著者は、思考力は精神ではなく身体の一部だと言います。
「思考力が生まれる脳は精神ではなく身体の一部です。つまり、思考能力は身体技術なので、修得するには練習が必要です。」
戦略を立てる力は、生まれつきの才能ではない。目的と資源の2点に絞り、目的を過去形で問い直す。その練習を重ねれば、誰でも上達します。
次に「戦略を立てて」と言われたら、フレームワークを開く前に、まず2つだけ自問してみてください。目的は何か、そして手持ちの資源は何か。
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『目標は戦略ではない。』 目標を立てただけで戦略を立てた気になる錯覚を扱ったコラム。本書の「目的(SMAC)と戦略(資源利用の指針)は別物」という主張と、まっすぐ響き合います。
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