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『心を壊さない生き方』Testosterone・岡琢哉|「無理していいのは筋トレだけ」

健康・メンタル ✍ Testosterone・岡琢哉
約7分で読めます

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『心を壊さない生き方』
目次

「気合が足りない」「甘えているだけだ」。心がすり減ったとき、他人ではなく自分自身にこの言葉を向けてしまった経験は、多くの人にあるはずだ。本書はその責め方そのものを、根本から間違いだと退ける。

うつは甘えではなく、脳の誤作動である。骨折した人に「気合で走れ」とは言わないのに、なぜ心の不調にだけ根性論を持ち出してしまうのか。そんな問い直しから、この本は始まる。

書き手は三人いる。筋トレ伝道師として知られるTestosterone、精神科医の岡琢哉、そしてスポーツ科学博士の久保孝史。熱量のある言葉と、臨床の実感と、世界中の研究データ。

ふつうなら噛み合わない三つの要素が一冊に同居しているのが、本書『心を壊さない生き方』の設計上の強みだ。以下では、この本が渡そうとする「知識という武器」を、編集部の視点で整理し直していく。

図解

治すより壊さない――最強のコスパは「予防」にある

本書がいちばん言いたいことは、驚くほどシンプルだ。心の健康において最もコストパフォーマンスが高いのは、壊れてからの治療ではなく、そもそも壊さないための予防である。心が一度深く傷むと、回復には膨大な時間と、お金と、気力が要る。

だから壊れてから慌てて立て直すのではなく、壊れにくい体と生活を前もって組んでおく。その土台になるのが、食事・睡眠・運動という、拍子抜けするほど当たり前の生活習慣だ。

ここに、この本の一番の個性がある。世に出回るメンタル本の多くは「考え方を変えよう」「捉え方を変えよう」と精神論に傾きがちだ。対して本書は、まず体から入る。

心の問題を、根性やマインドの話ではなく、ホルモンや自律神経といった生理現象として扱う。この割り切りは、読み手にとって逃げ場がないようでいて、同時に救いにもなる。

「気の持ちようだ」で片づけられない問題なのだと分かるだけで、自分を責める手が少しゆるむからだ。編集部として付け加えるなら、予防を「地味な守り」と侮ってはいけない。

壊れる前に手を打つほうが、壊れてから治すより何倍も安上がりで、そして何より痛みが少ない。本書の予防重視は、けちな節約ではなく、自分の人生に対する合理的な投資判断として読むのが正しい。

本全体の構えも、この思想に沿ってきれいに二部で組まれている。前半は「予防」の章で、食事・睡眠・運動という三つの習慣によって心を壊さない基盤を作る。

後半は「対処」の章で、それでも心が傾いたときのために、適応障害やうつ病、依存症、発達障害といった代表的なテーマを一つずつ解説する。守りを固め、それでも崩れたら正しく助けを求める。

この二段構えが、そのまま本書の骨格になっている。以下もその順番でたどっていく。

睡眠を軸に、一日を丸ごと組み直す

三つの習慣の中で、本書がとりわけ熱を込めるのが睡眠だ。筋トレをこよなく愛するTestosteroneが、「睡眠は筋トレより大切」とまで言い切る。

ここでのキーワードは「量 is KING」。枕やアロマといった質の工夫に凝る前に、まず絶対的な睡眠時間を確保しろ、という主張である。大人なら七時間から九時間、平均して八時間前後を死守する。

これはWHOや米国の睡眠財団が示す推奨とも重なる数字だ。

刺さるのは、その確保のための発想の転換である。仕事や趣味に時間を使い、「余った時間で寝る」やり方は、順番からして間違っている。そうではなく、必要な睡眠を先に引き算し、一日を二十四時間ではなく「十七時間」として設計する。

残った十七時間の枠に、仕事も予定もパズルのように収めていく。睡眠を予定の最後に回すのをやめ、一日の一番先に確保してしまうという順序の逆転こそ、この本が渡す最も実践的な武器だ。睡眠を削る行為を、本書は自分で自分を虐待するようなものだとまで表現する。

睡眠が崩れれば自律神経もホルモンも乱れ、精神・肉体・免疫・集中力が連鎖的に狂い出すからだ。

もう一つ実用的なのが、寝だめへの警告だ。週末にたった二日朝寝坊しただけで、体内時計は三十五分から四十五分ほど後ろへずれ、その遅れが翌週の月曜や火曜のだるさとして跳ね返ってくる。

だから夜更かしした翌朝でも、起きる時間だけは動かさない。就寝がずれても起床を固定する。この一点さえ守れば、生活リズムの崩壊はかなり防げる。手間のわりに効果が大きい、費用対効果の高い習慣だと言っていい。

食事と運動は「体から心を守る」、ただしやりすぎない

食事のパートで印象的なのは、心の不調が真っ先に「食」と「体重」に現れるという指摘だ。精神の乱れ、生活の乱れ、体重の変動は、しばしば同時にやってくる。

だから急に太ったり痩せたり、ジャンクフードばかり口にするようになったら、それは意志の緩みではなく心が発したアラートかもしれない。体重を整える手段として紹介されるのが、Testosteroneおなじみのマクロ管理法、つまりタンパク質・脂質・炭水化物の量を計算して食事を組む方法である。

加えて、体脂肪の多さはうつのリスクになりうるが筋肉量はそうではない、緑茶を一日四杯以上飲む人はうつ病リスクが約半分、といった研究も並ぶ。ただし本書は誠実で、海外と日本では食習慣が違い、そのまま当てはまらないデータもあると注意を添える。

この慎重さはむしろ信頼していい。

運動の章には、意外な落とし穴が仕掛けられている。運動が心にいいのは間違いなく、大規模調査では運動習慣のある人ほど精神の調子がいい日が多かったという。

ところが、やればやるほどいいわけではない。運動時間が週六時間を超えると、むしろメンタルは悪化に転じる。本書はこれを「Uカーブ効果」と呼ぶ。義務感で自分を追い込む運動は、それ自体がストレス源になってしまうのだ。

だから目安は週三回、一回三十分。そして何より、自分が楽しめる種目を選ぶこと。苦手なランニングを無理に課すより、仲間と笑いながらできるスポーツのほうが、結局は続くし効く。

ここにも「無理をしない」という本書の一貫した思想が流れている。

うつは甘えではなく、脳の誤作動である

ここから本の後半、すでに不調に傾いたときの「対処」に入る。その土台にあるのが、心の不調そのものへの捉え方を書き換える視点だ。本書はうつ病を、意志の弱さでも性格でもなく「脳の活動の障害」だと言い切る。

本人が思考をうまく制御できなくなっている、身体の病気と同じ状態なのだ、と。「うつは甘え」という日本社会に根深い偏見を、真正面から否定してみせる。

この一文を受け取れるかどうかで、不調のときに自分を追い詰める二次的な罪悪感は大きく変わってくる。

同じ論理は、依存症や発達障害にも及ぶ。過食やアルコールがやめられないのは意志が弱いからではなく、脳の報酬系の誤作動による病だ。fMRIで見ると、物質への依存でも行動への依存でも、脳には似た変化が起きているという。

コミュニケーションの苦手さも努力不足ではなく生まれ持った特性で、本書はそれを「容姿に近い」と表現する。生まれつきの度合いが大きいものを嘲笑するのは筋が違う、というわけだ。

原因を詮索する前に、目の前の人が今まさに本気で苦しんでいるという事実に寄り添う。この姿勢が本全体の底を一貫して流れている。編集部として一つ留保を置くなら、「脳の病気」という説明は万能の免罪符ではない。

それは自分や他人を責める刃を鈍らせるためのものであって、回復への努力そのものを放棄する口実ではない。本書もそのぎりぎりのバランスの上に立っている。

自分に過保護になる技術と、専門家へのつなぎ方

では不調に気づいたら何をするか。本書がまず勧めるのは薬でも根性でもなく「環境調整」だ。業務の負荷を減らし、睡眠を確保し、食事を安定させる。不調の原因になっている周囲の環境を、物理的にチューニングするのである。

適応障害のような状態では、投薬より先にこれをやれ、と本書は説く。その前提にあるのが、自分に対しては過保護になってちょうどいい、という思想だ。

会社にとって自分は替えのきく一人にすぎず、倒れれば補充される。だが自分の心と体は、一生に一つしかない。だから責任感で無理を重ねるより、過保護なくらい自分を守っていい。

嫌なことからは逃げていい、と本書は全霊で許可する。逃げは恥ではなく、命を守る合理的な生存戦略なのだ。真面目で優しい人ほど限界まで我慢して壊れる、という指摘は重い。

対処の各論も実用的だ。適応障害とうつ病の違いは、風邪と肺炎の関係にたとえられる。適応障害はストレス源から離れれば快方に向かうことが多いが、うつ病は原因を取り除いても治るとは限らず、薬による治療が要ることが多い。

だから素人判断は危険で、専門医の診察が欠かせない。不安への対処として紹介される「不安階層表」も使える。不安は消し去るものではなく共存するもので、避け続けるほど症状は悪化する。

だから緊張する場面を0から100で数値化し、ハードルの低いものから段階的に慣らしていく。役員前のプレゼンがレベル100なら、まずは家族の前の練習から始めればいい。

強迫症には、あえて確認や手洗いを我慢して不安をやり過ごす「曝露・反応妨害法」が挙げられ、摂食障害や依存症は脳機能の変化を伴う慢性的な問題として、長く付き合う覚悟を促す。

依存の背景には、そもそも依存を必要とするほどのつらさがある、という視点も忘れられていない。

そして本書には、いざというときの一言まで用意されている。つらそうな人を病院につなぐとき、責めるのではなく「私は心配だから、行ってほしい」と伝える。

この短い言葉が、本人を追い詰めずに専門家へつなぐ橋渡しになる。本全体を通して繰り返されるのは、あなたは独りじゃない、というメッセージだ。同じ苦しみを越えてきた人は大勢いて、救いの手はすでに用意されている。

心を守る技術とは、案外このくらい具体的で、地味なものなのだと、読み終えて静かに腑に落ちる。


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