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『最高の結果を出すKPIマネジメント』中尾隆一郎|追う数字は、1つでいい

戦略・経営・事業 ✍ 中尾隆一郎
約7分で読めます

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『最高の結果を出すKPIマネジメント』
目次

中尾隆一郎さんの『最高の結果を出すKPIマネジメント』は、KPIという言葉が独り歩きした現場への処方箋だ。エクセルに数十個の数値を並べ、毎週それを睨む——多くの職場で「KPI管理」と呼ばれている光景を、著者はきっぱり「なんちゃってKPI」と切って捨てる。

数字を細かく見ることと、事業を前に進めることは、そもそも別の作業だからだ。

著者はリクルートでKPI講座の講師を11年務め、新規事業スーモカウンターを室長として6年で売上30倍に伸ばした実務家である。だから本書の記述は理論の紹介ではなく、現場で使い倒された運用マニュアルに近い。

以下では、指標を1つに絞る理由から、現場が実際に動き出す仕掛けまでを、編集部なりに整理し直しておきたい。

KGI・CSF・KPIを一直線に並べ、追う数字を1つに絞る

著者のKPIの定義は拍子抜けするほど短い。事業成功の「鍵」を「数値目標」にしたもの。ポイントは、その鍵を1つだけに絞ることにある。

著者はKPIを交差点の信号にたとえる。青なら戦略を維持、黄なら注意、赤なら立ち止まって事前に決めた手を打つ。信号が1つだから、運転手は迷わず進むか止まるかを判断できる。

逆に1つの交差点に信号がいくつもあれば、誰も動けなくなる。数十個の数値を並べて眺める行為は、KPIマネジメントではなく、ただの数値管理でしかないという指摘は、耳が痛い人が多いはずだ。

この「1つ」を導くために、著者は混同されがちな3語をきれいに切り分ける。KGIは期末に届きたいゴールの数値(利益や売上、ユーザー数)。CSFはそこへ至る最重要プロセス、つまり事業成功の鍵となる活動。

KPIはそのCSFを数値化したものだ。三者は「今やるプロセス→未来のゴール」という因果で一直線につながっていなければならない。

見落とされがちだが決定的なのは、CSFには「現場が自力で動かせるもの」を選ぶという原則である。著者自身、かつて売上と相関の強いGDPを指標に据えて失敗したという。

GDPが悪化しても一企業に打つ手はなく、発表も遅い。相関が高いことと、コントロールできることは違う——この線引きは、外部環境の数字をつい追いたくなる今の時代にこそ効く教訓だと思う。

著者は、こうしたKPI作りを10のステップに分解して示す。KGIの合意、現状の延長線とゴールとの差分(ギャップ)の確認、ビジネスの数式化、CSFの絞り込み、逆算による目標設定、運用性の点検、対策の事前検討、全員の合意、運用、そして継続的な改善——という流れだ。

印象的なのは「イケてるKPIは前半に時間がかかり、ダメなKPIは後半で時間がかかる」という一言で、設計段階での手抜きは必ず実行段階の手戻りとして跳ね返ってくる、という警告になっている。

最初に地味な合意形成へ時間を注げるかどうかが、後半の速さを決めるわけだ。

ビジネスを数式に割り、変数と定数を切り分ける

CSFを1つ選ぶ前提として、著者は自社のビジネスを掛け算の式に翻訳せよと説く。たとえば「売上=アプローチ量×成約率×平均単価」。こう分解すれば、売上を上げる打ち手は量・率・単価の3方向しかないと一目でわかる。数式アレルギーの人でも、ビジネスをこの形に開けば議論の土台が揃う。

次に各項を変数と定数に仕分ける。変数は現場が動かせるもの、定数は動かせない、あるいは今回は動かさないと決めたもの。定数はCSFの候補から外れる。

ここで面白いのは、コントロールできるのにあえて定数にする判断だ。売上を伸ばそうと広告を増やせば費用も膨らむ。このトレードオフを毎回悩んでいては決定が遅れる。

そこで「顧客1人あたりの獲得広告費は上限1万円」と固定してしまえば、判断基準が単純になり現場のスピードが上がる。制約をあえて自ら設ける——最適化ではなく意思決定の速さを買う発想で、KPI設計の裏には常にこの割り切りがある。

どの変数をCSFに選ぶかも、効果の大きさと動かしやすさの掛け算で決める。インパクトは大きいが自社では動かしにくい項目より、そこそこの効果でも現場が確実に回せる項目のほうが、KPIとしては機能しやすい。

理屈のうえで最も効く変数と、現実に走らせられる変数は往々にして別物だ——ここを取り違えると、絵に描いた餅の指標を掲げて現場が白ける結果になる。

絞り込みを阻む「バカの壁」と、分母が動くKPIの罠

1つに絞る作業には、2つの心理的な壁が立ちはだかると著者は言う。1つは「バカの壁」。極限まで絞ったCSFは、たいてい当たり前に見えるほど単純になる。

すると「そんなの分かっている」と否定され、優秀な人ほどバカに見られる不安に負けてしまう。もう1つは「不安の壁」。1つに絞るとは他を全部捨てることで、外れたら怖いから保険で2つ3つ足す。

その瞬間に数値管理へ逆戻りする。処方箋は「この壁が存在すると先に知っておくこと」だけ。あまりに素朴だが、正体が見えていれば思い切れるという主張には一理ある。

もう1つ、絞り込んだKPIを台無しにする技術的な罠がある。分数をKPIにして、その分母が動いてしまうケースだ。著者の例がわかりやすい。「提案率=提案数÷来店数」を80%以上で追うと、閉店間際の1組を接客して提案できなければ率が下がる。

だから販売員は「また来週来てください」と客を避ける。目標を守る行動が事業を壊すのだ。著者はこれをイチロー選手にたとえる。打率(分数)を守るだけなら打席に立たない方が得だが、ヒット数(実数)を追えば立つほど有利になる。

だからKPIは率ではなく実数の「提案数」にせよ、と。分母に現場がいじれる数字を置いた瞬間、KPIは人を後ろ向きに動かす罠へ変わる

この一点は、指標を作る全員が確認すべきチェックポイントだろう。

PDDSと未来日付の会議で、振り返りを仕組みに変える

回し方として、著者はPDCAでもPDSでもなく独自のPDDSを掲げる。P(よく考える)→D(Decide=すばやく絞り込む)→D(Do=徹底的にやる)→S(See=きちんと振り返る)。

肝は、計画と実行の間にDecide(絞って決める)を独立した1工程として挟んだことだ。あれもこれもではなく1つのCSFに力を集中させる。この一歩があるから実行が速く、深くなる。

順序も効いていて、まず考え抜いてから絞り、絞ってから一気にやる。考える前に動いてしまう組織にも、動く前に考えすぎて止まる組織にも、それぞれ別の欠けたピースを差し込む設計になっている。

もう1つの肝がSee→Plan、つまり振り返りで得た組織知を次の計画へ回す循環だ。著者は、この改善こそが生産性を何十倍にも押し上げる源泉だと言い切る。

なぜ絞り込みが振り返りと直結するのか。5つの施策を一度に渡せば、メンバーはやりやすい2〜3個だけ実行し、残りは「やったフリ」になる。すると効果が出なかった原因が「やって効かなかった」のか「やらなかった」のか判別できず、振り返りそのものが成立しない。

絞るのは、Seeを機能させるための前提条件でもあるわけだ。

ただ、Seeが大事だと頭でわかっていても、多くの組織で振り返りは形骸化する。原因の1つは、振り返りが「犯人探し」と混同されること。ここで著者の打ち手が秀逸だ。

施策の起案時に「いつ・誰が・何を・どう振り返るか」までセットで書かせ、同時に承認する。さらに未来日付の振り返り会議を、その場でカレンダーに登録し関係者を招集しておく。

8月に始める施策なら、9月中旬の会議を先に予約してしまう。これで年2回しか回らなかったサイクルが年100回以上に増えたという。振り返りを意志ではなく予定に落とし込む——精神論を仕組みへ置き換えるこの発想が、本書で最も応用の利く部分だと感じる。

赤信号の打ち手とTTPで、組織に知恵を溜める

信号が赤に変わってから対策を考えるのでは遅い。時間がなく、人・物・金を闇雲に投じる非効率な対症療法しか残らない。だから著者は、悪化時の対応を期初のうちに文章で合意しておけと言う。

決めるのは4項目——いつ判断するか、どれだけ悪化したら発動するか、何をするか、そして最終判断者は誰か。時間に余裕のある事前設計だからこそ、効果的な選択肢を低コストで仕込める。

これがKPI作成10ステップにある「対策の事前検討」の中身だ。

最後に、組織全体で知恵を増やす仕掛けがリクルート流のTTP(徹底的にパクる)とTTPS(徹底的にパクって進化させる)である。人は真似に抵抗を感じるものだが、あえて「パクる」という少し下品で愛嬌のある言葉を使うことで、日報にも気軽に書ける空気を作る。

言葉の設計そのものが仕掛けになっている点が巧みだ。象徴的なのが福岡天神店の逸話。人も情報も乏しく他店の真似をする側だった店が、自らを「他店のアイデアをいち早くパクり、週末に試し、週明けに進化版として全国会議で報告する店」と定義し直した。

すると1〜2週間で他店を上回る知恵を生み、発信源へと逆転したという。小さな拠点でも、知恵を受け取る側から生み出す側へ回れるという話である。

著者はこの考え方を個人の習慣にも転用している。自分の読書速度が1ページ1分、本は平均250ページと把握したうえで、週2冊なら週500分、平日1日あたり100分と割り出し、片道60分の通勤時間を充てて年100冊を続けているという。

ビジネスの数式化も振り返りの事前予約も、要は個人の目標管理へそのまま持ち込める汎用の技術なのだと分かる。

もっとも、追う数字を1つに絞る思想には留保もいる。事業のフェーズが切り替わる局面や、性格の違う複数の顧客セグメントを同時に扱う場面では、1指標だけでは全体像を取りこぼす危険がある。

著者自身、KPIは固定物ではなく継続的に見直す対象だと述べており、「1つに絞る」とは常に1個しか見ないことではなく、その瞬間に全員が同じ方向へ走れる基準を1つ据える、という意味に読むのが正確だろう。

本書を貫くのは、突き詰めれば「捨てる勇気」の話だ。数字を増やすほど安心できる気がする。だがその安心が現場を迷わせ、振り返りを壊し、組織から知恵を奪う。

もし自分のチームが5つも6つも指標を追っているなら、赤信号を見たとき全員が同じ動きをする「本当の1つ」はどれかを、まず問い直してみるといい。


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